自民党の石破幹事長が、「戦争に行かない人は、死刑にする」と発言した件が一部で話題になっているようだ。
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これは、4月21日放送の「週刊BS-TBS報道部」に出演した石破幹事長が、国防軍になると具体的に何が変わるのかを問われた際、改憲草案九条二の五項に「軍人その他の公務員が職務の実施に伴う罪か国防箪の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、国防軍に審判所を置く」と述べ、現在の自衛隊で隊員が上官の命令に従わない場合は、自衛隊法で最高でも懲役7年が上限であることを説明した上で、更なる重罪を課すこともあることを想定し、実行できるようにならなければいけないのではないかと述べたもの。
※何故、4月のネタを参院選直前のこの時期にマスコミが出してきたのかについて疑問がないわけではないのだけれど、それについて今回は触れないでおく。
国防軍に審判所を置く、というのは、一見、何のことかよく分からないかもしれないけれど、平たくいえば、軍法会議を設置するという話。
軍法会議とは、主として軍人に対し司法権を行使する軍隊内の機関のこと。ただし、戒厳令下や占領下など軍の行政下に置かれる場合には軍人、軍属以外もその対象となることもある。
実際、多くの国では、その国の軍隊には軍法会議が設置されている。その目的は軍紀を維持することなのだけれど、近代以降は、軍人の権利擁護も副次的な目的とされるようになっている。建前上軍隊ではない、今の自衛隊には軍法会議は設けられていないけれど、戦前の旧帝國陸海軍においては、軍法会議は存在した。
日本の軍法会議は、明治維新のその昔、軍隊内の刑事裁判制度として、フランス軍の真似から始まった。フランス革命前のフランス王国では、国王は戦地に向かう部隊ごとに、「戦争の会議(Conseil de guerre)」という委員会を設け、軍人
の犯罪処罰に当たらせていた。1857年、この制度は正式にフランス国軍の制度として法定化されるのだけれど、日本はこれを「軍法会議」と訳して取り入れた。
この時、日本軍の司法関係者に多大な影響を与えたのが、当時フランスの陸軍大将であったオーギュスト・マルモンが1845年に書いた「軍制要論」とされている。
「軍制要論」では、軍法会議は、国家の裁判権と軍の統帥権の調和を図った制度とし、その本質的要件として次の3点であるとする。
1)軍人に対する裁判は、軍の裁判所で行う。軍は自国領土外という、国内裁判所の権限が及ばない場所での作戦行動が有り得る存在。だけど、そんな外地で犯罪を犯した者をいちいち国内まで呼び戻して、だらだらと裁判をしていたら、肝心の作戦行動に支障をきたすことだってある。ゆえに、軍の統帥権を考慮すると「軍人に対する裁判は、軍の裁判所で行う」ほうが都合がいい。
2)その裁判機関の構成と手続きは、法律をもって定める。
3)そこでの訴訟手続きは、できる限り通常裁判所の手続きに一致させる。
だけど、だからといって、何の手続きも取り決めもないまま、自由に裁判ができてしまうと、裁判の根拠は統帥権ということになってしまいかねない。そのため「裁判機関の構成と手続きは、法律をもって定め」、軍事裁判所といえども、あくまでも国家の裁判権を体現する司法機関であり、それゆえ「その訴訟手続きは、できる限り通常裁判所の手続きに一致させる」べきだと「軍制要論」は説く。
要するに、軍の統帥権には極力支障をきたさない形で、司法の独立を守ろうとしたのが、フランスの軍法会議だったということ。
日本は、まずこのフランスの軍法会議制度を取り入れ、明治15年(1882年)に東京に軍法会議が設置された。やがて、この制度は、より国情の似通ったドイツのそれに傾斜していき、大正10年(1921年)に、陸軍軍法会議法と海軍軍法会議法として全面改定され、昭和22年まで存続することになる。
軍法会議には、常設と特設があり、旧陸軍では、常設の高等軍法会議は陸軍大臣が、師団軍法会議は師団長が軍法会議長官となった。
裁判官は、兵科将校から選抜された判士4名と、文官、後に法務将校から選ばれた法務官1名で構成され、高等軍法会議のみ判士3名、法務官2名から構成されていた。
検察官は法務官の中から所管軍法会議長官によって任命され、弁護士は被告1名につき2名までつけることが許され、1年以上の懲役・禁固に拘わる事件は弁護人なしでは開廷できなかった。
判決は裁判官の過半数の意見で決定され、再審制も存在していた。
とまぁ、ここまでは、通常の裁判と良く似たシステムであるように見えるのだけれど、軍事裁判ならではの問題もあった。それは、軍事刑事事件の特殊性。軍事刑事事件の裁判官には、法律の専門的な知識があるだけでは駄目で、軍事そのものにも精通し、軍事に関する専門的な知識も要求される。軍事と法律を共に究めた人物でないと務まらない。
だけど、軍法会議の裁判官は、高等文官試験に合格してはいるけれど、軍事の素人だった。逆に判士は将校、若しくは将校相当官で、軍事の専門家であるけれど、法律はてんで知らないという有り様で、実際、将校や士官候補生には、軍刑法や軍法会議法などの教育は十分に行われてはいなかったという。
更にもっと問題なのは、軍法会議の長官は、部隊長や司令官といった部隊の最高指揮官が就くことになっていたから、司法と行政が一体化してしまい、司法の独立を守るのが難しい構造になっていたこと。
現在の自衛隊員は国家公務員であり、違法行為等は通常の刑事訴訟法で処理される。無論、自衛隊員は、その任務の特殊性から、一般の公務員よりは厳しい罰則規定が設けられていて、例えば、防衛出動の際に「敵前逃亡」「命令拒否・不服従」「部隊不法指揮」には7年以下の懲役または禁錮に処することとされている。
ただ、それでも、旧帝国陸海軍の軍法会議の最高量刑と比べると軽い処分であることは否定できない。
また、自衛隊員は、自衛隊法第53条による宣誓義務があり、入隊時には、次の文章が記された宣誓文を朗読、署名捺印をする事が義務付けられている。
「私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います」だけど、逆にいえば、自衛官のモラルを保証するものは、最大7年の罰則と、宣誓義務しかないともいえ、石破幹事長の発言は、そうした背景があった上でのものだと思われる。
勿論、今現在の自衛隊員の働きとモラルは世界最高水準であり、現行のままでも十分機能しているから、軍法会議なんて必要ないという意見もあるだろう。
京都産業大学の西村峯裕教授は、湾岸戦争後のペルシャ湾への自衛隊掃海部隊派遣を皮切りに海外での平和維持や災害復旧活動とその国際的評価の高さから「自衛隊の規律保持は司法機関たる軍法会議にまでは至らない懲戒処分によって達成されてきたと考えられる」と指摘している。
ただ、だからといって、未来永劫何もしないでよいということにはならないだろう。自衛隊が国防軍になる時がくるとすれば、それらも含めて、一度、諸制度を見直してみる必要があるのではないかと思う。
この記事へのコメント
日比野
出先からなので、詳しく返答出来ませんが、参院選直前にこのネタをわざわざマスコミが報道するのは、ネガキャンじゃないのか、という疑問がひとつありました。ネットの一部では、さも自民党が、国民を戦場に!なんて騒いでるのもありますけれども、調べてみれば、なんのことはない、ただの軍法会議の話ですよ、と、そういうエントリーです。
ちび・むぎ・みみ・はな
> 「戦争に行かない人は、死刑にする」と発言
これは石破氏の発言
> 自衛隊法で最高でも懲役7年が上限であること
> を説明した上で、更なる重罪を課すこともある
に対する見出しだと言う.
自衛隊が軍隊として臨機応変に活動するためには
自衛隊法はポジティブ・リスト方式にならなければ
ならないし, そのためには軍法会議が必要になる.
従って, 石破氏の発言は何の不思議もなく,
ここで議論するまでもないものである.
問題は『「命令に服さない」「自衛隊員」』を
『「戦争」に行かない「人」』と言い換えた二重の
飛ばしにある.
従って, 何で
> ※何故、4月のネタを参院選直前のこの時期に
> マスコミが出してきたのかについて疑問がない
> わけではないのだけれど、それについて今回は
> 触れないでおく。
となるのか. 理解に苦しむ.
煽りなのか?