

1.トラスの台湾訪問
5月17日、イギリスのリズ・トラス前首相が台湾を訪問しました。イギリス前首相の台湾訪問はマーガレット・サッチャー以来、27年振りのことです。
ロイター通信などによると、トラス元首相は、この日、台湾の首都台北で「台湾:自由と民主主義の最前線で」と題する演説を行い、台湾政府の高位関係者、政財界・学界の人々と会談しました。
トラス前首相は更に、台湾の遠景基金會(プロスペクト財団)でも演説し、「欧米諸国は民主的に統治される台湾に確固たる支持を示さなければならない……我々は中国の侵略に直面している台湾のようなところのためにできる限りのことをしなければならない」と述べ、台湾の「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTTP)」加盟を支援することで、中国の加盟を阻止するべきだと訴えました。そして「『経済的な北大西洋条約機構(NATO)』を発展させ、自由と市場経済を追求する国々が連帯することが必要だ」とまで主張しています。
また、中国に対しては「中国は支配力を得て軍事力を確保するために経済力を使おうとしている……我々は中国を説得したり受け入れたりして、紛争を防ぐために今すぐ行動しなければならない……西側には気候変動のような問題に対して中国と協力できると考える人が非常に多いが、自由と民主主義がなければ他のものは何もない」と苦言を呈しています。
トラス前首相は、経済的な北大西洋条約機構(NATO)という言葉を口にしていますけれども、先日のG7広島サミットでは「経済的強靭性及び経済安全保障に関するG7首脳声明」も出されています。
その前文は次の通りです。
互恵的なパートナーシップを促進し、強靱で持続可能なバリューチェーンを支援することは、我々の経済及び世界経済の双方に対するリスクを軽減し、全ての人々にとっての持続可能な発展を確保する上で、我々の優先事項であり続ける。ここで、「地政学的緊張及び威圧に対する世界中のエコノミーの脆弱性」とありますけれども、経済で”地政学的緊張及び威圧”を行っているのはどこかなんていうまでもありません。
最近の出来事は、自然災害、パンデミック、地政学的緊張及び威圧に対する世界中のエコノミーの脆弱性を浮き彫りにした。我々は、2022年G7エルマウ・サミットでのコミットメントを想起しつつ、脆弱性を低減するとともに、それらを利用し助長する悪意ある慣行に対抗することにより、経済的強靱性及び経済安全保障に関する進行中の我々の戦略的協調を強化するため、今日、追加的な措置をとることとする。
これは、G7クリーンエネルギー経済行動計画で示されたサプライチェーンの強靱性を強化するために我々がとっている関連する措置を補完するものである。 我々は、グローバルな経済的強靱性を高めるために、サプライチェーンの多様化及び地域の価値の創出を促進し、全ての地域の労働者及びコミュニティに利益をもたらす形で、サプライチェーンにおける低・中所得国のより重要な役割を支援することによるものを含め、G7の間及び全ての我々のパートナーとの間の双方で協力することの重要性を強調する。
我々は、依存関係を助長するように設計された非市場的政策及び慣行に対処し、経済的威圧に対抗していく。 我々は、安全保障のために不可欠な、又は国際の平和及び安全を脅かし得る、明確に定義された狭い範囲の機微技術が、より広範な技術の貿易に不当に影響を与えることなく、適切に管理されることを引き続き確保していく。
我々は、経済的強靱性及び経済安全保障を強化するための我々の協力が、良好に機能するルールに基づく国際的な体制、特にWTOを中核とする多角的貿易体制の維持及び改善に根ざすものであることを確認する。 これらの目的のため、我々は、毎年継続して成果を出すため、G7枠組みを通じて包括的な形で協働し、連携していく。
トラス元首相は、「経済的な北大西洋条約機構(NATO)」にはG7と欧州連合(EU)加盟国に加え、韓国とオーストラリアも含めるべきだとしたようですけれども、これが出来れば、経済的中国包囲網が出来上がることになります。
2.台湾はどこにあるのか
このところ、欧米各国の政府高官による訪台がちょこちょこ報じられています。
昨年8月、アメリカのペロシ下院議長が台湾訪問したときは話題になりましたけれども、そうした背景もあってか、昨年8月4日、BBCは、「中国と台湾の関係、すごく分かりやすく説明」という記事を掲載しています。
件の記事は「台湾はどこにあるのか」から始まる超基本的なものですけれども、端的に纏められているかと思います。イギリスにはこう紹介されている、という意味で、記事の概要を抜粋すると次の通りです。
〇台湾はどこにあるのかBBCがこれを報じたことで、イギリスにも台湾という存在が少しは知られるようになったのではないかと思います。
・台湾島は中国南東部沿岸からおよそ160キロ離れた場所にある。いわゆる「第一列島線」に位置し、アメリカの外交政策にとって重要な、同国に友好的な地域が含まれる。
・中国が台湾を統一すれば、西太平洋地域でより自由に力を誇示できるようになり、グアムやハワイなどの遠隔地にある米軍基地さえも脅かす可能性がある――。そう指摘する西側の専門家もいる。
・しかし中国は、純粋に平和的な意図しかもっていないと主張している。
〇台湾は常に中国から切り離されていたのか
・複数の史料は、清が中国を支配し始めた17世紀に初めて、台湾が完全な支配下に置かれたことを示唆している。中国は1895年に日清戦争に敗れると、台湾島を日本に明け渡した。
・1945年に日本が第2次世界大戦に敗れると、台湾島は再び中国のものとなった。
・しかし中国大陸では、蒋介石率いる国民政府勢力と毛沢東率いる共産党との間で内戦が勃発した。
・1949年に共産党が勝利し、北京を支配下に置いた。
・蒋介石と中国国民党の残党は台湾に逃れ、その後数十年にわたり台湾を統治した。
・中国は台湾について、もともと中国の省だった歴史があるとしている。しかし、台湾人は同じ歴史を根拠に、自分たちは1911年の辛亥革命後に初めて建国された近代中国、あるいは1949年に毛沢東政権下で建国された中華人民共和国の一部だったことは、一度もないと主張している。
・蒋介石は台湾に逃れた後、国民党を率いた。国民党は以来、台湾で最も重要な政党の1つであり、その統治は台湾史の大部分にわたり続いた。
・現在、台湾を主権国家として承認しているのは13カ国とローマ教皇庁(ヴァチカン)のみ。
・中国は他国に対し、台湾を主権国家として承認しないよう、あるいは承認を示唆することがないよう、相当の外交圧力をかけている。
・台湾の国防部(国防省)は中国との関係はこの40年間で最悪だとしている。
〇台湾は自衛できるのか
・中国は、経済関係の強化といった非軍事的な手段で台湾「再統一」を実現しようとすることもできる。しかし、なんらかの軍事的対立が起きた場合には、中国軍は台湾軍を凌駕(りょうが)するだろう。
・中国はアメリカを除く他のどの国よりも多額の国防費をつぎ込んでいる。海軍力からミサイル技術、航空機、サイバー攻撃に至るまで、膨大な範囲の能力を活用できる状態にある。
・中国の軍事力の大半は別の場所に注がれているものの、例えば現役部隊の全体像を見ると、中国と台湾の規模には大きな差があることがわかる。
・西側の専門家の中には、台湾はせいぜい中国の攻撃を遅らせて、中国の上陸作戦部隊が沿岸部から上陸するのを阻止し、ゲリラ攻撃を行いながら他国からの援助を待つことしかできないだろうと予測する人もいる。そうした援助は、台湾に武器を販売しているアメリカから得られるかもしれない。
・アメリカはこれまで、「戦略的あいまいさ」として知られる政策により、台湾が攻撃を受けた場合に台湾をどのように防衛するのか、そもそも実際に防衛するのか、意図的に不明確にしてきた。
・現時点では、アメリカは外交上は「一つの中国」政策を堅持し、(北京にある)中国政府のみを承認している。正式な国交も、台湾とではなく中国と結んでいる。
・しかし、ジョー・バイデン米大統領は5月、米政府の立場を硬化させるような発言をした。台湾を軍事的に防衛するのかと記者から問われ、バイデン氏は「イエス」と答えたのだ。ただ、ホワイトハウスは、これまでの立場を変えたわけではないと主張した。
〇状況は悪化しているのか
・中国は2021年に台湾の防空識別圏に軍用機を送り込み、圧力を強めているようにみえた。防空識別圏とは、台湾が独自に設定した、安全保障を目的に外国機を識別、監視、制御する区域のことだ。
・台湾は2020年に防空識別圏に侵入した航空機に関するデータを公開した。報告件数は2021年にピークに達し、1日に56機が侵入することもあった。
〇台湾はなぜ世界にとって重要なのか
・台湾経済は非常に重要だ。携帯電話やノートパソコン、時計、ゲーム機器など日常生活で使用される電子機器の多くには、台湾製のコンピューター・チップ(半導体)が使われている。
・ある指標では、台湾積体電路製造(TSMC)の1社が世界市場の半数以上を占めているとされる。
・TSMCはチップを製造するいわゆる「ファウンドリ」企業。ファウンドリは2021年時点で1000億ドル(約13兆円)規模の巨大産業となっている。
・中国が台湾を支配すれば、世界で最も重要な産業の1つを中国政府が手中に収めることになるかもしれない。
〇台湾人は心配しているのか
・直近の中国と台湾の緊張状態をよそに、多くの台湾人が比較的平静を保っていることを示す調査結果が出ている。
・2021年10月に台湾民意基金会が、「いずれ中国と戦争が起こる」と思うか質問したところ、回答者のほぼ3分の2(64.3%)が「あまりそう思わない」、「まったくそう思わない」と答えた。
・別の調査では、台湾のほとんどの人が「台湾人」を自認しており、中国大陸の人とは明確に異なるアイデンティティーを持っていることが示された。
・台湾の国立政治大学が1990年代前半から行っている調査によると、中国人、あるいは中国人と台湾人の両方を自認する人の割合は減少傾向にあり、大半が自らを台湾人だと考えていることが分かっている。
3.中国との戦争は十年以上先
先述のBBCの記事では、2021年10月に台湾民意基金会が、「いずれ中国と戦争が起こる」と思うか質問したところ、回答者のほぼ3分の2が「そうは思わない」と回答したことを伝えていますけれども、今年2月に同じく、台湾民意基金会が行った世論調査結果によると「中国による台湾武力侵攻を心配しているか」との問いに51.6%が「心配している」と回答。昨年4月の調査より13ポイント増え、「心配していない」は43.6%となっています。
また、昨年6月から7月に掛けて、台湾中央研究院社会学研究所が行った全国電話世論調査では、台湾と中国との戦争がいつ起こるかについて、「10年以上」後との回答が最も多く45.0%に達し、「永遠に起こらない」が5.6%、「日程は分からないが、将来的に戦争の可能性は否定できない」が1.9%でした。一方、「10年以内」が19.8%、「5年以内」が17.3%、「2年以内」は3.1%でした。また、中国大陸政府を「敵と見ている」と回答した人は39.8%だったのに対し、「敵」と見ていない人は55.6%だったということです。
これらを見る限り、台湾の人達は、中国と戦争になることを心配しつつも、直近では大丈夫だろうと見ていることが分かります。
ただ、それでも、いざ戦争となった時は、武器を手に戦うと彼らは心に決めているようです。
昨年12月、台湾民主基金会が世論調査発表を行い、中国が台湾統一のために武力侵攻した場合の対応として、71.9%が「台湾を守るために戦う」と回答。台湾が独立宣言したことを理由に中国が武力侵攻した場合も63.8%が「戦う」と答えたことを発表しています。
一方、中国側はというと、2020年末から2021年初めにかけて、シンガポール国立大学などが中国本土で実施した世論調査で、統一のための戦争を55%が支持し、反対は約3割にとどまったことが報じられています。
5月11日のエントリー「台湾武力侵攻慎重論と戦争確率」で、中国のネット上で台湾武力統一慎重論が登場し、当局が放置していることを取り上げましたけれども、確かに世論の半分が武力侵攻を支持しているのならば、何かの拍子に火がついて暴走しないとも限りません。慎重論を流して少し冷やしておかねば、と当局が考えてもおかしくありません。
4.台湾世論工作の実態
仮に、台湾武力侵攻が難しいとなれば、次に考えられるのは武力に寄らない侵攻です。台湾から併合を求めてくるようにすれば、一発の銃弾すら必要ありません。つまり、世論工作、認知戦による統一です。今はむしろこちらの危険の方が高いかもしれません。
昨年11月、台湾統一地方選挙で、与党民進党は歴史的大惨敗を喫しました。
国内の22市県のうち、最大野党の国民党が14市県で勝利した一方、民進党が得たのはわずか5市県。23年1月に発表された政党支持率も、国民党が民進党を僅差で上回り、与野党の人気が逆転しました。
これについて、台湾北部のある市議は「民進党系の候補者のフェイスブックページにネガティブな情報を大量に書き込んだり、LINEの大規模チャットグループにフェイクニュースを投稿したりする工作がある。中国やそれに協力する台湾人ネットユーザーによって、攻撃がなされているようだ」と、一部の議員や支持者は、民進党不振の理由として、台湾の併合を狙う中国共産党からの世論操作「認知戦」による影響を挙げています。
台湾では有権者の7割以上がフェイスブック、約3割がYouTubeで情報を得ているそうなのですけれども、ネット上で悪評を流されると、その影響は大きく、背後に中国の工作があるというのですね。
認知戦研究と政府への提言を行なう台湾のシンクタンクの関係者らは、「中国による工作は、台湾世論に対してアメリカや日本への敵意を煽ったり、与党の民進党政権への不信感を抱かせたりする内容が多いのです……中国に都合のいい意見を話す配信者ほど、アクセス数や『投げ銭』が集まります。投げ銭の多くは中国大陸からのウェブマネーなのです」と、中国が台湾人の協力者を通じて、YouTubeやTikTokなどの動画サイトを使い、蔡英文政権を攻撃していると指摘しています。
けれども、ルポライターの安田峰俊氏は、台湾人の「親中インフルエンサー」を取材した結果、実態は複雑だとし、次のように報告しています。
【前略】安田氏は、中国が台湾を狙い、プロパガンダを通じた世論操作や社会不安の扇動を考えていることは確かであるとする一方、中国は西側の民主主義社会に向けた情報発信が苦手であり、現時点での実際の影響力は、われわれが思うよりも限定的な可能性がある、と指摘しています。
今年2月上旬、私は台湾に飛んだ。「親中YouTuber」として名指しされた人に実際に会い、中国が仕掛ける認知戦の実態を徹底して暴きたいと考えたのだ。
ところが取材を進めると、複雑な事実が明らかになった。昨今の民進党の不振は、中国の情報工作という外部の要因だけでは説明できない問題だったのである――。
「俺は権力や権威が嫌いなんだ」
「アホらしい。俺が中国からカネをもらっている、という話こそフェイクニュースだよ」
台北市内の配信スタジオでそう話すのは、政治系YouTuberの朱学恒(ジュ―・シュエハン)だ。
彼は外省人の2世(親世代が中国大陸出身)で、かつてアメリカのテーブルトークRPGを台湾に紹介、さらに小説『指輪物語』の翻訳で経済的に成功し「オタクの神」と呼ばれた経歴を持つ。
10年代以降、死刑廃止に反対するなど社会的な意見発信が増え、多数の舌禍事件も起こしてきた。取材前、「認知戦の協力者の筆頭格だ」と聞かされていた人物である。
「しかしなあ、俺がメインで使っているYouTubeは、ネット規制のある中国大陸からは簡単に接続できないし、中国の銀行口座やクレジットカードの決済にも対応していない。どうやって多額の投げ銭を送るんだい?」
彼の配信内容は、時事放談的なトークがメインで、与党の民進党を激しく攻撃したり、台湾社会の問題点を批判したりするものが多い。
コロナ禍による社会不安を背景に規模を伸ばし、今年2月時点でチャンネル登録者数が25.4万人に達した。総人口が2300万人ほどの台湾では非常に多い数字だ。
中でも台湾の国産コロナワクチンの関連政策を批判した動画が人気で、約47万回の再生数を記録している。
「俺のチャンネルを見る人の多くは、"緑"に違和感を持つ台湾人だ。俺は伝統的なメディアでは言えないことをしゃべっている」
朱学恒の配信は時に言葉遣いが荒く、扇動的な印象だ。旅行先の日本から「今や日本と台湾の物価はあまり変わらない。つまり台湾の物価が高すぎるのだ」と、不正確な認識で政府批判を行なったりと、ファクトチェックも厳密ではない。
ただし、動画をよく見ると、中国共産党との親和性を感じる内容は非常に少ない。台湾の国民党の主張でもある「ひとつの中国」(台湾が"中国"であると認める主張)の概念すら、ほとんど言及しない。
「俺は権威や権力が嫌いなんだ。オードリー・タン(唐鳳[タンフォン]、トランスジェンダーの台湾デジタル担当大臣)以上のアナーキストだと思ってるよ。前に国民党が与党だったときは国民党を批判したし、過去に『ヒマワリ学運』(14年に国民党政権の急激な対中接近に反発して起きた学生運動)に賛成したこともある」
彼が民進党政権を嫌っているのは間違いないが、その言動や配信内容に中国共産党の「協力者」らしき気配は感じられない。どうも事前に聞いた情報とは話が違う。
そこで私は、認知戦の担い手とされた、もうひとりの台湾人インフルエンサー「歴史哥(リーシィガー)」(歴史お兄さん)に会うことにした。彼は歴史学専攻の修士号を持つ34歳の男性だ。YouTubeのチャンネル登録者数は約24.5万人で、やはり過激な表現で与党を攻撃している。
彼は朱学恒と違い、中国の動画サービス『西瓜視頻(シーグアシーピン)』や『ビリビリ』にもチャンネルを開設していた。また、中国のウェブ決済システムである「アリペイ」のアカウントも公開している。中国と距離が近そうにも思えるのだが......。
「中国には昔、出張で福建省に3日間行っただけ。深い関係はない。中国向けの動画は出してるし、広くカンパを募るために国際サービスのペイパルに加えてアリペイも使っているけれど、中国側のプラットフォームで政治的なことはしゃべっていないんだ。中国は言論規制が厳しいからね」
実は彼が発信するコンテンツは2種類ある。台湾政治に言及するYouTubeの動画では蔡英文や民進党を激しく罵っているが、一方で「歴史お兄さん」の名前からわかるように、三国志など中国史の話題を真面目に解説する動画も作っているのだ。
彼の中国向け配信の内容は後者である。つまり中国からのカンパは、歴史番組の視聴者によるものが多そうだ。中国共産党に都合のいいことをしゃべって投げ銭を得るという、認知戦の構図とは、ちょっと違いそうである。
「南部の高雄市の出身で、実家はバリバリの"緑"なんだ。自分のアイデンティティは台湾にあるし、家では台湾語(台湾の方言)をしゃべっている」
そう話す彼も、実は過去にヒマワリ学運を支持していた。運動から生まれた"緑"系の新党「時代力量」を支持し、16年の総統選で蔡英文に投票したこともあったという。
「当時は政府の対中経済接近が急激だったから、ヒマワリ学運の発生は必然だったと思う。ただ、問題は政権交代した"緑"陣営が、さっぱり民意に応えなかったことだ」
失望した彼は18年、高雄市長選に出馬した国民党の候補者・韓国瑜(ハン・グォユィ/後に総統選にも出たが敗北)のネット応援団に加わり、そのトークがバズって人気者になった。結果、強烈な「反・蔡英文」を掲げる現在のキャラが固まった。
「......中国はひとつだが、政権はひとつじゃない。中国共産党政府は私たちの政府じゃない。台湾独立についても、まあ、心情は理解できる」
取材後、彼が配信したライブ動画を見ると、不機嫌そうな顔でそんな話をしていた。自分が「中国に協力する認知戦の尖兵(せんぺい)」として取材の対象にされたことが、よほど不本意だったらしい。
やはり、事前に聞いた情報は明らかにヘンである。そこで私は、もっと露骨に「親中国的」な主張を行なっている台湾人KOLを探し出し、会ってみることにした。
「中国大陸とは友好を深めるべきだし、中国の人は僕たちを同胞だと思っている。なのに、中国は独裁的で怖いという報道ばかりだ。中国側に嫌がられるし、良くないよ」
近年の若い台湾人には珍しい意見を話すのは、元ミュージシャンの寒国人(ハングォレン)だ。彼は中国大陸のSNS『新浪微博(シンランウェイボォ)』で約114.7万人、『西瓜視頻』で約164万人、中国版TikTok『抖音(ドウイン)』で約57.9万人、さらにYouTubeでも45.8万人のファンを持つ、大物の親中台湾人インフルエンサーである。近年は中国の杭州市に拠点を置き、たまに台湾に戻る。
彼の父は1980年代に台湾に移住した在外華僑(かきょう)で、寒国人自身も「台湾人」より「華人」としての自己認識が強いようだ。中国向けの動画サービスはもちろん、YouTubeも在外中国人の視聴者が多いらしい。
「中国での活動費用は"台商(タイシャン)"の支援がある。両岸交流活動イベントに招かれて、よく青海省なんかにツアー旅行に行かせてもらえるから楽しいよ。旅費も台商が払ってくれる」
台商は、中国大陸で活動する台湾人商人だ。商業的な必要から中国共産党の祖国統一政策に親和的な言動を示し、当局に表彰される人も多い。彼らが資金を出して、寒国人の活動を支えているようだ。
寒国人の配信は自宅や街角でのスマホ撮影で、技術は高くない。朱学恒たちとは異なり、政治問題の語り口もシンプルだ。それなのに中国人のファンが多いのはなぜか。
「台湾はQRコード決済が使えず、まだ現金払いしかできない屋台があるんですよ」
「台湾は民主主義や自由を掲げていますが、見てください。駅にたくさんホームレスがいます。問題があるんです」
つまり、台湾をサゲて中国をアゲるような動画の配信を繰り返しているのだ。
愛国主義的な風潮が強い近年の中国では「母国を批判して中国を褒める」外国人の需要が高く、当局の国内向けプロパガンダの一環に組み込まれている。
寒国人のほかにも、中国のゼロコロナ政策を礼賛する映像を何本も発表した在中日本人ドキュメンタリーディレクターの竹内亮や、母国のコロナ被害を強調する在中アメリカ人の火鍋大王(フオグオダーワン)などが代表的な人物だ。寒国人はこう話す。
「竹内亮さんは中国に友好的。尊敬しています。僕なんか足元にも及びませんよ」
中国当局の意向に沿った言動を繰り返す台湾人KOLは確かに存在した。
ただ、そんな寒国人が尊敬する竹内亮は、中国のみならず日本でも情報発信を行なっているが、中国の体制や政策を賛美する言説は、日本の世論にほとんど影響を与えていない。それと同じく寒国人の言葉も、多数派の台湾人に広く耳を傾けられるものとは考えにくい。
【後略】
安田氏によると、台湾統一地方選で与党民進党が破れたのは民進党自身の問題であり、民進党に失望した大衆も多いというのですね。
中国が台湾に仕掛ける認知戦も、表向きに見えるものと実態には結構乖離があることは頭の片隅に留めておいてもよいかもしれませんね。
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