シリア情勢が動いてます。

9月8日、シリアのアサド大統領は、アメリカのCBSテレビとのインタビューで、例の化学兵器使用について、「私が自国民に対し化学兵器を使用したという証拠はない」と述べ、自らの関与を否定した。但し、「化学兵器を持っているかは肯定も否定もできない。もし持っていてもきちんと管理されている」と述べ、化学兵器の保有を仄めかした。また、アメリカがシリアを攻撃すれば報復もありうると警告した。
このアサド大統領の発言については、それを裏付けするかのように、ドイツ紙「ビルト・アム・ゾンターク」が8日付の記事で、ドイツ情報機関筋の話として、シリア政府軍がアサド大統領の承認を得ずに化学兵器を使用した可能性があると伝えた。
記事では、ドイツの情報機関が傍受した通信記録から、シリア軍の部隊責任者らが過去4カ月半の間、大統領府に対し化学兵器の使用許可を求めていたが、大統領府側は認めなかったことが判明し、情報機関の関係者は、化学兵器による攻撃がアサド大統領の許可を受けないまま行われた可能性があると指摘したという。
また、9月10日、ニューヨークに本部を置く、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチは、化学兵器使用疑惑について、現地からの映像や写真および目撃証言を分析した結果、ロケット弾の残骸写真から、グータ西部への攻撃に旧ソ連製の140ミリロケット弾が使われた判断。これらのロケット弾や発射装置は、政府軍だけが所有していると述べている。
ただ、その一方で、シリア反体制派に4月から拘束され、このほど解放されたイタリア人記者ドメニコ・キリコ氏らは、拘束中に「化学兵器攻撃は西欧諸国が軍事介入するように反体制派が仕掛けたもので、死者の数は誇張されている」との内容が漏れ聞いたと伝えている。尤も、キリコ記者自身、「会話していた連中の素性も分からない。アサド政権が化学兵器を使わなかったと言うのは無理がある」と述べていて、真偽ははっきりしない。
現在、アサド政権を積極支援する有力国は、ロシアとイランの2ヶ国。ロシアがアサド政権を支援するのは、シリアのタルトス港の港湾施設をロシア海軍に提供していることや、シリアが旧ソ連時代からロシアの友好国であり、ロシアにとって欧米に対抗するための橋頭堡であること。更に、プーチン大統領が「アラブの春」の影響がロシアに及ぶことを恐れ、ロシアの反政府運動にもかなり神経質になっていることなどがその理由に挙げられる。
そのロシアが、シリア情勢に大きな影響力を行使している。
9月9日、ロシアのラブロフ外相は、シリアのムアッレム外相とモスクワで会談し、シリアが化学兵器禁止条約に早急に加盟するよう提案。化学兵器を国際的な管理下に置き、最終的に廃棄することを求めた。というのも、アメリカのケリー国務長官が9日、「アサド政権が1週間以内に化学兵器を引き渡せば軍事攻撃を回避できる」と述べており、ラブロフ外相の提案は、この発言を受けてのものだと見られている。或いは、アメリカとロシアが水面下で何らかの調整を図った上でのことかもしれない。タス通信によると、ムアッレム外相は「ラブロフ外相の発言を歓迎する」と応じたようだ。
9月10日、オバマ大統領は、シリア問題に関するテレビ演説を行った。その要点は次のとおり。
・化学兵器を用いた攻撃が行われた背後にはアサド政権がいる。と、シリアが化学兵器の放棄に応じれば、軍事行動は行わないと明言した。これで、シリアが化学兵器禁止条約に加盟および破棄することで、アメリカの軍事介入が避けられる可能性が出てきたことになる。
・米国が行動しなければ、「暴君」は再び化学兵器を用いることを「ためらわない」だろう。
・アサド政権に対して行動することは米国の利益にかなう。
・シリアに対して行動しなければイランを大胆にさせる。
・シリアにおける化学兵器使用の映像は「吐き気を覚える」。
・軍事行動に踏み切る場合には標的を絞ったものとし、アメリカ軍はシリアでの地上戦に参加しない。
・外交的手段を通じて解決される可能性が出てきた兆しは心強い。
・米議会に対し、軍事行動に関する採決を延期するよう要請した。
・シリアに実際に化学兵器の保有を断念する約束を守らせるため、ロシアや国連と協力していく。
ただ、ひとつ気になる点があるとすれば、オバマ大統領がこの演説で、「アメリカは世界の警察官ではない」と発言したこと。
これは、アメリカが他国の問題に介入することを疑問視する声があることに対してのもので、「アメリカは世界の警察官ではないとの考えに同意する。…しかし、痛みに苦しみ、今なお病院の冷たい床に横たわっている。化学兵器の犠牲となった子供らの映像を見て欲しい。…ガスによる死から子供たちを守り、私たち自身の子供たちの安全を長期間確かにできるのなら、行動すべきだと信じる。…それがアメリカがアメリカたる所以だ」と述べた。
マスコミは、この発言から、アメリカは世界の安全保障に責任を負う役割は担わない考えを明確にした、と述べているけれど、オバマ大統領は、他国のことは他国に任せて、まるっきり介入しない、とまでは言っていない。人道に悖る行為については、これを許さない、としている。それが、アメリカがアメリカたる所以だ、と。
これまでアメリカは世界の警察官を自認し、世界の秩序を構築・防衛する役割を担ってきた。「自由と民主」という正義を掲げることで、それに反するものは許さないという姿勢をとっていた。それは時として"アメリカの正義"の押しつけにみえるものもあったにせよ、結果として、その圧倒的な軍事力によって、世界大戦レベルの戦争を起こさせなかった。
だけど、もしアメリカが、本当に世界の警察官の役割を放棄したとしたら、次にくるのは、各国それぞれ自衛に走る世界。アメリカがあてにならないのだから、自分の身をより確実に守れるように、多国間軍事同盟を含めて、自衛力を強化するのは当然の流れ。
とくに、中東でいえば、イスラエルの問題がある。アメリカがシリアに対して軍事行動を起こさないとなると、今度は、イスラエルがイランの核施設に対して攻撃を開始する可能性が出てくる。これまでのように、アメリカが世界の警察官の役割をはたしていれば、たとえ、イスラエルがイランを攻撃しようとしても、アメリカからストップをかけることも出来るのだけれど、アメリカが警察官でなくなれば、その歯止めはなくなる。
今回のオバマ大統領の「世界の警察官ではない」発言について、アメリカ国民は受け入れるのか、そして、それがアメリカの総意となるのか。重要な歴史の転換点になるかもしれない。
この記事へのコメント
白なまず
ちび・むぎ・みみ・はな
本当は「アラブの嵐」であろう.
国民が国民意識よりも信仰意識に従う場合,
日本の様な民主国家とは全く違った政治が働く.
米国が世界の警察でなくなった時,
それは南北戦争以来の米国の理念が消失する時.
sdi
一部の方々はバラク・フセイン・オバマ大統領の決断に拍手喝さいしているみたいですが、この言葉が「アメリカはもはや覇権国ではないのだから覇権国の地位と責任を放棄して『義務』から開放されるべきである」という意味にもとれます。
この場合、アメリカが国際社会のリーダーから「軍事力と経済力が図抜けた『普通の強国』」になるという宣言になります。覇権国ではないただの強国になったアメリカですよ。さて、一体どんな振る舞いをするんでしょうか?