

1.歴代の総理大臣は派閥を離脱した
菅前総理の発言が話題になっています。
1月10日発売の「文藝春秋」が掲載した、インタビュー記事で、菅前総理は「派閥の意向に反発すればポストからはじくとかということをずっと疑問に思ってきた……政策本位で適材適所に人材を就けるのが大事……自分が総理の時は派閥の推薦を受けずに人事を決めた。『推薦したら閣内に入れない』との感じを出して……派閥に居続けることが国民にどう見えるかを意識する必要がある……派閥政治を引きずっているというメッセージになる」と述べ、岸田総理に苦言を呈しました。
また、菅前総理は、13日、神奈川新聞の取材でも、総理大臣は「国民のために先頭に立って汗を流すのが第一。歴代の総理大臣は派閥を離脱してしっかりと線を引いている」と指摘。10日の文芸春秋のインタビューについても「派閥政治をやりすぎると国民の声を聞かなくなる。そうしたことを言いたかった。自分が普段言っていることをそのまま書かせてもらった」と説明し、派閥政治からの脱却について「総理大臣として先例がそうだったから。そこは岸田さんの判断でしょう」と付け加えました。
人事がやりたいといっている岸田総理に対し、人事の駄目だしをしている訳ですから、はっきりと喧嘩を売っています。更に、文芸春秋に続いて神奈川新聞でも同じ旨を発言をしたということは、はっきりとそう意識するのみならず、政局を呼びかねないことを百も承知の上での発言だと思います。
この菅元総理の発言について、菅前総理の取材を20年近く続けるジャーナリストの鈴木哲夫氏は、1月12日放送のニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演し、次のように述べています。
鈴木)その通りだと思います。「突然、発言した」ということではなく、「思っていたことをどのタイミングで話すか」という、タイミングを計った上での発言だと思っていいのではないでしょうか。このように、鈴木哲夫氏は、菅前首相は、タイミングを見計らった上で発言していると指摘しています。
鈴木)以前から菅さんは、岸田さんのいろいろな路線に対して意見を持っていたと思います。菅さんに単独で取材もしてきましたが、いまの岸田政権に対して、政権運営を含めて不満は絶対にあると思います。
飯田)政権運営を含めて。
鈴木)しかし、菅さんには影響力があるので、どのタイミングで出すかを考えていたのではないでしょうか。
飯田)どのタイミングで出すかと。
鈴木)このタイミングで出してきたのは、「もう黙っていられない」ということでしょう。河野さんかどうかは別としても、ある種のポスト岸田も含めて、体制をつくっていくのだろうと思います。
飯田)なるほど。
鈴木)それは派閥ではなく、いまの岸田政権がやろうとしているものに対して、政策的に対立するような勉強会のようなものを構築するのではないでしょうか。今回の発言は「さあ、今年(2023年)は動き出しますよ」という号砲のような印象を私は持っています。
飯田)菅さんがベトナムを訪問し、記者の取材に答えたそのタイミングで、日本では「文藝春秋」が発売された。そこに菅さんのインタビューが載っていると。
鈴木)同じ日でしょう?
飯田)そうですね。
鈴木)それも計画的ではないですか。
飯田)計算されていますね。
鈴木)「思い余って言ってしまった」ということではなく、きちんとしたシナリオ通りなのかなと。私は長く菅さんを取材していますが、その感じを受けますね。
飯田)子育ての話なども、「やるべきだけれど、増税かと言われると私はそうは思わない」と。
鈴木)防衛に関しても今後、菅さんの一言が出てくると思います。
2.今年は政局の年
鈴木哲夫氏は「月刊誌での発言、マスコミへの発信を含め、入念にタイミングを計算していた。岸田首相への『宣戦布告』だろう……だからこそ、菅氏は『政局』の年と見極めた。まずは増税路線に反対したが、安全保障政策などを含め、さらに対案を提示していくだろう」と分析していますけれども、岸田総理の党内基盤は必ずしも盤石ではありません。
自民党の主要3派に支えられている岸田総理ですけれども、主要3派の人数は次の通りです。
岸田派(宏池会):43人 茂木派(平成研究会):53人 麻生派(志公会):53人 計149人対する非主流派は次の通りです。
安倍派(清和会):96人 二階派(志帥会):43人 森山派(近未来政治研究会):7人 計146人無派閥を除いても、主流派、非主流派でほぼ互角です。
無派閥:83人
けれども、鍵を握る無派閥への影響力は、岸田総理よりも菅前総理が強いですし、菅前総理は二階派、森山派との連携も望めることに加え、安倍派の有力者、萩生田政調会長とも距離が近い関係です。
対する岸田総理は自身の派閥である岸田派は第4派閥です。これに対し、菅前総理は、総理は自派閥を抜けるのが慣例だと更に揺さぶりを掛けているわけです。
鈴木哲夫氏は「岸田首相は最近、茂木氏、麻生氏と距離感も出つつある。菅氏は、安倍氏の悲報を受けて喪に服していたが、いよいよ動き出す決断をした。当面は、勉強会などの形で、勢力を結集し、政治情勢もみながら、『ポスト岸田』の適任となる人材を見定めていくことになるのではないか」と語っていますけれども、これが本当であれば、確かに今年は政局の年になる可能性があります。
3.ポスト岸田
前述の鈴木氏によると、菅前総理は『ポスト岸田』を見定めていくことになるとのことですけれども、ポスト岸田といっても、そう何人も出てくるとも思えません。
2021年の総裁選では、菅前総理は自らの立候補を辞退した後、河野太郎氏を支持しましたけれども、あれは、河野太郎は駄目だとしていた安倍元総理の言葉を聞き続けた上で、安倍元総理の了解を得て推しただけであって、今度は支持することはないだろうという意見もあります。
一方、菅前総理と萩生田政調会長が裏で連携しているという見方もあります。
1月9日、菅前総理はベトナムを訪れ、首都ハノイでグエン・スアン・フック国家主席やファム・ミン・チン首相らと会談しています。
菅前総理は、会談後記者団に対し、人材育成や政府開発援助(ODA)の促進を通じて2国間関係の強化を進める意向を伝えたとし、ベトナム側の公式招待を受けて訪問した。経済だけでなく、人材育成、安全保障などあらゆる分野で両国関係を一層強化していく」と述べています。
これと呼応するかのように、自民党の萩生田政務調査会長が7日から8日間の日程で、インド、タイ、シンガポールの3ヶ国を歴訪しています。
11日、インドを訪問した、萩生田政調会長は、モディ政権幹部と会談したのですけれども、モディ首相の側近で、政権幹部のガドカリ道路交通相との会談では、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて、インドのインフラ整備の促進など、協力関係を深めていくことで一致。モディ政権与党のBJP(インド人民党)のナッダ総裁との会談では、、両国の与党間交流を活発化させていく方針を確認しています。
菅前総理は無派閥。萩生田氏は安倍派に所属していますけれども、両者とも、安倍路線の継承者であるのは自他ともに認めるところです。
菅前総理と萩生田氏の外遊先は東南アジアとインド、ベトナムという「自由で開かれた太平洋戦略」の要でもある国々であると同時に中国包囲網のキーともなる国々です。
本来は外相がやるべき仕事を、菅・萩生田コンビがやっている訳です。これらからも、両者が組んで政局を仕掛けているという線はあり得ると思います。
4.茂木と河野
無論、これに対し、主流派も反応しています。
1月15日、自民党の麻生副総裁は、福岡の飯塚市での講演で、「なんとなく『岸田のリーダーシップがなんとか』とか新聞によく書いてある」と述べ、岸田総理の欧米5ヶ国訪問の成果や、敵のミサイル基地などへの「反撃能力」の保有、防衛費増額といった安全保障政策の転換について語り、「リーダーシップがないという理由はどこにあるのか、新聞の定義を是非、聞いてみたいと思って尋ねるが、答えてくれた人はいない……具体的なものに基づかない話だ……岸田という『あまり頼りない』と言われた人の下で1年半、間違いなく日本は世界の中で、その地位を高めつつある。はっきりしている」と述べました。
1月2日のエントリー「2023年はどんな年になるか」で、エコノミスト紙の「世界はこうなる 2023」について取り上げましたけれども、その表紙には岸田総理の姿はありませんでした。その意味では確かに、「地位が高まった」ではなくて、「地位を高めつつある」という状況に留まっているのかもしれません。
ただ、この発言は地位がどうのこうのというよりは、岸田総理への援護射撃と、菅前総理の発言に対する牽制の意味合いが大きいと思います。ただ、岸田総理の援護にしても、外交・安全保障といった、安倍元総理が描いた国家戦略を着実に進めている点を強調するものの、菅前総理が指摘する派閥問題や増税問題について触れていない、あるいは触れられなかった点で、牽制という意味では少し迫力に欠けます。
一方、菅前総理を味方につけたい人は、菅前総理の発言を否定できず、微妙な言い回しになります。河野太郎デジタル担当相です。
1月11日、ワシントンを訪問中の河野太郎デジタル相は講演後に記者団から菅前総理の発言について問われ、「菅さんの言うこともわからないではない……自民党の中としては、いろいろなものが派閥で動いているということもあるが、国民と向き合うときには、自民党としてしっかり向き合っていくのが大事」と述べたのですけれども、派閥から離脱するかどうかについては「それぞれの政治家の考えがあると思う。それぞれのポジションの方が、自分で決めていくものだ」とし、河野氏自身が首相に上り詰めた際に派閥を出るかを問われると、「そのときにしっかり考えていきたい」と答えました。
河野デジタル担当相が次の総理になるためには、当たり前ですけれども、総裁選に勝たなくてはなりません。
主流3派では、茂木幹事長が次の総理を狙っていると言われて、実際立候補すれば少なくとも、茂木派は支持に回ります。
対して、派閥の長ではない、河野デジタル担当相は総裁選に立候補するための推薦人を集めるところから始めなくてはなりません。そのためには河野デジタル担当相が所属する麻生副総裁の了解を得て推薦人を確保する必要があり、それが出来たとしても、総裁選に勝つためには、他派閥の協力も必要です。
特に、相手が茂木幹事長となると主流3派での支持獲得は簡単ではありません。畢竟、非主流派に影響力を持ち、前回の総裁選で支持してくれた菅前総理の力添えを得るのは必須となります。
結局、どちらとも敵にしないようにするほかなく、あのようなコメントになったのだと思います。
こうしてみていくと、『ポスト岸田』は、茂木幹事長を本命に、菅前総理がどこまで有力な対抗馬を出せるのかが鍵になるのではないかと思いますね。
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