中国の第4世代潜水艦とYAMATO-1
今日は久々の技術系のエントリーです。
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1.スクリューが要らない磁気推進船
8月20日、中国紙・環球網は、中国遼寧省の譚作鈞副省長の話として、第4世代原子力潜水艦の研究・開発に成功していると報じた。
これについて、香港紙・文匯報は、譚氏が挙げた第4世代原子力潜水艦とは、「095型攻撃原子力潜水艦と096型戦略原子力潜水艦」のことだと指摘。これに対し、香港の軍事アナリスト、梁国梁氏は「097型と098型のことだ」と述べた。
095型だとか、096型だとか数字で言われてもピンとこないかもしれないけれど、現在の中国海軍は、攻撃型原子力潜水艦の091型(漢級) と093型(商級) 、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の092型(夏級) 、094型(晋級)が配備又は建造中。従って、095型、096型は現行の次級、097型、098型は次々級の原潜のことだと思われる。
梁氏によると、中国は2000年から次世代原子力潜水艦の研究・開発を進めていて、第4世代の原潜は、スクリューや舵がなく、騒音ゼロで、理論的には100ノットを出せるものだという。
現存する原潜や通常動力の潜水艦は、その推進にはスクリューを使い、舵によって方向転換する。そして速力はせいぜい50ノットくらいが最高。
だから、中国の第4世代の原潜の性能が本当だとすれば、既存の潜水艦をはるかに飛びぬけたものであることになる。だけど、そんなことが可能なのか。
梁氏によると、中国の第4世代の原潜は、磁気推進方式が採用されているという。
磁気推進方式とは、電磁気学の「フレミング左手の法則」を応用した推進方法で、その推進装置は磁力発生装置と電流を流す装置から成る。海水を一種の"導体"と見做し、磁力を掛けて電流を流すことで推進力を得る。
推進装置は、海水を取り入れる「吸入導流管」と、海水を吐き出す「噴出導流管」を持っているのだけれど、まず、磁力発生装置で取り入れた海水に磁場を掛け、生成した磁場に直交するように電流を流してやる。海水中には、イオンが溶けているので、それを通じて電流が流れ、海水にはローレンツ力が働く。押し出された海水は「噴出導流管」から噴出し、その反作用で推進する。よってスクリューは要らない、推進器を上下左右と前後に付けてやれば、舵も必要ない。
これだけ聞くと、もう夢の推進機関のように思えるけれど、世の中そんなに甘くない。船や潜水艦に搭載するには大きな技術的課題がある。それは、非常に強い磁場が必要になること。
ローレンツ力の大きさ(F)は、電荷(q)と荷電粒子速度(v)と磁束密度(B)の積(F=qvB)で表されるのだけれど、大きなローレンツ力を得るためには、大電流を流して電荷の総量を増やすか、高電圧を掛けて荷電粒子を加速させるか、磁束密度を上げてやるかになる。
ところが、話はそう簡単じゃない。
2.最強の磁石
磁束密度を表す単位の一つに「テスラ(T)」があるのだけれど、例えば、ホワイトボードにメモを止める小さな磁石で0.1テスラ、ピップエレキバンで0.2テスラ、最強のネオジム磁石で0.6テスラ程度。以前、テレビ番組の「ほこ×たて」対決で、「どんな鉄でも離さない電磁石」が登場していたけれど、ああいった「リフティングマグネット」のような電磁石でさえ、その磁束密度は2テスラくらい。これまで、技術的に安定して発生できる磁場の最大強度は、フロリダ州立大学で記録した45テスラ。
勿論、電磁石コイルの巻き数を増やして(長くして)、流す電流を増やしてやれば、磁力をいくらでも強くすることはできるのだけれど、あんまり電流を流しすぎると今度は、電磁石のコイルに発生する熱によって、コイル自身が溶けてしまう。
それを防ごうとすると、外から冷やして溶けないようにするか、コイルの抵抗を極限まで小さくして、熱そのものを発生させないようにするしかない。
従って、磁気推進に使われる磁力発生装置には、コイルを冷やす冷却装置が必要で、更に、抵抗が殆どゼロになる超伝導材を、コイルに使用することが望ましい。今のところ、超伝導にはマイナス百何十度とかマイナス二百何十度といった極低温が必要になるから、結局のところ、コイルを冷やす装置は、超伝導ができるくらいにまで冷やせる装置でなければならないということになる。
だけど、超伝導ができるくらいの冷却装置を推進機関に付けるとなると、当然のことながら、推進装置全体が大きく、且つ、重くなる。無論、推進装置にとって、船の重量が重くなるということは、速度が出せないということを意味してる。先に述べた45テスラも実験室で達成できた値であって、船や潜水艦に積み込めるだけの重量やサイズとなると、実際にはもっと小さい値になると考えられる。
病院で使われているMRIの磁力は1.5テスラ、理論上は8テスラまで上げられるといわれていることを考えると、現時点の技術で磁気推進の磁力発生装置が出せる出力は、この8テスラから45テスラの間くらいではないかと思う。
また、潜水艦などの人が乗る船に強磁場発生装置を積み込む場合には、磁気が外に漏れないようにすることも必要になる。
現在、対潜哨戒機が潜水艦を探知する方法にはいくつかあるのだけれど、その中の一つに磁気を使った探知方法がある。潜水艦の船殻材には、深海の圧力に耐える為に高張力鋼が使われ、いわば巨大な鉄の塊。この鉄の塊が地球の磁場をわずかに変化させる。対潜哨戒機は、この磁場の変動をキャッチすることで潜水艦を探知する。この装置は磁気探知機(MAD)と呼ばれ、P3Cにも搭載されている。
ということで、唯でさえ、磁場変動を生み出している潜水艦が、自分から強磁場を出していては、探知してくれというようなもの。
それ以外にも、人体に対して、強磁場が及ぼす影響がまだ十分に分かっていないということもある。今のところ、2テスラ以下の磁力であれば、人体に影響がないとされている。MRIの磁力が理論上8テスラ出せるにも関わらず、1.5テスラに抑えているのは、人体の影響を考慮してのことだと思われる。
従って、磁気推進方式を採用する人が乗る艦船には、磁力発生装置が生み出す磁場を外に漏れさせない処置が不可欠になる。
3.世界初の電磁推進艇「YAMATO-1」
実は日本でも、20年以上も前に、この磁気推進方式を採用した船を造ったことがある。その名も「YAMATO-1」。
「YAMATO-1」は、世界で初めて超伝導を利用した電磁推進方式を採用した実験船で、1992年6月16日に神戸港で海上航行実験を行い、成功した。
「YAMATO-1」は全長30.2m、深さ2.5m、排水量185t。定員10名の小型船。6つの超電導コイルを束ねて4テスラの磁場を作れる超伝導電磁誘導式電磁推進装置を2基搭載していた。
それぞれの超電導コイルの内部にはプラスチック管が通っていて、内面には電極が取り付けられている。超電導コイルから磁界を発生させて、電極から電流を流すことで、プラスチック管内部の海水はウォータージェット式に船尾から吐き出され進む。
だけど、ニオブ・チタン合金を使用した超電導コイル(ニオブ・チタン合金)の冷却に液体ヘリウムが使われたことや、磁気漏れを防止するための遮蔽材の関係から重量が嵩み、排水量が185tもあるにも関わらず、定員は10名と極端に少なくして、少しでも軽くしようとした。
実験で「YAMATO-1」が出した速度はわずか8ノット(≒15km/h)。湾内就航フェリーくらいならこの程度の速度でも、何とか使えるかもしれないけれど、軍用潜水艦で8ノットしか出せないのでは話にならない。
中国の漢級が排水量5500トンで25ノット(潜水時)、夏級で排水量7000トンで22ノット(潜水時)出せることを考えると、最低でもそれくらいの速度が出せる推進器でないと使い物にならないと思われる。
今だに、日本でも、電磁推進方式の船舶の商用化はされていない。
4.ヘリカル型電磁推進
では、日本ではもう電磁推進方式は研究されていないのかというと、そうでもない。「YAMATO-1」以降も、電磁推進装置の出力を高める研究は続けられ、今では「YAMATO-1」よりも遥かに高出力を出せる新構造の電磁推進装置が開発されている。「ヘリカル型電磁推進装置」と呼ばれるのがそれ。
この「ヘリカル型電磁推進装置」は、筒状の電極を採用し、内部の中心軸には螺旋状の仕切り板が設けられている。超電導コイルに囲まれた管の内周を陰極、中心軸を陽極とすることで、超電導コイルによる磁界は中心軸方向に発生し、電流は中心軸から内周方向に放射状に流れていく。
この状態で海水を入れると、フレミング左手の法則に従って、海水には、中心軸の周囲を回る方向に力が作用し、回転流となる。ところが、筒の中心軸には螺旋状の仕切り板があるので、回転する海水は、その螺旋板に沿って流れ、くるくる回りながら船外に排出される。
神戸大学海事科学研究科の武田実教授は、このヘリカル型電磁推進装置の研究を行っており、直径約40cm、全長約2mのヘリカル型推進器を試作し、14テスラ、電流700Aの条件で、YAMATO-1の約10倍の推進力密度を出すことに成功。更にシミュレーションの結果、電極長さ10m、電極直径6m、ヘリカルピッチ長さが0.6mで、最大の推進機効率になることを確認している。
ただ、この武田教授の研究は、物質・材料研究機構と中国科学院電工研究所との国際共同研究として実施されていたから、この技術は間違いなく中国にも渡っている。だから、今回の中国の第4世代の原潜に採用されたという磁気推進にもこのヘリカル型電磁推進技術が応用されている可能性は高いとみる。
先の香港の軍事専門家・梁氏は、中国の第4世代原潜について「研究開発完了と言っても、ただちに建造可能という意味ではない」とし、おそらく実物2分の1から3分の1模型が完成して、各種のテストが終了した段階であって、実際の艦艇が進水式を迎えるには少なくとも4~6年、長ければ10年の歳月が必要になると分析しているようだけれど、5000トンクラスの潜水艦といえば、「YAMATO-1」の25倍以上も重い。それを22ノット以上と「YAMATO-1」の8ノットの4倍近くの速度で動かすことが最低限の目標だと考えると、いくらヘリカル型電磁推進装置が、「YAMATO-1」の約10倍の推進力密度を持っているとしても、ハードルは結構高いように思える。
それにスクリューや舵がなくても、水中を巨大な鉄の塊である潜水艦が自力で動く限り、100%無音は有り得ないし、磁気探知のように、潜水艦を探知する方法は音だけじゃない。
だから、中国の第4世代原潜については、ウォッチをしておく必要があるとは思うけれど、日本も同じものを開発すべきかというと、やはり軍事的な有用性や運用を含めて検討した上で判断したほうがよいだろう。
この記事へのコメント
けい
環境にも機器にも影響がありそうです
ス内パー
単純な電磁推進よりは小さな出力で使えるんでしょうけどそれこみで実用化にはまだ遠そうですねこの方式。
スクリュー使わないから整備性は良くなるかもしれませんが低速時、カーブ中の取水能力低そうですしジェットエンジンのような高速直進時専用の使い方になるかもですね実用化しても。