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1.NATO東京事務所設置に反対したマクロン
6月5日、イギリスのフィナンシャル・タイムズは、フランスのマクロン大統領が北大西洋条約機構(NATO)の東京連絡事務所開設に反対したと伝えました。
NATOが東京に連絡事務所を設置することを計画していることについては、5月8日のエントリー「予防と国防」で触れたことがありますけれども、NATOと日本は2024年中に東京に連絡事務所を設置する方向で調整を進めていました。その狙いは中国の軍事的な台頭を念頭に日本などアジア太平洋地域との連携を強めることにあります。
マクロン大統領は、最近ある会議でNATOの東京連絡事務所開設に反対の立場を明らかにしながら、NATOの地理的拡張が「大きな失敗になるだろう」と主張。匿名のフランス当局者も「NATOの法令第5条、第6条いずれもその範囲を北大西洋と明確に制限している……NATOがこの地域の状況を把握しなければならない場合、連絡窓口に指定された大使館を利用すれば良い」と反対の意思を明らかにし、北大西洋地域以外の国にまで連絡事務所を開設するのはNATOを主要地域である北大西洋から遠ざけさせるものだと説明しています。
また、フランスのセトン駐日大使は日本経済新聞の取材に「NATOの東京事務所開設には賛同しかねる」と述べ、インド太平洋地域はNATOの管轄外だと指摘したうえで「中国やどちらかに肩入れしたくないアジアのパートナー国に間違ったメッセージを送らないようにすべきだ」と話しています。
フランス当局者や駐日大使が揃って、東京はNATOの管轄外だと同じことをいっているところをみると、これはフランスの意思とみてよいかと思います。
その背景には、中国との関係が悪化すれば外交・貿易の両面でフランスが不利益を被るとの懸念があるとみられています。
日本の林芳正外相は記者会見で「NATO内で種々の検討が進められている。予断をもって答えることは差し控えたい」と発言していますけれども、フランスが拒み続ければ計画は中止となる可能性があります。
2.計画頓挫の可能性
6月7日、ジャーナリストの佐々木俊尚が6月7日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演し、このマクロン発言について解説しています。
その模様は次の通りです。
飯田)NATO東京事務所の開設が実現すれば、アジア初の連絡事務所になるそうですが。佐々木氏は、マクロン大統領に苦言を呈しつつ「NATOでは、連絡事務所をつくるにも全会一致の賛成が必要なので、フランスが反対するとできなくなってしまう」と指摘しています。もし、このままフランスが態度を変えなければ、連絡事務所計画は潰れてしまうことになります。
佐々木)NATOでは、連絡事務所をつくるにも全会一致の賛成が必要なので、フランスが反対するとできなくなってしまうのです。「この人は困ったものだ」と思います。
飯田)「また逆走したかな」というね。
佐々木)4月は中国へ行って習近平氏と会談し、台湾情勢に関して「ヨーロッパは米中に追随しない方がいい」というような発言をしました。西側諸国は「何を言っているのだ」とみんなイライラしていましたが、またかという感じです。
飯田)その間にG7広島サミットがありましたが。
佐々木)そのときは何も言わなかったくせに。
飯田)「言うのなら、そこで言え」と思いますよね。直前にNATOの事務総長などが「東京事務所をつくる」という話をしていました。
佐々木)ドイツやヨーロッパの西側諸国はこぞってウクライナ支援に賛同していて、台湾情勢に関しても、アメリカ・日本と同調して向き合っていこうという方向です。でもフランス人はへそ曲がりなので、「お前らは勝手にやれよ。俺は中国と仲よくするから」という感じですよね。
飯田)飛行機も売りましたし。
佐々木)気持ちはわからないでもないけれど、もう少しグローバルな国際情勢を考えて欲しいですね。
佐々木)NATOと日本の関係に何の意味があるかと言うと、日本は第2次安倍政権のころから、「自由で開かれたインド太平洋」戦略をスタートさせた。日本から東南アジアを経てインドに至るまでの広いエリアを、1つの西側諸国のつながりとして捉えようという考え方を提案しています。
飯田)FOIPですね。
佐々木)そうは言っても、ロシアによるウクライナ侵攻が起き、インド太平洋だけでは西側の自由な国々を守れないので、日本はウクライナ問題に積極的にコミットしていくことになった。
飯田)日本も。
佐々木)一方では、ヨーロッパの国にも台湾情勢をきちんと見て欲しい。実際、イギリスはこちらに艦船を派遣しました。
飯田)空母打撃群を。
佐々木)ヨーロッパの北大西洋と、自由で開かれたインド太平洋を一列につなげて、世界的に広がる西側諸国の連帯するネットワークをつくろうというのが今回の狙いです。
飯田)「フランスがそういう態度なのであれば、我々はウクライナのことは知らない。我々もエネルギーが欲しいから、ロシアとだって仲よくするぞ」というようなことを言ったら、「あなたたちは怒るでしょう」と思いますよね。
佐々木)アメリカも不快感を示しているようで、「そんなに言うのなら、ウクライナ侵攻に関してはヨーロッパでやったら?」という話が少し出てきているようです。
飯田)フランスさんはずいぶん自信がおありなようですから、と。
佐々木)アメリカは「我々はウクライナまで行く必要はないわけだから」ということになってしまいます。
飯田)日本としては歓迎ですよね。アメリカがウクライナとの二正面ではなく、アジア正面でやってくれるのであれば。
佐々木)「ウクライナに武器を送らず、台湾を守る方に使ってください」ということになります。でも、そんなことを言い出したら分断が進むだけだから、「西側諸国全体で団結してロシア・中国と向き合っていきましょう」というのが今回の合意です。マクロンさんも何とかして欲しいです。
3.俺達は俺達でやっていきたいんだ
NATO連絡事務所計画が潰れてしまうことについて、ジャーナリストの長谷川幸洋氏も同じ主旨を自身の動画で発言しています。その概要の一部を抜き出すと次の通りです。
・NATO北大西洋条約機構が東京に事務所を開きたいという話が水面下で進んでた。長谷川氏はマクロン発言は二度目の裏切りだとし、その影響は大きいと指摘しています。
・日本政府も認めてますからこの計画がもうほとんど決まったのかなと期待していたら、マクロン大統領が俺は反対だと言い始めた。
・マクロン大統領は、NATOの活動範囲を拡大すれば我々は大きな過ちを犯すことになると発言。
・意図は明白で中国を刺激したくないっていうこと。中国を気分悪くさせるから俺はNATOの拡大で広げてアジアを守るって話じゃないけど東京に事務所を開設すればそれは中国がNATOがアジアに広がってきたということだろっていう風に、中国を刺激するから俺は反対だといった。
・マクロンさんはですねこの4月にも似たようなこと言ってた。要するにアメリカと中国の喧嘩に巻き込まれたくない。アメリカと中国の喧嘩対立に巻き込まれるのは欧州にとって最悪の選択だということを言った。
・彼はこれを北京を訪問して間に北京から広州までジェット機で飛んでったとき、アメリカとフランスのメディアの記者を同乗させて喋った。
・完全な当時から中国に対するリップサービスだった。しかし今度は、東京にNATOが事務所を開く。これは現実の実態の動きでしょ。
・自分の思いを語ったって話とは全くレベルが違う。政策のレベルの話をした。1歩も2歩も数段レベルの高い話を今回した。
・NATOは全会一致が原則。生き死にが掛かっているから。多数決なんてやらない。
・だからフランスが反対って言ったらこの東京事務所の話はもうおじゃんです。決まりません。
・フランスは中国に甘い顔を見せて、俺たちは中国とは敵対するつもりありませんよってことを言ったも同然。
・これはマクロンの裏切り第二弾。このマクロンの裏切りは影響が大きいと思います。
・サミットもあったりして、フランス外務省はいや私たちは一団結してウクライナキーのために一緒にやりましょう。東京の岸田総理も含めてみんなで一緒にやりましょうみたいなこと一応一生懸命したから、一応ちょっと修復したかのように見えたけども今回はまたそれをひっくり返した。
・5月31日、スロバキアの首都、ブラチスラバで開かれた安全保障に関する会議「GLOBSEC」で、マクロン大統領は、「我々はヨーロッパの安全を保障をアメリカの有権者の手に委ねることはできません」といった。
・そこまで言うかともうびっくりだね。アメリカの専門家もびっくりしました。
・この発言を聞いてエンマー・アシュフォードさんっていうリアリストの専門家もマクロン発言に怒っている。
・その直後に今回の話。NATO東京事務所を開設反対で、これで3つあるわけですよ発言がね。最初の紹介した中国での発言と今回とこの国際会議の発言。
・この3つ、これだけ揃えばマクロンの意図はもうはっきりした。
・俺たちは俺たちでやっていきたいんだでもNATOから出て行かないってことは、アメリカの安全保障はちょうだいねっていうことなんです。虫が良すぎるでしょ。
更に長谷川氏は、5月31日の安全保障会議でマクロン大統領が、ヨーロッパの安全保障をアメリカに委ねることは出来ないと発言して皆を吃驚させたと述べていますけれども、マクロン大統領はもっと前からその種の発言をしています。
2018年8月27日、マクロン大統領は、パリの大統領府で各国に駐在するフランスの大使を集め、今後の外交方針について演説を行ったのですけれども、その中で「ヨーロッパはもはや安全保障をアメリカに頼ることはできない。ヨーロッパの安全を守るのはわれわれ自身だ……ロシアを含め、ヨーロッパ各国とともに安全保障の在り方を徹底的に再検討したい」と述べています。
この時は、当時のアメリカのトランプ大統領が、国防費の支出が不公平だとヨーロッパ各国を強く批判するなど双方の亀裂が表面化していた時期だったこともあり、マクロン大統領の発言は、安全保障面でアメリカとの関係がぎくしゃくする中、EU内部の結束を強化したかったのではないか、と論評されていたのですけれども、今にしてみれば、この時から「俺たちは俺たちでやっていきたいんだ」的な考えを持っていたのではないかと思えます。
4.マクロン流安全保障政策の論理
けれども、長谷川氏が指摘しているように「俺たちは俺たちでやっていきたいんだ」といっておきながらNATOから出ていきもせず、アメリカの安全保障をねだるというのは確かに虫のよい話に聞こえます。
この「虫のいい」考えは、マクロン大統領独自の考えなのか。
これについて、東京大学大学院法学政治学研究科教授の遠藤乾氏が、「フランスとウクライナ戦争 ―マクロン流安全保障政策の論理―」という論文を発表しています。
遠藤教授は、マクロン大統領の安全保障政策は分かりにくいとし、なぜ分かりにくいのかを考察しています。件の論文の概要は次の通りです。
1 問題の所在遠藤教授によると、フランスは過去の経験から「アングロサクソンの同盟国に対する根深い不信」を持っており、それゆえ「戦略的自律」を外交方針としていると説明しています。
・2022年2月末に始まったウクライナ戦争は、他の多くの国同様、フランスをも揺るがした。それは当然、エマニュエル・マクロン大統領の再選がかかった同年4月の仏大統領選挙でも主要争点となった。
・ここでは、マクロン大統領の政治指導に的を絞り、ウクライナ戦争によってフランスの安全保障政策の何が変化し、あるいはしなかったのか、検討する。
・侵略を受けたウクライナは別として、英米のように対露強硬スタンスが比較的はっきりとしている国と比べ、フランスのそれはときに英米同様で、しかしときに親露的で曖昧に映り、結果的に分かりにくいということがあげられる。
・なぜ分かりにくくなるのか、その底流にある論理は何なのか、考えてみたい。
2 フランス外交安全保障の執拗低音―戦略的自律、大国主義、欧州主義
・「同盟国も他国だ」。大戦期レジスタンスの象徴で、のちの第5共和制の創始者、初代大統領のド・ゴール将軍の言葉とされる。この同盟国不信には、戦時期の歴史的経験がある。
・「1940年の衝撃」と呼ばれるフランスの対独敗北、降伏、休戦協定は、それ自体フランスにとって、国家滅亡、分裂の悲劇だった。
・メール・セル・ケビール事件(1940年 7 月初頭、直前まで同盟国であったイギリスの軍による攻撃で、1295名が戦死するという痛ましい事件)は、深い傷となって指導者の心に刻まれた。
・ナチス・ドイツ占領下もしくは同胞となったフランスを兵士とともに攻撃した冷徹なチャーチル政権下のイギリスに、一定の「背信」をフランスは見出していた。
・ロンドンからのちにアルジェに移り統一亡命政権の事実上の長となったド・ゴール将軍に対して、F・D・ローズヴェルト米大統領は容赦ない憎悪の視線を送っていた。
・こうした経験が、アングロサクソンの同盟国に対する根深い不信につながっている。
・戦後のフランスは、そうした屈辱の歴史を背に、歴史的に自らが当然視する大国の地位の確保に執心してきた。国連安保理の議席、核武装、植民地(ないしそのネットワーク)の維持である。
・これらの政策資源をつうじて、世界に伍す大国たろうと努めてきたのである。
・フランス主導でのヨーロッパ諸国の糾合は、一国で保全できない影響力を確保するプラットフォームづくりに他ならない。仏流欧州主義は、こうして大国主義とも軌を一にする。
・このフランスの生き方は、しばしば戦略的自律という概念にまとめうる。それは、戦後長らくフランスの外交安全保障の基本線であった。
・戦略的自律とは「主要戦略分野における固有の資源を使い、あるいは必要で望ましい時にはパートナー国と協力しつつ、自律的なやり方で行為する能力」と定義される。
・ここでいわれる「固有の資源」の最たるものが核兵器である。
・核兵器に関するフランスの思考法は、以下の三層にまたがって発展してきた。
・一つは、自国が攻撃されたときに核による反撃の可能性をもつことで、潜在的な敵国の攻撃意志を制約すること。
・二つ目は、それを欧州次元に広げること。隣国が(核)攻撃されたときに、フランスが(ロシアを除いて大陸で唯一のものである)核兵器で反撃するかもしれないと思わせることで、ヨーロッパでの指導力を担保し、ここでも潜在的な敵国への攻撃意志を抑制する意図が語られる。
・三つ目は、同盟国(つまりアメリカ)管理の道具であり、米ソ(露)の相互核抑止が完遂されるためにフランスが核武装する
・フランスは「拡大抑止」という概念を信頼しない。他国を守るために自国が核攻撃を受けるかもしれないなかで、その自国が他国のために核を使う構えを見せ続けられるのか、疑っている。
・隣国に関するフランスの核の意味も、欧州次元があるという言い方にとどめ、フランスが拡大抑止を特定国に提供するとは明言しない。
・アメリカは同盟国に核の傘を提供するとしている。対するフランスは、独自核の引き金をもつことで、みずからの国家意思を、核の傘の盟主に尊重させようとする。
・フランスが核で何を最終的にするのかは主権マターであることが、同盟国をすら不明・不安にさせる。それがテコになり、交渉力となる。
・フランスが核攻撃で圧倒されそうになったとき、アメリカがその攻撃国にきちんと反撃するよう担保させる、というのがフランス側の論理なのである。
・戦略的自律、大国主義、欧州主義がフランスの外交安保を貫く主旋律をなす。
3 フランスとロシア――ヨーロッパ国家としてのロシア
・第一に理解すべきは、フランスの目から見てロシアは、同じ大陸を共有しているヨーロッパの国家だということである。
・キッシンジャーが記述するように、「ロシアに関するすべて――絶対主義、大きさ、全世界におよぶ野望と不安定さ――は当初から、釣り合いと均整の上に築かれたヨーロッパの昔ながらの国際秩序の概念に対する脅威」でもあり、「畏怖と不安の目」で見つめる対象だった。
・したがって、17世紀にシュリー伯が「大構想」を打ち出したとき、トルコとともにロシアは警戒の対象であり、その構想から排除されていた。
・しかし、フランスの国際政治構想の多くにロシアが含まれていたのも事実である。18世紀のサン・ピエール師による「永久平和論」はその典型例である。
・20世紀になっても、ド・ゴール大統領が打ち出した「大西洋からウラルまで」の汎欧州秩序構想は、まさにロシアと東欧圏を含む空間を指さし、そこでの安定を自国の戦略的自律に活かそうと試みたものであり、彼による冷戦期のモスクワ訪問はアメリカへのメッセージにもなっていた。
・冷戦の終焉とともにミッテラン大統領が打ち出した欧州国家連合構想もまた、ソ連/ロシアを含むものだった。
・ロシアのロマノフ王朝の宮廷言語はながらくフランス語であり、日露戦争後のポーツマス講和会議で代表を務めたのは、フランス語が堪能なウィッテだった。ロシア革命とその後の戦乱の中で、ロシアの貴族の多くが逃れたのはパリだった。
・双方向の関係を示す典型がシベリア鉄道だろう。その建設に関わったフランスの関係者も多く、資金は主にフランスで調達された。その呼び水となったのは、周知のように、双方ともに興隆するドイツを意識しつつ19世紀末に締結した露仏同盟であった。
・21世紀になっても、基幹的な政策においてフランスはロシアと密な関係を結んでいる。化石燃料の資源をもたないフランスが原発にエネルギー源を求めてきたことはよく知られているが、その原発廃棄物の大口の引き受け手は、ほかならぬロシアであった。
・かの国は、エネルギーというフランス国家の生存がかかる国策の不可欠なパートナーとなっている。この関係が、ウクライナ侵攻でキャンセルされた気配はない。
・フランスの親露傾向は、ドイツや英米に対する一定の留保と無関係ではないと思われるが、注目すべきはその国内政治的基盤である。直近の二回の大統領選における主要候補を見ると、Marine Le Pen、François Fillon、JeanLuc Mélanchon、Éric Zemmour といった極左から極右までの人物はみな、ながらくロシアへの親近感を隠そうとしなかった。
・もちろん、侵攻後は、程度の差はあれ、プーチンの蛮行からは距離を置いたが、Fillonはガスプロムの重役の地位を放棄するのに数か月を要した。
・Mélanchonは侵攻後も、軍事的な転回を迎えるドイツへの警戒心を優先させているように見え、Zemmourはロシアとの同盟がアングロサクソンによって挫かれてきたという歴史観を披露した。
・Le Pen 女史は、2017年の選挙の際、プーチン氏から資金調達を受けたことが明らかになっている。
・2022年の選挙時、再度決選投票で彼女と対峙したマクロン大統領は、「あなたがロシアの指導者に話すとき、外国の指導者と話しているのではなく、(融資する)銀行家と話しているのだ」と痛烈に揶揄したのは公開討論の一つのハイライトであった。
・そのマクロンも若かりし 頃 、2002年の大統領選挙では左翼ゴーリストのJean-PierreChevènement に投票したが、同候補はプーチン氏から勲章を受け取るほどの親露派であった。親露姿勢ゆえの投票ではないとはいえ、それへの許容度がうかがい知れる。
・大統領になってからのマクロンは、クリミア併合やドンバスへの介入を機に悪化した対露関係をリセットしようと努めた。たとえば、当選直後の2017年5月にはプーチン氏をヴェルサイユ宮に招聘し、みなを驚かせた。のみならず、2018年の第一次世界大戦終結100周年記念式典にも、トランプ氏とともにプーチン氏を招聘した。さらに、2019年夏、プーチン氏を南仏の仏大統領専用保養地ブレガンソン城塞に招きいれ、「 (ロシアは)ヨーロッパの価値観にふさわしい、ヨーロッパの国だ」と持ち上げた
・この背後にあるのは、ロシアと同じ大陸を共有しており、その安定なくしてヨーロッパやフランスの安全は保障されず、その戦略的自律もままならないという強い確信があるものと思われる。
・マクロン大統領は、2019年、みずから議長を務めた G7ビアリッツ首脳会談後、フランスの大使たちを前に、「ロシアをヨーロッパから押しやるのは深淵なる戦略的錯誤だ。(中略)ヨーロッパ大陸は、ロシアとの関係を和らげ、明瞭にすることなく決して安定しないし、安全にならない」と説いた。ウクライナの戦況が膠着状態に陥っていた22年12月、シリア訪問からの帰路にもまた、アメリカがヨーロッパへの関心を失う可能性に触れた後、「ロシアとの漸進的な信頼醸成なくして、ヨーロッパの市民による防衛安保プロジェクトはありえない」としている。
・マクロン大統領の国際構想は、独仏を中核としたEUを統合した先の「ヨーロッパ主権」のもとにおけるフランスの戦略的自律性と世界的影響力の強化が中心にある。
・ヨーロッパの次に視野に入るのはもちろん大西洋同盟だが、対米自立も並行して追求されるべきアジェンダである。
・そのなかで、ロシアはもともと不可欠のピースであった。だから関係改善の模索がなされたのである。
・ちなみに、独仏、ヨーロッパ(EU)、大西洋共同体の順で優先順位があるのだが、その先はアフリカや中東などの旧植民地とそのネットワーク、さらにインド太平洋が続くと思われる。
・フランスの戦略的自律、ヨーロッパ統合、そして大西洋主義ないしNATOのあいだには独特の調和・緊張関係が埋め込まれており、たんにフランスがEUの枠を利用して対米自立を図っているとだけ解釈すると根本を間違うことにもなりかねない。というのも、とくに対独(+対露)抑制においてフランスはアメリカの力とNATOの枠に依っているのであり、その枠で初めて自律性を追求できるという側面もあるからである。
・それを、英国の国際政治学者ウィリアム・ウォレスは「フランスの独立(independence)はアメリカとの相互依存(interdependence)に依っている(depends upon)」と修辞した。
・また、フランスがEUを自国の戦略的自律のためのプラットフォームに利用しようとしても、そこには緊張がはらむ。というのも、全てのヨーロッパ大陸国がフランスのように独自核をもち、自力で独立を維持・確保できるわけではなく、その点バルト三国やポーランドをはじめ多くの国がアメリカとNATOに頼っているからである。
・したがって軍事安全保障分野でフランスがEU統合を強要すると、そうした国が離反しアメリカについてしまう、つまり統合でなく分裂に寄与してしまうという限界がそこに見てとれるのである。
4 マクロンとロシア=ウクライナ戦争
・戦争前夜、マクロン大統領はときに単独で、ときにシュルツ独首相と一緒に、プーチン露大統領の説得に奔走した。
・2022年1月に入ると、フランスは半年で輪番となるEUの議長国となり、マクロン氏の外交はフランス独自の行動にヨーロッパの帽子をかぶせるような形をとった。1月28日に電話会談を経て、2月8日にはモスクワにて5時間に及ぶ対面首脳会談を実施し、その直後にはキーウに飛び仏宇首脳会談に臨んだ。「仲介」に奔走したマクロン大統領は、「目的を達成した」とし、全ての関係国にとっての「具体的な安全の保証措置」を協議したと説明。仏大統領府によれば、両首脳はウクライナ国境付近で新たな軍事行動を起こさないことで合意」したとした。
・しかし、この最後の点は露大統領府によって直後に否定され、また報道リークによりフランスがウクライナの「フィンランド化」を提案したと伝えられ、批判も相次いだ。おそらく、ウクライナのNATO早期加盟を排除したうえで、ロシアに一定の発言権を黙認する中でのウクライナの主権・独立維持を模索したのだと思われる。
・4月下旬の大統領選で再選されたマクロン氏は、対露外交を再開した。5月28日に電話会談した後、6月4日にマクロン大統領は「戦いが止まった日には外交を通じて出口が築けるよう、私たちはロシアに屈辱を与えてはならない」「仲介者になるのがフランスの役割だと確信している」「自ら孤立するのはともかく、そこから抜けだすのは難しい」「国民と自分自身と歴史にとって、歴史的で根本的な間違いをしたと、本人に伝えた」と述べた。
・忘れてはならないのは、並行してフランスは、ロシアの侵略を強い言葉で非難し、ロシアへの制裁をEU議長国として主導し、軍事を含めたウクライナ支援も行ってきているということである。
・最後の支援について、コミットメントベースで EU予算をつうじてのものを含めると、総支援額は米独に次いで第三位の規模となっており、わずかに英国を上回る。
・軍事に絞ると総額で9位となり、北欧諸国をも下回るが、それでも対空砲、榴弾砲、対艦ミサイルなどを供与し、軽戦車を最初に提供した国でもある。
・また侵攻直後から3000ほどの仏兵士をルーマニアに派遣し、2000ほどのウクライナの兵士を訓練してきた。
・2014年から2020年までの武器輸出は16億ユーロを超え、最大規模となっている。22年12月には、パリでウクライナ支援のための国際会議を主宰し、継続して支えていくことを確約している。
おわりに
・2022年末にマクロン氏が明らかにしたフランスとウクライナ戦争とのかかわりは以下である。
①停戦・休戦タームはウクライナが決める、
②宇・露安保:まずはウクライナの勝利、領土的一体性、長期的安全保障、その次にロシアの安全の保証、
③まずは2022年 2月24日以前に戻すこと。
・これらは西側主要国と大差ないが、ウクライナの安全の保証のさきに、ロシアのそれをおいているのがマクロン氏らしい。
・その意図は、すでに詳述したように、同じヨーロッパ大陸国家としてのロシアとの関係を安定させなければ、フランスやヨーロッパの自前の安全や戦略的自律のめどが立たないというものである。
・ロシアは「敗北」しなければならないが、「壊滅」は望んでいないのである。フランスはその最後の点で戦前戦後を通じ一貫している。
・しかし、現在のロシアの蛮行を許すわけでもなく、他の同盟国同様、ロシアを「脅威」と位置付けた。
・マクロン氏の外交努力は破れ、侵攻後は、長期目標でのロシアの包摂を掲げつつ、対露制裁と対宇支援をステップアップしてきた。ここに、継続と断絶の双方を見出すことができる。
そして、その「戦略的自律」の代表的なものが「核兵器保有」である一方、核による「拡大抑止」を信頼せず、アメリカにしっかりと「核抑止」させるために、フランスは核を保有しているだけだというのですね。
なんだか「ドラえもん」でいうところのジャイアンをけしかけるスネ夫のような立ち位置に見えなくもありません。
遠藤教授の論説に従えば、マクロン大統領はロシアとヨーロッパの関係を安定させなければ、フランスやヨーロッパの安全や戦略的自律のめどが立たない、と考え、そのために行動していることになります。
遠藤教授は現時点で「マクロン氏の外交努力は破れている」と指摘していますけれども、もしもマクロン大統領が、それでもロシアを諦めていないのであれば、中国を極力刺激せず、むしろ中国を使ってでもロシアを落ち着かせようとしていると見ることも出来るかもしれません。
もしそうだとすれば、今回のNATOの東京連絡事務所開設反対の決意は固く、容易に揺らぐことはないように思われます。米英含めて今後の動きに注目したいと思います。
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