

1.プーチンの親露派独立承認
2月21日、ロシアのプーチン大統領はウクライナ東部の親ロシア派の独立を承認する大統領令に署名しました。
承認したのは、「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」で、両派の幹部がこの日承認を要請していました。
署名式はモスクワの大統領府で、親ロ派首脳であるデニス・プシーリン氏とレオニード・パセクニック氏も参加して行われ、ロシアと親ロ派は「友好協力・相互援助条約」にも署名しました。
独立承認に先立ち、プーチン大統領は急遽、安全保障会議を開催し「すべての対立を平和的に解決するためにあらゆることをしてきた」と主張。ウクライナ政府がミンスク合意の履行に後ろ向きだったことを問題視し「何もするつもりがないのは明らかだ」と非難しました。
そして、独立承認の可否に当たり、政権幹部に意見を求めたところ、プーチン氏の最側近であるパトルシェフ安保会議書記、メドベージェフ安保会議副書記、ナルイシキン対外情報局長官らが支持を示したそうです。
更に、親ロ派はロシアに軍事介入を要請。プーチン大統領はこれに応じ、21日の大統領令で、親ロシア派武装勢力が実効支配するウクライナ東部のドネツク州とルガンスク州の一部地域に、平和維持を名目としてロシア軍を派遣するように国防省に指示しました。
プーチン政権は、2014年から東部で続く紛争をウクライナ人同士の「内戦」と位置付け、その解決に向けた2015年のミンスク合意の履行をウクライナに迫っていたのですけれども、自らその合意を破りました。
此の日、プーチン大統領は国民向け演説で「独立と主権を直ちに承認するという長く待ち望まれてきた決定を下す必要があると考える」と表明。「ウクライナの領土一体性を守るためにあらゆることを行ってきた」と述べ、ミンスク合意の履行のために「粘り強く格闘してきたが、すべては無駄となった」と、合意を履行しなかったウクライナ政府に責任があるとの立場を強調しています。要するに自らミンスク合意を破棄したと認めた訳です。

2.アメリカの対ロシア制裁
これに対し、同じく21日、アメリカのバイデン政権は声明を発表しました。
その内容は次の通りです。
声明およびリリース声明では、ロシアが独立承認したウクライナ東部親ロ地域について、経済制裁を行う大統領令を出すと述べていますけれども、同じく21日、その大統領令が出されています。
我々はロシアからのこのような動きを予測しており、直ちに対応する用意がある。バイデン大統領は間もなく、ウクライナのいわゆるDNRとLNR地域への、あるいはそこからの、あるいはそこでの米国人による新たな投資、貿易、融資を禁止する大統領令を発令する予定だ。この大統領令はまた、ウクライナのこれらの地域で活動すると判断されたいかなる人物に対しても制裁を課す権限を与えることになる。国務省と財務省は近日中に追加の詳細を発表する予定である。我々はまた、今日のロシアの露骨な国際公約違反に関連する追加措置を間もなく発表する予定である。
明確にしておきたいのは、これらの措置は、ロシアがさらにウクライナに侵攻した場合に、我々が同盟国やパートナーと連携して準備してきた迅速かつ厳しい経済措置とは別のものであり、それに追加されるものであるということだ。
大統領令の名称は「ウクライナの主権と領土の完全性を損なうロシアの継続的な努力に関して、特定の人物の財産を封鎖し、特定の取引を禁止するための大統領令(Executive Order on Blocking Property of Certain Persons and Prohibiting Certain Transactions With Respect to Continued Russian Efforts to Undermine the Sovereignty and Territorial Integrity of Ukraine)」というもので、全11項目あります。
その内第1項を引用すると次の通りです。
第1項このように大統領令は、ロシアが独立承認した東部のドネツク州やルガンスク州の親ロ派支配地域でのアメリカ人の新規投資や貿易、金融取引などを禁じるものなのですけれども、声明では「これらの措置は、ロシアがさらにウクライナに侵攻した場合に、我々が同盟国やパートナーと連携して準備してきた迅速かつ厳しい経済措置とは別のもの」と述べています。
(a)以下のことを禁止する。
(i)ウクライナのいわゆるDNRまたはLNR地域、あるいは財務長官が国務長官と協議して決定するその他の地域(以下、総称して「対象地域」)に対する、米国人による、所在地を問わない新規の投資。
(ii) 対象地域からの物品、サービスまたは技術を、直接または間接に米国に輸入すること。
(iii) 米国から、または米国人により、直接的または間接的に、対象地域に対する物品、サービスまたは技術の輸出、再輸出、販売または供給(所在地を問いません)。
(iv) 外国人による取引が、米国人または米国内で行われた場合に本節で禁止される場合、その外国人による取引の米国人による承認、融資、促進または保証(所在地を問わない)。
(b) 本項 (a) の禁止事項は、法令、または本命令に従って発行される規制、命令、指令、もしくはライセンスに規定されている範囲を除き、また本命令の日付以前に締結された契約または許可もしくは認可にかかわらず、適用される。
要するに全面的な経済制裁ではないということです。
けれども、ロシアに対する経済制裁ではなく、ロシアが独立承認した地域への経済制裁は、裏を返せば、この地域を、事実上の国家承認をしたことにならないのかという疑問も湧いてきます。
3.迫力に欠ける欧州の制裁
21日、バイデン大統領は、ウクライナのゼレンスキー大統領と電話会談し、プーチン大統領の決定を強く非難。ウクライナの主権と領土の一体性を擁護する方針を確認しました。また、フランスのマクロン大統領やドイツのショルツ首相と電話会談し、プーチン大統領の行動を非難。今後の対応についても協議し、連携を確認していますけれども、どこまで連携してくれるかは分かりません。
21日、EUのミシェル大統領とフォンデアライエン欧州委員長は共同声明を出し、「EUはこの違法行為の関係者に制裁で対応する」と表明し、声明は独立承認を「最も強い言葉で非難する」と批判し、ミンスク合意に対する「あからさまな違反だ」と糾弾しました。
その上でウクライナの独立や主権への「EUの揺るぎない支持」を改めて強調したのですけれども、フランスのマクロン大統領は声明で、プーチン大統領の決定を非難しつつもEUによる「的を絞った制裁の採択」を訴えました。
22日にEU加盟国は大使級会合を開き、制裁の具体案を検討するとしていますけれども、AFP通信によるとフランス高官は、今回の事態と「釣り合いの取れた」対応に向けて、制裁対象とするロシア関係者の個人と組織のリストを用意していると説明したそうで、微妙に腰が引けています。
また、イタリアのドラギ首相は、20日までにEUが打ち出す準備をしている制裁の内容に触れ、エネルギー源の輸入は含まれるべきではないとの見解を示し、制裁は侵攻の形態に準じ、エネルギー源調達を阻止するような内容にならないことを期待するとしています。
けれども、いくら制裁すると意気込んでも、的を絞ったり、エネルギーを除外するとした時点で、本気ではないとは言わないまでも迫力に欠けることは否めません。
4.一枚上手だったプーチン
筆者としては、プーチン大統領は現状維持のまま、もう少し交渉を続け、ウクライナのNATO加盟見送りで手打ちにするのではないかと思っていたのですけれども、もう一歩踏み込んできました。ただ、このタイミングでのウクライナ親ロ地域の国家承認は絶妙のタイミングなのかもしれません。
というのも、北京冬季五輪が終わった直後であるというのはもとより、ウクライナのゼレンスキー大統領がプーチン大統領と交渉したいと言い出し、24日に米ロ外相会談が設定され、20日にはバイデン大統領がプーチン大統領との首脳会談について、「ウクライナへの侵攻が行われないことを条件に原則として受け入れる」と発表した直後であるからです。
つまり、ウクライナ親ロ地域を国家承認したという既成事実を作った上で、ウクライナ、アメリカが交渉に乗ってくるか出方を待つようにした訳です。
もし、ウクライナ、アメリカが会談をキャンセルしたら、ロシア軍をそのまま当該地域に駐留させて現状維持。会談が出来たら、既成事実を認めたということで、そこから交渉を進めればよい。
これは、EUやアメリカが全面制裁には出れないだろうと見切った上での動きなのだろうと思います。
これで、ウクライナ及び西側諸国は、ロシアを"終わりのない協議"に引きずり込むことは出来なくなりました。プーチン大統領が、いざとなればやるという姿を見せつけたからです。
1月19日、バイデン大統領が「ロシアの進攻が小規模なら対応を考える」と口を滑らせて、あとで訂正に追い込まれる一幕がありましたけれども、結局あれは本音だったのだなと思わざるを得ません。
5.ウクライナ東部は半永久的な緩衝地帯となる
今回のロシアの行動が進攻なのかどうかについては、識者でも意見が分かれているようです。
政策研究大学院大学教授の岩間陽子氏は、これまでミンスク合意履行を主張していたプーチンが、それを完全に踏み躙る行動だとし、軍事的には東部二州で終わる状況では全くなく、EUと比べてアメリカの発言が不明瞭であることは理解できないと述べています。そして、ここでアメリカが躊躇するようであれば、せっかく積み上げてきた同盟内の結束が吹き飛びかねず、プーチンの思う壺だと指摘しています。
一方、東京財団政策研究所・主席研究員の柯隆氏は、ウクライナ危機をきっかけに、世界は新冷戦に突入したとしながらも、「不幸中の幸いはロシアはまだウクライナを侵攻していないこと」と述べ、バイデン政権は包括的なグローバル戦略を構築しているようにみえないため、G7の結束がどこまできるかは不透明な情勢になっていると指摘しています。
更に、笹川平和財団上席研究員の渡部恒雄氏は、現時点では、現地に親ロシア勢力が存在して現地の抵抗が少ない場所への「平和維持」という名の進駐というオプションをとったとし、ウクライナ東部の親ロシア地域への「平和維持軍」に留めておけばプーチン氏の面子を保ち、次なる一手も温存して交渉できると述べ、交渉の延長線上だとの認識を示しています。
ロシアは1990年のドイツ再統一交渉の過程でアメリカがNATOを東方に拡大しないと約束したのに、その後、一方的にその約束を反故にしたと主張してきました。こちらの記事では、その真偽について述べていますけれども、一言でいえば、NATOの東方不拡大は「暗黙の約束」であり、ロシアの言い分に根も葉もないわけではないが、正式な国際条約に書かれていないからその主張は迫力に欠ける、としています。
これを背景に、ここまでの流れを見ると、プーチン大統領は、たとえ西側諸国、あるいはウクライナがNATO加盟を見送るといっても信用しない。もしかしたら、東方不拡大を明記した条約を結んでも信用しないかもしれない。
ゆえに、半永久的に緩衝地帯を設定する、すなわち、国家承認したウクライナ東部の二州をいわば衛星国として緩衝地帯にしようとしているのではないかとさえ思えてきます。
果たして、ここからどう展開するか分かりませんけれども、全面戦争にならないことを祈ります。
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