

1.金与正の談話
1月27日、北朝鮮の金与正・朝鮮労働党副部長がウクライナに軍事装備を提供するアメリカを糾弾する談話を発表しました。
その談話の内容は次の通りです。
欧州大陸全体を重大な戦争の危険にさらし、大小の憂慮を生じさせてきた米国の策動が今、いっそう危険ラインを越えている。金与正氏はこれまで南北、米朝関係の談話を出してきたのですけれども、ウクライナ情勢に関して出したのは初めてのことだそうです。談話の最後は「決起したロシア軍・人民と常に同じ塹壕に立っている」で結ばれていることから、改めてロシアとの協調姿勢を示す狙いもあるとみられています。
数多くの軍事装備をウクライナに送り込んで不安定な世界的事件の持続をあおり立てるのに「勲功」を立てた米国が、最近は自分らの主力戦車まで提供すると公式発表することによって、反ロシア対決の立場をより明白にした。
これには、ロシアを破滅させるための代理戦争をいっそう拡大して自分らの覇権的目的を達成しようとする米国の腹黒い下心が潜んでいる。
米国さえなければ、世界は今よりもっと明るくて安全で平穏な世界になるであろう。
米国こそ、ロシアの戦略的安全に深刻な脅威と挑戦を作り上げ、地域情勢をこんにちのような険悪な域に追い込んでいる張本人である。
私は、ウクライナに地上攻撃用戦闘装備を送り込むことで戦況をエスカレートさせている米国の行為に深刻な憂慮を表明するとともに、それを強く糾弾する。
ロシアの安全憂慮を全面無視してウクライナに天文学的金額の軍事装備を手渡して世界の平和と地域の安全を破壊している米国と西側諸国は、主権国家の自衛権についてけなす資格やいかなる名分もない。
現在、米国は西側諸国はもちろん、自分の手先らの軍事的潜在力まで反ロシア前線に動員しようと画策している。
ウクライナ戦場は決して、20年前に米国の主力戦車が横行していた中東の砂漠ではない。
私は、米国と西側が自慢するいかなる武装装備も、英雄的なロシア軍隊と人民の不屈の戦闘精神と威力の前で残らず燃えてしまい、くず鉄の山になると確信してやまない。
帝国主義連合勢力がいくらあがいても、高い愛国心と頑強さ、剛毅な精神力を身につけたロシア軍隊と人民の英雄的気概を絶対に挫けないであろう。
われわれは、国家の尊厳と名誉、国の自主権と安全を守るための戦いに決起したロシア軍隊と人民といつも同じ塹壕に立っているであろう。
2.核は使える武器なのか
この金与正氏の談話について、1月28日、韓国統一研究院のホン・ミン北朝鮮研究室長は「ウクライナ戦争の情勢変化に神経をとがらせていることを示している。米国対ロシア戦争の構図、戦術核使用の可能性などは朝鮮半島と北朝鮮に大きな影響を及ぼす可能性がある……米国のロシアに対する圧迫と力の除去が成功すれば、ロシアが核を保有しているにもかかわらず、通常の戦争によって情勢が決まる可能性もある。そうなれば、北朝鮮の核戦略に対する考えにも変化が必要になるだろう。ウクライナ戦争の戦況が急変すれば、北東アジアと朝鮮半島の緊張が広がる可能性もある」と指摘しています。
ホン室長によると、非核保有国であるウクライナ、核保有国である米国とロシアの対決構図は朝鮮半島の状況と似ていることから、非核保有国である韓国と核保有国の米国、そして核保有国だと主張する北朝鮮の状況に適用すると、朝鮮半島での戦争をシミュレーションすることになる。それゆえ、北朝鮮からみれば、どのように行動すべきか、憂慮と戦略的な悩みがあるというのですね。
更に、ホン室長は、「北朝鮮が米本土に対して、実際に核の脅威を与える戦略国家を強調。世界および地域情勢の平和と安全に対する責任を持つ国家を強調することで、存在感を表わすためのものだ」と分析しています。
また、北朝鮮が事実上、ロシア支持の立場を明らかにしたことで、今後ロシアに対する軍事支援を公式化したり、露骨化したりするだろうという分析もあるようです。
実際、1月20日、アメリカのホワイトハウスは、ロシアと北朝鮮で撮影された2枚の衛星写真を公開し、北朝鮮がロシア民間軍事企業「ワグネル・グループ」に兵器を提供したとし、北朝鮮の兵器移転は国連安全保障理事会決議違反だと非難しました。
これについて、慶南大学極東問題研究所のイム・ウルチュル教授は、「米国は北朝鮮がウクライナ戦争に参加するロシア民間軍事企業に兵器を渡す情況が盛り込まれた衛星写真を公開した。北朝鮮がこれまで疑惑を中傷だと否定してきたが、衛星写真の公開後、沈黙している……金与正が米国の兵器販売事実公開に対しては反論せず、米国のウクライナ兵器支援を批判し、ロシア軍と軍事的連帯意志を明らかにした点に注目する必要がある。結局、兵器販売の正当性を強調し、今後もロシアに対する兵器支援を継続するという意図を明らかにしたもの」と評価しています。
北朝鮮が世界に対して、虚勢を張れているのも核があるとしているからです。
北朝鮮にしてみれば、核保有国であるロシアがその核を使えないまま、西側諸国の支援を受けたウクライナが勝利を収めることになると、これまで北朝鮮が国民を飢えさせてでも、開発・保有した核ミサイルの戦略的価値ががくっと落ちてしまいます。
それを考えると、たとえ、ロシアが敗北するにしても、核の脅しは効くことにしておきたいところでしょう。
3.中国人は噓つきだと叫んだ金正恩
では、仮に核が使えない兵器であることが明らかになった場合、北朝鮮はどういう戦略を取り得るのか。
これについて一つのヒントがあります。2018年の米中会談です。
1月24日、アメリカのポンペオ前国務長官の回顧録「Never Give An Inch: Fighting for the America I Love」(一歩も引かない:愛するアメリカのために戦う)が発売されました。
2018年3月当時、アメリカ中央情報局(CIA)長官だったポンペオ氏は極秘で北朝鮮を訪れ、金正恩総書記と会談しました。
回顧録によると、ポンペオ氏は金正恩氏の信頼を得るために次の3点を重視したと振り返っています。
・殺害されたイラクのフセイン大統領、リビアのカダフィ大佐といった他の独裁者とは異なり、非核保有国でも金正恩氏が生き延びられると信じさせること会談でポンペオ氏は、高濃縮ウランやプルトニウム除去を含む大量破壊兵器の能力を排し、韓国との間に広範な平和を確立する使命を与えられていると金正恩氏に伝え、うまく事が進めば、世界は北朝鮮への経済制裁を解除し、日本と韓国に大規模な投資をするよう働きかけると明言したそうです。
・核を持たなくても北朝鮮が繁栄し、独裁政治を続けられると軍の指導者たちを安心させること
・在韓米軍の去就
そして、在韓米軍について、ポンペオ氏は「中国は一貫してアメリカに対し、あなたは米軍が韓国から撤退するのを望んでいると言っている」と伝えたのですけれども、それを聞いた金正恩氏はテーブルをたたき大喜びした様子で「中国人は噓つきだ」と叫んだのだそうです。
金正恩氏は「中国共産党は、半島をチベットや新疆ウイグルのように扱うために、米軍を追い出す必要があるのだ」と述べ、中国から自身を守るには韓国に米軍がとどまるべきだとの認識を示したそうです。
この認識は父の故金正日総書記のもそうだったようです。金正日総書記は、2000年の故金大中大統領との南北首脳会談の際、「北東アジアの勢力均衡のためには南北が統一されても在韓米軍が朝鮮半島に駐留するべきだ」と述べたとされています。金大中政権の閣僚だった朴智元氏によると、金大中氏から在韓米軍撤退を主張する真意を問われるた金正日氏は笑って「国内政治用」と述べたとのことで、朴氏は「故金日成キムイルソン主席の遺訓を正日氏、正恩氏も履行している」と分析しています。
ポンペオ氏はこの時の会談を踏まえ「朝鮮半島にアメリカのミサイルと地上戦力を拡大しても北朝鮮は全く意に介さないだろう」と分析したそうですけれども、このとき、金正恩氏は当時のトランプ大統領と会うと約束し「トランプ氏が北朝鮮が信頼できる最初のアメリカ大統領だと信じている」と語ったそうです。
実際、ポンペオ氏の訪朝後、3度の米朝首脳会談が実現したのですけれども、金正恩氏が非核化交渉でこだわったのは、体制保証と米韓合同軍事演習の中止でした。中国を牽制するために在韓米軍を「必要」と言いながらも、米韓合同軍事演習を嫌がったのは、あるいは、演習のドサクサに紛れて、そのまま北朝鮮を攻撃されるリスクを嫌ったのかもしれません。
現在、米朝の非核化交渉は頓挫し、北朝鮮はアメリカの呼びかけを無視して、弾道ミサイル発射など挑発行為を続けていますけれども、金正恩委員長が、トランプ氏が北朝鮮が信頼できる最初のアメリカ大統領だとし、トランプ大統領との会談後、政権交代までミサイルを発射しなかったことを考えると、少なくとも北朝鮮は、今のバイデン大統領は信頼できる大統領だと思っていないのではないかと思います。
北朝鮮とロシアの関係が深くなればなるほど、ロシアのウクライナ戦争の状況と連動して北朝鮮が動く可能性も出てきます。日本としては、台湾有事だけでなく、北への備えも怠ってはいけないのではないかと思いますね。
この記事へのコメント
金 国鎮
ウクライナの戦いでもう少しアジアからの目立った軍事支援が必要であるが、北朝鮮の人民軍兵士数十万人が参加しても私は驚かないが、言葉の問題は大きな壁だ。
もしそうなればウクライナの戦争はヨーロッパとアジアの戦争になる。
韓国は表面的にはアメリカとNATOに協力するだろうがウクライナには協力しないであろう。
韓国はポーランドからウクライナ軍の正体を簡単に入手できる立場にある。
もしかすると南北朝鮮の具体的な協力関係が一気に進む可能性がある。
ロシアがこの戦争の位置づけを拡大してヨーロッパとアジアの戦いと考えることができるだろうか?プーチンのアメリカとNATOに対する評価は個々の部門ではともかく全体の評価では正しいと思う。というより何故このような評価に至ったのかが不思議だ。
先般のウラジオストックの東方経済フォ-ラムの講演会の内容は圧巻だった。
この種の話をできる政治家はアメリカとNATOのどこにもいない。
プーチンは政治家よりも思想家だ。
私は彼がゴルバチョフと同じに見える。
というのはゴルバチョフは動かなかったがプーチンは動いた、それだけの差だ。