弾薬を借りる韓国と緊迫の南スーダン
今日は、この話題です。
ブログランキングに参加しています。応援クリックお願いします。
12月23日、日本政府は、南スーダンでのPKOに参加している韓国軍からの要請を受け、陸上自衛隊の銃弾、およそ1万発をPKO協力法に基づき、国連を通じて、提供する方針を固めた。
要請された弾丸は韓国軍の個人火器(K-2)と互換性がある5.56㎜小銃弾と見られ、韓国軍関係者が、韓国政府から弾薬が補給され次第、返却するとしている。韓国政府は25日頃には、ハンビット部隊の為の火器と弾薬を積んだ空軍輸送機を南スーダンへ派遣すると発表している。
南スーダン共和国は2011年7月9日に、スーダン共和国から独立した、世界で最も新しい国。初代大統領は、スーダン人民解放運動/スーダン人民解放軍(SPLM/SPLA)の議長兼最高司令官で、スーダン共和国の第1副大統領でもあったサルヴァ・キール氏。
南スーダンは、日本の1.7倍に当たる64万平方kmの国土を持ち、人口は826万人(2008年)を擁し、かつてのスーダンにあった油田の約8割を抱える産油国。首都はジュバで、英語を公用語とする。
分裂前のスーダンは、北部にアラブ系ムスリムが多く、南部はアフリカ系キリスト教徒が中心で、人口に勝る北部が南部を支配していたのだけれど、南部アフリカ系住民からなる反政府勢力が第一次スーダン内戦(1955~1971年)及び第二次スーダン内戦(1983~2005 年)を戦ったのち、2005年1月、北部のイスラム政権を率いるオマル・アル・バシール大統領とスーダン人民解放戦線(SPLA)のジョン・ギャラン司令との間で、南北包括和平合意(CPA:Comprehensive Peace Agreement)が署名され、停戦した。
南北包括和平合意(CPA)では、南部スーダンに民族自決権が認められ、6年間の移行期間の最後に、南部が統一されたスーダンの枠内にとどまるか、分離独立するかの選択を問う住民投票が実施されることになっていた。
2005年の南北包括和平合意後、南部スーダンには自治政府が設けられ、ジョン・ギャラン司令が初代大統領に就任する。ところが、就任間もない2005年7月、ギャラン大統領はヘリコプター事故によって死亡。後任に、スーダン人民解放戦線(SPLA)の参謀長としてギャラン司令を補佐したサルヴァ・キール・マヤルディが選ばれた。
サルヴァ・キール氏は、穏やかな人柄と控え目な言動、そして、輝かしい軍歴から、人気を集めたようで、2010年4月の南スーダン自治政府の大統領選挙では、なんと得票率92.99%という圧倒的大差で南部スーダン自治政府大統領に再選。続いて、スーダンのオマル・アル・バシール大統領はキール氏をスーダンの第一副大統領に再指名している。
そして、2011年1月、CPAに基づいて、南スーダンの分離独立を問う住民投票が行われたのだけれど、南部スーダンの有権者の98%が独立を支持。2011年7月に南部スーダンは晴れて分離独立することになる。
こうして、独立した南スーダン共和国の大統領として、サルヴァ・キール氏が順当に選ばれたのだけれど、ただ、独立後の南スーダンの政権母体であるSLPAの政治部門である「スーダン人民解放運動(SLPM)」は、言語の異なる数十の民族の連合体で、そのキール大統領でさえも、自らの出身であるディンカ人以外は掌握できていないのではないかと見られていた。
そこで、キール大統領は、地域ごとのバランスに配慮した政権を樹立することとし、副大統領にヌエル人のリエック・マシャール・テニィ氏を指名する。
リエック・マシャール氏は、イギリスのブラッドフォード大学で哲学の博士号を取得した人物で、スーダン人民解放戦線(SPLA)の最も初期のメンバーの一人でもあるのだけれど、SLPA内での対立もあって、1994年にSLPAから脱退。1997年に南部スーダン国防軍(SSDF)の司令官となっている。その後、2002年にマシャール氏はSSDFを率いて、再びSLPAに合流。南スーダン共和国の独立に伴って、副大統領に就任する。
このように、キール大統領とマシャール副大統領は、民族のみならず、その出身母体というか支持母体が異なっているという背景があった。そんな中、2013年7月、キール大統領は、マシャール副大統領を筆頭に内閣の全閣僚、与党「スーダン人民解放運動(SLPM)」幹部を一気に解任する。
その背後には、経済利権が絡んでいるとも言われているのだけれど、マシャール氏は、全閣僚の解任を「キールの独裁化」と非難。これに呼応した南スーダン軍内部のマシャール派が蜂起し、今回の武装衝突となった。
12月15日の夜の武力衝突以降、首都ジュバでは少なくとも500人が死亡したと報告され。アフリカ連合(AU)はキール派、マシャール派の両者にクリスマス期間中の停戦を働きかけているのだけれど、マシャール氏側は、キール氏が退陣しない限り対話には応じない姿勢を示している。
また、ディンカ人とヌエル人の住民同士の暴力も激化していて、日本の陸上自衛隊も国連平和維持活動(PKO)で派遣されているジュバの国連施設などには、住民約4万人が避難したという。
更に、21日には、 ジョングレイ州で、米国民避難のために派遣されたアメリカ軍のオスプレイが銃撃され、アメリカ兵4名が負傷。多くの油田労働者が働く中国やイギリスなども、自国民の退避を進めている。
ジョングレイ州の北部は、マシャール氏がかつて率いていた南部スーダン国防軍(SSDF)の支配地域でもあるから、マシャール派が反乱したのなら、この地域が反乱軍の中心的地域になるのではないかと思う。
マシャール氏は、21日にイギリスBBC放送に対し、南スーダン政府軍と戦闘を行っている反乱軍は、自らの指揮下にあると認め、油田地帯である南スーダン北部ユニティ州を反大統領派が制圧したと主張しているのだけれど、ユニティ州はジョングレイ州のすぐ北に位置していて、その一部はSSDFの支配地域でもあったから、マシャール氏の主張するように、反政府軍が油田を制圧した可能性は捨てきれない。
それに、南スーダンの国家収入の約98%が石油収入。だから、本当に、反乱軍に油田地帯を抑えらたのだとしたら、南スーダン政府にとっては、相当な痛手になることは勿論のこと、反乱軍が資金源を得ることで、反乱が内戦へと繋がる恐れもある。
今年1月には、アルジェリアで邦人が人質となる事件があった。哀しい哉、争いが世界から無くなる日はまだ遠い。日本はその現実に向き合った国へと変わっていかなればならない。
この記事へのコメント
ちび・むぎ・みみ・はな
世界は何処も利権で動く.
明治維新ほど利権と離れた政変は珍しい.
南北戦争も, 名誉革命も, フランス革命であっても,
結局は利権の問題であった.
明治維新は世界文化遺産にする価値がある.
利権を離れて行動できる民族もあるのだと言う意味で.
sdi
現地の韓国軍(ソウルの韓国政府にあらず)は、自分たちが自衛隊から弾薬補給を受けたことをニュースされたくなかったでしょう。外信ニュースをネット等でモニターしているであろう反乱軍側に知られてしまう可能性は高いでしょうから。
魑魅魍魎
粗悪な弾だったらどうしますか?
実戦で使う可能性がある以上、粗悪な弾を返されても困りますよね?