EUはロシアからのガス供給リスクを回避できるか


昨日のエントリーのつづきです。
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3月7日、ロシア政府系天然ガス企業「ガスプロム」のミレル社長は、ウクライナ向けガスの2月分の支払いを期限だった同日になっても受け取っておらず、今年第1四半期の滞納金が計18億9000万ドル(約1950億円)に上ると指摘。滞納金の支払いがなければ、「(ガス供給が止まった)2009年初頭の状況に戻るリスクが出てくる」と警告した。

昨日のエントリーで、ロシアがウクライナに対して、これまで供給した天然ガスの代金を請求した件について触れたけれど、これが「ガスプロム」の横槍によるものだとすると、ウクライナが支払を渋れば、ガスの供給を止めてしまう可能性が出てくる。

ガスプロムはウクライナのガス需要のほぼ半分を供給していて、欧州全体をみても、その3分の1はロシア産ガスが占めている。EUのガスはロシアにその多くを負っているのが現実。2010年時点のデータだけれど、ロシアは、ウクライナ経由で954億立方メートルの天然ガスを欧州に供給している。

2002年、欧州は、域内ガス生産が53%であったものが、2030年には19%まで減少するとの予測をうけ、複数のソースから供給するTENs(Trans- European Networks)計画を立ち上げた。その一つとして「南回廊パイプライン」が検討された。

南回廊(South Corridor)パイプラインとは、EUのエネルギー安全保障強化に結びつけるためのもので、基本的にカスピ海をガス・ソースとして、エネルギー供給ルートとソースの分散化と拡充を目指した。

そして具体的に、ナブッコ(Nabucco)、 ITGI(Interconnector Turkey-Greece-Italy)、TAP(Trans Adriatic Pipeline)という3件の計画が立案された。

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ナブッコは、アゼルバイジャンのガスをトルコを横断するパイプライン計画で、ITGIはトルコからギリシャ経由でイタリアまでを結ぶガス・パイプライン計画。そして、TAPは、トルコ-ギリシャ国境からアルバニアを通ってイタリアへ供給する計画。

特にナブッコは、総工費は79億ドル、総延長3300km、パイプ径56”、輸送能力310億立方メートルに及び、欧州の天然ガス輸入におけるロシア依存度を低下させたいとするEUやアメリカの意向を受けた、極めて政治的な計画だった。

そして、2004年6月には、オーストリアのOMV、ハンガリーのMOL、ルーマニアのTransgas、ブルガリアのulgargaz、トルコのBotasの間でナブッコ・コンソーシアムが設立され計画がスタートしたのだけれど、肝心の天然ガスの供給ソースの見通しが立たず、計画は延びのびになっていった。

そうこうするうちに、2007年、ロシアのガスプロムとイタリアのENIがナブッコ・パイプラインに対抗して、サウス・ストリーム・パイプライン建設で合意。これは、ロシアから黒海海底を西方に900km延ばして、ブルガリアのブルガス(Burgas)に到るもので、ブルガリアからは南方へ、ギリシャ経由でイタリアに到る1000kmのラインと、西方へ1300km延びてオーストリアに到るという計画。ガス供給能は当初年間300億立方メートルで、その後630億立方メートルまで引き上げられている。

サウス・ストリーム計画は、2008年にブルガリア政府とロシアとで合意。続いてセルビア、ハンガリーと合意し、2010年4月には、オーストリア、ブルガリア、クロアチア、ギリシャ、スロベニアを含め、全通過国と合意している。そして、2012年12月には着工式が行われ、欧州への天然ガス供給は2016年第1四半期にスタートする予定となっている。

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一方、ナブッコは、2009年7月に、トルコのアンカラにおいて、関係5ヶ国の間でパイプラインに関する政府間合意書が調印されたのだけれど、これは、この年の1月におきたウクライナとロシアのガス紛争を切っ掛けとしてガスソースのロシア離れの必要性が強調されて実現したと言われている。

ところが、EUのロシア産ガス回避の思惑とは裏腹に、企業体であるナブッコ・コンソーシアムは、天然ガスの最大の供給者はロシアを置いて他になく、これにアゼルバイジャンやその他の供給国のガスを上乗せしてパイプで運ぶという青写真を描いていて、計画は遅々として進まなかった。

そんな折、2011年に、トルコとアゼルバイジャンの両国政府がシャーデニス・ガス田のガスを、グルジアからトルコ領内を輸送するTrans-Anatolian gas Pipeline(TANAP)計画を発表した。シャーデニス・ガス田はナブッコのガス・ソースの一つとして考えられていたものであったことから、ナブッコはトルコ内での事業の可能性がなくなり、今では、トルコから先のバルカン半島からオーストリアに供給する「ナブッコ・ウェスト」にするか、先に上げたTAPと合流するかという状況で尻つぼみとなってしまっている。

一部のマスコミでは、さも、ナブッコ計画が今も欧州主導で進んでいるかのように報道されているようだけれど、少なくとも、アゼルバイジャンからトルコを縦断するという意味でのナブッコ計画はもう存在していない。

そして、欧州TENs計画最後の一つである、トルコ・ギリシャ国境からイタリアまでを結ぶITGI計画は、2005年ギリシャ、イタリア、トルコ首相の間で合意し、2015年の稼働開始を目指していたのだけれど、2011年2月に、EUは乱立気味であった南回廊を整理するべく、ナブッコ計画とITGI計画とを統合することとし、この時点でITGI計画は姿を消している。

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ということで、当初計画された3件のガス・パイプライン計画のうち、ナブッコとITGIは消え、残ったTAPもトルコ・ギリシャ国境からガスを供給するパイプラインであり、元々あてにしていたカスピ海沿岸のガスを引いてくる計画は潰えてしまった。

EUが望む南回廊のガスの供給ラインはトルコとアゼルバイジャンのTANAPが握っている。そして、仮にTANAPが使えたとしても、それ以前に、ロシア抜きでガスソースを確保することすら難しいのが現実として横たわっている。

これらを考えると、EUがロシアに経済制裁云々しようとしても、どこか腰が引けている理由が良く分かる。

もしも、EUがロシアからのガス供給がストップしてもやっていけるためには、カスピ海沿岸のガス田開発と、トルコとアゼルバイジャンを取り込んで、TANAPの権益を確保しなくちゃいけないし、または、全く別にシェールガスなどの開発・輸入を進めて、ロシア産ガスの依存度をどんどん減らしていく必要がある。

現時点で見る限り、ロシアがEUの経済制裁に対する報復としてロシア産天然ガスをカードに使うのは、極めて有効な手段であると思われる。1~2年といった短期間では、EUに対するロシアの優位は動かないだろう。




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この記事へのコメント

  • sdi

    今のウクライナの経済状態では、ガスの代金を支払う意志があっても払えるかどうか怪しいのでは?。
    2015年08月10日 15:21
  • 泣き虫ウンモ

    クリミア半島の、ウクライナに対する水や電力の依存度が高く、これを逆に武器にされそうなので先に宣言したのかなと。
    クリミアを背負うというのは、財政上のリスクもあり、ロシアはロシアで考えている部分もあるのかな。
    将来的に日本がロシアに協力するにしても、汚職状況を知らないといけませんね。
    公共事業が当初の予算から、数倍から数十倍に膨れ上がる可能性があるので、調査しないといけないと思いますね。
    これからロシアは、クリミアに投資しないといけないと思いますので、日本はどうしましょうか?
    2015年08月10日 15:21
  • 白なまず

    日本は米国からの冷遇を退け独立国に戻れるか?
    おそらく、日本個別では無理で、支那が尖閣を占拠しても米国は出動せず、にも関わらず日本の防衛力強化を認めず、一方的に殴られ放題になりそうです。残る手はロシアと手を組み日本の安全保障を見直し、米国から距離を置くことしかなさそうです。

    参考動画【伊藤貫】アメリカと世界はどうなる[桜H26/3/20]
    http://www.youtube.com/watch?v=0NjhNWc_p-E
    2015年08月10日 15:21

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