日露平和条約締結交渉中断と半主権国家

今日はこの話題です。
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1.日露平和条約締結交渉中断


3月21日、ロシア外務省は北方領土問題を含む日本との平和条約締結交渉を中断するとの声明を発表しました。

ウクライナ侵攻に伴う制裁に日本が加わったことへの反発が理由とみられていますけれども、声明は次の通りです。
日本政府の決定への対応措置に関するロシア外務省の声明
21.03.2022 18:11


ウクライナ情勢に関連して日本がロシアに対して行った一方的な規制が明らかに非友好的であることに鑑み、以下の措置を講じた。

ロシア側は、現状では平和条約に関する日本との交渉を続けるつもりはない。なぜなら、公然と非友好的な立場を占め、わが国の利益を損なおうとする国家と、二国間関係に関する基本文書の調印を協議することは不可能だからである。

1991年からのロシア連邦南クリル諸島と日本との間のビザなし交流に関する協定に基づく日本人のビザなし渡航と、1999年からの南クリル諸島に居住する元日本人の旧居住地への訪問を最大限に促進する協定を停止することが決定された。

ロシアは、クリル諸島南部での共同経済活動確立に関する日本との対話から離脱する。

ロシアは、日本が黒海経済協力機構の分野別対話相手国としての日本の資格延長にも応じない。

二国間協力と日本自身の利益を損なうすべての責任は、互恵的な協力や善隣関係の発展よりも、意図的に反ロシアの道を選んだ東京にある。
このように、北方領土への旧島民の墓参などを目的とした日本とのビザなし交流の停止や、北方領土での日本側との共同経済活動から撤退する意向を表明しています。


2.平和条約以上のもの


一部マスコミは、平和交渉打ち切り、などという見出しで、これでロシアとの関係改善は無くなったという風な報じ方をしていますけれども、一応声明では「現状では」という枕詞をつけ「継続する積もりはない」という言い方で、一時的な中断を匂わせる表現をしています。これを見る限り、完全に断絶を宣言した訳でもないように感じます。

そもそも、日本が対露制裁を打ち出す前までは、ロシアの日本に対する態度はそう悪くはありませんでした。

ウクライナ侵攻2週間前の2月10日、ガルージン駐日ロシア大使はインタファクス通信のインタビューで、日露平和条約締結交渉について、次のように答えています。
インタファクス:おそらく重要な問題である平和条約について、東京との対話に進展はありますか?岸田首相はすでに以前、この問題で日本は「いかなる譲歩もしない」し、「すべてを一度に要求する」と発言しています。今の日本政府はもっと厳しい姿勢だが、この会談を強行する必要があるのでしょうか。

ガルージン大使:日本側の立場を聞いてみるべきかもしれませんね。ご指摘の件、間違いなく重要ですので、私たちがどのように考えているかをお伝えしたいと思います。

平和条約に関連して、まず申し上げたいのは、私たちロシア側は、極東の重要な隣国として、日本との関係を包括的に発展させていく決意であるということです。

プーチンは昨年9月の東方経済フォーラムの総会で、ラブロフ外相は今年1月14日の記者会見で、それぞれ何度もそう語っています。この点は、平和条約締結の問題にも確かに当てはまります。私たちは、関連する対話を継続する用意があります。しかし、我々は、両国間で最高レベルで理解されているように、この対話を、互恵的な貿易・経済・投資協力、軍事・政治分野における信頼醸成措置の構築、国際問題における協力の強化、文化・教育・スポーツ・地域間関係の発展を含む日露関係の全範囲において実施する必要から進めているのです。

質問の中で「平和条約」という言葉がありましたが、要は、いずれ日本と締結したい条約は、よく言われるように、敵対行為が終わった翌朝に締結するような文書以上のものでなければならないということです。

何しろ、戦後から77年近くが経過しているのですから。そして、その間に日ソ関係、日露関係は順調に発展していました。だから、平和条約を戦争の終結と平和の回復を宣言する文書としてではなく、それは1956年の日ソ共同宣言でなされたことだと考えています。

私たちは、この条約を、平和、友好、善隣、協力、パートナーシップに関する基本的な文書であり、現代の現実に即して、戦後数十年間の二国間関係におけるすべての好ましい経験を考慮に入れ、将来における日露関係のさらなる改善のためのガイドラインを設定しなければならないと考えています。

そしてもちろん、このような文書の締結は、それ自体、他のすべての問題を議論するための非常に良い前向きな雰囲気を作り出すでしょう。これは、2018年11月にシンガポールで両首脳が合意した、1956年の日ソ共同宣言に導かれたもので、これを基に日露は平和条約を交渉しているのです。

インタファクス:では、友好協力条約を締結する必要性が全体的に見えてきたのでしょうか?

ガルージン大使:もちろん、そうです。

インタファクス:東京はアメリカのミサイルの自国領土への配備を拒否していますが、アメリカがINF条約で禁止されているミサイルをこの地域に配備する脅威はまだあると見ていますか? その場合どのような行動を取るのか、日本側とそのシナリオを話し合っていますか?

ガルージン大使:まず基本的なテーマからお話ししますと、国際舞台における日本の重要な同盟国は、我が国を公然と敵国と位置づけているアメリカであることを無視することはできないでしょう。その結果、日本政府が政治的・軍事的な圧力を受けていることもわかっています。そして、1960年の日米安全保障条約によれば、アメリカはここで多くの自由裁量権を持っています。ですから、日本側が安全保障の不可分性という原則を尊重すること、つまり、他者の安全保障を犠牲にして自国の安全保障を強化しないことを期待しています。そしてそれは、日本が最近かなりオープンにしている、アメリカのMTCR(ミサイル技術管理レジーム)の日本領土への配備の可能性にも当てはまります。

もちろん、我々はこれを注視しており、もしこのような計画が実現すれば、ロシアの安全保障にとって新たな脅威となることは必至であり、それは主に現在のアメリカの政策の性質から生じる脅威であると想定しています。この政策は、ロシアに対する敵対的な政策と言えるでしょう。したがって、中距離ミサイルや短距離ミサイルがもたらす軍事能力も考慮しなければなりません。
このように、ガルージン大使は日露平和条約は、単なる"不可侵条約"的なものだけでなく、平和、友好、善隣、協力、パートナーシップに関する基本的、包括的なものでなければならないと述べています。つまり、それなりに深い協力関係を結ぶことを望んでいたということです。

ここまで進めていたのを、あっさりと全部捨てれるかというと中々難しいのではないかと思います。未練が残るのも分かるというものです。

そして、もう一点重要だと思われるのは、平和条約を締結して北方領土が返還された場合、そこにアメリカのミサイルが配備されることをロシアが非常に警戒しているという点です。


3.日本は半主権国家だ


北方領土問題について、ロシアが強硬な態度を示しているのは、返還後の北方領土に米軍基地が設置される可能性等を懸念しているがゆえに北方領土を日本に引き渡すことはできないという指摘はこれまでもされていました。

これについて、プーチン大統領は何度も指摘しています。ざっと例を挙げると次の通りです。
●日本テレビとの会見(2016年12月)
・日本には同盟上の義務がある
・日本はどこまで自由で、どのくらいまで踏み出す用意があるのかを見極めなければならない

●東京における記者会見での発言(2016年12月)
・ウラジオストクとその北には大規模な海軍基地があり、太平洋への出口である
・日米の特別な関係と日米安保条約の枠内における条約上の義務を考慮すれば、この点について何が起こるかわからない

●サンクトペテルブルクにおけるマスコミ代表者との会見(2017年6月)
・アラスカや韓国など、アジア太平洋地域で米国のミサイル防衛(MD)システムが強化されており、ロシアにとっての安全保障上の脅威である
・我々は脅威を除去せねばならず、島(北方領土)はそのために好適な位置にある
・返還後の北方領土には米軍基地が設置される可能性が排除できない
・これは日米間の合意の帰結であり、公開されていないが、我々はその内容をすべて知っている

●モスクワにおけるマスコミ代表者との会見(2018年12月)
・沖縄では米軍基地移設に対する反対運動が広がっているが、その声が日本の政策に反映されていない
・この問題について、日本にどこまで主権があるのかわからない
・日露が平和条約を締結した後に何が起こるかわからない。これに対する答えなくして具体的な解決策をとることはできない
・米国のMDシステムは戦略核戦力の一部であり、防衛的な性格であると理解することはできない

●モスクワにおける企業団体代表者との会見(2019年3月)
・日本との交渉の勢いは失われた
・日米安保条約の下では米国は通告さえすれば日本の領域内に軍事基地を設置できるのであって、日本が平和条約交渉を始めたいならば日米安保条約を脱退せねばならない
とりわけ、2019年3月の「日本が平和条約交渉を始めたいならば日米安保条約を脱退せねばならない」というのは決定的なポイントだと思います。

これについて軍事アナリストの小泉悠氏は次のように述べています。
加えて興味深いのは、ロシアの唱える「安全保障上の懸念」と一体の問題として、日本の主権に関する疑念が度々表明されていることである。

プーチン大統領は、北方領土における米軍基地設置を日本が拒否できるのかを繰り返し疑問視し、2018年12月のマスコミ代表者との記者会見では「日本にどこまで主権があるのかわからない」とまで述べている。

ロシアの秩序観からすれば、安全保障を日米同盟に依存する日本は完全な主権を有さない「半主権国家」であるという結論が導かれるが、これを敷衍するならば、日本が日米同盟の下にある限りロシアの不信は払拭されないことになる。

「半主権国家」である日本がロシアと何を約束しようと、アメリカに強く言われれば北方領土に米軍基地や戦闘部隊が展開する可能性は排除できないというのがロシアの日本観であるからだ。
このように、自分で自分のことを決められない日本は主権国家ではないとプーチン大統領は見ているということです。

これは、今のロシアによるウクライナ侵攻にも通じるものであり、自国の直ぐ隣に西側のミサイルや基地を設置することは断じて許さないという訳です。


4.日本政府がここまでやるとは思わなかった


3月21日、イギリスのデイリーメール紙は「中国を視野に入れ、過去にとらわれずウクライナに強く対応する日本」という記事を掲載し、日本の対露制裁について驚きを持って伝えています。

その概要は次の通りです。
・日本はウクライナ侵攻への厳しい対応で長年の前例を破った。この紛争は、中国の地域的野心に立ち向かうために東京の防衛戦略を再構築する可能性がある

・2014年にロシアがウクライナに侵攻した際、日本の対応は生ぬるいと見られていたが、今回は西側諸国と歩調を合わせ、前例のない制裁と厳しいレトリック、さらには非殺傷軍事支援を送っている。

・フランスのシンクタンク、戦略研究財団のアジア専門家であるヴァレリー・ニケ氏は、「日本は以前、ある意味、お金を出すだけで危機には直接関与していないと非難されたことがある」と述べ、今回、東京は「事態がどう展開するか傍観しているだけではないことを示すため、自分たちが何をしているのかに重点を置いている」と述べた。

・ニケ氏は「間違いなく、ロシアは脅威として記述されるだろう……前回の2013年版では、ロシアはチャンスとまではいかないまでも、脅威とは言えないと見られていた。それは完全に変わるだろう」と指摘した。

・アメリカ進歩センターの上級研究員であるトビアス・ハリス氏は、東京が個別制裁などの措置に動いたスピードは「完全に驚くべきもの」で、日本政府がここまでやるとは思っていなかったと述べた。

・日本における攻撃能力に関する議論は微妙なものであるが、ハリス氏は「ウクライナで見た映像は、日本がより強固な国防を持つことを望む人々にとって有益なものになるだろう……自衛はますますイチジクの葉のように見えてくるのではないか……この戦争が日本国内の議論に与える影響を、私たちはまだ十分に見ていないと思う」と語った。

・問題なのは、日本の与党が核抑止力について議論しようとしていることだ。日本はアメリカの「核の傘」に依存しながらも、長年の政策により核兵器の製造、保有、ホスティングを禁じられている。しかし、広島・長崎の原爆を受けた国でこの問題が議論されるだけでも、ウクライナ危機の影響が広範囲に及ぶことが分かる。

・安倍元首相は、ロシアとの関係改善が突破口になると期待していたが、安倍首相が辞任し、この問題で何年も行き詰まったため、日本政府はモスクワに対して自由に行動できるようになった。しかし、エネルギー需要に対する懸念から、東京は今のところロシアとの共同エネルギープロジェクトからの撤退を止めている。

・台湾の「統一」や釣魚島への領有権主張など、この地域で野心を強めている中国が、より大きな存在として迫っている

・テンプル大学ジャパンキャンパス准教授のジェームズ・D・J・ブラウン氏は、「昔、東京はロシアへの攻撃的な行動がモスクワを北京に引き込むのではないかと心配していたが、今は完全に逆転している……日本はロシアに厳しくなければならない。そうしないと前例ができ、おそらく中国が同じことをできると考えるようになるからだ」と述べた。

・当面、日本は今年後半に予定されている国家安全保障戦略で、ロシアに対する見方を全面的に見直すとみられている。
このように、デイリーメール紙は、日本はロシアに対する見方を変え、それは中国をも視野にいれたものだ、と論評しています。


5.主権国家の振舞い


3月22日、岸田総理は参院予算委員会で、今回、ロシアが日本との平和条約締結交渉の中断を表明したことについて、「今回の事態は、全てロシアによるウクライナ侵略に起因して発生しているものだ……それを日露関係に転嫁しようとするロシアの対応は極めて不当であり、断じて受け入れることができない。日本国として強く抗議をする」と批判しましたけれども、抗議したところで相手にしないでしょう。

それは先に取り上げたインターファクス通信のインタビューでガルージン大使が、日本の重要な同盟国はアメリカであり、日本政府が政治的・軍事的な圧力を受けていることもわかっている、と発言しているように、今回の対露制裁にしても、アメリカまたは、G7に同調しただけのことであり、日本が自分の考えで判断し、行動したとは思っていないであろうからです。

まぁ、今回の対露制裁について、例えば、インドのように中立の立場をとったならば、あるいは主権国家としての振舞いだと思ってくれたかもしれませんけれども、今の日本の立場を考えると岸田政権では難しいと思います。

その報復として、平和条約締結交渉中断されることくらいは想定しておくべきものだと思います。それでも、ロシアの声明の節々に未練が垣間見えますので。今後、何らかのチャンスがあれば逃さず生かすべきではないかと思いますね。


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