

1.ロシア軍の当初の作戦は失敗した
3月17日、アメリカ国防情報局(DIA)局長のスコット・バリアー中将は、ウクライナ軍がロシア軍を撃退し続ければするほど、プーチン大統領は核兵器を使用する可能性が高いとする報告書を公表しました。
デイリーメールによると、この67ページに及ぶ報告書で示されたロシア軍の状況と行動予測の概略は次の通りです。
・ウクライナにおいて、ロシアの目標を弱体化させようとするアメリカの努力は、アメリカが衰退した国であるという認識と相まって、ロシアがウクライナそのものだけでなく、より広く西側との対立を認識し、より攻撃的な行動を促す恐れがある。筆者がここでポイントと考えるのは、ロシアはウクライナに対し、より有利な条件を引き出すまで攻撃し続けるとしている点です。
・侵攻の主な動機は「ウクライナと旧ソ連の他の国々に対する影響力を回復させる」というロシアの決意である
・ウクライナの抵抗が予想以上に大きく、紛争の初期段階での損失が比較的大きいにもかかわらず、モスクワはウクライナ政府がモスクワに有利な条件を出すまで、より殺傷力の高い能力を用いて前進する決意をしている。
・ロシアはウクライナに1000発以上の長距離ミサイルを打ち込んだが、侵攻はほとんど停滞している。
・アメリカ情報局は、ロシアがウクライナの標的を攻撃するために秘密の「デコイ・ダーツ」ミサイルを使用していることを発見した。ダーツは、防衛システムを欺くために熱探査とレーダー技術を使って、防空ミサイルからイスカンデルロケットを護っていると、アメリカ情報将校は主張している。
・イギリス国防省はロシアの侵攻は杜撰な兵站と計画の不備により「失速」したと述べた。「ウクライナの絶え間ない反撃により、ロシアは大量の兵力を自国の補給線を守るために転用せざるを得なくなっている」とイギリス国防省が声明で述べている。これはロシアの攻撃力を著しく制限している。
・ロシアはウクライナの効果的な抵抗に対する報復として、長距離砲やミサイルなどの『無差別的な攻撃方法』を使って、都市を平らにし、民間人を殺し、インフラに損害を与えている。
・今後10年間で、化学兵器を密かに隠し持っている可能性が高いロシアは、新しい大陸間弾道ミサイル、『大洋横断魚雷』、新しい大陸間巡航ミサイルを含む核兵器も入手できるだろう。
3月11日のエントリー「ウクライナ侵攻の終わらせ方と認知戦」で、防衛省防衛研究所の千々和泰明・主任研究官が主張する「紛争原因の根本的解決と妥協的和平のジレンマ」について取り上げましたけれども、ロシアの態度はウクライナに対し「現在の犠牲」にどこまで耐えられるかという「損害受忍度」の限界を超えさせることを狙ったものだと思われます。
2.停戦交渉は四項目で合意
では、今行われている停戦交渉の合意までまだまだなのかというと、そうでもないようです。
3月20日、トルコのチャブシオール外相はトルコ紙ヒュリエトのインタビューで、ロシアとウクライナの停戦交渉に関して、重要な項目で「歩み寄り」があると合意に期待感を示しました。
トルコのカルン大統領府報道官によると、停戦交渉は6項目について話し合われていて、その内、ウクライナの中立化、非武装化、非ナチス化、ロシア語容認の4項目では双方の意見が一致し、クリミア半島と東部ドンバス地域の扱いが残っているとのことです。
チャブシオール外相は、残りの2項目について、両国の指導者の同意が必要であると強調し、「3ヶ国協議の開催を希望している。しかし、これは両首脳の同意があって初めて実現するものだ。アンタルヤでの3者会談は、両国の要求があれば開催できるだろう」と述べました。
アンタルヤでの3者会談というのは、チャブシオール外相を含むロシア、ウクライナの外相会談のことを指しているとのことですけれども、チャブシオール外相は、3月10日にウクライナとロシアとの間の閣僚会談を実現させ、更にモスクワとリヴィウを訪れ、それぞれセルゲイ・ラブロフ外相、ドミトロ・クレバ外相と会談を行うなど精力的に動いています。
これについて、チャブシオール外相は、「私は両大臣から温かく迎えられた。両大臣は、トルコの誠実で原則的な政策に満足している。両者とも私たちに信頼を寄せている」と述べつつも、現在最も重要なことは、両陣営の停戦を仲介することであり、和平交渉をどこで切り出すかではない、と強調しています。
筆者が意外に思ったのは、既に4項目が合意に至ったということで、しかもその中に「非ナチ化」が入っている。この4項目は当初プーチン大統領が述べていたことを考えるとプーチン大統領の政治目的はほぼほぼ達成しているのではないかと思います。
また、残りの2項目のうちドンパス地域については、既にミンスク合意が為されていますから、当然ながら、プーチン大統領は、ミンスク合意の履行を求めるでしょう。もしそれが落としどころになるのなら、残るはクリミア半島の扱いということになります。
3.試みが失敗すれば第3次世界大戦だ
一方、ウクライナにとって、この2項目は譲れない一線になります。国歌主権に関わるからです。
3月20日、ゼレンスキー大統領は、CNNの単独インタビューに応じ、プーチン大統領との交渉について、「2年前から用意ができていた。交渉がなければこの戦争を終わらせることはできない……この戦争を止められる可能性が1%でもあるならば、この機会をとらえる必要がある。我々にはその必要がある……ロシア軍は我々を殲滅させ、殺害するためにやって来た。そして我々は国民と軍の威厳を見せつけることができている。我々は大きな打撃を与えることができ、反撃することができるのだと。だが残念ながら、我々の威厳で命を守ることはできない。従って我々はどんな形であれ、いかなる機会をも利用して交渉の可能性をつかみ、プーチンとの対話の可能性をつかまなければならない。だがもしその試みが失敗すれば、それは第3次世界大戦を意味する」と述べました。
ゼレンスキー大統領は前日の19日にフェイスブックに動画を投稿しているのですけれども、その中で、「特にモスクワで私の話を聞いてほしい……会って話す時が来た。ウクライナの領土的一体性と正義を取り戻す時だ……さもなければ、ロシアは数世代かけても立ち直れない損失を被ることになる」と述べ、ロシア軍の行動は自分たちの国の状況を悪化させていると指摘し、「停滞することのない」誠実な交渉のみが被害軽減につながる道だと訴えています。
「ウクライナの領土的一体性と正義を取り戻す」のを「モスクワで聞いて欲しい」のですから、モスクワに乗り込んででも、この点は譲れないということなのでしょう。あるいは、殺されることも覚悟しての発言なのかもしれません。
ただ、その一方で、「試みが失敗すれば、第3次世界大戦だ」とも述べていることを考えると、世界を巻き込む何かを仕込んでいる可能性も考えられます。
4.ゼレンスキーを死なせてはならない
現在、ゼレンスキー大統領がG7各国で演説し、ウクライナへの支持や援助を訴えています。
それに呼応したのかどうか分かりませんけれども、3月18日、ポーランドのモラウィエツキ首相は、ウクライナに平和維持部隊を派遣するようNATO加盟国に要請する意向を明らかにしました。どうやら、24日に開くNATO緊急首脳会議で提案される見通しだそうなのです。
果たして、これがゼレンスキー大統領の裏工作なのかどうか分かりません。今のところ、NATO加盟30ヶ国のうち、スロベニア、チェコ、ポーランド、ラトビア、リトアニア、エストニア、デンマークの7ヶ国が支持を示し、フランスとスロバキアも賛成票を投じるという噂もあるようです。
それでも、ロシアとの直接衝突を恐れるアメリカや他のNATO加盟国はウクライナへの軍事介入には慎重な姿勢を示すとみられ、実現可能性は低いとされています。
けれども、もし、ゼレンスキー大統領とプーチン大統領との「モスクワ」での会談が決裂し、その後、ゼレンスキー大統領が「暗殺」されたしたとしたら、それでもNATOは黙っているのかどうか。
これまでも、ゼレンスキー大統領は何度もロシアに暗殺されかけたとされていますし、先日も、ウクライナ国防省は、ゼレンスキー大統領を殺害するための新たな傭兵をロシアが投入したと発表しています。
なにせ、ゼレンスキー大統領は、EU首脳陣に対し、「我々は、欧州の理想のために死んでいく」、「生きて会えるのはこれが最後かもしれない」と訴えて、彼らをウクライナ支持へとひっくり返してみせた"役者大統領"です。
あるいは、ゼレンスキー大統領自ら退陣するならまだしも、自ら命を絶つようなことがあれば状況はどうなるか分かりません。
少なくとも、ウクライナ国民はゼレンスキー大統領を英雄として祭り上げ、打倒ロシアで燃え盛るであろうことは間違いありません。
筆者には、どこかゼレンスキー大統領には死に急いでいるというか、ちょっと危ういものを感じています。
ゼレンスキー大統領の第3次世界大戦発言は単なる停戦交渉の駆け引きであることを祈りたいですね。
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