『安倍晋三回顧録』に反論した最後の大物次官

今日はこの話題です。
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1.『安倍晋三回顧録』に反論した齋藤次郎元大蔵事務次官


先般出版された故・安倍元総理の回顧録の中で、消費増税を巡る財務省との攻防についての件が一部で注目されています。

第9章「安倍政権を倒そうとした財務省との暗闘」では次のようにつづられています。
14年に見送りを決めたのは8%に増税したことによる景気の冷え込みが酷すぎたからです。……この時(編集部注:増税見送りをする直前の2014年11月)、財務官僚は、麻生さんによる説得という手段に加えて、谷垣禎一幹事長を担いで安倍政権批判を展開し、私を引きずり下ろそうと画策したのです。前述しましたが、彼らは省益のためなら政権を倒すことも辞さない……ことさら財務省を悪玉にする積りはないけれど、彼らは税収の増減を気にしているだけで実体経済を考えていません……内閣支持率が落ちると、財務官僚は、自分たちが主導する新政権の準備を始めるわけです。”目先の政権維持しか興味がない政治家は愚かだ。やはり国の財政をあずかっている自分たちが、一番偉い”という考え方なのでしょうね。国が滅びても、財政規律が保たれてさえいれば、満足なんです
これに嚙みついたのが、齋藤次郎元大蔵事務次官です。

齋藤元次官は「文藝春秋」のインタビューで、ここのくだりについて「正直、ここまで嫌われていたとは思っていなかった」とし、「私がどうしても理解できなかったのは、財務省は〈省益のためなら政権を倒すことも辞さない〉と断じた部分です。安倍さんがいらしたらお聞きしたいのですが、“省益”とは一体何を指すのでしょう?この言葉の意味するところが、さっぱり分かりませんでした。……財務省の最も重要な仕事は、国家の経済が破綻しないよう、財政規律を維持することです。『回顧録』のなかで、安倍さんは財務省のことを〈国が滅びても、財政規律が保たれてさえいれば、満足なんです〉とおっしゃっていますが、財政規律が崩壊すれば、国は本当に崩壊してしまいます。大幅な赤字財政が続いている日本では、財政健全化のために増税は避けられず、そのため財務省はことあるごとに政治に対して増税を求めてきました……それは国家の将来を思えばこその行動です。税収を増やしても、歳出をカットしても、財務省は何一つ得をしない。むしろ増税を強く訴えれば国民に叩かれるわけですから、“省損”になることのほうが多い。国のために一生懸命働いているのに、それを『省益』と一言でバッサリ言われてしまっては……現場の官僚たちはさぞ心外だろうと思います」と反論したのですね。


2.戦後の国家破綻を目にして鬼となる


齋藤氏は「財務省の最も重要な仕事は、国家の経済が破綻しないよう、財政規律を維持することだ」と持論を主張していますけれども、彼は、役人中の役人といわれた大蔵省でも、10年に一人の逸材と言われ、財政規律の権化、財政健全化の鬼のような存在だったと見られていたそうです。

齋藤氏のこの考えのルーツについて、毎日新聞客員編集委員の倉重篤郎氏は、次のように述べています。
齋藤にとって、戦争とその結果としての国家破綻は、財政のあり方と深く結びついている。なぜあの戦争があそこまで拡大したのか。軍部の強圧に財政当局が抗し切れず、青天井の軍事国債発行を許し、それが身の丈を超えて戦闘を加速させ、今では信じられないような地域にまで戦線を拡大させる背景の1つとなった。

戦後の物資不足と高インフレも国民生活を苦しめた。軍事国債乱発の後始末が、財産税の特別課税であり、預金封鎖・新円切り換えであった。国家財政のガバナンスの失敗が戦争を暴走させ、そのツケをまた財政的措置で国民に転嫁する。財政の健全性を維持すること、つまり、財政民主主義を働かせ、財政規律を徹底させることが、戦争抑止のためにも資源適正配分のためにも、国家統治の基本であるべきだ、という思想がそこに生まれる。

齋藤もまたその思想の持ち主であった。満州での突然の国家破綻、という原体験が少年期の斎藤の内面に深く刻まれ、財政規律・健全化路線を血肉化させるファクターの1つとなった。拙著は、その齋藤が日本財政の守護神として動いた激動の時代を追った。MMT(現代貨幣理論)などとという、自国通貨である限りいくらでも借金はできる、という夢のまた夢のような無責任な議論がはびこる時代状況に対する異議申し立てでもある。
このように少年時の原体験が、齋藤氏を「財政健全化の鬼」にしたというのですね。


3.戦後のインフレは国債発行が原因ではない


ただ、戦後の国家破綻は70年も前の話です。それをそのまま今の時代に適用し続けてよいのかという疑問が出てきます。それ以前に、齋藤氏がいう青天井の軍事国債発行が国家破綻の原因ではないと指摘する人もいます。自民党の西田参院議員です。

4月14日、西田議員は、自身のネット動画で、齋藤氏の反論についての再反論をしています。その概要は次の通りです。
・齋藤次郎氏の「安倍晋三解雇録に反論する」を読んだが呆れた。
・かつて現役次官だった矢野氏が一昨年、選挙の行われる時にこんなバラマキをしていたら日本は財政破綻するということを散々言っていたが、本当に財務省というのは財政のことを全く分かってない。
・齋藤氏が言ってるのは、結局矢野氏と全く変わらない。
・齋藤氏は、いわゆる自民党の小沢さんが幹事長の時に国民福祉性構想を言って、消費税を上げる話を画策して有名になった。
・その一緒に組んだ小沢さんもはや政治の世界ではほとんど影響力のない存在になってきた。
・民主党政権が三党合意で消費増税をしたが、結局こういうことをやってきた人は皆、政界から力がなくなってしまっている。
・斎藤次郎氏のような財務官僚の話を聞いていると、経済も悪くなるし、政治家も政治生命を奪われるということになる。
・なぜ経済が悪くなるのかというと
・私が大蔵省に入省した1959年は、皇太子のご成婚があり、」1960年東京オリンピック開催が決定し、日本経済右肩上がりで明るい希望に満ちていた時代
・当時は財政の黒字化は当たり前のことでなければならない。赤字国債は絶対に出すなと毎日のように先輩から言い聞かされた。
・なぜかというと、先の戦争の失敗の経験が記憶に残っていたから。
・戦時下の日本では戦費調達のため、軍事国債を大増発して身の丈に合わない軍備拡張をした挙句敗戦国となった。ハイパーインフレで国債の価値は紙くず同然となり日本の戦後は借金を踏み倒すところから始まった。
・その教訓を踏まえ、戦後の財政は国債発行に対して非常に厳しい財政規律を課すことになった。
・1960年代に戦後初めて国債が発行されたが、その時も100歩譲って発行するのは建設国債のみだった。
・建設国債なら将来の世代まで資産が残ることになるから、時間かけて消化していけばいいと、しかし通常経費を借金だけするのは絶対に許されないそれでは将来に負担を残すだけではないかという議論が財務省でずっと行われてきた。
・今でも彼らは基本的にこういう考えを踏襲している。
・戦後のインフレを財務省は戦時国債発行したからと言ってるけれども、果たしてそうだったのか。私はずっと疑問を感じている。
・国債を発行したのは昭和20年までの間。沢山蒸発したのはその通りだが、国債を発行して予算を執行していたその戦争中にインフレは起こらなかった。
・インフレになったのは戦後だが、財務省にはなぜそうなのかという問いかけがない。齋藤氏も全く考えていない。
・戦時中に国債を発行したのは高橋是清。国債発行して、日銀が直接引き受けるという形で戦費調達した。これは通貨発行そのもの。
・問題はそのまま放っておいたらインフレになるとということで実はこの時に消費を抑えた。
・統制経済をかけて、需要が伸びるのを抑えた。そのためインフレは起きなかった。
・その後統制が外れた結果、一挙に需要が噴出してインフレになった。しかも日本の主要都市は皆焼け野原で生産力が極端に落ちている上に資源が入ってこず、資源不足もあって需要と供給のバランスが壊れた結果インフラになった。
・そういった事実に基づく検証を財務省も斎藤氏も考えていない。これは学者の責任でもある。
・こういう戦後の事情について研究したり、論評してる学者は殆どいない。国会図書館を調べたり、国会の調査士に調べて貰っても、研究している人はいない。
・財務省はハイパーインフレが起こったのは国債を出したからだと思い込んでいるが、彼らは本当の事実を見ようとしない。
・どれだけ赤字国債でも国内で調達できる限りは大丈夫だという考え方が政界に蔓延しているため財務省の説得虚しく国家の財政赤字はどんどん増えてきたということを齋藤氏は嘆いている。
・齋藤氏によると、国債を発行したらそれを民間のお金で買ってもらっているから調達という形にしているが、その償還は次の世代が負担しなければならないという考え方とセットになっている。
・しかし、現実は、国民の預貯金から国債を調達している訳ではない。個人向け国債はあるが、国民にも国債を買える機会を作っているだけの話。
・国債は、民間銀行が持っているお金で国債を買って、日銀に預けている当座預金にその代金が支給される。
・日銀の当座預金は金利がつかないから、民間銀行は、金利のつく国債に変える方が得という話。
・国債の償還は国内の税金ではなく借換債でやっている、これは全世界共通。
・償還を借換債でやっているから、国債発行は通貨供給になっている。
・一旦、供給した通貨は回収しないと発行した残高はずっとそのまま残っていく。これが世界経済の常識。
・岸田政権は最終的に防衛費増額を巡って、法人税、復興特別所得税、タバコ税の3税の増税で確保するといっているが、毎年4兆円以上増額されていく防衛費のうち、ここで確保しているのは1兆円。残りは何かというと国債発行。
・齋藤氏は、財政再建財政規律を先輩から教わりそれを後輩にお前たちもこれやったらいいんだぞと強く言っていたら次官にまでなれる時代の人だった。
・齋藤氏が次官になった1990年代の日本と、2000年以降の日本とでは、完全にインフレ状況からデフレ状況になっている。
・景気が後退している時に財政再建を言って予算を減らし続ける政策をやってきた結果、日本がデフレになっている反省も自覚もない。
・斉藤氏の論文を見て呆れたが、これが財務省の実態なんだ。
・だからこそ私は彼らに、国会や党内の中でしっかりと事実に基づいた現実を示して「ザイム真理教」から改宗させなきゃならないと強く感じた。
このように、西田議員は戦後のインフレが国債発行が原因ではなく、統制経済が外れて需要と供給のバランスが著しく崩れた結果だと述べています。

もし、西田議員の主張が正しいのであれば、財務省は70年前のトラウマに捉われたまま、間違った政策を続けていることになります。

西田議員によると、このあたりの研究が殆どされていないそうですけれども、であればなおのこと、この研究を進めるべきかと思います。




4.増税を主張して天下りを止めないのが省益だ


また、齋藤氏の反論がこのタイミングで出てきたことについて、『文藝春秋』は財務省に乗せられたとの指摘もあります。嘉悦大学教授の高橋洋一氏です。

高橋教授は、齋藤氏について「”安倍晋三回顧録”を読んで、あまりに財務省が悪者に扱われていることに我慢ならなかったようだ」と前置きし、「財務省は選挙が近づくとメディア工作を行い、世論を「増税」に誘導しようと画策する」と指摘。今回の齋藤氏のインタビュー記事は、G7広島サミット後の解散を睨んで出されたものだろうと述べています。

高橋教授は、件のインタビュー記事そのものにも反論しています。その内容は次の通りです。
もっとも、筆者から見れば、齋藤氏ほど財務省の増税指向と天下り指向を体現している人はいない。その意味で、もっともわかりやすい人が出てきた。

齋藤氏のインタビュー記事の読みどころは、「大幅な赤字財政が続いている日本では、財政健全化のために増税は避けられず、そのため財務省はことあるごとに政治に対して増税を求めてきました」と述べている部分だ。

「国の借金(総債務残高や国債残高)が大変だから増税する」というのは財務省の決まり文句だ。齋藤氏はつづけて、「それは国家の将来を思えばこその行動です。税収を増やしても、歳出をカットしても、財務省は何一つ得をしない。むしろ増税を強く訴えれば国民に叩かれるわけですから、“省損”になることのほうが多い」という。

この財務省の「国の借金が大変だから増税する」というロジックだが、筆者は大蔵省入省当時から疑問だった。借金があるのなら、増税ではなく「資産」を売ればいい。このロジックを会社で例えるなら、経営不振に陥り倒産間際の会社が、資産を売らずに営業利益だけで借金を返そうと四苦八苦するようなものだ。

そこで、筆者は、大蔵官僚時代の1990年代前半に政府のBS(バランスシート)を作った。それは政府の金融活動ともいえる財政投融資が危機的状況だったからだ。その際、政府のBSも作った。

政府の財政状況を見るには、BSの借金残高だけでは不十分で、左側の資産も考慮し具体的には資産を控除したネット借金残高で見なければいけない。これはファイナンス論・会計論のイロハである。しかし、当時の大蔵省は資産を対外的に明らかにすることには恐ろしく消去的で、ある幹部から筆者はBSを口外するなと厳命を受けた。それが事実上解けたのは小泉政権になってからだ。

小泉政権では、筆者は郵政民営化準備室・総務大臣補佐官として郵政民営化法の企画立案に携わった。一方、齋藤氏は、当時民主党の小沢一郎氏と深い関係だったので、民営化阻止・国営化の立場だった。その後、自公政権から民主党政権への政権交代があり、郵政民営化法は改正され、株式を一定程度保有する事実上の国営化になった。そこで、齋藤氏は日本郵政社長に天下った。

これは、財政の見方と大いに関係している。というのは、筆者のようにBSで借金とともに資産を考えると、借金は返済しなければいけないが、その財源として資産売却になる。しかし、齋藤氏のように借金だけに着目すると、増税で借金返済となる。

はっきりいえば、資産の中には天下り先の米櫃である出資金や貸付金が多く含まれているので、増税は資産温存で天下りに支障がないので天下り官僚には好都合だ。逆にいえば、借金は返済せざるを得ないから資産売却となれば、天下りもできなくなる。民営化は資産売却の典型例なので、官僚が民営化を否定するのは天下りを維持したいことがしばしばだ。

斎藤氏は、郵政民営化から事実上の国営化に乗じて政府が株主であることに乗じて天下りをしたわけだ。最近、東京メトロへの国交省からの天下りが問題になったが、それも上場を延期するなど政府が株を手放さないことからおこる。財務省も、JTの大株主であることを利用して天下りをいまだに続けている。

安倍さんが、財務省が「省益」を追及しているというのは、例えば借金返済のために増税を主張するが一方で資産売却を渋り天下りに拘泥することをいっている。

これで、齋藤氏ほど財務省の増税指向と天下り指向を体現している人はいないという意味がわかるだろう。ちなみに、齋藤氏は民主党政権が終わると、自分は退任し次の社長に再び財務省からの天下りをすえようと画策したが、安倍政権に見つかり失敗した。もちろん、増税すれば財務官僚の差配するカネが増えるのも財務省の「省益」だ。
文芸春秋のインタビューで齋藤氏は、「省益」とは一体何を指すのか、さっぱり分からないと述べていますけれども、高橋教授は「借金返済のために増税を主張するが一方で資産売却を渋り天下りに拘泥すること」、「増税すれば財務官僚の差配するカネが増えること」が「省益」だとズバリ断言しています。

このように、齋藤氏の持つ「財政健全化」と「省益」について、それぞれ反論が出てきました。安倍元総理が居ない今、齋藤氏は西田議員や高橋教授とこれらについて対談をして、広く国民に問うべきではないかと思いますね。


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この記事へのコメント

  • 三角四角

     【 税金と国債 】

     我々国民は税金を払わずに、国債で上手く行くならその方が良いと思い勝ちである。
     財務省は、日本政府の財布を預かっているので、国債より税金を優先し勝ちである。
     何故なら国債は利息付借金であるから元金利息を返さなければならないからだ。
     税金は返さなくてもよい。
     日本の財政に責任あるものとしては、国債より、税金を多用したくなるのも分かる。

     しかし、国債を発行して得たお金で、日本経済を成長させて、税収を増やして、国債を償還出来れば、国債発行も良い選択だろう。

     安倍総理はアベノミクス「3本の矢」を使って経済成長を目指した。
     しかし、「第一の矢」大胆な金融政策だけは続けたが、「第二の矢」機動的な財政政策も、「第三の矢」民間投資を喚起する成長戦略も不十分であった。

     消費税増税2回は、景気を冷やす緊縮財政と同じ効果を齎した。
     民間投資を喚起する成長戦略も殆ど無しで、外国人観光客や東京オリンピック頼みの「観光立国」には呆れてしまう。
     何故、日本経済を支える産業の大黒柱が観光なのか?
     結局、国債を発行したアベノミクス「3本の矢」は日本経済を大きく成長させずに、失敗に終わった。

     安倍元総理や、高橋洋一元財務官僚は良い。
     日本政府の一員で在る事を辞めたのだから、国家財政に対する責任から解放されたのだから、好きなことが言える。

     財務省の大物OBは、国債を発行しながら経済成長という結果が残せなかった癖に、財務省の悪口を言う元総理が許せなかったのだろう。


     (注)【 首相官邸 Prime Minister of Japan and His Cabinet
     アベノミクス「3本の矢」
     https://www.kantei.go.jp/jp/headline/seichosenryaku/sanbonnoya.html
     https://www5.cao.go.jp/keizai1/abenomics/abenomics.html
     【第一の矢 大胆な金融政策】
     企業・家計に定着したデフレマインドを払拭
     【第二の矢 機動的な財政政策】
     デフレ脱却をよりスムーズに実現するため、有効需要を創出
     持続的成長に貢献する分野に重点を置き、成長戦略へ橋渡し
     経済対策
     【第三の矢 民間投資を喚起する成長戦略】
     民間需要を持続的に生み出し、経済を力強い成長軌道に乗せていく
     投資によって生産性を高め、雇用や報酬という果実を広く国民生活に浸透させる
     内閣官房内閣広報室 ©Cabinet Public Affairs Office, Cabinet Secretariat. 】
    2023年05月10日 00:08