

1.物流革新に向けた政策パッケージ
6月2日、トラックドライバーの長時間労働が規制され、物流の人手不足が深刻化する「2024年問題」に対応するため、政府は「物流革新に向けた政策パッケージ」を纏めました。
その概要は次の通りです。
・物流は国民生活や経済を支える社会インフラであるが、担い手不足、カーボンニュートラルへの対応など様々な課題。さらに、物流産業を魅力ある職場とするため、トラックドライバーの働き方改革に関する法律が2024年4月から適用される一方、物流の停滞が懸念される「2024年問題」に直面。このように、商習慣を見直すと同時に物流システムの効率化を施し、荷主・消費者の行動変容を促すことで輸送力不足を補おうとするものです。
● 何も対策を講じなければ、2024年度には14%、2030年度には34%の輸送力不足の可能性。
● 荷主企業、物流事業者(運送・倉庫等)、一般消費者が協力して我が国の物流を支えるための環境整備に向けて、(1)商慣行の見直し、(2)物流の効率化、(3)荷主・消費者の行動変容について、抜本的・総合的な対策を「政策パッケージ」として策定。
1.具体的な施策
(1)商慣行の見直し
①荷主・物流事業者間における物流負荷の軽減(荷待ち、荷役時間の削減等)に向けた規制的措置等の導入(※)
②納品期限(3分の1ルール、短いリードタイム)、物流コスト込み取引価格等の見直し
③物流産業における多重下請構造の是正に向けた規制的措置等の導入(※)
④荷主・元請の監視の強化、結果の公表、継続的なフォロー及びそのための体制強化(トラックGメン(仮称))
⑤物流の担い手の賃金水準向上等に向けた適正運賃収受・価格転嫁円滑化等の取組み(※)
⑥トラックの「標準的な運賃」制度の拡充・徹底
(2)物流の効率化
①即効性のある設備投資の促進(バース予約システム、フォークリフト導入、自動化・機械化等)
②「物流GX」の推進(鉄道・内航海運の輸送力増強等によるモーダルシフト、車両・船舶・ 物流施設・港湾等の脱炭素化等)
③「物流DX」の推進(自動運転、ドローン物流、自動配送ロボット、港湾AIターミナル、サイバーポート、フィジカルインターネット等)
④「物流標準化」の推進(パレットやコンテナの規格統一化等)
⑤道路・港湾等の物流拠点(中継輸送含む)に係る機能強化・土地利用最適化や物流ネットワークの形成支援
⑥高速道路のトラック速度規制(80km/h)の引上げ
⑦労働生産性向上に向けた利用しやすい高速道路料金の実現
⑧特殊車両通行制度に関する見直し・利便性向上
⑨ダブル連結トラックの導入促進
⑩貨物集配中の車両に係る駐車規制の見直し
⑪地域物流等における共同輸配送の促進(※)
⑫軽トラック事業の適正運営や輸送の安全確保に向けた荷主・元請事業者等を通じた取組強化(※)
⑬女性や若者等の多様な人材の活用・育成
(3)荷主・消費者の行動変容
①荷主の経営者層の意識改革・行動変容を促す規制的措置等の導入(※)
② 荷主・物流事業者の物流改善を評価・公表する仕組みの創設
③消費者の意識改革・行動変容を促す取組み
④再配達削減に向けた取組み(再配達率「半減」に向けた対策含む)
⑤物流に係る広報の推進

2.物流の2024年問題
では、最近話題に上るようになった物流の2024年問題とは何か。
この問題の切っ掛けは、2018年に成立した「働き方改革関連法」にあります。
働き方改革関連法とは正式名称を「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」といい、働く人のニーズの多様化と少子高齢化、長時間労働の是正、公正な待遇の確保などの要望を背景に、労働者が、それぞれの状況に合わせて柔軟に働き方を選べる社会の実現を目指して成立しました。
これにより、「年次有給休暇の取得を企業に義務づけ」「時間外労働の上限規制」「雇用形態に関わらない公正な待遇の確保」など、働き方を改善するさまざまなルールが設けられ、2019年から順次施行されています。
物流の2024年問題は、2024年4月1日以降、トラックドライバーの時間外労働の上限規制により発生する諸々の問題です。
以前より物流業界での課題であった、トラックドライバーの長時間労働の改善を目指し、自動車運転業務の年間の時間外労働時間上限が1176時間から、2024年4月1日以降は960時間になります。また、これまでは時間外労働の給与の割増率が25%だったのに対して、改正後は月60時間を超える分には50%以上に引き上げられます。
けれども、この時間外労働の上限規制によって、「ドライバー収入の減少」「ドライバー不足」「荷主の運賃上昇」が予想され、結果として物流量が低下。2024年度には14%、2030年度には34%の輸送力が不足する可能性があると指摘されています。
これがいわゆる「2024年問題」です。

3.最高速度制限緩和で毎日一時間半短縮
この2024年問題を解決するために、今回政府は政策パッケージを組んだのですけれども、マスコミはその中の、トラックの高速道路での最高速度引き上げを取り上げています。
政策パッケージでは、最高速度の引き上げについて次のように説明されています。
⑥ 高速道路のトラック速度規制の引上げ【警察庁、国交省】このように、トラックの高速道路での最高速度を時速80キロから引き上げることが盛り込まれています。最高速度の引き上げについては、自民党の提言にも盛り込まれていたほか、国民民主党の玉木雄一郎代表は4月、自身のツイッターで80キロから100キロに緩和すれば、東京―大阪間は片道1時間半短縮できると投稿しています。
交通安全の観点から現在 80キロメートル毎時とされている高速自動車国道上の大型貨物自動車の最高速度について、交通事故の発生状況のほか、車両の安全に係る新技術の普及状況などを確認した上で、引き上げる方向で調整する。
玉木代表の80キロから100キロに緩和という数字は適当な思い付きの数字という訳ではなくて、比較的大規模な運送会社で構成される「全国物流ネットワーク協会(会員数63社[正会員 51社 賛助会員 12社」)」が、経済産業省が主宰する「持続可能な物流の実現に向けた検討会」の中で記されているものです。
今年2月、経済産業省が主宰する「持続可能な物流の実現に向けた検討会」の中で、「全国物流ネットワーク協会(会員数63社[正会員 51社 賛助会員 12社」)」が、安全装備を備えた車両の制限速度を100キロに緩和するよう求めた。協会は比較的大規模な運送会社で構成されている。玉木氏の「東京—大阪で1時間半短縮できる」との指摘は、協会が検討会で示した資料に書かれている。
資料では、東京大阪間550kmを最高80km制限では、高速運行時間7時間+休憩0.5時間に一般道走行5時間の計12.5時間であるのが、最高100kmに緩和することで、高速運行時間5.5時間+休憩0.5時間に一般道走行5時間の計11.0時間と一日あたり1.5時間短縮されると試算しています。

4.大型トラック速度規制緩和発言への意見書
この速度制限緩和案について、労働者側からは、批判の声が上がっているようです。
4月16日、労働組合「プレカリアートユニオン」は、玉木代表の発言に対し、「時間外労働の上限規制が適用されるのは、労働者が健康に安全に働けるようにするための施策。危険を冒してでもスピードを上げるのは、本末転倒」などとする意見書を公表しています。
件の意見書の内容は次の通りです。
国民民主党玉木雄一郎代表の「2024年問題」に係る大型トラック速度規制緩和発言への意見書このように、プレカリアートユニオンは、速度制限緩和すると、制動距離が伸びてしまってより危険になること、東京-大阪間を1時間半短縮したても、3割物を多く運べるわけではないことを取り上げ、撤回を要求しています。
国民民主党代表の玉木雄一郎氏が、4月4日に自身のTwitterで、【トラックドライバーの時間外労働に960時間の規制が掛かることで物流のうち3割が運べなくなるという「2024年問題」。その対策の一つとして大型トラックの80km/h規制を100km/hに緩和してはどうでしょうか。東京-大阪間が片道1時間半短縮でもっと物が運べます。車の安全性能も高まっています。】と発言しました。
大型トラックの80km/h規制を100km/hに緩和するのは、危険です。なぜ大型トラックに80km/h規制が存在するかといえば、制動距離が長く、荷物を積んでいれば、さらに制動距離が伸びるからです。
現在、運送業界は、中小零細運送業者が乱立して、過当競争が進んでいます。このトラックドライバーの就労環境は、大変厳しい状況にあります。特に長距離輸送のドライバーは、長時間過重労働を強いられています。
玉木氏は、高速道路の安全を脅かし、トラックドライバーの心身を危険にさらす発言を撤回してください。
私たち現場のドライバーと面談し、トラックドライバーの就労環境について、実態を知ってください。
プレカリアートユニオンは、連合の構成団体である、全国ユニオン(全国コミュニティ・ユニオン連合会)に加盟する、誰でも1人でも加入できる労働組合です。2012年に結成して以降、運送・運輸会社の長時間過重労働を是正し、固定残業代を悪用するなどして残業代を払わない運送会社に未払い残業代を払わせ(長時間労働と残業代不払いは表裏一体の問題です)、ドライバーの賃金から違法に天引きした商品事故の弁償金を取り戻すなどの取り組みをしてきました。
プレカリアートユニオン運送・運輸支部は、中小運送・運輸会社で働くドライバーで作る支部です。
大型トラックの80km/h規制を100km/hに緩和して、東京-大阪間の片道が1時間半短縮したところで、3割物を多く運べるわけではありません。
2024年に運送業にも時間外労働の上限規制が適用されるのは、労働者が健康に安全に働けるようにするための施策であるはずです。にも関わらず、危険を冒してでもスピードを上げるのは、本末転倒です。
3割運べなくなるなら、働く人を3割増やしましょう。人員を確保できるよう、長時間労働は是正し、基本給を上げましょう。ドライバーを危険にさらすのではなく、待遇を改善し、運送業界の過当競争を抑制し、物流業界の体質を変えながら、「2024年問題」をともに乗り越えるよう、要請します。
速度制限緩和については、先述の全国物流ネットワーク協会の提言でも「安全装備を備えた車両」と条件がついています。この安全装備とやらが、制動距離に対してどのような効果があるかを明示できない限り、プレカリアートユニオンが提示する懸念は払拭できないことになります。
そもそも、事業用自動車が第1当事者(過失割合が重い側)となる死亡事故では、大型トラックが最も多いのが現実です。安全面に加え、環境への配慮から大型トラックの速度は制限されてきた歴史があります。実際、2003年には、時速90キロ以上出ないスピードリミッターを搭載することが義務化されています。
自動車評論家の国沢光宏氏は「制限速度を20キロ上げても、前に車がいることもある。それほど時間は短縮できない。一度、走ってみたら分かる」と指摘。速度を上げれば燃費が悪くなるため、二酸化炭素(CO2)削減を目指す流れにも逆行するとして、「労働時間を短縮できても、燃料費が上がるためコストの削減にはならない。安全と環境にもマイナスで、いいことは一つもない。労働に制限がある中で何とかしたいということなのだろうが、短絡的な考え。社会の流れに全く反している」とコメントしています。
こうした現場の感覚や声をしっかり聴く必要もあるのではないかと思います。

5.ダブル連結トラック
仮に、東京大阪感の走行時間を12.5時間から11時間へと短縮しても12%程度の削減であり、3割には届きません。予測される輸送力不足の2024年度に14%はなんとかなったとしても、2030年度の34%不足をカバーするのは全然無理です。
ただ、単位時間当たり物流量を増やすためには、走行時間を短くする以外に、一回あたりの輸送量を増やすことでも達成できます。それもトラックの積載量を増やすなど、リスクを増やさずに実現する方法があります。トラックの連結です。
冒頭に取り上げた政府の「物流革新に向けた政策パッケージ」には、先の制限速度の緩和以外に「ダブル連結トラックの導入促進」というのが提言されています。
提言では次のように説明されています。
⑨ ダブル連結トラックの導入促進【国交省】「ダブル連結トラック」とは、その名のとおり、トラックのカーゴを2つくっつけたトレーラーのような見た目のトラックです。
1 台で通常の大型トラック 2 台分の輸送が可能な「ダブル連結トラック」の導入を図り、トラック輸送の省人化を促進する。ダブル連結トラックの普及に向けた取組みとして、運行状況や事業者のニーズを踏まえ、運行路線の拡充等に向けて調整するとともに、ダブル連結トラックに対応した駐車マスを整備する。
また、ダブル連結トラックの積載率向上を図るため、高速道路IC近傍に立地した物流拠点施設の整備を促進する。
国土交通省は、トラック輸送の省人化を推進するため2016年9月に「ダブル連結トラック実験協議会」を発足。特車通行許可の「車両の長さ」の基準を従来の21mから25mまで緩和するとともに、「ダブル連結トラック」の実用化に向けた実証実験を開始しました。
ダブル連結トラックの実証実験は新東名高速道路を中心に運送会社参加のもと行なわれ、約2年の実験期間を経て、安全性が確認できたことから2019年1月に特車通行許可の車両長の基準を緩和し、ダブル連結トラックの本格的な運行が始まりました。
2019年3月には、別々の運送会社の牽引車と被牽引車を組み合わせて運行する共同輸送がスタート。2社の荷物を1名のドライバーで輸送することが可能になりました。
また、それまでダブル連結トラックが走行できる、新東名高速道路の対象路線を海老名JCT〜豊田JCTまでの間から、2019年8月に対象路線を東北自動車道の一部、圏央道、東名高速道路、名神高速道路、新名神高速道路、山陽自動車道のすべてと、九州自動車道の一部まで拡大しています。
そして、昨年11月、国土交通省は更に対象路線を従来の2050kmから5140kmまで拡大。北陸や四国、首都圏などほとんどの高速道路を対象路線としています。

6.ハイウェイトレイン
2台のトラックを連結すれば一人で2台分の荷物が運べるとなれば、3台、4台と連結すればもっと運べることになります。もちろん、そんな長いトラックを作ったところで、一般道を走れる筈もないのですけれども、何両も連結したトラックは、もはやトラックではなく列車なのだと考えると、また別の発想がでてきます。
もう20年近くになりますけれども、筆者は2009年12月10日に「ハイウェイトレイン構想」というエントリーをしたことがあります。
これは、端的にいえば、高速道路の中央分離帯に物流専用の新幹線を走らせるという構想です。
運行ルートは、東京-名古屋-大阪の約600キロ。主要ターミナルは、東京、名古屋、大阪に設置。軌道は複線、サードレールによる集電方式となっています。駆動方式は、電車と同様に動力分散駆動で、急勾配区間は、リニアモータによる支援システムを採用。運行システムは、中央指令センターで全線一括制御による自動・無人運転方式となっています。
列車編成は5両1ユニットを複数連結し、一列車あたり10トントラック40台分になる最大25両程度。一日当りの輸送力は最大約20万トントラック2万台分にも及びます。
列車は、1トンの貨物を1キロ輸送するのに必要となるエネルギー量は、トラックの約1/7とされ、エネルギー消費量は、軽油換算で年間約18億リットル削減。金額換算すると約2000億円になると試算されています。
トラックドライバーは長距離の運転業務から解放され、1人当たりの年間平均残業時間が約33時間削減されるとのことですから、働き方改革で、自動車運転業務の年間の時間外労働時間上限引き下げにも多少なりとも寄与することになります。
建設費などの総費用は当時で約2兆円とのことでしたけれども、22年度税収が過去最高ペースで伸びていることを考えると、2兆円の捻出など難しい話とも思えません。
どこかの静岡の知事が東海リニア新幹線を作らせないと頑張っていますけれども、その足元で、東名高速の中央分離帯にリニア貨物新幹線を走らせて、実績を作ってしまうことも考えてもよいかもしれませんね。

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