
今日はこの話題です。

エボラ出血熱の感染拡大が止まらない。
世界保健機関(WHO)によると、7月12日までに、アフリカ西部のギニアやリベリア、シエラレオネ3ヶ国で確認された感染者の累計は964人に達し、うち603人が死亡した。
今年3月、まずギニアで最初の流行があり、4月に隣国のリベリアとシエラレオネに広がったのだけれど、アフリカ西部でエボラ出血熱が大流行したのは初めて。現地では、現混乱や恐怖が広がっているらしく、それが感染を抑えられない原因だとされている。
エボラ出血熱に詳しい関西福祉大学の勝田吉彰教授は「恐怖心からか、感染者を匿ったりするんですね。感染の拡大がなにかの『呪い』と考えられていて、治療させてもらえないことがあります。彼らはそれが悪いこととは思っていないんです。…たとえば、現地では葬儀のときに死者をたたいたりする風習があるようですが、遺体には絶対にさわらせず、亡くなったらすぐに埋葬してしまう。そのようなことが強制的にできれば、感染者や亡くなる人を少なくできると思います」と指摘する。
だけど、ロイター通信によると、シエラレオネやギニアでは、入院は「死の宣告」と考えられ、数十人の患者が匿われていて、リベリアでも、医療関係者が武装集団に追い返される事態となっている状況のようだ。
エボラ出血熱(Ebola hemorrhagic fever)とは、フィロウイルス科エボラウイルス属のウイルスを病原体とする急性ウイルス性感染症で出血熱の一つ。「エボラ」の名は発病者の出た地域に流れる川の名から命名された。
エボラウイルスは大きさが80~800nmの細長いウイルスで、その形は、ひも状、U字型、ぜんまい型など多種多様。患者の血液、分泌物、排泄物などにふれた際、皮膚の傷口などからエボラウイルスが侵入することで感染するのだけれど、体内にわずか数個のエボラウィルスが侵入しただけでも容易に発症するという最凶最悪のウイルス。
エボラ出血熱は致死率が90%と、きわめて危険な感染症で、予防のためのワクチンは存在せず、対症療法しか手段がない。しかも、治癒しても失明・失聴・脳障害などの重い後遺症が残るといわれている。ゆえに、バイオセーフティーレベルは最高度の4に指定されている。
但し、感染源は、患者の血液、分泌物、排泄物や唾液などの飛沫などで、基本的に空気感染はなく、患者に近づかなければ感染しないとされる。
このような恐るべきエボラウイルスに対して、特効薬となり得る薬が開発されていた。それが、富山化学工業が開発した抗インフルエンザ薬「T-705」、通称「ファビピラビル」。
「T-705(ファビピラビル)」は抗インフルエンザ薬として開発されたのだけれど、インフルエンザ薬として有名な「タミフル」などとは違う仕組みで、インフルエンザウイルスを抑制する。
ウイルスの構造は非常にシンプルなもので、DNAやRNAといった遺伝情報を、カプシド或はエンベロープと呼ばれるタンパク質の膜で包んだだけの構造を持つ。
従って、ウイルスは自分自身で増殖ことはできず、他の細胞に侵入することで増殖する。
ウイルスの増殖は「細胞への吸着」「ウイルスの複製」「ウイルス粒子の放出」の3つのプロセスを得て行われる。
ウイルスは細胞に吸着すると、次第に細胞内へと侵入していく。細胞に侵入したウイルスは、自身を包んでいたタンパク質の膜(カプシド或はエンベロープ)を分解して、自分が保有しているDNAやRNAを細胞内へ放出する(脱殻)。
ウイルスから放出されたDNAやRNAは細胞の核に取り込まれると、細胞核を乗っ取って、自身のウイルスの複製に必要なタンパク質や核酸(DNAまたはRNA)を大量に合成する。
これらウイルス由来のタンパク質や核酸は細胞内で組み立てられ、ウイルスが複製される。
そして、これら複製されたウイルスは細胞から放出され、次の細胞へと感染することによって発症・悪化する。
ウイルスは、遺伝情報としてDNAを持っているかRNAを持っているかで分類され、DNAを持つものをDNAウイルス、RNAを持つ者をRNAウイルスと呼ぶ。
DNA(デオキシリボ核酸:DeoxyriboNucleic Acid)も、RNA(リボ核酸:RiboNucleic Acid)も共に遺伝情報を持つ核酸であるのだけれど、DNAは主に細胞核の中で情報の蓄積・保存を担うのに対して、RNAは遺伝情報の一時的な処理を担い、DNAと比べて合成・分解される頻度が多く、化学構造的にRNAはDNAに比べて不安定とされる。
知られたウイルスの例を挙げると、B型肝炎のウイルスはDNAウイルスで、インフルエンザウイルスやHIVウイルスは、RNAウイルス。
インフルエンザウイルスの表面にはノイラミニダーゼと呼ばれる酵素があるのだけれど、この酵素によって、細胞内で増殖したウイルスは細胞外へと溶出される。
インフルエンザ薬として有名なタミフルやリレンザは、このノイラミニダーゼの働きを阻害し、インフルエンザを感染細胞に封じ込め、感染の拡大を抑えるというもので、いわば、ウイルスに感染した細胞をそのまま"隔離"してしまうような薬。
従って、インフルエンザを発症して何十時間も経って、複製されたインフルエンザウイルスが、体中の細胞に取りつかれてしまってからではもう手遅れ。だから、タミフルなどは、発症から48時間以内に飲まなければ効果がないとされる。
これに対して、今回開発された「T-705(ファビピラビル)」は、タミフルとは違って、細胞核に侵入したウイルスのRNAを複製させる「RNAポリメラーゼ酵素」を阻害して、複製そのものをさせないという新薬(RNA依存性RNAポリメラーゼ阻害薬)。
「T-705(ファビピラビル)」はウイルス自身を複製させないという薬だから、発症から何時間以内に飲まないと効果がないなんてこともない。
更に、細胞表面からウイルスを遊離させるノイラミニダーゼにはいくつかの型があって、ノイラミニダーゼ阻害薬も、その型によって効果に差が出てくるのだけれど、RNAポリメラーゼの方は、違うウイルスでも共通ではないかと考えられていて、それ故、RNAポリメラーゼ阻害薬はどんな型のインフルエンザウイルスにも効くのではないかと期待されている。
実際、鳥インフルエンザウイルス(H5N1、H7N9)などに対して、実験動物レベルでの効果が確認されていて、更に、タミフル耐性のインフルエンザウイルスに対しても効果を示したと報告されている。
この、RNAそのものを複製させない「T-705(ファビピラビル)」はその仕組みから、インフルエンザウイルスだけでなく、他のRNAウイルスにも効果があるのではないかと見られていて、「T-705(ファビピラビル)」の開発元は「インフルエンザとエボラ出血熱のウイルスは、似たような型なので、可能性があることはわかっていました」と自信を見せている。
富山化学の親会社である富士フイルムホールディングスは、アメリカでの提携先であるメディベクター社を通じて、エボラ出血熱の治療に使えるよう申請するとしてアメリカ食品医薬品局(FDA)と協議をしているのだけれど、8月7日、ブルームバーグが、アメリカ国防総省のエイミー・デリックフロスト報道官の証言として、今後、エボラ出血熱に感染したサルに「ファビピラビル」を投与して効果を確認する作業を進め、9月中旬には暫定的な試験結果を得られる見通しである、と報じている。また、WHOも、医学倫理の専門家らを集めて、開発段階にある治験薬の臨床使用に向けた検討を始めるとしている。
「T-705(ファビピラビル)」は、日本では2014年3月24日にインフルエンザ治療薬として承認されたのだけれど、「通常のインフルエンザウイルス感染症に使用されることのないよう厳格な流通管理(パンデミック発生まで、一般に流通させない。)及び安全対策(妊娠及び妊娠の可能性がある女性への投与の回避する管理措置並びに男女とも投与中及び投与後7日間の避妊措置の徹底)の実施」という厳しい条件がついた合格であり、残念ながら、タミフルのように巷の病院で処方してくれる薬ではない。
何でも、動物などを用いた非臨床試験で胎児に奇形をもたらす作用が確認されていて、ヒトにおいても同様に起こるのでは、と考えられたのがその理由のようだ。
ただ、こういう製薬の世界では、一度"ケチ"がついた新薬は、お蔵入りになるのが普通らしいのだけれど、条件付とはいえ承認されたのは、その効果に期待をしてのことではないかと思われる。
今後の臨床試験で「T-705(ファビピラビル)」がエボラ出血熱に効果があると分かれば、アメリカを始め、多くの国でも承認され、利用されるようになるのではないかと思う。
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