

1.経済的強靭性及び経済安全保障に関するG7首脳声明
5月20日、G7首脳は、G7広島サミットにおいて、経済的強靭性及び経済安全保障に関するG7首脳声明を発出しました。
その概要については、こちらのJETROの記事に纏められていますけれども、引用すると次の通りです。
・強靱なサプライチェーンの構築今回のG7首脳会議では、「経済的強靭性と経済安全保障」をグローバルに確保することが経済面における最重要課題の1つに位置付けられた。コミュニケの前文では、同課題へのG7の取り組みとして、(サプライチェーンの)多様化やパートナーシップの深化、デリスキング(リスク軽減)に基づくアプローチにおいて協調することがと盛り込まれた一方、デカップリング(の追求)は明確に否定している。なお、デリスキングの重要性については、2023年3月に欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長が強調している。
全ての国に「強靱で信頼性のあるサプライチェーンに関する原則」への支持を促す。重要鉱物、半導体および蓄電池などの重要物資のサプライチェーンを強化していく。供給混乱に対処するため、ストレステストなどから得られた知見とベスト・プラクティスを共有する。
・強靱な基幹インフラの構築
デジタル領域などの基幹インフラの厳格な設備評価が必要であることを議論。オープンアーキテクチャやセキュリティー関連についての意見交換を継続する。
・グローバルな経済的強靭性を確保するための非市場的政策および慣行への対応
産業補助金、国有企業の市場歪曲(歪曲)的慣行、あらゆる形態の強制技術移転への懸念を表明。既存手段を活用し、必要時に新しいツールを開発する必要性を確認。公平な競争条件をゆがめる非市場的政策・慣行に対処するため、WTOの取り組みを強化する。
・経済的威圧への対処
「経済的威圧に対する調整プラットフォーム」を立ち上げ、早期警戒や迅速な情報共有、定期的協議を行う。(威圧の)対象となった国・地域、主体を支援するため、適当な場合に協調する。それぞれの国内では既存手段を活用し、その効果を検証し、必要時に新しいツールを開発する。WTOの取り組みを強化する。
・デジタル領域における有害な慣行への対抗
データ管理規制(不当なデータローカライゼーション要求や政府のアクセス許可)への懸念を表明。対抗に向けた戦略的対話を深める。
・国際標準化における協力
次世代の技術の形成に向けて、マルチステークホルダー・アプローチに基づく、開放的で自主的な標準策定を支援する。
・重要・新興技術の流出防止による国際の平和および安全の保護
輸出管理分野の多国間取り組みを強化していく。輸出管理や対内投資規制を補完するために、対外投資関連措置の重要性を認識。これらの共通の目標に関して民間セクターに明確な情報を提供していく。
強制技術移転への懸念、だとか、経済的威圧への対処だとか、明らかにどこかの国を念頭においた語句が並んでいるのですけれども、このJETROの記事の前文は次のようになっています。
ここでは、「デカップリング」を否定し「デリスキング」を求めるとしています。
2.デカップリングからデリスキングへ
「デリスキング(リスク低減)」とは、欧州で使われ始めた言葉で、経済安保の観点からリスクを管理し、他の分野では安定的な関係を維持しようとする戦略用語とされています。
G7広島サミットでは、重要物資のサプライチェーン(供給網)の中国依存脱却や、中国が経済力を背景に貿易などを制限する「経済的威圧」への対応など経済安全保障の強化が主要議題となったのですけれども、欧州首脳らは、中国との「デカップリング(分離)」は実行可能ではなく、欧州の利益にかなわないと判断。協力できるところは協力しつつ、ヤバいところに絞ってコントロールしようとする考え方です。
この考え方は既にアメリカにも適用され、既にアメリカは「デカップリング」から「デリスキング」に舵を切っています。
昨年9月、サリバン米大統領補佐官は、昨年9月に「中国を、できる限り引き離す」と宣言。昨年10月に発表した国家安全保障戦略(NSS)でも「決定的な今後10年間」という表現で、対中デカップリングの方針を打ち出していました。
ところが、4月27日、ワシントンのブルッキングス研究所で講演したサリバン大統領補佐官は、この政策は「デカップリング」ではなく「デリスキング」だと、アメリカがサプライチェーンの強靭化を図ることをデリスキングと呼びました。最先端の半導体など機微技術・製品だけを中国に渡さず、安全保障と関係ないものは、どんどん自由に貿易・投資してもらって構わないということです。
欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長は、この「デリスキング」を好み、今年4月の中国での首脳会談後、中国について「重要な貿易相手国であり、気候変動をはじめとする地球規模の難題への対応でも有力なプレーヤーだ」とする旨の談話を発表しています。
件の談話は次の通りです。
本日、ここ北京で行われた包括的なハイレベル協議について報告したい。私は、マクロン仏大統領との共同会談および二国間会談の両方で、習国家主席と会った。李首相とも会談を行った。このように、「デカップリング」は実行不可能だと明言し、「デリスキング」を目指すと宣言しています。そして、「デリスキング」として、中国による自国民の抑圧や外国への強硬姿勢を引き合いに出し、中国が避けるべき行動を列挙しています。
まずEUと中国の関係から始める。それは広範で複雑な関係である。双方にとって、この関係は両者の繁栄と安全保障に大きな影響を与える。中国にとっては、EUが第1の輸出先であり、EUにおいて中国は第3の輸出先である。具体的な数値を1つ挙げるとすれば、2022年には1日あたり23億ユーロ強の貿易が行われていることを意味する。同時に、両者の貿易関係はますます不均衡になっている。過去10年間で、EUの貿易赤字は3倍以上となり、昨年は約4,000億ユーロに達した。この流れは持続可能ではなく、根本的な構造的問題に対処する必要があるため、それについて話し合いを持った。EU企業は、一部の分野における不公正な慣行、つまり中国市場へのアクセスを妨げる不公正な慣行に懸念を抱いていることを伝えた。たとえば、EUの農産品は、大きなハードルに直面している。あるいは医療機器は、差別的な「バイチャイナ」政策によって市場から排除されようとしている。これらの分野はすべて、欧州の卓越性が認められている領域である。たとえば、技術移転を求める圧力の増大、過度のデータ要求、不十分な知的財産権行使など、中国があらゆる分野で課す要件が増え続けることでこうした分野での問題は悪化している。これらによって、中国に輸出している、あるいは中国で生産しているEU企業は大きな不利益を被っている。また、これは、欧州単一市場(Single Market)で事業を行うすべての企業が享受している公平な競争条件とは対照的であるという事実についても説明した。したがって、このような背景に対して、EUは、我々の利益を守り、公平な競争条件を確保するため、ますます警戒感を強めている。
こうした両者の関係における不均衡に加えて、EUは依存関係についても警戒を強めている。これらの依存関係の中には、機密性の高い新興技術の輸出のように、我々にとって重大なリスクを引き起こすものがある。こうした状況の中で、これが中国からの分離(decouple)を求める声につながることは誰もが知るところである。これが実行可能または望ましい戦略であるとは思えない。我々はリスク回避(de-risking)に取り組む必要があると信じている。これは、特定のリスクに焦点を当てることを意味し、商品やサービスの大部分がリスクのない取引であることは認識している。リスクが異なれば、それに対処するために必要な手段も異なる。我々は、貿易および投資関係の多様化を通じて、依存関係のリスクに対処する。軍事目的に使用される可能性のある機密技術が漏洩するリスクは、輸出管理または投資審査を通じて対処する必要がある。しかし、どのような手段を選択するにせよ、対話を通じて現在の問題を解決したいと考えている。したがって、基本的には外交を通じてリスクを回避する。これが、私がハイレベルの経済貿易対話の再開を求めた理由であり、我々はそれに合意した。ハイレベル経済貿易対話だけでなく、ハイレベル・デジタル対話もこれと併せて開催される。これら2つの対話は、すべての異なるファイルで進展させ、具体的な成果を生み出すため、できるだけ早期に開催するべきである。
次に、地政学的環境に話を移す。今回の中国訪問は、特にウクライナに対するロシアの侵略戦争のために、困難で不安定な状況の中で行われている。これに関する中国の立場は、EUにとって極めて重要である。国連安全保障理事会のメンバーとして、中国には大きな責任があり、その役割を果たし、国連憲章の基礎の1つであるウクライナの主権と領土保全を尊重する公正な)和を促進することを期待している。私は今回の会談で、ゼレンスキー大統領の和平計画を断固として支持することを強調した。私はまた、中国が提唱したいくつかの原則、特に、核の安全とリスク低減の問題、そして核の脅威や核兵器の使用を容認できないという中国の声明を歓迎した。我々はまた、中国が直接的または間接的にロシアにいかなる軍事装備も提供しないよう期待している。侵略者への武器供与が国際法違反であることは誰もが知るところである。しかも、それは我々両者の関係を著しく損なうことになる。
人権についても取り上げた。私は、中国における人権状況の悪化について深い懸念を表明した。新疆ウイグル自治区の状況は特に懸念される。これらの問題について、引き続き議論していくことが重要である。したがって、EU・中国人権対話(EU-China Human Rights Dialogue)がすでに再開されたことを歓迎する。
ロシアのウクライナ侵攻以外にも、地球規模の問題に関して結集して協力できる分野がいくつかある。我々の経済規模を考えると、我々は地球規模の問題を解決するという共通の責任を負っている。たとえば、気候と環境の保護が何よりもまず重要である。「昆明・モントリオール生物多様性協定」を実現する上で中国が果たした積極的な役割を特に歓迎する。中国はまた、公海条約(High Seas Treaty)の合意に至る原動力となっており、これは特に好ましいことである。気候変動対策については、ドバイで開催されるCOP28に向けて、中国が具体的かつ野心的な約束をすることを期待している。そして、カナダとの共同イニシアチブに関連して、このCOP28を共同で準備するよう中国に呼びかけた。もちろん、中国が「グローバル・メタン・プレッジ(Global Methane Pledge:GMP)」に参加するのであれば、大歓迎である。重要なプレーヤーである中国が必要である。
3.デリスキングの限界
けれども、そんな欧州からの要求に、はいはいと応じる中国ならば、最初から苦労はしません。
欧米が人権でやいのやいのいおうが、中国は、新疆ウイグル自治区の弾圧を止めることはありません。実際、ウイグル自治区では、イスラム過激派との戦いを口実にモスクを破壊し、詩人たちの身柄を拘束し、現地ウイグル人を再教育収容所や強制労働プログラム、過酷な全寮制の学校などに送り込んでいます。
中国は自身がデリスキングされることを望んではおらず、望んでいるのはその逆で、重要な財・コモディティーの生産国として中国が支配的な役割を手に入れることです。
習近平主席はかつて、中国のサプライチェーンに外国が依存する状況を「強力な反撃・抑止力」と呼ぶ一方で、国内では繰り返し、重要な技術について外国人への依存を避けて自立を達成するよう促しています。
今の中国では、利用しているサプライチェーンで労働者が酷使されていないかどうかを外国企業が検査することにさえ危険が伴うまでになっています。
共産党中央政治法務委員会は、経済安全保障の分野などにおける外敵の狡猾な手口に気をつけるよう中国市民に警告。ケーススタディとして、新疆で強制労働が行われているとの疑いを「でっち上げている」外国の非政府組織(NGO)を手伝った中国籍のサプライチェーン監査担当者が、反スパイ法により罰せられたことが取り上げられています。
あるサプライチェーン専門家によると、2~3年前、中国の納入業者は外国の監査を品質管理の表れだとして甘受していたのが、今では「広く定義された強制労働に関連することは、何であれ完全にタブーだ。そういう質問をすれば、接触のある人全員を必ず危険にさらすことになる」とのことで、大手の監査法人は、アクセスが制限されていることを理由に、新疆での仕事を断っているのだそうです。
一方、欧州側も対中デリスキングがどこまで出来るか懸念があります。
EUには輸出規制を策定する独自の集団的メカニズムがあり、明らかな脅威に対しては、一致団結し、アメリカと協調しながら対応することができます。実際、ロシアのウクライナ侵攻では、欧州とアメリカは即座に、半導体から潜水艦のエンジンに至るまで広範に輸出を規制しました。
けれども、政策に関する異論が強く、なおかつ、それが特定の加盟国に影響する場合には、EUとしての輸出規制策定プロセスは脇に追いやられ、各国の主張が頭をもたげ、国の権限に道を譲ることになってきます。特にそれが顕著に表れるのが、軍事や安全保障への応用が可能な「機微技術」です。
先日、アメリカとオランダ、日本が、半導体および半導体製造装置の対中輸出制限を強化することで合意していますけれども、アメリカとの交渉では、EUとして集団的に行ったのではなく、オランダが単独で行っています。そのプロセスは極秘で、交渉は状況に応じてその都度行われたそうです。つまり、各国が独自に持つケースが多い機微技術となると、EUとして統一した規制に出ることが難しいということです。
更に、EUは通常、政策において、資金を使うよりも、規則に頼ろうとする傾向があることも対中デリスキングを困難にさせています。
4.団子より花
巷では、G7広島サミットは成功だったと言われていますけれども、地政学者の奥山真司氏は、サミットは絵的には大成功したものの具体的には何もない、「花より団子」ではなく「団子より花」だったと指摘しています。
G7広島サミットが「団子より花」だった理由について、奥山氏は次の4つを理由を挙げています。
1)グローバルサウスの取り込みを主要な目的にしていたが失敗した。このように、奥山氏は日本が議長国としてなすべき議論が出来ず、結果として何も前に進まなかったと述べています。
・インドネシア、ブラジル、インドの三大グローバルサウス国が来ていた。
・インドのモディ首相はまあまあ良かったが、すごい言葉を慎重にして、別にロシアとの付き合いはやめませんっていうのを実質的に言っていた。
・インドネシアのジョコ大統領は、一般論で平和大事だって言っただけでウクライナの侵攻に対してはっていうところはちょっと微妙
・ブラジルのルーラ大統領は、完全にロシア寄りの発言をずっとしていた。我々はそのウクライナのために来たんじゃないと発言。ゼレンスキーにも会えず、最後帰る間際にバイデンを批判して帰った。
2)ゼレンスキー劇場だった。
・ブラジルのルーラ大統領は、ゼレンスキー大統領が来るっていうのを知らなかった。ルーラ大統領は激怒して、これ罠じゃねえか俺たち別にウクライナのこと話に来たんじゃねえよ、といった。
・ウクライナ問題を話すといいう意味での岸田総理の目論見は成功し、花を添えた面はあるが、グローバルサウスとつなげるという岸田総理の本来やりたかったことが出来なかった。
3)対中制裁、台湾有事を考えてようというのがスルーされた。
・「デカップリング」の話がやっぱり出ずに「デリスキング」をヨーロッパ側から押し付けられた。中国も引き離すのちょっと無理だからと、腰の引けた対応になってきた。
4)アメリカの内向きが顕著だった、
・バイデンが結構途中で、退出したり、休憩時間を入れちゃったりしていた。
・国際情勢の中で中国とアメリカ、台湾の衝突をなくす。デカップリングからも一歩引いちゃってる。分裂ではなく、むしろそれは緩和しようっていう歩み寄りが逆に見えてきてる
全体像)団子より花
今回のサミットはG7とロシア中国が対立しているところに、今回連携してオーストラリア、韓国が来た。グローバルサウスの招待国も呼んで取り込もうとしていたが、結局ゼレンスキーが登場して、そっちに話題が行ってしまって、結局ウクライナ支援の話をせざるを得ないという形になった。
議長国日本の代表の岸田総理としては、アジアの話をしなきゃいけなかった。中国と台湾防衛に対しての議論をフランスとかドイツとかイタリアとかとしなきゃいけなかった。なのに、デカップリングからデリスキングへと、動かなかった。
実際華々しくて岸田さんにとって本当に勝者だし、ゼレンスキーもアメリカから750億ドル、追加支援をゲットしてなおかつF16の訓練OKみたいなところもあって最終的に武器供与できた。勝者は岸田さんとゼレンスキーだが、花は素晴らしかったんだけど実質中身は実はそんなにはなかったんじゃないか。団子より花。残念だった。
確かにG7広島サミットの首脳コミュニケ(宣言)の見出しを見ても、初っ端に<ウクライナ>が来て、中ほどに、デリスキング推進を示す<経済的強靱性・経済安全保障>、台湾有事など日本に関わる安全保障に至っては、<地域情勢>として一番最後に押し込められてしまっています。
こうしてみると、日本の国益という観点からは、G7広島サミットは「団子より花」だったのかもしれませんね。
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