

1.プーチンはまだ決心していない
1月19日、アメリカのバイデン大統領は記者会見を行い、緊迫するウクライナ問題について、ロシアがウクライナに「侵入」するとの予測を示し、そうした侵攻が発生した場合、ロシアは深刻な経済的結果に直面することになると警告しました。けれども、その一方で、「小規模な侵攻(minor incursion)」であれば、全面侵略(invade)の場合に比べて対応は軽いものになるだろうと示唆しました。
この記者会見は、こちらのホワイトハウスのサイトで公開されていますけれども、件の発言は記者質問に対するバイデン大統領の回答であり、会見冒頭のバイデン大統領の発言は、武漢ウイルスとワクチン、そしてビルド・バック・ベター法案と国内問題が主でした。
ウクライナ問題に関する記者質問とバイデン大統領の回答の概略を抽出するとおおよそ次の通りです。
ジェン・エプスタイン(ブルームバーグ):このようにバイデン大統領は、ロシアのウクライナ進攻について、プーチン大統領はまだ決断していないという見方を示しています。
外交政策アドバイザーは、ロシアがウクライナを攻撃する準備が整ったことを警告した。 しかし、ヨーロッパの同盟国の間では、モスクワに対する制裁措置について、殆ど統一されていない。 もしアメリカとNATOがウクライナ防衛のために軍隊を投入する気がなく、アメリカの同盟国が制裁措置に合意できないなら、アメリカと西側諸国はプーチンに対する影響力をほぼすべて失っているのではないか?
また、これまでの制裁がプーチンの抑止にいかに効果がなかったかを考えれば、新たな制裁の脅威がなぜ彼を躊躇させるのか?
バイデン大統領:
・(プーチンが躊躇するのは)もしプーチンが動いた場合、彼は私が約束したようなかつてない制裁を目撃することになるからだ。
・私はNATOの主要な指導者全員と話をした。NATOが結束しないという考えは信じられない。
・ロシアが侵略すれば、責任を問われることになる。 それはロシア次第だ。それが小規模な侵攻であれば、何をすべきか、何をしないかなど、対応をめぐって争う必要が出てくる。
・ロシアが侵略してきたら、NATOの同盟国を東側で強化するつもりだ。 すでに6億ドル相当の防衛設備をウクライナに送った。
・プーチンは段階的縮小か外交か、対決かその結果か、という厳しい選択を迫られていることを知っている
・ヨーロッパへのエネルギー供給をロシアがいかにコントロールしているか、誰もが口にする。だが、そこから得られるお金は、経済の約45パーセントを占めている。 私は、それが一方通行だとは思わない。
・もしロシアが侵略すれば、ドル建てに関わるものはすべて彼らが支払うことになるし、銀行はドル取引できなくなる。
・私はプーチンに直接「「あなたは以前、他の国々を占領したことがありますね」と言ったことがある。しかし、その代償は非常に大きかった。 ウクライナに攻め込んで、占領することはできる。しかし、何年かかるんだ? どんな犠牲を払うんだ? これはロシアにとって楽なことばかりではない。
デービッド・サンガー(ニューヨーク・タイムズ):
大統領は6月、ジュネーブでプーチン大統領について、「今、彼が一番望んでいるのは冷戦だと思う」と話していた。プーチンはウクライナの周りに10万人の軍隊を集めている。国務長官は今日、いつでも侵略できると思うと発言した。 サイバー攻撃も見てきた。プーチンは、かつてソ連圏だった地域からすべての米軍と核兵器を撤退させることを要求している。プーチンが最後に望むのは冷戦だと考えているのか? それともこの数ヶ月で彼に対する見方が変わったのか? もしプーチンが侵略してきた場合、あなたがまだ上院議員だったころによく口にした封じ込め政策に本当に戻るのか?
バイデン大統領:
・プーチンはまだ本格的な戦争を望んでいないと思う
・プーチンは西側諸国を、米国とNATOを試している。しかしそのために、今は考えてもいないような重大で高価な代償を払うことになる。
・プーチンはベルリンの壁が崩壊して帝国が失われるなど、ロシアに起こった最も悲劇的な出来事だと我々が思っていることに対処しているのだと思う。プーチンは石油とガスを大量に保有し、中国と西洋の間で自分の居場所を見つけようとしている。確信は持てないが、私の予想では、彼は介入してくるだろう。
・プーチンは私に二つのことをいった。1つは、ウクライナは決してNATOの一員にならないこと。 2つ目は、NATO、つまり戦略兵器をウクライナに駐留させないということだ。ウクライナが近いうちにNATOに加盟する可能性はあまり高くない。民主化やその他いくつかの点でやらなければならないことがあるし、西側の主要同盟国がウクライナの加盟に賛成するかどうかということもあるからだ。
アレックス・アルパー(ロイター):
ロシアがウクライナ領に軽微な侵攻をしたところで、大統領が脅している制裁には至らないということか? プーチンに小規模な侵攻を事実上許可しているのか?
バイデン大統領:
・大国には脅しが効かない
・NATOを分裂させようとする考えは大きな間違いだ。
もし彼らがサイバー攻撃を続けるなら、我々も同じようにサイバーで対抗するのも一つの方法だ。だがNATOの全員が同じ考えでいることが非常に重要だ。そのために私は多くの時間を費やしている。NATOの中でも何が起こるかによって、各国がどのような行動をとるか、どの程度までなら可能か、といった違いがある。
・ドル取引などに関する深刻な制裁措置の発動は、アメリカだけでなく、欧州経済にも悪影響を及ぼし、ロシアにも壊滅的な打撃を与えることになる。 そのため、全員が同じ考えを持っていることを確認しながら進めていかなければならない。
・ロシア軍が国境を越え、ウクライナの戦闘員を殺害するようなことがあれば、すべてが変わってくる。プーチンの行動次第だ。
クリステン(NBC):
多くの国内問題を抱えているのに、ロシアについては非常に迅速に対応している。大統領はロシアがウクライナを侵略すると判断しているのか?
バイデン大統領:
それは、プーチンが完全に単独で決断するものだ。国務長官や国家安全保障アドバイザーその他の高官からは、プーチンが何をしようとしているのかを相手が知っているかどうかが問題なのだという印象を受けている。プーチンは短期的、長期的で結果を計算している。プーチンはまだ決心していないと思う。
2.小規模な侵攻や小国など存在しない
当然ながら、この発言にウクライナは反発しました。
ウクライナの当局者は、バイデン大統領が「侵攻(incursion)」と「侵略(invade)」を区別する考えを示したこと、侵略ではなく小規模侵攻なら制裁を発動しないと示唆したことに衝撃を受けていると述べ「これはプーチン氏に好きなようにウクライナに入るゴーサインを与えるものだ」と危機感を示しました。
そして、20日、 ウクライナのゼレンスキー大統領は「小規模な侵攻や小国など存在しないことを大国に再認識してもらいたい。小規模な犠牲や、愛する人を失ったことによる小さな悲しみなどないのと同じだ」とツイートしてます。
ウクライナにしてみれば当然の反応だと思います。付け加えるならば、ゼレンスキー大統領は件のツイートで最後に「I say this as the President of a great power.(私はこれを大国の大統領として言う)」と述べているところに、アメリカに対する皮肉と、一国を率いる指導者としての自負を感じます。
We want to remind the great powers that there are no minor incursions and small nations. Just as there are no minor casualties and little grief from the loss of loved ones. I say this as the President of a great power 🇺🇦
— Володимир Зеленський (@ZelenskyyUa) January 20, 2022
3.火消しに追われるホワイトハウス
バイデン大統領の発言が物議を醸したとみるや、ホワイトハウスは早速火消しに走りました。
19日、サキ報道官はバイデン大統領は「ロシア軍がウクライナの国境を越えて移動すれば、それは新たな侵略であり、米国と同盟国は迅速かつ厳しく、団結した対応をとるだろう」と明確に述べているとの声明を出しました。
そして、翌20日、バイデン大統領は、超党派インフラ法タスクフォースの会合に先立つ会見の冒頭で、ウクライナとロシアの問題について触れ「私はプーチン大統領に明確なことを伝えてきた。 彼は誤解していない。 もし、ロシアの部隊がウクライナの国境を越えて移動すれば、それは侵略だ」と自身の発言を修正しました。
また、バイデン大統領は、ロシアの制服を着ていないロシア兵による行動など、表立った軍事行動以外の手段で侵略する、いわゆる「グレーゾーン」攻撃やサイバー攻撃にも対応する態勢を整えなければならないと付け加えました。
これで火消しになったのかどうか分かりませんけれども、19日のバイデン大統領の発言を見る限り、あまり決断力というものが感じられません。
「大国には脅しが効かない」だの「NATOの全員が同じ考えでいることが重要だ」だの、一見聞こえはいいのですけれども、どこか責任回避というか、「赤信号皆で渡ればなんとやら」的なニュアンスを感じます。
これがトランプ大統領であったなら、同盟国の意向など関係なくとっとと制裁を行うでしょう。あるいは、ウクライナに何等かの援助をする代わりに、NATO加入を諦めさせ、プーチン大統領とサシで話をつけて解決しているかもしれません。
トランプ大統領は何を言い出すか、何をやりだすか分からない上に決断力も実行力もある。こうしたものがあればこそ、たとえ相手が大国であっても「脅しが効く」のだと思いますし、それはトランプ政権時代の対中、対北朝鮮政策で証明されているように思います。
つまり、バイデン大統領の「大国に脅しは効かない」発言は、自身の決断力の無さを図らずも露呈したかもしれないということです。
ウクライナ問題でバイデン政権がどう対応するかについて、当然、台湾問題を抱える中国も注視している筈です。もし、ロシアが「小規模な進攻」をして、バイデン大統領が行動を起こさないのであれば、それは世界に不安定を拡大させることになると思います。
ウクライナ問題はもはやウクライナとロシアだけにとどまらず、世界全体に影響を及ぼす問題になっていると思いますね。
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