気球の飽和攻撃が世界大戦の引き金になる

今日はこの話題です。
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1.中国偵察気球の政治的意味


2月4日にアメリカ軍が撃ち落した中国の偵察気球ですけれども、その性能が少しずつ明らかになってきました。

2月16日、ニューヨーク・タイムズ紙が「How a Fog of Questions Over a Spy Balloon and U.F.O.s Fed a Diplomatic Crisis(スパイ気球とアメリカをめぐる疑惑の霧が外交の危機を招いた理由)」という記事でそれに触れています。

記事内での該当部分の概要は次の通りです。
・中国の気球は以前にもアメリカ本土の上空を通過したことがあるが、今回の気球計画のアメリカのターゲットは主に太平洋の米軍基地であるようだ。これまでの気球による偵察は、比較的短時間のものだった。例えば、2機のスパイ気球がハワイを通過したとき、1機はすぐに島の上を漂い、もう1機は島列島周辺の空域に入ったが、島の上空を通過することはなかった。

・バイデン政権は、中国軍のスパイバルーン・プログラムが5大陸の40カ国以上の上空に飛行船を飛ばし、主権を侵害していると述べている。アメリカ当局は2020年以降、未確認航空現象に関する幅広い検討の中で、このプログラムについて知るようになった。その後、当局者は、過去にアメリカ領空を飛行したいくつかの事例が中国の監視用気球であることに気づいた。

・北京は、衛星による情報収集を補完するため、また米国と戦争になった場合の衛星のバックアップのために、このプログラムを開発している可能性があると、アメリカ当局者は述べている。

・アメリカの元中国情報アナリストのジョン・カルバー氏は、「彼らは軌道上に260基の情報衛星を持っている。彼らは宇宙大国だ。その能力を強化することができる」

・カルバー氏は、このようなプログラムには、中国の体制に強い政治的な動機があると付け加えた。「中国政府は、アメリカが毎年何百機、おそらく千機以上の偵察機を自国の海岸に飛ばしていることを知っている。彼らは反撃できないことに苛立っている。このプログラムは、彼らが内部で示すことができる何かを与えてくれる。これは彼らにとって政治的な価値があり、戦時下でも価値のあるプログラムなのだ」。

・気球計画はまだ試験段階なので、気球がアメリカ軍基地からどんな重要な情報を集めることができるかを知ることは、中国軍にとって重要だとアメリカ政府関係者は言う。墜落したスパイ気球には、電子通信を収集するためのアンテナなどの装置があり、暗号化された信号を中国の衛星に送信していた。しかし、アメリカ当局は、中国の衛星や他の諜報機関が収集できないような情報は、気球からは得られなかったと主張している。

・初期の調査結果では、気球の自爆装置が無傷だったことを示唆しているとアメリカ当局は述べている。サウスカロライナ州沖で残骸を捜索していた海軍のダイバーが、気球を破壊するための雷管を確認したという。FBIの調査官が回収した残骸を調べれば、何らかの不具合でこの装置が作動しなかったかどうかを判断できる可能性があるが、複数のアメリカ政府関係者は、この装置は機能していたと今は考えていると述べている。

・アメリカ政府関係者によれば、中国当局は、気球が陸地上空にあるときにこの装置を作動させることを避けたかったようで、それによって負傷者や損害が発生すれば、危機が急速に拡大することを恐れたという。中国当局はおそらく、気球を萎ませて地上に降ろす能力も持っていたが、アメリカが監視装置を入手するのを阻止しようとしたのだろう。

・海軍のダイバーは、気球のセンサーの一部を回収した。カメラとアンテナアレイが装備されていた。アメリカ当局がこの装置について知れば知るほど、この気球の能力に感心せざるを得なくなるという。いずれにせよ、国防総省は気球が米国上空を通過する際に、経路上にある軍事基地での通信と活動を封鎖した、と彼らは付け加えている。

・しかし、この気球は世界の2つの大国と最大の経済大国の間の関係を揺るがし続けており、すでにここ数十年で最低の状態にある。
このように、中国の偵察気球は、グアムやハワイの米軍基地を監視する目的で飛んでいたとみられるとし、自爆装置を備えていたが、作動せず、アメリカ政府関係者は、もし、アメリカ本土上空で自爆させて負傷者や損害がでる事態となれば、危機が拡大することをおそれ、そうしなかったというのですね。

また興味深いのはこの気球計画が中国政府にとって、内部に向けてのパフォーマンスの意味もあり政治的に意味があるのだと分析している点です。


2.気球の飽和攻撃


2月19日、フジテレビ系『日曜報道 THE PRIME』に出演した自民党の佐藤正久元外務副大臣は、北朝鮮による18日の弾道ミサイル発射について見解を述べたのですけrども、議論の中で気球についても言及しています。

番組での気球に関する主なやりとりは次の通りです。
木下康太郎キャスター(フジテレビアナウンサー):
米国が撃墜した中国の偵察気球は全長約60m、搭載物の重さ900kg超と非常に大きいものだった。飛行機や気象現象などが起きる高度を超える高度約18kmのところを飛んでいた。気球は中国の海南島から飛んで太平洋を越え、米国本土を横断して結果的に4日、サウスカロライナ州沖で撃ち落とされた。注目されるのは米国本土での飛行ルートだ。空軍基地や核ミサイルが配備されている場所など軍事的に重要な施設の上空を飛行していたことが分かる。

中国の狙いについて、元自衛艦隊司令官の香田洋二氏は「中国は、気球を武器化できる可能性があるか実習しているのではないか」と指摘している。

松山俊行キャスター(フジテレビ政治部長・解説委員):
米国は気球について「中国が偵察用に使っていた」と主張している。香田氏は将来的な「武器化」の可能性を指摘している。

櫻井よしこ氏(ジャーナリスト、国家基本問題研究所理事長):
2015年だったと思うが、中国は戦略支援部隊という新しい部隊をつくった。中国人民解放軍の雑誌「解放軍報」に、大きく分けて三つの役割が書かれていた。サイバー、偵察衛星、宇宙戦略部隊もこの中に入るということだった。これはのちに習近平国家主席が言った軍民融合の組織だ。彼らは民間用の気象情報(の収集)と言ったが、中国では気象衛星は中央軍事委員会が所管する。まさに軍事のためのバルーンだった。基本構造として、中国の法体系としても中国共産党の決定としても、最初から軍事目的ということは打ち立てられている。香田氏の指摘はそのとおりだ。

佐藤正久氏(元外務副大臣、自民党前外交部会長):
それ(軍事目的)はもう明確だ。「非対象戦」と言われるが、米国が得意でない分野、深海、成層圏や中間圏といわれる高高度の上空の部分、ここに何らかの武器を置きたいという(中国側の)思惑は前からあって、高高度の気球は低すぎず、高すぎずという点で非常に有効だ。人工衛星と違い、一箇所に長くとどまることができる。衛星より通信傍受に優れている。移動スピードが遅いがゆえにレーダーに映りにくい。気球を使ってミサイル攻撃のための情報を得ることもできる。通信妨害、ジャミングもできる。気球を武器として使うエリアとしては、高高度の成層圏、あるいは中間圏というのは軍事的にも非常に大事なエリアだ。

櫻井氏:
米国もそうだが、中国は高層圏の風の流れの地球マップを完璧に作っていると言われている。どこのエリアで、どの高度に気球を乗せるかによって風の流れでこっちに行くとか、あっちに行くとか、あっちに行かせたい時には高度を少し下げたり、上げたりということをしているわけだ。国家基本問題研究所の奈良林直氏という原子力の専門家が言っていたが、今回の中国の気球は恐らく二重構造になっているだろうと。大きな外側の気球の内側にヘリウムがたくさん入っている小さな気球があり、コンプレッサーでヘリウムを出し入れすることで、高度を変えて乗せたい風の流れに乗せる。ヘリウムが外側の大きな気球から出ることはなく、循環させるので非常に長い時間飛び続けることができるという。彼らは今回、おおよそのルートを全部計算して米国の軍事施設の上空を飛んだのだろう。また、南シナ海から日本の上空に飛ばす時は、必ず台湾の上を通っている。彼らは非常に戦略的に戦術的にもよく考えてやっているなと思う。

橋下徹氏(番組コメンテーター、弁護士、元大阪府知事):
自然を研究しているというのはその通りだと思う。最先端のテック企業の人たちの話では、数年もかからないうちに人工衛星を通じて気球をコントロール、操作できるようになるそうだ。

松山キャスター:
米国は撃墜前に中国側が完全にこの気球をコントロールしていることを確信していると、国防総省が言っていた。かなり発達したものだという可能性はある。

佐藤氏:
成層圏ドローンというものができていて、高度20km、30kmぐらいを100日間飛行できる。気球は一週間だ。100日間滞在できる無人機にどう対応するか。主権国家として、日本の上空にスパイ気球やスパイドローンが遊弋することを絶対に看過してはいけない。

松山キャスター:
今回米国が撃墜した気球は高度約18kmを飛行していた。その高度だと、自衛隊のF-15戦闘機でも何とか撃墜することは可能だと言われている。気球によっては高度50kmまで上がることができるものも。

佐藤氏:
日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)は高度50kmまで成功している。

松山キャスター:
自衛隊の能力で高度50kmの気球撃墜は可能なのか。

佐藤氏:
(高度)50kmになると、地上から発射するミサイルでないと届かない。戦闘機から撃つミサイルでは多分届かない。地上から発射する射程100kmを越えるようなミサイルは数十億円する。それで気球を撃墜するのか、となった場合、費用対効果は悪すぎる。気球が群れで来た場合はどうするのだ。全部ミサイルで撃ち落とすのか。相手からすれば逆に日本に負荷をかけることができる。(武器使用の)運用の話と法律の世界、現代の技術にマッチングする形でやらないと、日本の主権、公共の秩序維持を守れない時代が来ている。
このように佐藤・元外務副大臣は、気球撃墜の難しさと費用対効果の悪さ、そして気球による「飽和攻撃」の問題について指摘しています。


3.偽の標的


2月15日、ウクライナの首都キエフの軍政部はキエフ上空で6個のロシアの気球が目撃され、大部分が撃墜されたと発表しました。

軍政部はこれらの気球は反射板や偵察装置を搭載していた可能性があるとし、これらは風の推進力を受けて空中を移動していたが、いつから気球が首都の上空を飛行していたのかは、明らかにしていません。

これについて、同じく15日、ウクライナ空軍のユーリー・イナット報道官は、テレビのインタビューで「ロシア軍は気球を偽の標的として使った。彼らは我々の防空機能を、気球に対して機能させたいのだ。ロシア軍は、弾薬と我々の注意をそらすために、我々の防空能力を消耗させる必要があるのだ」とコメント。キエフで空襲警報が発令されたと明らかにしています。

更に、イナット報道官は「敵は古い手を使っている。探査装置でもなければ、軽航空機でもない。わずかな鉄鋼を載せたただの気球だ。単なる気球に強力な手段で対抗する者はいない」と述べています。イナット報道官によると、ロシア軍は12日と14日にも気球を使ったそうです。

ただ、ロシアが気球を使ったとしても、ウクライナ軍政部が気球は風を受けて移動していたとしている以上、偏西風を考えると、モスクワからキエフに気球を飛ばしたとは考えにくい。イナット報道官はロシアの気球は「他の国の領空にも入り」、モルドバが14日に領空を閉鎖したと主張していますから、それと合わせて考えると、おそらく、キエフの北、つまりベラルーシから飛ばした可能性があるのではないかと思います。


4.世界大戦の引き金


ウクライナはロシアの気球について、ウクライナの防空能力を疲弊させるために送り込んだのだと述べていますけれども、筆者もそう思います。

なぜかというと、先述の佐藤・元外務副大臣が指摘したように、気球による「飽和攻撃」を行うことで、相手に多大な撃墜費用を負担させることが出来るからです。

アメリカは2月4日の気球を撃ち落とすのに、一発5000万円のサイドワインダーを使いました。気球1個落とすのに5000万円のミサイルを使うとするなら、気球100個なら50億円になります。

ウクライナがどういう方法で、ロシアの気球を撃ち落としたのか分かりませんけれども、ウクライナ軍政部によると、15日のロシアの気球6個の全ては撃ち落とせなかったようです。仮に、ロシアが爆弾をぶら下げた100個の気球を送り込んできたら、どうするのか。

たった6個でも全部撃墜できないのに100個も来たらどうにもなりません。何発かは被弾することになります。

まぁ、「爆弾を積む方も金がかかるのだから、あちらも消耗戦だ。いずれ力尽きる筈だ」、なんて見方もあるかもしれませんけれども、何も全部の気球に爆弾を積む必要はありません。なんとなれば、100個の気球のうち1個にだけ本物の爆弾を積んで、それを投下して爆発させてやれば十分です。そうしたら、次回以降は本物だろうが偽物だろうが、安全のために、全ての気球を撃ち落とさなければならなくなります。

どの気球か分からないが、どれかに本物の爆弾がある。それが大挙してやってくるとなると、消耗戦どころではありません。

これに対応するためには、それこそ敵基地攻撃ではないですけれども、気球の発射ポイントを抑えて、先制攻撃で潰すしかなくなります。

けれども、万が一、その発射ポイントがベラルーシだったとしたら、非常に難しい判断を迫られることになります。なぜなら戦線拡大の危険が増大するからです。

2月18日のエントリー「復活するプーチンの年次教書演説とベラルーシ」で述べましたけれども、ベラルーシは、攻撃を受けない限り参戦しないと宣言しています。これは裏を返せば、攻撃されれば参戦する、ということです。

果たしてロシアが気球による飽和攻撃に出るのかどうか分かりませんけれども、その時はベラルーシの参戦を含め、戦況が一気に悪化、下手をしたら世界大戦の引き金になる危険すらあると思いますね。

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