今日はこの話題です。

4月18日、韓国の保険業界トップのサムスン生命が、6700人の職員の内、その15%にあたる1000人を削減すると発表した。
関係者によると、経済環境の変化に先に対応するという趣旨で、5月までに人員調整を行うとし、職員らを対象に、子会社及び系列会社への移動および希望退職などを呼びかける。職員の500~600人を本人の同意の下、子会社のサムスン生命サービスに移動させるという。
これを受けて、巷ではついにサムスンが大規模リストラを開始したとか、サムスングループ崩壊か、なんて記事がネット界隈を賑わせているようだけれど、飛ぶ鳥を落とす勢いだったサムスンが何故こんなことになったのか。
その前に、サムスンの強さの"秘密"を振り返ってみたい。
サムスングループは、いわずと知れた韓国最大の財閥。韓国の最大手の総合家電・電子メーカーのサムスン電子を筆頭に、造船やプラント生産のサムスン重工業、商社事業と建設事業のサムスン物産、韓国最大の保険会社サムスン生命など総数64に及ぶ企業グループ。サムスングループの2011年の売上高は2475億ドルで、韓国のGDPの18%を占める。
サムスンの強さの秘密については、すでに色んな書籍や分析等が成されているけれど、やはり、サムスン経営陣の判断スピードや、積極的で大胆かつ大規模な投資にその原因があるという見方があるようだ。
サムスンの強さの秘密については、共愛学園・前橋国際大学の石井昌司教授が、韓国企業が強くなった背景を探るため、サムスンのホームページや先行文献を取りまとめた結果、7つの要因があると分析している。少し長くなるけれど、次に引用する。
(1)モノづくりの基本的考え方・やり方このように、相当なもの。サムスン内部では、凄まじい競争と、現地ニーズの吸い上げ、人材確保・育成に力を入れている。一言でいうと、サムスンは「表の競争力」すなわち、消費者からよく見える競争力にひたすら特化することによって、成長してきたといえるのではないかと思う。
①製品開発の根幹となる技術開発と開発設計は、時間・人・金が非常にかかる先行投資なので、自前で行わず、主に日本のメーカーからのキャッチアップで済ます。
②リバース&フォワードエンジニアリング
先行製品を分析し、どのような機能を意図して設計され、その機能を実現するためにどのような仕組み(機構)を備えているかを分析する(リバース)。これらの分析をもとに、新しい機能を持った新規の製品を開発する(フォーワード)。その際、販売する国のさまざまな消費者のニーズに合わせ、足し算や引き算をして別の幾通りもの新商品を作り出す。新興国市場の消費者が本当に求めている機能以外のものは削除し、材料費を大幅に削減(=過剰品質に伴う高価格を排除)。
③「裏の競争力」で勝負する道を選択
企業の競争力には、大きく分けると「表の競争力」と「裏の競争力」がある。
「表の競争力」:デザイン、価格、ブランドなど消費者からよく見える競争力
「裏の競争力」:品質、それを支える生産方式、企業体質のような、消費者からは全く見えない競争力
サムスンは、消費者からよく見える「表の競争力」で勝負する道を選んだ。
(2)デザイン力
1996年、デザインの一つひとつに企業の理念と価値観を込め、人々を魅了する製品を作ることこそが「真の経営」であると判断、「モノづくり」の中核にデザインを置く経営を打ち出す。デザイナーは全世界7 か所の拠点「デザインセンター」(ソウル、
(3)広告・宣伝
売上高の3%を広告・宣伝費に充当。オリンピック、テレビ、空港、主要道路の広告塔、地下鉄、バス停、スタジアムなどに広告。新興国でサムスンの広告・宣伝が目につく。
(4)技術開発に力
2010 年には売上高の5.9%(78.7 億ドル)をR&D費に投下した。サムスン総合研究院を中心機関として、世界18か所に研究開発拠点あり。全社員の4分の1にあたる約4万2千人が研究開発に従事している。修士・博士号取得者1万8千人現地の消費者のニーズに合わせてものづくりを行っている。すなわち、製品の仕様や機能を現地の消費者のニーズに合わせ、製品開発を行っている。
(5)「人材第一」が創業以来の哲学
①人材育成の哲学
国籍や性別を問わず優秀な人材を登用することが、人類社会に貢献するための優れた製品やサービス作りの基本とする哲学
②人力開発院
数百人が泊まり込みで学べる宿泊型の研修施設。社員を何日も泊りこませて、カンヅメ状態にしながらグローバル戦略に沿ったカリキュラムで徹底した教育を行う。次に述べる地域専門家も、派遣前にここで3ヶ月間カンヅメ教育を受ける。
③地域専門家
1993年「地域専門家制度」導入。入社3年目以上、課長代理クラスの社員を全世界に派遣する。毎年数百人が対象(200~300人)となり、これまでに約4千人を派遣。真の国際化を目指し、社員に海外の文化や習慣を習熟させて、その国の「プロ」となる人材を育成する目的で開始。地域専門家は派遣先の国に1年間滞在するが、仕事の義務はない。その国の言語や文化を学ぶため、自主的に計画を立て、実行する。これが現地のニーズの吸い上げに役立っている。
④テクノMBA制度 1995年スタート
次世代リーダーの育成が目的。派遣期間2年。これまで約600人がMBA取得
⑤外国人人材の活用
特に日本の電機メーカーからのヘッドハンティングが盛ん。いま300~500人くらいの元ソニーや元東芝の技術者がいると言われる。日本人技術者はサムスンの技術力向上に大いに貢献してきた。
⑥高い目標設定と「信賞必罰」
TOEIC:2005年、新入社員は900点以上、既存社員は800点以上との基準設定。A級(920点以上)でないと課長への昇進は不可能
役員・社員は、具体的かつ高い目標を課され、達成できなければ、左遷、解雇は日常茶飯事。徹底した実力主義で、派閥も学閥もなければ、労働組合もない。新入社員の10%程度が毎年会社を去り、3年以内に30%程度が辞める。
(6)オーナー会長(李健熙会長)によるリーダーシップとスピード経営
オーナー会長によるリーダーシップと即断・即決のスピード経営は日本企業の経営と対照的。日本のエレクトロニクスメーカーがメモリー、液晶(テレビ、パネル)などでサムスンに敗退したのは、サムスンのスピード経営、積極果敢な投資についていけなかったことも大きな要因として挙げられている。
(7)部品の現地調達
新興国市場では、日本製の部品から安価な代替部品の使用へ転換し、材料費の大幅な削減を図った。しかし、製品に求められている品質は維持。できるだけ現地の部品を使うこととしたが、部品情報は本社主導で調査し、現地へ情報提供。また、部品をランク分けし、高価格を受容する市場には高ランク部品、低価格を好む市場向けには低ランク部品を採用することとした。
製品開発の根幹となる技術開発と開発設計は、日本のメーカーからのキャッチアップで済ませ、徹底したリバースエンジニアリングによて"コピー"技術を高め、世界各地に人員を派遣して現地のニーズを吸い上げて、それに沿ったフォワードエンジニアリングを行った製品を送り出す。あとは、デザインと宣伝に力を入れて、世界中に売りまくる。まぁ。見方によれば、一種の「2番手戦略」だと言えなくもないとは思うけれど、ここまで徹底すれば、十分に勝者になれることの証左でもある。
サムスンは1990年代初頭まで、日本メーカーに追いつくことを目標としていた。だけど1993年に、サムソン会長の李健煕氏が「妻と子ども以外はすべて取り換える」と宣言。世界を相手に大胆な構造改革を始めた。サムスンは、グローバル化で勝ち抜くためにどうするかを検討した結果、2000年にトップダウンの経営方式をやめ、ボトムアップの経営方式を採用した。但し、サムソンのボトムアップは下からの意見を汲み上げるといった単なるボトムアップではなく、権限移譲をも含むもので、李健煕会長は将来的な方向性だけを示し、具体的な実現方法については全て下の者に任せることとした。仮に会長が最終的な意思決定をする場合でも、部下の判断を尊重し、そこで時間が割かれることはなく、意思決定のスピードが格段に早くなったのだという。
この下に権限移譲する形のボトムアップ経営は、世界各地に人員を派遣し、現地のニーズに合わせたフォワードエンジニアリング製品を製造販売するのと非常に相性がいい。極端な話、現地で即断即決で製品企画を立ち上げ製造することだってできるのだから、2番手戦略にとって、これほど強いものはない。
だけど、そうはいっても、いつまでも同じものが売れ続けてくれるほど、世の中甘くない。ある製品が世の中に広く行き渡れば、段々と売れなくなってくる。現に世界を席巻したスマホ市場も飽和し、最近は陰りが見えてきている。
2番手戦略は、自分が1番手になってしまうと、途端に脆くなってしまう弱点がある。自分自身でニーズを作り出し、新たな市場を生み出す力がないと、飽和した市場ではもう勝負できなくなってしまう。アップルは、スマホやタブレットというシーズを撒き、それをニーズにまでもっていく力、すなわち「裏の競争力」を持っていたけれど、サムソンはそうした「裏の競争力」を捨てることでのし上がってきた。今のサムソンが苦境にあるとすれば、その捨て去った「裏の競争力」のツケが回ってきたのだともいえると思う。
では、サムソン帝国はここまま崩壊していくのかといえば、必ずしもそうとはいえないかもしれない。なぜなら、サムソンは、この「表の競争力」に特化した「2番手戦略」を極限にまで追求しているから。
2010年5月、サムソンの李健煕会長は「五大次世代事業」として、太陽電池、自動車電池、LED(発光ダイオード)、バイオ製薬、医療機器の5つを掲げ、2020年までに、23兆3000億ウォン(1兆6000億円)の投資、売上高50兆ウォン、4万5000人の雇用創出という目標を掲げた。中でも、バイオ製薬には特に力を入れていて、2011年4月にアメリカの総合バイオ製薬サービス企業「クインタイルズ」と合弁会社「サムスンバイオロジックス」を設立。12月には、同じくアメリカの大手製薬会社である「バイオジェン・アイデック」との合弁会社「サムスンバイオエピス」を設立している。
李健熙会長は、バイオ製薬はサムスングループの未来産業だとし、2011年の新年祝辞で、1200人のグループ役員を前に「サムスンを代表する大部分の事業と製品は10年以内に消え、その場には新しい事業と製品が占めているだろう」と述べている。
これは、今のサムスン電子の主力商品であるスマホでさえも、容赦なく捨てるという宣言であり、これからも徹底した「2番手戦略」を取っていくということでもある。
この割り切りというか、思い切りの良さというか、敗者には一切、要はないという考えが貫かれている。また、合弁を持ち掛けられた企業にしても、初期の段階から、サムソンが大量に投資をしてくれるのなら、願ったり叶ったりだろう。たとえそれが、将来使い捨てにされることになるのだとしても、その時のビジネスだと割り切れるのなら、そういう判断をしたっておかしくない。
その意味では、冒頭に述べたサムスン生命の大リストラも、米バイオ企業との合弁企業にしても、李健熙会長からみれば、「2番手戦略」の一環にしか過ぎず、敗者を捨て、勝者に乗り換えるだけのことなのかもしれない。
日本は、こんな企業とも戦っている現実から目を背けてはいけない。日本企業が"永遠のキャッチアップ企業"サムソンに対抗できる手段があるとすれば、それは、おそらく、サムソンの最大の強みである「2番手戦略」を潰すこと。つまり、技術者のヘッドハンティングを防ぎ、キャッチアップさせないこと。そして、アップルとの特許訴訟のように、安易なパクリとは徹底して戦い、"2番手"にさせないこと。
「いい製品をつくれば高く売れる」とか「職人には何も施さなくても、いい仕事をしてくれる」という考えは、もはや、一種の甘えになっているかもしれないことに気づかなくてはならないと思う。
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