ウクライナ侵攻の終わらせ方と認知戦

今日はこの話題です。
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1.我々は森で、平原で、海岸で、市街で戦い抜く


我々は最後まで戦い続ける。フランスで、海で、大海原で戦い続ける。さらなる自信と力で空でも戦う。いかなる犠牲を払おうとも、我々の島を守る。海岸で、上陸地で、野原で、町で、丘で戦う。我々は決して降伏などしない。この島が征服されて、飢えに苦しんだとしても、海を超えて広がる大英帝国が、英国艦隊によって守られながら、戦い続ける。新世界の力が、古き世界を救い、解放するその時まで  
ウィンストン・チャーチル 1940年6月 於:英国議会
3月8日、ウクライナのゼレンスキー大統領は、イギリス下院でリモートによる演説を行いました。

ゼレンスキー大統領は、ロシアによる侵攻で日を追うごとに子どもを含む民間人の犠牲が増えている現状を訴える一方で、「我々は降伏しないし、敗北もしない……我々は森で、平原で、海岸で、市街で戦い抜く」と徹底抗戦の決意を示しました。

また、ゼレンスキー大統領は、シェークスピアの名言も引用し、「今、我々にとっての問題は生きるべきか死ぬべきかだ……明確な答えを示そう。そう、生きるべきだ」と語り、イギリスのボリス・ジョンソン首相に対し、対ロシア制裁の強化、ロシアのテロ国家指定、ウクライナ上空を対象とする飛行禁止区域の設定を求めました。

演説前後には、ジョンソン首相や議員が総立ちとなり拍手しました。イギリス議会で外国の首脳が演説するのは稀なことなのですけれども、そこでスタンディングオベーションが起きるのはさらに稀なことです。

ジョンソン首相は「ここにいる全員が心を動かされた」と述べ、西側諸国によるウクライナへの武器提供の推進と、制裁強化の意向を表明する一方、北大西洋条約機構(NATO)による飛行禁止区域の設定については、ロシアとの全面戦争に発展する恐れがあると指摘するにとどめています。

それにしても、イギリス議会で、チャーチルやシェイクスピアを引用してイギリス人の心を揺さぶるあたり、流石役者です。




2.紛争原因の根本的解決と妥協的和平


一向に終わる気配のないロシアのウクライナ侵攻ですけれども、その裏では停戦交渉も行われています。

3月9日、ロシア外務省のザハロワ報道官は、ロシア軍の「作戦」が計画通り進んでいるとした上で、ウクライナ政府転覆は目的でないと強調し、ウクライナとの次回停戦交渉で一段の意義ある進展を遂げることを期待していると述べました。

更にロシアは北大西洋条約機構(NATO)を脅かしたことはないとしつつも、NATOの「対立路線」に対抗する必要があるとも強調し、ロシアの「特殊軍事作戦」を受け、NATOが東部地域で軍を増強していることは「挑発的」で、欧州の安全保証を守る上で有益でないとも述べています。

ただ、ロシア下院委員会のレオニード・スルツキー委員長は、ロシアとウクライナの交渉は容易ではないがロシアは決して譲歩しないと発言しているようで、やはり停戦協議は難航しそうです。

とはいえ、戦争はいつかは終わるものです。けれども、問題はその終わらせ方です。

これについて、防衛省防衛研究所主任研究官の千々和泰明氏は、「紛争原因の根本的解決と妥協的和平のジレンマ」という視点から分析しています。

千々和氏によると、戦争終結には大きく2つの形態があるとしています。それは次の通りです。
・「自分たちの犠牲を覚悟したうえで、自国の完全勝利と交戦相手政府・体制の打倒を目指し、紛争が起こった根本原因を除去して将来の禍根を絶つ」形態(紛争原因の根本的解決)。例えば、第二次世界大戦におけるナチス・ドイツに対する連合国の立場が当てはまる。

・「相手と妥協し、下手をすれば単に決着を将来に先延ばしにしただけに終わるおそれを残しながらも、その時点での犠牲を回避する」形態(妥協的和平)。1991年の湾岸戦争において、フセイン体制の延命を許したアメリカの立場が典型的。
千々和氏は、戦争終結の形態が「紛争原因の根本的解決」の極に傾くのか、「妥協的和平」の極に傾くのかを決めるのは、戦争終結を主導する側、つまり優勢勢力側にとっての「将来の危険」と「現在の犠牲」のバランスだと述べています。

例えば、優勢勢力側にとっての「将来の危険」が大きく「現在の犠牲」が小さい場合、戦争終結の形態は「紛争原因の根本的解決」の極に傾き、逆に「将来の危険」が小さく「現在の犠牲」が大きい場合、戦争終結形態は「妥協的和平」の極に傾くというのですね。

つまり、戦争終結に際して、「紛争原因の根本的解決」を望むと「現在の犠牲」が増大し、「妥協的和平」を求めれば「将来の危険」が残る。このトレードオフに着目するのが、千々和氏が掲げる「紛争原因の根本的解決と妥協的和平のジレンマ」です。




3.現在の犠牲など取るに足らない


千々和氏はこの「紛争原因の根本的解決と妥協的和平のジレンマ」の視点から、今回のロシアのウクライナへの侵攻を分析しています。

千々和氏は、ロシア側は、プーチン大統領の2月24日の演説でウクライナの「非ナチ化」をめざすと宣言したこと。そして、第二次世界大戦で連合国は、無条件降伏政策を掲げ、ヒトラーの自殺とベルリン陥落まで矛を収めず、1945年6月5日の「ベルリン宣言」によってドイツの主権自体をこの世から消滅させた事例から、プーチン大統領の思い描いている戦争終結形態は、「妥協的和平」ではなく、事実上の「紛争原因の根本的解決」の極か、それに近いものだろうと述べています。

そして、「現在の犠牲」については、ロシアがウクライナを戦力で圧倒していることや、アメリカをはじめNATO側が直接軍事介入してこないことなどから「現在の犠牲」を小さく見積もっていると指摘しています。

その一方「将来の危険」については、ウクライナのNATO加盟は差し迫った問題ではないことから、何が「将来の危険」と考えているのか判然としないとし、現状では「現在の犠牲」の相対的な小ささがプーチン大統領を「紛争原因の根本的解決」の極へと導いていると述べています。


4.反撃と損害受忍度の狭間


ではウクライナ側はどうか。

千々和氏によると、戦争終結形態は、優勢勢力側が主導するとはいえ、そこには劣勢側の出方も一定程度影響するとし、その判断は「現在の犠牲」にどこまで耐えられるのかということ(損害受忍度)と、第三者の介入などでパワー・バランスを自分たちに有利な方向に変えることができるかどうかということだと述べています。

このうち後者については、まさにゼレンスキー大統領がイギリス議会で演説し、NATO諸国へ支援を求めていることに当たります。こちらは既にある程度以上成功していると思われます。すると残るのは「現在の犠牲」にどこまで耐えられるかという、損害受忍度という問題です。

ゼレンスキー大統領は、チャーチルばりに「森で、平原で、海岸で、市街で戦い抜く」と述べていますけれども、民兵含めてウクライナ軍が全滅してしまえば、戦うこともできなくなるわけですから、やはりどこかに「抗戦限界点」がある筈です。

既にロシア軍は住宅地や病院などを空爆し、あまつさえ、人道回廊を使って避難する民間人を乗せた車列を砲撃するなど、外道な所業を行っています。

これも、「現在の犠牲」をどんどん積み上げることで、ウクライナ側の損害受忍度の限界を超えさせる狙いがあると見ることもできるかと思います。

3月8日、ウクライナのゼレンスキー大統領の与党「国民のしもべ」は、声明を出し、NATOへの加盟を当面棚上げし、ロシアを含む周辺国と新たな安全保障の取り決めを結ぶ構想を明らかにしました。

声明ではNATOが「ウクライナを最低15年は受け入れる用意がないことは明白だ」とし、NATO加盟までは「ウクライナの安全を完全に保障するしっかりとした取り決め」を、ロシアを含む周辺国やアメリカ、トルコと結ぶ必要があると述べています。

一方、ロシアによるクリミア半島の併合や、東部の親ロシア派武装勢力の支配地域の独立は認めない方針で、ロシア側の示す停戦条件とは隔たりがあることも事実です。

声明に先立ち、ゼレンスキー大統領はアメリカABCのインタビューで「ずいぶん前にNATOがウクライナを受け入れる用意がないと理解し、この問題に冷静になっていた」と加盟を求めないことを示唆し、NATOに対し「ロシアとのもめ事や対立を恐れている」と指摘しました。

このように、ウクライナはゼレンスキー大統領がNATOの支援を受けて、パワー・バランスを自分たちに有利な方向に向けることと、徹底抗戦を行ってロシア軍に損害を与えることで、ロシアの「現在の犠牲」を相対的に大きくすることを行いつつ、NATO加盟先送りという妥協案を出すことで、ロシアとの「妥協的和平」という戦争終結形態を目指しているものと思われます。

けれども、千々和氏の指摘するとおり、プーチン大統領がロシア軍の「現在の犠牲」を取るに足らないものだと考え、「妥協的和平」ではなく、「紛争原因の根本的解決」を目指しているとするならば、ウクライナが求める「妥協的和平」とはまだ距離があるように思います。

ということは、今現在、ゼレンスキー大統領は、ロシア軍に大打撃を与え、プーチン大統領が我慢できない程の「現在の犠牲」を与えるかと、ウクライナの損害受忍度が限界を超えるかのどちらが先になるのかの狭間に立っていることになります。


5.バイデンの外交工作と認知戦


今や、ウクライナはアメリカを始めとするNATOとロシアの代理戦争の舞台の様相を呈していますけれども、中国問題グローバル研究所所長の遠藤誉氏は、その裏にウクライナはバイデンに利用され捨てられたのだという論説を寄稿しています。

その概要は次の通りです。
・バイデンは昨年12月7日のプーチンとの会談後「戦争になっても米軍は派遣しない」と言っていた。

・プーチンがこのチャンスを逃すはずがない。バイデンはプーチンに「さあ、どうぞ!自由に軍事侵攻してください」というサインを与えていたのと同じで、プーチンがウクライナに軍事侵攻しないはずがない。

・昨年8月31日にバイデンはアフガニスタンからの米軍の撤退を終え、そのあまりに非人道的な撤退の仕方に全世界から囂々たる批難を浴びた。アメリカに協力していたNATO諸国はバイデンのやり方に失望し、心はアメリカから離れていった。

・そこでバイデンは、長年にわたって培ってきたで地盤あるウクライナを利用しようと思った。いきなり軸足をウクライナに移し、9月20日にはNATOを中心とした15ヶ国6000人の多国籍軍によるウクライナとの軍事演習を展開した。

・10月23日になると、バイデンはウクライナに180基の対戦車ミサイルシステム(シャベリン)を配備した。これはオバマ政権時代、バイデンが、ロシアのクリミア併合を受けてウクライナに提供しようと提案したものだったが、当時のオバマ大統領は「そのようなことをしたらプーチンを刺激して、プーチンがさらに攻撃的になる」と一言で却下していた。

・バイデンがウクライナに対戦車ミサイルを配備したのを知ると、プーチンは直ちに「NATOはデッドラインを超えるな!」と反応し、10月末から11月初旬にかけて、ウクライナとの国境周辺に10万人ほどのロシア軍を集めてウクライナを囲む陣地配置に動いた。

・バイデンは副大統領時代に6回もウクライナを訪問し、意のままに動かせたポロシェンコ大統領を操り、ウクライナ憲法に「NATO加盟」を努力義務とすることを入れさせた。

・今般、ウクライナを焚きつけて騒動を起こさせた理由の一つに「息子ハンター・バイデンのスキャンダルを揉み消す狙いがあった」という情報を複数の筋から得ている。

・中間選挙や大統領選挙になった時に、必ずトランプがバイデンの息子のスキャンダルを再び突っつき始めるので、それを掻き消すためにウクライナで成功を収めておかなければならないという逼迫した事情がバイデンにはあった。

・バイデンはウクライナを焚きつけて血を流させ、自分は一滴の血も流さずにアメリカの液化天然ガス(LNG)の欧州への輸出を爆発的に加速させることに成功した。

・アフガン撤退によって離れていったNATOの「結束」を取り戻すことにも成功している。

・この事実を直視しないで、日本はこのまま「バイデンの外交工作に染まったまま」突進していいのか。「核を持たない国を焚きつけて利用し、使い捨てる」というアメリカのやり方から、日本は何も学ばなくていいのか。

・「核を持つ国アメリカ」のやり方は、日本の尖閣諸島防衛に関しても、ウクライナを利用し捨てたのと同じことをするのではないか。「米露」が核を持っている国同士であるなら、「米中」も核を持っている国同士だ。だから万一中国が尖閣諸島を武力攻撃しても、「米軍は参戦しない」という論理になる。

・自国を守る軍事力を持たないことの悲劇、核を捨てたウクライナの屈辱と悲痛な悲鳴は、日本でも起こり得るシミュレーションとして覚悟しておかなければならない。

実に示唆に富む論考です。

ウクライナ憲法を見てみると、確かに、第116条1項の追加条項1-1に、ウクライナの内閣は、EUとNATOに加盟するための国家方針を提供する、とあります。
Article 116

The Cabinet of Ministers of Ukraine:
1) ensures the state sovereignty and economic independence of Ukraine, the implementation of domestic and foreign policy of the State, the execution of the Constitution and the laws of Ukraine, and the acts of the President of Ukraine;
1¹) provides the implementation of the strategic course of the state for gaining fullfledged membership of Ukraine in the European Union and the North Atlantic Treaty Organization.

第116条
ウクライナの閣僚内閣は:
1) ウクライナの国家主権と経済的独立、国家の内政と外交政策の実施、憲法とウクライナ法、ウクライナ大統領の行為の実行を確保する。
1¹) 欧州連合と北大西洋条約機構にウクライナの本格的な加盟を得るための国家の戦略的方針の実施を提供する。
EUやNATOに入るのを憲法に書くべきものなのかどうかを脇に置くとしても、プーチン大統領を刺激すると分かっていたにも関わらず、対戦車ミサイルシステムを配備してプーチンを煽り捲った上で、ウクライナに派兵しない、と宣言するのは、まさに遠藤誉氏が指摘するように、ロシアに侵攻してもよいというサインを送っているも同然です。

今、マスコミはプーチン大統領が独裁者だの狂っただの叩きまくっていますけれども、もし、バイデン大統領が自分の選挙の為だけに、ウクライナを使い捨てにしているのだとしたら、こちらの方も同じく叩いてしかるべきではないかと思います。

果たして、今回のロシアのウクライナ侵攻がどのような形態で終結するのか分かりませんけれども、もしかしたら100年先にはプーチン大統領とバイデン大統領の評価は今とは全く違っているかもしれませんね。




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