

1.G7首脳広島ビジョン
5月19日、G7広島サミットでは、首脳声明とは別に初の核軍縮に特化した共同文書「広島ビジョン」をまとめ発出しました。
その概要は次の通りです。
・核兵器のない世界の実現に向けた我々のコミットメント(関与)を再確認する。声明について、「G7首脳の決意や具体的な合意、今後の優先事項や方向性を力強く示す歴史的意義がある」と述べ、核軍縮・不拡散に向けた大きな推進力を得たと強調していますけれども、一方、国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」のダニエル・ホグスタ暫定事務局長は、時事通信のインタビューに答え「新しい内容がなく期待外れ」とし、「平和記念資料館や被爆者との面会で感じたことがあるはずだが、声明に全く反映されていない……写真を撮って献花するだけでは意味がない……リーダーシップの不履行だ……危険ですらある内容」と批判。サミットが核軍縮に向けた「ただのPRで終わるべきではない」と訴えました。
・ロシアによる核兵器の使用の威嚇、まして核兵器のいかなる使用も許されないとの立場を改めて表明する。
・核拡散防止条約(NPT)は国際的な核不拡散体制の礎石であり、核軍縮と原子力の平和的利用を追求するための基礎として堅持されなければならない。
・日本の「ヒロシマ・アクション・プラン」は歓迎すべき貢献である。
・我々は新戦略兵器削減条約(新START)を損なわせるロシアの決定を深く遺憾に思う。
・中国による透明性や有意義な対話を欠いた、加速している核戦力の増強は、世界と地域の安定にとっての懸念となっている。
・透明性確保のための効果的かつ責任ある措置を、まだ実施していない核兵器国に取るよう求める。
・核実験全面禁止条約(CTBT)の発効もまた喫緊の事項であると強調する。
・北朝鮮による完全な、検証可能な、不可逆的な核放棄という目標への揺るぎない関与を改めて表明する。
声明について中国新聞は、「4月のG7外相会合を踏襲し、核兵器は『防衛目的のために役割を果たし、戦争および威圧を防止すべき』と主張。核兵器は役に立つ、核抑止は必要―。そう再確認した形だ」と述べていますけれども、確かに平たくいえばそういう内容です。
2.原爆資料館訪問に難色を示した核保有国
今回のG7広島サミットで、議長を務める岸田総理が強く拘ってきたのが、G7首脳による原爆資料館訪問でした。
G7の核保有国の中には、資料館に足を踏み入れることさえ難色を示す国も出ていたそうですから、G7首脳が今回原爆資料館を訪問したのが画期的だったといえます。
G7広島サミットが決まって以来、岸田総理は、「被爆の実相を見てもらわないとな」と、G7首脳による原爆資料館訪問の意味を強調していました。外務省は各国に原爆資料館訪問を打診したのですけれども、交渉は難航。アメリカのみならず、フランスやイギリスも難色を示していたのだそうです。要はG7の核保有国全て二の足を踏んでいた訳です。
ある政府関係者は「原爆資料館には原爆の惨状を伝える数々の展示物がある。その場所を首脳が訪れれば、いま核兵器を保有し抑止力を必要とし正当化している国の立場が揺らぎかねない、という懸念があるのだと思う」と述べていますけれども、核保有国にしてみれば、そうした懸念があるであろうことは理解できます。
そこで、日本政府はウクライナ情勢を背景に、対ロシアでは一致できるはずだと踏んで、「核廃絶に向けた第一歩は核による威嚇をしないことだ。そのメッセージを発する場にしたい」と粘り強く働きかけ、「G7首脳が原爆資料館を訪れることは、各国の核保有をいまただちに否定するメッセージを伝えるためではない。将来の人類共通の目標として、核廃絶というゴールを共有する意義がある」と、各国に理解を求めました。
そして、交渉開始から半年余りの去年12月下旬にようやく、G7首脳でそろって原爆資料館に訪問することを取り付けました。
けれども、次に、訪れた原爆資料館で何を見るかという問題がありました。
原爆資料館は「東館」と「本館」に分かれていて、被爆の実相を詳しく伝えるのは本館です。日本としては、本館まで見てもらいたいところ、それに難色を示す国が出てきました。原爆資料館は訪問するにしても、あくまで選ばれた展示物をいくつか見るにとどめ、時間をかけて本館を視察するのは避けたいというのですね。
ある政府関係者は「例えばアメリカには、『原爆投下は日本との戦争を早く終わらせるために必要だった』という意見が根強く残っている。来年はアメリカ大統領選挙を控えている。そのように、各国のなかには、国内世論への影響を避けたいという思いもあるのではないか」とコメントしていますけれども、実際、今年初め、日本側がG7首脳陣を資料館の細部まで案内する計画を伝えると、アメリカのホワイトハウスは「大統領は長時間の視察はできない」と反対したそうです。
今回、調整に当たった日本政府高官によると、アメリカは、ロシアがウクライナで民間人を虐殺していることを批判している手前、被爆地・広島に注目が集まれば「アメリカこそ核で民間人を大量殺りくした」と矛先を向けられかねないロシアのプロパガンダに利用されることも恐れていたそうです。
結果、アメリカは「2国間ではなく、歴史に敬意を払うG7首脳の一人としての訪問」という形で決着させました。
3.あのレベルの人らでも知らんのよ
5月19日午前、岸田総理は原爆ドームのある平和記念公園で、妻の裕子氏とG7首脳らを出迎えました。。首脳が一人また一人と到着する中、最後になったバイデン大統領を岸田総理は雨の中、約50分待ちづづけました。
G7首脳らはその後、原爆資料館の東館に入りましたけれども、視察は非公開で行われました。
筆者は、最初、東館ときいて、なんだ本館にはいかないのかと思ったのですけれども、日本政府関係者らによると、通常は本館にある「被爆の実相」を伝える展示を東館の3階に持ち込んだそうです。岸田総理は、一つひとつの内容を説明。G7首脳らの表情は険しく、厳粛な空気だったそうです。
G7首脳の原爆資料館訪問について、松野官房長官が記者会見で「G7首脳に被爆の実相に効果的に触れてもらいたいとの考えのもと、原爆資料館の主な展示テーマに即した形で重要な展示品を見ていただけるよう準備した。広島市の平和公園にある『原爆の子の像』のモデル、佐々木禎子さんが病床で折り続けた折り鶴『禎子の鶴』のストーリーを知って頂き、何点かの展示品について岸田総理大臣からも説明を行った」と明らかにしていますし、首脳の一人は「ここに来ることができて本当に良かった」と話したそうですから、それなりの展示物を見せたのではないかと思われます。
それはG7首脳が、原爆資料館館内の芳名帳に残したメッセージからもうかがえます。
BBCによると、G7首脳のメッセージは次の通りです。
岸田総理 :「歴史に残るG7サミットの機会に議長として各国首脳と共に『核兵器のない世界』をめざすためにここに集う」BBCは、バイデン大統領が核をなくすと記したことに、日本の専門家らは注目しているとし、同志社大学の三牧聖子准教授は、「バイデン大統領が『核兵器を永久になくせる日』にコミットしたことの意義は過小評価できない……核廃絶を理想として掲げながら、核抑止力が不可欠だという認識を改めないことは矛盾だという声もある。しかし、核なき世界への道は、矛盾に耐えながら、理想を見失わず、粘り強く進んでいくしかないのかもしれない」とコメントしたことを伝えています。
リシスナク英首相 :「悲しみは言葉で表せ(Give sorrow words)、だが、原爆の閃光の前では言葉は無意味だ。広島と長崎の人々の恐怖と苦しみは、どんな言葉でも言い表せない。ただ我々は心と魂を込めて、繰り返さないと言うことができる」
バイデン米大統領:「この資料館で語られる物語が、平和な未来を築くという我々全員の義務を思い出させてくれることを願う。世界から核兵器を最終的に、そして永久になくせる日に向けて、共に進んでいこう。信念を貫こう!(May the stories of this Museum remind us all of our obligations to build a future of peace. Together-let us continue to make progress toward the day when we can finally and forever rid the world of nuclear weapons. Keep the faith!)」
マクロン仏大統領:「感情と共感の念をもって、広島で犠牲となった方々を追悼する責務に貢献し、平和のために行動することだけが、私たちに課せられた使命だ」
トルドー加首相 :「多数の犠牲者、被爆者の声にならない悲嘆、広島と長崎の人々の計り知れない苦悩に、カナダは厳粛な弔慰と敬意を表明する。皆さんの体験は我々の心に永遠に刻まれるだろう」
ショルツ独首相 :「この場所は、想像を絶する苦しみを思い起こさせる。(中略)核の戦争は決して再び繰り返されてはならない」
メローニ伊首相 :「きょうという日に少し立ち止まり、祈りを捧げよう。(中略)過去を思い起こして、希望に満ちた未来を共に描こう」
今回G7首脳が挙って原爆資料館を訪問したことについて、元国連専門機関職員でIT戦略コンサルタントの「めいろま」こと谷本真由美氏は「広島の展示はG7の人々は実際初めて見たものばかりだから相当衝撃を受けたと思うなりよ。あのレベルの人らでも知らんのよ。ホロコースト展示とはまた違うのでね……他の国の人は被爆者の写真すら一回も見たことがない……他の国の一流大学出た人や政治家ですら広島と長崎で何人犠牲になったか、原爆は熱線とか酷いとか知らんから。マジで知らん。だからヤバイのよ……広島G7はロシアと中国に対して各国の態度が激変する歴史的な転換ポイントになるよ。あれをみた各国代表はどちらも許さなくなりますよ……ロシアどうにかしないとあんたらがこうなるよというメッセージだよ」とツイートしていますけれども、G7首脳が本当に原爆被害の実相を知らなかったのだとしたら、相当強力なインパクトを与えた筈です。
広島の展示はG7の人々は実際初めて見たものばかりだから相当衝撃を受けたと思うなりよ。あのレベルの人らでも知らんのよ。ホロコースト展示とはまた違うのでね…
— May_Roma めいろま 谷本真由美 (@May_Roma) May 19, 2023
ワイら日本人は子供の頃から毎年毎年見るから慣れちゃってて当たり前な感じだけど、他の国の人は被爆者の写真すら一回も見たことがない
イタリアのメローニ首相が原爆慰霊碑を前にすごい表情になっていて無茶苦茶辛そうだったのが印象的でした。新展示って最初からこの写真がパネルで出てくるから情緒がおかしくなるんですよ。ただ怖い人形を置くのではなく淡々と自分が被曝したり家族が被曝したらどうなるかをハッキリ写真と説明文で解説… pic.twitter.com/3y9cciIG2n
— ぴんべぇ (@PINBE_) May 19, 2023
4.エスカレーションラダーは上らない
2016年、当時のアメリカ大統領だったオバマ氏は原爆資料館を訪問しています。このとき、岸田総理は外務大臣として訪問に同行し、オバマ大統領への説明役を務めていました。時間にしてわずか10分の訪問だったのですけれども、この時のことについて、岸田総理は「それは今後もずっと言わない約束になっているから」とだけ話し、明らかにしていません。
ただ、この年に行われたG7伊勢志摩サミットで各国首脳が伊勢神宮を参拝した際の裏話を安倍元総理が明かしています。お手水をする際、安倍元総理がこれをすることで色々な穢れが落ちるのだと説明したら、オバマ元大統領は「じゃ俺達は1トンくらい必要だな」と冗談を飛ばしたのだそうですけれども、案外本心だったのかもしれないと思ってみたりもします。
今回のG7広島サミットで纏められた「広島ビジョン」について、一橋大の秋山信将教授は次のように述べています。
現在の安全保障環境下では、核抑止の重要性も意識せざるを得ない。核軍縮と核抑止は矛盾するような目標だが、いずれもが必要な政策だ。その中でG7首脳がそろって資料館を訪問し、被爆の実相に触れ、その被害に思いを巡らせたことは重要だ。首脳たちのメッセージからも、心を揺さぶられた様子が見て取れる。秋山教授は、核軍縮と核抑止は矛盾する目標だが、いずれも必要であり、その中でG7首脳がそろって資料館を訪問し、被爆の実相に触れ、その被害に思いを巡らせたことは重要だ、と指摘しています。筆者もそう思います。なぜなら、G7首脳が今回初めて原爆被害の実態を知ったとするならば、ウクライナ問題で、核戦争へエスカレーションさせてはならないというモチベーションが働くと思うからです。
広島サミットでの核軍縮の扱いで重要なのは、7カ国だけでなくグローバルサウスの国々やグテレス国連事務総長らゲストを含めた全体として、核軍縮への姿勢を示すという点だ。
日本は、核保有国と非保有国の橋渡し役を担いたいと訴えてきた。安全保障環境が厳しくなり、核軍縮に対し後ろ向きな風潮もある中、各国ともその扱いに神経質になっている。そんな中で経済問題だけでなく、核なき世界の追求もグローバルな共通課題と位置づけ、日本がG7とグローバルサウスとの橋渡し役を担えるか。
首脳声明や広島ビジョンでは、核拡散防止条約(NPT)体制の堅持が確認されたが、透明性や規範を重視する多国間の協調的施策を打ち出してほしい。立場の異なる国々の対話の場を尊重することこそ、核なき世界に着実に近づく道だ。
原爆資料館の展示は、G7首脳に核を使うというのは、こういうことだ、その覚悟があるのか、と突きつけたと思うのですね。
ウクライナのゼレンスキー大統領はNATOはロシアに予防攻撃すべきだと発言して批判を浴び、後で誤訳だったと釈明していますけれども、G7首脳はウクライナ戦争をエスカレーションさせないようにするにはどうすればよいか、より深刻に考えるのではないかと思います。
5月20日のエントリー「外遊するゼレンスキーの二重戦略」で、ポーランドが裏でゼレンスキー大統領に停戦の圧力を掛けているというシーモア・ハーシュ氏の記事を紹介しましたけれども、広島サミットで核を使うことの覚悟を問われたG7首脳が、水面下でウクライナ戦争をこれ以上エスカレーションさせない動きを強力に進めることを期待したいですね。
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