日本版海兵隊は中国の野望を抑止するか

 
更に、昨日のエントリーの続きです。

画像
 ブログランキングに参加しています。応援クリックお願いします。

日本が海兵隊を持とうとしている動きについて、いつも通りというか、中国が反発している。

7月9日、環球時報は「日本が『海兵隊』を創設、釣魚島(尖閣諸島)『奪島作戦』を執行するかもしれない」 と伝え、15日には、中国の国営通信社・中新社が防衛大綱に「海兵隊」構想が盛り込まれる見込みだと報じた上で、 「中国側の強い反対を招き、かえって緊張を高めることになりかねない」と論評した。人民日報も26日に「日本が『南西諸島』防衛に先制攻撃を計画」という記事を掲載している。

人民日報の見出しなどは、今にも日本が中国を先制攻撃でもするかのような書き方になっているけれど、記事には、日本の防衛計画大綱の中間報告で「各種事態の兆候を早期に察知する能力向上のための装備の充実が不可欠」と指摘していると紹介しているだけで、日本が"先制攻撃を計画している"とも、"先制攻撃能力を保有する"とも書いてない。それどころか、「中間報告に『敵基地先制攻撃能力』の保有を図ると明記されることはない」と自分で否定している。

だけど、その後は、「日本は先制攻撃能力の追求をしている」とし、こうした変化は昔からあったのだと、論を展開する。日本が海兵隊を創設するという構想を出しただけで、この警戒ぶり。海兵隊はそんなに"恐ろしい"存在なのか。

これはおそらく、「抑止」の考え方に起因しているのではないかと思われる。

抑止とは、相手の攻撃や侵略をさせない軍事力の行使或いは明示。すなわち、攻撃を仕掛けようとする相手に、こちらからの報復や防御を通じて損害を与えることを示す又は予測させることで、攻撃を思いとどまらせるための戦略になる。抑止の手段(理論)にはいろんなものがあるのだけれど、一般的によく取り上げられるものに、「拒否的抑止」と「懲罰的抑止」がある。

前者の「拒否的抑止」とは、相手に対して、「こちらを攻撃しても守りが堅いから成功しない」ということを示して攻撃を諦めさせる、という方法で、後者の「懲罰的抑止」は、「攻撃したら報復する」と示すことで、相手に攻撃以外の手段を取らせるように仕向けるもの。

例えば、ミサイル防衛システムなんかは、撃たれたミサイルを撃ち落とすシステムだから、「拒否的抑止」に該当するだろうし、相手国本土に到達する核ミサイルとなると、報復攻撃が可能になるから「懲罰的抑止」になる。

では、日本の抑止力はどれに該当するかというと、いうまでもなく「拒否的抑止」だけ。戦争を禁じた現行憲法は、「懲罰的抑止」能力の保持を許していないし、自衛隊の装備も「拒否的抑止」専用に構成されている。
※8/27訂正)現行憲法でも自衛の範囲内での先制攻撃は許している。コメ欄参照

それに対して、中国は核を配備して「懲罰的抑止」を持っている。また、毎年軍拡、特に近年の海軍力の増強は、他国による中国本土への攻撃をさせないようにしているから、「拒否的抑止」能力も増強している。第一、中国は、人民解放軍の軍事戦略として、接近阻止・領域拒否(A2/AD)戦略を採っている。これは「拒否的抑止」戦略そのもの。

だから、抑止力という面からみると、中国は「拒否的抑止」に「懲罰的抑止」と、両手にグローブをはめているのに対して、日本は「拒否的抑止」の左手だけグローブをはめて、右手は後ろ手に縛られている状態。最初からハンデキャップを負っている。こんなハンデを背負って何故いままでパンチを喰らわなかったかというと、それは勿論、傍らに、アメリカというヘビー級ボクサーがついていたから。もちろんアメリカは、「拒否的抑止」と「懲罰的抑止」の両手グローブ。それに日本の左手。中国の腕2本に対して、日米合わせて腕3本でこちらが優勢。それが抑止力として機能していた。それだけのこと。

画像


このように、物理的腕力で日米が勝っているから、殴られずに済んでいるのだけれど、それ以前に、これらの抑止方法がちゃんと「抑止力」として働く為の重要な条件がある。それは、これら抑止力を"実行する能力と意思がある"と相手に思い込ませること。

例えば、相手の威嚇にビビッて泣きだすくらい臆病で、喧嘩をする気なんか全くないという性格だったら、いくら腕力があっても全く意味がない。相手にしてみれば、その強力なパンチを打ってこないと分かっているのだから、やりたい放題。

アメリカは、世界最強の腕力を持っている上に、喧嘩も辞さない態度を顕わにしているから、刃向うものは誰もいない。だから、そのアメリカが味方している国々にはおいそれと手出しできない。それだけのこと。

だけど、もしも、アメリカが喧嘩をする覚悟を捨て、お前らのことは、お前らで勝手にやってくれ、と背を向けることになると、腕力の弱いもの、又は喧嘩をする気のないものから、やられていく危険が一気に高まることになる。その時は、自分で自分を守るだけの備えと覚悟が必要になる。

その時日本は、憲法改正しない限り、左手一本で身を護ることを余儀なくされる。

では、日本の海兵隊は、「懲罰的抑止」になり得るのか。海兵隊によって、日本の右手は解放されるのか。

先の抑止の定義からいえば、「懲罰的抑止」を持つためは、報復能力を持っていなくちゃいけない。だけど、中国の核ミサイルに対する報復能力を海兵隊が持つためには、ストレートには、海兵隊が核武装しなくちゃいけないということになる。だけどこれは非現実的。だから、普通に考えれば、日本の海兵隊は「懲罰的抑止」にはなり得ない。

ただ、あえて考えられることがあるとすれば、少数の特殊部隊でもって、敵地に乗り込み、その首脳の首を取る、所謂"斬首戦略"でもって報復することになるだろうか。民主国家だと、たとえトップの首が取られても、代わりの人が選ばれていくけれど、独裁国家はそうじゃない。トップの首が取られることは、即、国家崩壊に直結する。だから、一党独裁の中国にとっても、斬首戦略でやられるのは一番堪える。尤も、たとえ、斬首戦略が成功したとしても、そのあとの統治を考えると、実行は事実上不可能だと思う。何億人もの人民を相手に抗日運動されてはどうにもならないから。

ただ、海兵隊構想であるとか、先に進水した「いずも」に対して、あれだけ中国が反発することをみると、日本が、自分の国は自分で守るという意思をきちんと見せることが、抑止力として働くのではないかという気がしないでもない。

ジャーナリストの姫田小夏氏は「本当は日本が怖くて仕方がない中国」という記事で、中国人は、日本の軍隊はムチャクチャ強かったから、怖いと今でも思っており、それゆえ、日本が国防軍を持つことは駄目だと思っていると紹介しているけれど、そうだとすれば、尚の事、自衛隊が国防軍になるだけで、中国に対する抑止力として機能するということになる。

いずれにしても、抑止力が抑止力足り得るためには、抑止力を"実行する能力と意思がある"ときちんと示すことが何よりも大切。その自覚と覚悟がなければ、日本の安全は守れない日が近づいている。




画像

この記事へのコメント

  • 日比野

    Operaさん、どうもです。

    > 整理すると、懲罰的抑止能力を確保しようとすると、上記の1.と3.の能力を同時に得ることになりますが、あくまで3.の使用法に限定しそれを予告することは、自衛権の範囲内に含まれるのではないでしょうか(実際の政治・外交上は微妙ですが、理論上はそう言えます)。

    ご指摘ありがとうございます。そのとおりですね。今の集団的自衛権論議も3のロジックで進めていたかと思います。この部分は訂正させていただきます。m(__)m

    また、ご指摘のとおり、実外交上でこれができるかというと、微妙だと思います。憲法改正できればすっきりするのですけれども、取りあえずは周辺国への説明を重ねて味方を増やしていくのが得策でしょうね。

    > 中国の海上進出を認めることは、単に日本のシーレーンが脅かされるだけでなく、過去数世紀に亘って人類の共有財産であった海洋秩序の崩壊をもたらす恐れがあることを…

    そのとおりです。ですから、安倍総理の価値観外交、"法の支配で海の秩序を守る"が重要になるのですね。前にも何度かエントリーしたことがありますが、中国は安倍総理の「法と秩序」という世界観に対して有効
    2015年08月10日 15:22
  • opera

    ちょっと気になった点についてコメントします。

    >戦争を禁じた現行憲法は、「懲罰的抑止」能力の保持を許していないし、…

     これは違うのではないでしょうか?

     以下のサイト↓は、以前、日比野さんのブログで紹介されていたものですが、
    ◇日本国憲法は意外と先制攻撃を認めている
    http://d.hatena.ne.jp/zyesuta/20090601/1243840974
    主として先制攻撃ないし敵基地攻撃能力について論じつつ、それを、
    『1.予防攻撃…国際法違反/違憲
     2.先制的自衛…国際法と整合/合憲
     3.反撃/反攻策源地攻撃…国際法に適合/合憲』
    に分けて考えるべきことが主張されています。

    >相手国本土に到達する核ミサイルとなると、報復攻撃が可能になるから「懲罰的抑止」になる。

     これはその通りだと思うのですが、その核ミサイルを予防攻撃として使う(あるいはそのことを明言する)場合は国際法違反/違憲になるのは当然ですが、反撃として使う(ことを予告する)場合は、国際法に適合/合憲と考えることができるのではないでしょうか。

     整理すると、懲罰的抑止能力を確保しようとすると、上
    2015年08月10日 15:22

この記事へのトラックバック