

1.G7首脳声明
国際社会におけるロシアのデカップリングへの動きが始まっています。
3月24日、日米など主要7ヶ国(G7)は、ウクライナ情勢を巡る緊急首脳会議をベルギーのブリュッセルで開き、中国などを念頭に、全ての国々にロシアの「制裁逃れ」や侵攻を助けないように求める首脳声明を採択しました。
声明では以下の7点についてコミットしたと発表しています。
・重要製品に関するロシアの最恵国の地位を否定する行動をとるよう努めるこのように一段の金融制裁と貿易に関する制約を課すといった形で、ロシアを孤立させるということです。
・国際通貨基金(IMF)、世界銀行、欧州復興開発銀行を含む主要な多国間金融機関からロシアが融資を受けることを防ぐよう共同で取り組んでいる。
・プーチン大統領やその他の戦争の立案者に近いロシアのエリート層、代理勢力、オリガルヒ及び彼らの家族やその支援者に対して圧力をかける取組を続けることにコミットする
・我々の制限的措置の有効性を維持し、回避を取り締まり、抜け穴を塞ぐことにコミットする。具体的には、回避を防止するために計画されている他の措置に加え、我々は、ロシア政府及びエリート層、代理勢力、オリガルヒが、国際的な制裁の影響を回避あるいは相殺するための手段としてデジタル資産を活用することができないことを確保し、これにより世界の金融システムに対する彼らのアクセスを更に制限する。
・ロシアの体制による偽情報拡散の試みと戦うことを決意する
・ロシアに歳入を与えず、我々の国民がプーチンの戦争の費用を負担することにならないよう、各国の手続と整合的な形で、ロシア連邦に対する重要物品及び技術の輸出入に対し、更なる制限を課す用意がある。
・戦争を直接又は間接に支援しているロシアの団体は、新たな債務及び株式投資並びにその他の形態の国際資本へのアクセスを有するべきではない
また、この日、アメリカのバイデン大統領は、訪問先のブリュッセルでの記者会見で、ロシアのG20からの排除が必要かと聞かれ「答えはイエスだ。G20次第だ」と答えました。
ロシアは2014年にウクライナのクリミア半島の併合を宣言した後、G8から追放されましたけれども、今度はG20からも追放しようということです。
もっとも、G20関係者によると、ロシアを排除するには参加国・地域の合意が必要であり、ロシアに近い中国やインドなどが反対する公算が大きく、実際には難しいと見られています。
2.G7が主導するロシア排斥
23日、ロシアのボロビエワ駐インドネシア大使は記者会見でプーチン氏がサミットに出席する意向だと表明、排除論を牽制しました。中国外務省の汪文斌副報道局長は記者会見で「ロシアは重要なメンバーで、どの加盟国も除外する権利はない」と強調しました。
インドネシアのジョコ大統領も8日の日本経済新聞のインタビューで「G20は経済協力だ」とロシア除外に慎重姿勢を示しています。
アメリカのバイデン大統領は、インドネシアを含む他国が賛同しないならば、ウクライナを出席させるべきだと主張していますけれども、インドネシアのジョコ大統領は8日の日本経済新聞のインタビューで「G20は経済協力(の枠組み)だ」とロシア除外に慎重姿勢で、サミットなどでは、「医療体制強化」「再生可能エネルギーへの転換」「経済のデジタル化」を主要議題に据える意向を示しています。
また、中国の王毅国務委員兼外相も15日、インドネシアのルトノ外相と電話し「中国は混乱を排して確立した議題を進めることを支援する」と暗にウクライナ情勢を取り上げないよう求めています。
藤崎一郎元駐米大使は今後のG20の役割に関し「多くの問題はそもそも難しい。しばし冬眠だろう」と語っていますけれども、中露やサウジアラビアのような強権国家から西側の民主主義陣営までが顔をそろえるG20では平時でも加盟国間の利害調整は複雑化しています。それが今回の有事で一方向に纏めるのは至難の業です。
元アメリカ財務省高官のマーク・ソベル氏は中露が関係を深めるなかで「G7が反権威主義クラブとしての牽引力や団結を増している」と英系のシンクタンクに寄稿していますけれども、当面はG7がロシア排斥の主導権を握ることになりそうです。
3.ガスとIOCとFIFA
もっとも個々の国や組織レベルでも、それなりにロシア排斥を進めているところもあります。
3月25日、ドイツのハーベック経済相はロシア産化石燃料の輸入を削減し、2024年半ばまでにロシア産ガスへの依存からほぼ完全に脱却する計画を明らかにしました。
計画によれば、年央までにロシア産原油の輸入を半減させ、年末までに「ほぼ自立」を目指し、石炭の輸入については秋までに完全停止できる可能性があるとしています。
それでも、ハーベック経済相は「ロシアへの輸入依存が軽減されても、現時点でエネルギーの輸入禁止は時期尚早だ……それは経済的、社会的な代償が大き過ぎるだろう。しかし、全てのエネルギー供給契約打ち切りがプーチン大統領に打撃を与える」と経済に及ぼす影響が大きいとして、ロシア産エネルギーからの即時脱却は無理だとの見方をあらためて示しています。
一方、スポーツ界でもロシア排斥が始まっています。
28日、国際オリンピック委員会(IOC)が全競技にわたってロシアとベラルーシの国際大会への出場停止を推奨。また、前日27日にロシアに対してロシア領内での国際試合の開催禁止、さらに国名、国旗、国歌の使用禁止を命じた国際サッカー連盟(FIFA)も、「FIFAとUEFAは本日、代表チームやクラブチームに関わらずすべてのロシアチームに対してFIFAとUEFAの主催大会への出場を今後の通知があるまで停止することを決定した……フットボール界は団結し、ウクライナで影響を受ける人々とともにある。フットボールが再びすべての人々の中で団結と平和のためのベクトルになるために、ウクライナの状況が大きく、すぐさま改善することを両連盟の会長は願っている」とする共同声明を発表しました。
4.ランド研究所のレポート
このように、アメリカを含めG7中心に、金融と国際機関からのロシア排斥が進んでいますけれども、これら制裁について、2019年にアメリカのシンクタンクであるランド研究所がレポートを出しています。
件のレポートは「ロシアの過度の拡大と不均衡 ~コストを課すオプションの影響の評価~」というもので、その内容の概要は次の通りです。
■概要これらの提言での各項目で「*」となっているのは、筆者が現在行われているものとしてチェックした項目なのですけれども、あまりにも、このランド研究所のレポート通りの対応で怖いくらいです。海外でのロシアのイメージを低下させる為の戦術として「ワールドカップなどのイベントのボイコット」とはっきり記載していますけれども、FIFAによるロシア代表チームの出場停止発表を見ると、こちらにもアメリカの手が回っている可能性も考えられます。
本報告書は、米国とその同盟国が経済、政治、軍事の各分野で追求し得る、非暴力的でコスト負担の少ないオプションを包括的に検討し、ロシアの経済と武力、そして国内外における政権の政治的地位にストレスを与え、過剰な拡張とアンバランスをもたらすレポートを要約したものである。
「ロシアは見かけほど強くもなく弱くもない」という格言は、19世紀から20世紀にかけてと同様、今世紀も真実である。
現在のロシアは、ピークを大幅に下回る石油・ガス価格による生活水準の低下、それをさらに加速させる経済制裁、高齢化と人口減少、プーチン政権下で進む権威主義など、多くの弱点に悩まされている。このような脆弱性は、欧米に刺激された政権交代、大国としての地位の喪失、さらには軍事攻撃の可能性に対する根強い不安と相まっている。
こうした脆弱性と不安にもかかわらず、ロシアは依然として強大な国であり、いくつかの重要な領域で米国の同業者となることができる。ランド研究所は、ロシアとのある程度の競合は避けられないと認識し、ロシアを不均衡にし、過剰に拡張する可能性のある「コスト・インポージング・オプション」について定性的評価を行った
□経済的コストを課す措置
・米国のエネルギー生産を拡大すると米国はロシアの収入を制限することができる
*より深い貿易制裁と金融制裁を課すことは、特にそのような制裁が包括的で多国間である場合、ロシア経済を悪化させる可能性がある。
*欧州がロシア以外の供給国からガスを輸入する能力を高めれば、ロシアのエネルギー強要に対して欧州を緩衝することができる
・ロシアからの熟練労働者や高学歴の若者の移住を促進することは、コストやリスクが少なく、米国や他の受け入れ国を助け、ロシアを傷つける可能性があるが、受け入れ国にとってプラス、ロシアにとってマイナスのどちらの効果も、非常に長い期間でなければ気づきにくいだろう。
□地政学的コストを課す措置
*ウクライナへの致命的な支援:ロシアの対外的な最大の弱点を突くことになる。しかし、ウクライナに対する米軍の武器や助言の増加は、ロシアがその近接性ゆえに大きな利点を持つ、より広範囲の紛争を誘発することなく、既存の取り組みを維持するためのコストを増加させるよう、慎重に調整される必要がある。
・シリアの反政府勢力への支援を強化:イスラム過激派テロとの戦いなど、米国の他の政策上の優先事項を危うくし、地域全体をさらに不安定にする危険性がある。さらに、シリアの反体制派の急進化、分裂、衰退を考えると、この選択肢は実現不可能かもしれない。
・ベラルーシを自由化:成功しない可能性が高く、ロシアの強い反発を招き、その結果、欧州の安全保障環境が全般的に悪化し、米国の政策が後退する可能性がある。
・南コーカサスで関係を拡大:ロシアと経済的に競合することは、地理的、歴史的に困難であろう。
・中央アジアにおけるロシアの影響力を低下させること:非常に困難であり、コストがかかる可能性がある。関与の強化は、経済的にロシアを大きく拡大する可能性は低く、米国にとって不釣り合いなコストとなる可能性が高い。
・トランスニストリアを返還し、ロシア軍を追放:ロシアの威信に傷がつくが、モスクワの資金を節約でき、米国とその同盟国にさらなるコストを強いる可能性も十分にある。
□イデオロギー的および情報的コストを課す措置
・ロシアの選挙制度に対する信頼を低下させること:ほとんどのメディアソースが国家によってコントロールされているため、困難である。
・政権が公共の利益を追求していないという認識を作り出すこと:広範囲に及ぶ大規模な汚職に焦点が当てられ、国家の正当性がさらに損なわれる可能性がある。しかし、リスクの高い選択肢である。
・国内の抗議行動やその他の非暴力的な抵抗を奨励すること:リスクは高く、西側政府がロシアにおける反体制活動の発生や強度を直接高めることは困難であろう。
*海外でのロシアのイメージを低下させること:西側諸国は、さらなる制裁、国連以外の国際フォーラムからのロシアの排除、ワールドカップなどのイベントのボイコットなどを実施することができ、ロシアの威信を損なうことになる。しかし、これらの措置がロシアの国内安定にどの程度ダメージを与えるかは不明である。
□空と宇宙のコストを課す措置
・ロシアの主要戦略目標への容易な打撃範囲内に爆撃機を配置し直す:成功の可能性が高く、確実にモスクワの注目を集め、ロシアの不安を高めるだろう。
・戦闘機を爆撃機よりも目標に近い場所に配置し、出撃率を上げる:爆撃機の配置転換よりもモスクワの関心を引くと思われるが、成功の可能性は低く、リスクは高い。
・ヨーロッパとアジアに戦術核兵器を追加配備する:ロシアは防空への投資を大幅に増やすほどに不安を募らせることができる。このような兵器をさらに配備すれば、モスクワは米国や同盟国の利益に反するような反応を示すようになるかもしれない。
・米国と同盟国の弾道ミサイル防衛システムを再配置:モスクワを警戒させるが、ロシアは現在のミサイル在庫のごく一部で、米国と同盟国の目標を危険にさらすので、おそらく最も効果のないオプションであろう。
・戦略的競争において、ロシアに自らを拡張させる方法:モスクワが米国の航空戦力能力とドクトリンを恐れていることを利用するものである。低視認性長距離爆撃機の新規開発、あるいはすでに利用可能または計画されているタイプ(B-2、B-21)の大幅な増産は、モスクワにとって懸念材料となるだろう。すべてのオプションは、モスクワが指揮統制システムをより強固に、より機動的に、より冗長的にするために、これまで以上に多くの資源を投入する動機となる可能性がある。
・これらのオプションの主なリスク:米国に対してコスト負担の大きい戦略を取ることになる軍拡競争に巻き込まれることである。
・成功の可能性:いくつかの選択肢はコスト面で優れた戦略であるが、HARM や他の電子戦技術への投資を増やすなど、他の選択肢より明らかに優れているものもあり、宇宙ベース兵器や弾道ミサイル防衛システムに焦点を当てるなど、避けるべきアプローチもある。
・核軍備管理体制から離脱する:ロシアをコストのかかる軍拡競争に駆り立てるかもしれないが、その利益は米国のコストを上回ることはないだろう。核軍拡競争に伴う経済的コストは、米国にとってもロシアと同じか、おそらくそれ以上になるであろう。
□海上でのコストを課す措置
・ロシアの活動領域で米軍と同盟国の海軍力のプレゼンス向上:ロシアは海軍への投資を増やさざるを得ず、より危険な可能性のある領域から投資を流用することができる。しかし、必要な投資規模を考えると、ロシアにそれを強制したり、誘惑したりすることはできそうにない。
・海軍の研究開発努力の強化:米国の潜水艦がより広範な目標を脅かすことを可能にする新兵器の開発、またはロシアの核弾道ミサイル潜水艦(SSBN)を脅かす能力の強化に焦点を当て、ロシアに対潜水艦戦のコストを課すことができる。リスクは限定的だが、成功するかどうかは、これらの能力を開発できるかどうか、また、ロシアの支出に十分な影響を与えることができるかどうかにかかっている。
・核態勢をSSBNへ移行する:SSBN艦隊の規模を拡大することによって、ロシアに2つの海をまたぐ活動能力への投資を強いる。これは米国の戦略的態勢に対するリスクを軽減することになるが、このオプションがロシアの戦略変更とその延長を誘うことはないだろう。
・黒海の増強に歯止めをかける:黒海に北大西洋条約機構(NATO)の対アクセスおよび領域拒否を強化したもの(おそらく長距離陸上対艦ミサイル)を配備し、クリミアのロシア基地防衛のコストを引き上げ、ロシアの利益を減少させる。ロシアは、NATOや非NATOの沿岸国の参加を思いとどまらせるため、積極的な外交・情報キャンペーンを展開することは間違いない。黒海での活動は、ロシア海軍よりも米海軍の方が政治的、物流的に困難であり、紛争になった場合、米海軍の方がより危険である。
□土地とマルチドメインのコストを課す措置
・在欧米軍の増強、欧州NATO加盟国の地上戦力の増強、ロシア国境への多数のNATO軍配備:すべてのオプションは抑止力を高めるが、そのリスクは様々である。欧州のNATO地上軍能力を全般的に向上させれば、そのリスクは限定的になるが、ロシア国境への大規模な展開は、特にウクライナ東部、ベラルーシ、コーカサスにおけるロシアの立場に挑戦するとみなされた場合、ロシアとの紛争のリスクを増大させる。
・欧州でのNATO演習の規模と回数を増やす:演習が危険なシグナルを送らない限り、コストのかかるロシアの反応を促すことはない。ロシア国境付近で行われる大規模なNATO演習や反撃・攻撃シナリオを練習する演習は、攻撃作戦を検討する意図と意志を示すものと受け止められる可能性がある。
・中距離ミサイルを開発しても配備しない:中距離核戦力条約を脱退し、ミサイルを製造してもヨーロッパに配備しない場合、米国の戦力はほとんど増えず、おそらくロシアは自らそのようなミサイルを配備し、弾道ミサイル防衛にさらに投資するようになるだろう。さらにヨーロッパにミサイルを配備するというステップを踏めば、ほぼ確実にロシアの反発を招き、かなりの資源を必要とするか、少なくとも他の防衛費からかなりの資源が流用される可能性がある。
・新技術への増額投資:防衛と抑止を大幅に改善し、同時にロシアの対抗措置への投資増を余儀なくされる可能性がある。その能力によっては、危機におけるロシアの体制と指導者の安全を脅かすことにより、戦略的安定性を危険にさらす可能性もある。
□陸軍への影響
「ロシアを拡張する」という課題は、陸軍、あるいは米軍全体が主体となって取り組む必要はない。ロシアを拡大するための最も有望な方法は、軍事的な領域外にある可能性が高い。ロシアは米国との軍事的同等性を求めていないため、米国の一部の軍事行動には反応しないことを選ぶかもしれない。
我々の調査結果は、陸軍にとって少なくとも3つの主要な示唆を与えている。
・米陸軍はロシアに関する言語的・分析的専門知識を再構築する必要がある。
・陸軍は、陸軍戦術ミサイルシステム、間接火器保護能力の増分、長距離対空防衛、その他ロシアの反アクセス・領域拒否能力に対抗するためのシステムなどの能力への投資を検討し、より多くの投資を奨励することを検討する必要がある。
・陸軍がロシア自体の拡張そのものに直接関与していないとしても、起こりうる反動を軽減する上で重要な役割を果たすだろう。
■結論
ロシアを「拡張」するための最も有望なオプションは、ロシアの脆弱性、不安、強みに直接対処し、現在のロシアの優位性を損なわずに弱点を利用するものである。米国との競争において、ロシアの最大の弱点は、経済規模が比較的小さく、エネルギー輸出に大きく依存していることである。ロシア指導部の最大の不安要素は体制の安定性と持続性であり、ロシアの最大の強みは軍事と情報戦の領域である。
ここに挙げたものを含め、検討された選択肢のほとんどは、ある意味でエスカレート的であり、ほとんどの場合、ロシアの反撃が予想される。したがって、各オプションに付随する特定のリスクに加えて、核武装した敵対国との競争が一般的に激化することによるリスクも考慮しなければならない。
けれども、アメリカは、まんまこれをやっているのみならず、リスクの最も低い項目を選択して行っていることは注目してよいかと思います。
特に、地政学的コストを課す措置での「ウクライナへの致命的な支援」では、広範囲の紛争を誘発することなくロシアの負担を増やせとあるように、バイデン政権は徹底してウクライナへは武器と助言に徹し、さらに戦線がウクライナから拡大しないように匙加減を変えながら行っていることが推察されます。
今後、アメリカが主導する対露制裁について何を行ってくるかについては、このランド研究所のレポートが参考になるかもしれませんね。
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