集団的自衛権とのび太


 
今日も極々簡単に…

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7月20日、小野寺防衛相はNHK番組で、シーレーンの機雷除去に集団的自衛権行使などの形で自衛隊を派遣する場合について、掃海艇が攻撃に弱いうえ、護衛艦は機雷に接触すれば大きな損害を被ることから「実際は安定した場所でなければできない」とし、派遣判断は「単なる経済的理由とか、他国から頼まれたから除去するとかではない」と述べた。

既に多くの人に知られているかと思うけれど、先日閣議決定された、集団的自衛権行使は、無条件で何でもかんでも行使できるわけじゃない。

武力行使には「我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」、「我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない時」、「必要最小限度の実力を行使する」という3要件というものが設けられている。

7月14、15日に行われた衆院予算委員会集中審議で、安倍総理は、この3要件について、日本が直接攻撃されていなくても「国民の権利が根底から覆される明白な危険」と判断する5つの基準を述べた。それは次の5つ。

・攻撃国の意思、能力
・事態の発生場所
・事態の規模、態様、推移
・日本に戦禍が及ぶ蓋然性
・国民が被る犠牲の深刻性

安倍総理は、この判断基準に従い、なおかつ、武力行使3要件に該当すれば、国連安保理決議に伴う集団安全保障措置への参加も可能になるとしている。

そこで、冒頭のシーレーンの機雷除去についてだけれど、安倍総理は「機雷掃海は国際法上は武力の行使に当たるが、受動的、限定的なものは3要件に当てはまる可能性がある。…かつての石油ショックを上回るショックになる可能性はある。死活的な影響も考えられ、機雷掃海を選択肢として考える必要がある」と述べた上で「3要件は世界で最も厳しい。きっちりとした歯止めだ。…自衛隊が実際に活動する上では、国会承認も必要となる。政府、国会で3要件に当てはまるかがしっかりと議論される」と述べている。

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それでも、反日メディアは相変わらず、集団的自衛権反対論を流し続けている。7月20日、朝日新聞はとうとう、「ドラえもん」まで持ち出した。

件の記事は「のび太が武装しても自分を守れるかな」というもので、札幌琴似工業高の社会科教諭が弁護士を招いて集団的自衛権を学ぶ授業を行い、米国を「ジャイアン」、日本を「のび太」と見立てて、「のび太が武装して僕は強いといっても、本当に自分を守れるかな」と生徒達に問いかけたそうだ。

事象を皆がよく知っている漫画に例えて分かりやすく説明するのは悪いことではないけれど、「ドラえもん」を持ち出すのは筆者には逆効果に思える。

この朝日の記事については、ネットでも既に散々突っ込みが入っているようだけれど、こちらの記事は中々参考になるように思う。この記事では、ジャイアンを「話し合いの通じない脅威」とし、アメリカを「ジャイアン」に見立てるのは適切ではないとしている。

筆者もこれまで何度かドラえもんを例に安全保障についてエントリーしたことがあるけれど、筆者はそれでもジャイアンを「話し合いの通じない脅威」とまでは見ていない。「政治家にとっての安全保障について」のエントリーでは、アメリカに対して「こころの友よ」の関係をつくることで、守って貰っていたと述べたことがある。

今の日本の置かれている状況は「ジャイアン」以上に話し合いが通じない相手、映画版「ドラえもん」に出てくるよな、異星人とか地底人とかとどう対峙するのかという問題のように思える。

日本という「のび太」には、ドラえもん(科学技術)を保持しつつ、ジャイアン(アメリカ)を"心の友"とすることでこれまで安全を確保してきたのではないかと思う。だけど、そのジャイアンがかつての力を失いつつある中、異星人とだか地底人だかが攻めてきていると見る方が近いのではないかと思う。

この"のび太"は、あやとりが大得意(平和主義)のくせに、拳銃(自衛隊)を打たせれば名人級(高練度)という隠れた特技を持っている。そして、のび太の拳銃の腕前を知っている友達(周辺国)は、のび太が拳銃を撃つようになることを歓迎している、という構図。だけど、のび太は、それでも条件(武力行使の3要件)が整わないと撃てないと言っている。

「ドラえもん」の作中で扱う"正義"は結構硬派。のび太は「正義を守るにも力が要るんだなぁ」と口にするし、「さようならドラえもん」では、ドラえもんの力添えが得られなくなったのび太は、一人でジャイアンに立ち向かったりする。

外交の延長線上に戦争があるとするならば、それは、「話し合い」の延長線上に「戦争」があるということ。逆説的ではあるけれど、話し合いの段階で事を収める為には、その奥に"力"を持っていないと駄目。相手が話し合いが通じない存在であればあるほど、それが必要になる。

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