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1.習近平とブリンケン
6月19日、中国を訪れているアメリカのブリンケン国務長官は、北京で外交を統括する王毅政治局委員と会談したのに続き、習近平国家主席と会談を行いました。
会談冒頭のやりとりはアメリカ国務省のサイトによると次の通りです。
習近平主席: (通訳経由) 長官、中国へようこそ。王毅局長と秦剛国務委員はあなたと長時間にわたって会談しており、一般的に双方は率直な(聞き取れない)議論を行ってきた。中国側は我々の決定を明確にし、双方はバイデン大統領と私がバリ島で達した共通認識を貫くことで合意した。両国はまた、いくつかの特定の問題についても進展し、合意に達した。これはすごくよいことだ。そして、会談内容について、広報担当者のマシュー・ミラー氏が次のように発表しています。
やり取りは常に相互尊重と誠実さに基づいている必要があると言っても過言ではない。長官、今回の訪問を通じて中米関係の安定化にさらに積極的に貢献してくれることを期待する。
ブリンケン長官: 大統領、本日はお迎えいただきありがとうございます。バイデン大統領は、米国と中国には我々の関係を管理する義務と責任があると信じているため、私に北京への旅行を依頼しました。米国はそうすることに全力を尽くしています。それは米国の利益であり、中国の利益であり、世界の利益でもあります。
ここ数日間、私は秦剛国務委員や王毅局長と率直で建設的な会話をしてきました。私たちは二国間問題と世界的問題の両方を幅広く取り上げました。今後の方向性について話し合うこの機会に感謝いたします。ありがとう。
アントニー・J・ブリンケン国務長官は6月18日から19日にかけて、習近平国家主席、中国共産党中央外交弁公室の王毅主任、秦剛国務委員兼外相と会談するため中華人民共和国北京を訪問した。けれども、議論は行ったものの、合意できたことは「相互訪問を予定する」ことくらいで、なにか米中関係に特段の進展があったとはいえません。
双方は、二国間関係における重要な優先事項や世界的・地域的なさまざまな問題について、率直かつ実質的かつ建設的な議論を行った。長官は、誤算のリスクを軽減するために、あらゆる問題にわたってオープンなコミュニケーションチャンネルを維持することの重要性を強調した。同氏は、我々は精力的に競争する一方、関係が紛争にならないよう、米国は責任を持ってその競争を管理すると明言した。同長官は、米国は引き続き外交を活用して、懸念分野だけでなく、両国の利益が一致する協力の可能性のある分野を提起していくつもりであると強調した。
双方は、バリ島でバイデン大統領と習主席が協議したように、二国間関係の指針となる原則の策定について協議を継続することで合意した。首脳はまた、二国間関係における特定の問題に対処するための継続的な努力を歓迎し、共同作業部会を通じたものを含め、さらなる進展を奨励した。双方は、米国と中国の国民の間の絆の重要性に留意し、学生、学者、企業間の人的交流の強化を歓迎した。これには、両国間の直行便の便数を増やす努力も含まれる。
ブリンケン長官は、中国で不当に拘束されたり出国禁止措置を受けたりしている米国民の事件を解決することが米国にとって引き続き優先事項であると強調した。同氏は、フェンタニル危機を煽る合成麻薬とその前駆体化学物質の米国への世界的な流入を阻止するために協力することの重要性を強調した。
同長官は、中国の不公平かつ非市場的な経済慣行と米国企業に対する最近の行動について言及した。同氏は米国のリスク回避政策と政権が行ってきた歴史的な国内投資について論じた。同長官は、新疆、チベット、香港における中国の人権侵害と、懸念される個別の事例について懸念を表明した。同氏は、米国は常に我が国の価値観を擁護すると強調した。
同長官は、台湾海峡全体の平和と安定を維持することの重要性を強調し、台湾関係法、3つの共同声明、6つの保証に基づく米国の「1つの中国」政策に変更はないことを繰り返した。
双方は、ロシアのウクライナ侵略戦争、北朝鮮の挑発行為、キューバにおける中国の諜報活動に対する米国の懸念など、世界的および地域的な安全保障問題の範囲について話し合った。同長官は、米国が同盟国やパートナーと協力して、自由で開かれ、ルールに基づいた国際秩序を守る世界というビジョンを推進することを明らかにした。
双方は、気候変動、世界的なマクロ経済の安定、食糧安全保障、公衆衛生、麻薬対策などの共通の国境を越えた課題に対処するために米中が協力すべきであることを強調した。長官は、これらの分野およびその他の分野について両国政府間の更なる交流を奨励し、それが世界が我々に期待していることである。
双方は、オープンなコミュニケーションラインを継続するために、ワシントンと北京での上級幹部の関与に引き続き合意した。長官は議論を継続するために秦国務委員兼外相をワシントンに招待し、双方は相互に適切な時期に相互訪問を予定することで合意した。
会談後の記者会見で、ブリンケン長官は「アメリカと中国には両国の関係を責任をもって管理する義務があり、そうすることがアメリカと中国、そして世界の最善の利益になる……私は北京にハイレベルの意思疎通のチャンネルを強化し、意見の異なる分野での反対意見を明確にするために来た。また、互いの利益が一致し、協力できる可能性のある分野のために来た……ここ北京で、習近平国家主席と重要な会話を交わした。また、王毅政治局委員らとも率直で実直かつ建設的な議論を行った。もてなしに感謝している」と述べた上で「アメリカと中国が大いに、そして激しく意見を異にしている問題は多くある……私たちは常に、アメリカ国民の利益を増進するために最善の行動を取るつもりだ。しかし、アメリカには外交を通じて複雑で重大な関係をうまく扱ってきた長い歴史がある。これは両国の責任だ。そして、これは両国の利益と世界の利益になる」と述べていますけれども、米中間に意見対立があることを認めています。
2.格下扱いされたブリンケン
今回の会談は、2月のスパイ気球事件で延期されていたブリンケン国務長官の訪中を再調整してようやく行われたものです。けれども、中国側はブリンケン長官を露骨に冷遇したと話題になっています。
6月18日、北京の空港に降り立ったブリンケン国務長官を出迎えたのは、中国外務省のヤン・タオ北米・オセアニア局長とアメリカのニコラス・バーンズ駐中国大使だけ。ブリンケン長官を歓迎するはずのレッドカーペットもありませんでした。
この出迎えについて、中国出身の人権活動家ジェニファー・ツェン氏は、「空港でブリンケンを迎えたのは、アメリカの大使と共産党ではかなり下のレベルの中国外務省ヤン・タオ北米・オセアニア局長だけだった。レッドカーペットもない。歓迎の群衆も、鼓ひとつの演奏もない。これは、中国の基準と文化によれば、意図的な辱めだ」とコメントしています。
更に、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)のスティーブ・ツァン教授は、「閣僚級高官との対話を再開し、米中関係がさらに悪いほうにシフトするリスクを減らすために、ある種のガードレールを設置しようとしている……中国は基本的にアメリカに非があると考えており、アメリカ側が『誠意』を示し、中国への敵対的なアプローチを撤回しない限り、話し合う必要はないという姿勢だ……つまり、今回の訪問が行われるという事実そのものが、すでに中国政府内ではアメリカへの譲歩とみなされている。ブリンケンが中国にとって価値あるものを提供しない限り、今回の訪問で具体的な成果を上げることできはないだろう」と指摘しています。
ツイッターではすぐに、ブリンケン国務長官到着の際の応待について、今年4月に国賓として訪中したフランスのエマニュエル・マクロン大統領に対する大歓迎と比較する声が上がっているようです。
確かに、マクロン大統領の足元にはレッドカーペットが敷かれ、中国外交トップの王毅共産党政治局員が空港で出迎え、儀仗隊や子供たちがマクロン大統領の歓迎に加わっていましたから、その差は歴然です。
実際、習近平主席とブリンケン国務長官との会談でも、中国共産党機関紙、人民日報系の「環球時報」が20付の記事で、向かい合った長テーブルに並ぶ米中双方の閣僚の間に、習氏が議長役のように座った写真を掲載。習主席がブリンケン長官を「格下」扱いする演出が話題となっています。
3.ブリンケンが訪中した理由
ここまで露骨な辱めを受けてまで、ブリンケン国務長官はなぜ訪中したのか。
これについて中国問題グローバル研究所所長の遠藤誉氏は次のように述べています。
では、ブリンケン訪中の裏に隠されているアメリカの窮状と訪中の真の目的には何があるのかを、いくつかの具体例を取って考察してみたい。遠藤氏によると、ほとんど中国に依存しているアメリカの製造業や経済界の不満を解消しないと、来年の大統領選にダメージを与えるという事情があり、その先鞭としてブリンケン国務長官が訪中しなければならなかったというのですね。
まず現象的に誰の目にもわかる形で起きたのは、アップルのティム・クックCEOやテスラのイーロン・マスクCEOあるいはマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏等の訪中と、中国側の熱烈な歓迎ぶりだ。それ以外にも金融大手JPモルガン・チェースやコーヒーチェーン大手スターバックスの経営トップが訪中している。
クックが訪中した時には李強首相(国務院総理)と会い、イーロン・マスクは新チャイナ・セブンの一人(で習近平の、いざという時の後継者と目されている)丁薛祥(ていせつしょう)第一副首相や秦剛(しんごう)国務委員兼外相とも会談している。
いずれの場合も、アメリカの経済界要人たちは、「アメリカによる中国経済とのデカップリング(切り離し)には絶対に反対する」あるいは「我々はここに巨大なサプライチェーンを持っている」と中国経済とのつながりの重要性を強調した。
ビル・ゲイツは北京で習近平国家主席と和やかに会談しており、習近平は「私たちは米国民に希望を託しており、両国人民の友好が続くことを望む」ことや、「アメリカ政府ではなくアメリカの経済界に期待している」旨を伝えている。
これは何を意味しているかというと、バイデン政権は中国に激しい制裁を加えたり対中包囲網を強化したりしているが、アメリカの製造業はほとんど中国に依存しているため、米企業側はバイデン政権の対中包囲網や制裁に対して、大きな不満を抱いているという証拠なのだ。
【中略】
このような状況にあるため、アメリカのレモンド商務長官は訪中に強い意欲を示している。アメリカの経済界の不満を解消しないと、来年の米大統領選にダメージを与えるからだ。
また、米国債に関しても同様のことが言える。
イエレン財務長官が盛んに訪中の意欲を示しているのは、米国債を中国に買ってほしいからだ。しかし中国は何度もやんわりと訪中を断っている。
加えてケリー米大統領特使(気候変動問題担当)さえ訪中を望んでおり、訪中待機組がアメリカ政府の高官にはズラリと揃っているのである。
ブリンケン国務長官を差し置いて他の閣僚が先に訪中するわけにもいかないので、中国は「いやいやながら」、やっとブリンケンの訪中を承認したような形だ。
従って飛行場に降り立ったブリンケンは冷淡な扱いしか受けてない。
これだけアメリカが同盟国や友好国に呼び掛けて対中包囲網形成に躍起になっており、台湾の独立派を熱烈に支援して米政府高官の台湾訪問をくり返しては中国を刺激している中で、「ブリンケンを受け容れただけでも、ありがたく思え」というのが中国の基本姿勢だ。
口では「一つの中国」原則を守るとか「台湾独立を支援しない」とか言いながら、実際の行動は違うだろうというのが中国の本音なのである。
18日に北京に着いたブリンケンは秦剛外相と長時間にわたり対談し、19日の午前中には王毅・外交トップと会談したが、いずれの場合も中国側は「一方的な制裁はやめろ」と「台湾問題は中国の内政問題なので、一歩たりとも中国は譲らない。アメリカは他国への干渉をやめろ!」という強い姿勢を貫いている。
19日の夕刻にブリンケンは習近平と会っているが、その時も図表1にあるように、習近平が中央にいて両脇に米中両国の外交関係者が並んでいるという形式的なものだった。
これを6月16日にビル・ゲイツと会った習近平の様子と比較してみると、その扱い方の違いは歴然としている。
ビル・ゲイツの方も、屈託なく信頼した表情で笑っているが、それに比べてブリンケンの表情は硬く、笑ったら批判を受けるとばかりに、笑顔を見せてはならないと努力している姿勢が図表4からもうかがえる。
図表4で興味深いのは、習近平の方が柔らかな表情を見せようとしていることだ。言うべきことは秦剛と王毅が十分に言ったので、ここは寛容なところを見せておいた方が得だという計算があったものと考えられる。
それでも2017年3月に、トランプ政権の最初の国務長官・ティラーソンと会ったときと比べると、やはりブリンケンに対しては雲泥の差がある。このときの座席や笑顔の度合いなどを、2017年3月21日のコラム<ティラーソン米国務長官訪中――米中の駆け引き>にある写真と比べると、現在の米中関係が、どれだけ最悪の状態にあるか、想像がつく。そのコラムにある中央テレビ局CCTVのリンク先をクリックすると出て来るのだが、念のために以下に図表5として貼り付ける。動画を切り取ったので、ぼやけているが、雰囲気はつかめるのではないかと思われる。
それならなぜ習近平はブリンケンと会ったかというと、そこには習近平としての計算というか思惑がある。
それは来年1月に行われる「中華民国」台湾の総統選があるからだ。
台湾では今、独立傾向が強い、親米の民進党総統公認候補・頼清徳(与党)と親中の国民党の総統公認候補・侯友宜(こう・ゆうぎ)(野党)および中立の台湾民衆党の総統公認候補・柯文哲(か・ぶんてつ)(野党)の3人が立候補している。
民進党は公認候補表明が3月と早かったのに対し、国民党と台湾民衆党は5月に入ってから公認が決定したのでやや出遅れている上に、何と言っても「野党から2人」と、野党支持票が割れてしまっている。ここで国民党と台湾民衆党との連立が誕生すれば野党が勝てるが、そうでもしない限り、民進党が勝つ可能性が否定できない。
なんとか台湾を平和統一に持って行くか、せめて平和共存で現状維持をしたいと望んでいる習近平にとって、「習近平の対米姿勢」というのは、台湾の選挙民にストレートに影響するので、ここは「穏やかな表情」をたたえているような「振り」だけはしなければならないわけだ。
だから、たとえコの字型の座席配置でも、ともかくブリンケンには会い、今年11月にアメリカで開催されるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議に出席してバイデンとの首脳会談に臨む姿を台湾の選挙民に見せたいという思惑があるからだと見ていい。
それ以外は、米中関係は何も変わらないと言っても過言ではない。
4.拒否された米中軍事対話
遠藤氏が経済的問題で訪中したという見方をする一方、台湾有事が近いからだという見方もあります。
ジャーナリストの鳴霞氏は、アメリカが何度も中国に対し、米中軍事対話を要請していたにも関わらず、拒否されたと伝えています。
実際、習近平主席との会談後の記者会見でブリンケン国務長官は記者との質疑で次のように答えています。
記者:台湾について、どのような議論があったか。このように、ブリンケン国務長官は、軍同士の対話チャンネルの確立について拒否されたと認めています。
ブリンケン長官:米国は一方的な現状変更に反対している。平和と安定を維持することが非常に重要で、このことは中国側にも繰り返し伝えた。近年の中国による挑発的な行動を深く懸念している。毎日多くの商業用コンテナが台湾海峡を往来し、半導体の7割は台湾で製造されている。(台湾危機は)全世界に影響を及ぼす経済危機をもたらす。
記者:米中対立に伴う経済制裁の応酬にどう対処するのか。
ブリンケン長官:協議における重要なポイントだった。我々は成長を望んでおり、中国との経済関係は極めて重要だ。ただ、米国の意図に反して使われるような技術は提供できない。中国の核兵器開発は不透明な形で行われている。米国の安全保障のためには、必要な措置をとらなければならない。
記者:訪中前と比べ、米中関係はよくなったと思うか。
ブリンケン長官:開かれた対話ルートを確立することが大切だ。懸念事項を直接訴え、協力できる点を探す必要がある。私たちは前進した。だが、結果は乏しい。今回の訪中ですぐに解決できる問題ではなく、時間がかかる。中国企業がロシアの軍事力強化に加担することを懸念しており、中国側には警戒を促した。我々は軍同士の対話チャネルを確立する必要があると考えているが、中国は同意していない。
鳴霞氏によると、習近平主席は、大分前から台湾への武力侵攻を決めており、それが故に、米中軍事対話を拒否しているというのですね。
5.在台湾アメリカ人退避計画
6月12日、アメリカのニュースサイト「The Messenger」は「米国は台湾在住の米国人向けの避難計画を準備中」という独占記事を掲載しました。
件の記事の概要は次の通りです。
・アメリカ政府は、台湾に住むアメリカ人の避難計画を準備していると、3人の情報筋がThe Messengerに語った。この記事が本当であれば、アメリカ、インドネシア、日本は、台湾有事を想定し、台湾在住の自国民の避難方法について検討をしていることになります。つまり、それだけ台湾有事が近いと見ているということです。
・この計画は少なくとも半年前から進められており、「ここ2ヶ月ほどでヒートアップしている」と、匿名を条件に語ったアメリカ情報当局の高官は語った。
・この高官は、「緊張の高まり」が準備に拍車をかけていると述べた。「ニュースで読めないようなことはない」と彼はメッセンジャー誌に語った。「戦力が増強されている。中国はウクライナでロシアと連携している」
・この問題に詳しい関係者は、2022年2月のロシアのウクライナ侵攻が計画のきっかけになったと述べている。「ウクライナは、計画の内容を見直すきっかけになった 」と彼は言った。
・アメリカ政府は、この準備について公には議論していない。国務省はコメントの要請を拒否した。国防総省のマーティン・マインズ中佐は、計画について直接のコメントを避けたが、「台湾海峡での紛争が差し迫っている、あるいは避けられないとは考えていない」と述べた。
・計画のプロセスは、台湾政府にとって敏感な話題であるため、秘密にされてきたとある情報筋は述べている。より一般的には、ある元国務省職員は、「(避難計画の)話をするだけでも、それが単なる慎重な計画であっても、何かが起こっているかもしれないと人々が考え始める 」と語っている。
・2019年現在、8万人以上のアメリカ人が台湾に滞在しており、近年、中国軍や中国指導部からの脅威が高まっていることに直面している。一部のアメリカ政府関係者は、今後数年のうちに侵略が起こる可能性があると述べているが、他の関係者や専門家は、中国政府が台湾との「統一」という長年の公約の中で、武力に訴えることを疑っている。
・戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International Studies)の上級顧問で、台湾での戦争ゲームの運営や1975年のサイゴンからのアメリカ人の避難に携わったことのあるマーク・カンシアン氏は、台湾からの避難を計画することは「非常に慎重に行うべきことだ」と述べた。しかし彼は、これらはあくまでも不測の事態に備えた計画であると付け加えた。「アメリカがこのようなことをしているということは、戦争が起きると予想しているわけではない。戦争が起こるかもしれないということを表明しているに過ぎない」
・アメリカ側の計画の詳細はまだ検討中で、必要と判断された場合、アメリカ国民をどこに避難させるかも含めて、情報筋はメッセンジャー紙に語った。
・台湾から避難する場合、さまざまな問題が発生することは、誰もが認めるところだ。
・ある情報筋は、「台湾の物理的な地形が大きな要因だ」と述べ、2つの地点間の主要なルートは1つしかないことが多く、山がちな島には多くのトンネルがあるため、窒息しかねない、と付け加えた。避難が命じられた場合、台湾にいる数十万人の外国人、そして台湾市民も同様にこれらの道路を通る可能性がある。
・国務省の一般的な指針では、海外にいる市民は、危機の前に民間交通機関を利用して出発するよう促しているが、それが常に可能なわけではなく、ましてや奇襲を受けた場合はそうはいかない。「ひとたび銃撃戦が始まれば、それは非常に困難なことになる」とカンシアン氏は言う。カンシアン氏は、ウクライナでの避難や人道支援のための安全な通路を維持することの難しさを例に挙げた。
・台湾の場合、主要な空港は中国に面した西海岸にあり、侵攻された場合、攻撃を受ける可能性がある。民間航空機の代わりにチャーター船を使うこともできるが、戦争になれば、不可能ではないにせよ、その選択肢は難しくなる。
・「Dデイに侵攻され、第三国(スイスなど)がアメリカ艦隊を経由してノルマンディーに客船を派遣し、自国民を救出することを想像してくれ」とカンシアン氏は言う。
・1975年のサイゴン、2021年のカブールなど、アメリカの歴史上最も悲惨な避難では、最後の手段として米軍の協力が要請された。台湾では、現在のアメリカの駐留部隊は200人程度に限られており、昨年はわずか30人だったが、その存在さえも中国との緊張の種になっている。
・アメリカの政策では、世界中の大使館が大使館員やアメリカ国民のための緊急計画を策定することになっている。
・元CIA長官代理で、ジョンズ・ホプキンス大学国際問題研究所の実務家であるジョン・マクラフリン氏は、台湾の避難計画にとって基本的だが重要なステップは、台湾にいるアメリカ人を特定し、居場所を突き止めることだと述べた。
・マクラフリン氏は、国務省の海外在住アメリカ人登録簿のことを指して、「彼らがやるかもしれないことのひとつに、私なら、現地のアメリカ人にこのデータベースに登録するよう伝える方法を見つけるだろう」とメッセンジャー紙に語っている。
・最近、アメリカ大使館がない地域で外交活動を行う「アメリカン・インスティテュート・オブ・台湾」は、地政学的な状況には触れずに、そのような活動を行っているようだ。2月には、トルコで起きた地震の後、ウェブサイトに「災害に今すぐ備える」という見出しのメッセージを掲載し、台湾が「災害の起こりやすい地域」にあることを市民に喚起。戸籍への登録や「避難バッグ(go-bags)」や個人書類の準備を促している。
・また、国務省や国防省のプランナーは、さまざまな事態を想定して、集合場所や避難経路、移動手段などを特定する役割を担っている。
・マクラフリン氏は、「有事の観点から、航空機が何機必要で、どの程度の割合で出入りするのか、誰がそれを担当するのかを予測する必要がある」と述べた。そして、「空港までの移動と空港からの脱出をどうするかという輸送も必要だ」。
・台湾には約30万人の国民がおり、出稼ぎ労働者で構成される台湾最大の外国人人口を抱えるインドネシアもその一つである。台湾に約15万人の市民を持つフィリピンの政府関係者も、緊急時対応策を用意していると述べている。また、昨年、日本と台湾は、日本人の避難計画について協議を開始した。
・アメリカの政策では、適切な条件下でアメリカ国民の避難を支援することはあっても、そのような支援を保証するものではない。バイデン政権は、4月に激しい戦闘が発生したスーダンで、米国人に十分な支援を行わなかったとして非難を浴びたことがある。アメリカは当初、避難を希望する人が少なかったため、避難を実施しないと言っていたが、その後、政府は立場を翻し、ハルツームから数回の輸送隊を手配した。
・アフガニスタンの場合、カブールからの避難の最後の数日間は、数百人のアメリカ人とアメリカのために働いていた数万人のアフガニスタン人が、熱狂的で危険な状況に取り残された。この経験は、台湾での計画に携わるアメリカ政府関係者の心に重くのしかかっているようだ、とカンシアン氏は言う。
・「アメリカ政府としては、あまりに早すぎる人員整理は、自信のなさを示すことになりかねないという緊張感がある」とカンシアン氏は言う。「しかし、あまり遅くなりすぎると、全員を撤退させることができなくなる」
一部では台湾有事なんて起こらない、なんて意見もあるようですけれども、そう多寡を括っていて、いざ起こったら眼も当てられません。
日本も、有事の際、在台湾邦人が取り残されることのないよう、しっかりと準備を進めていただきたいと思いますね。
この記事へのコメント
HY
「多寡をくくって、いざ起きた時に目も当てられなくなる」か「疑心暗鬼に陥ってエスカレーションラダーをも登っていく」か国民の判断も割れそうです。