

1.プーチンを騙して侵攻を始めた
6月23日、ロシアの民間軍事会社「ワグネル」の創設者プリゴジン氏は、この日公開した動画で、ロシアの軍事介入後の2014年に始まったウクライナ東部での戦闘について、まずプリゴジン氏は「我々は彼らを攻撃し、彼らは我々を攻撃した。そうやって2014年から2022年までの8年間、長い間続いた。小競り合いの回数が増えることもあれば、減ることもあった……2022年2月24日、そこでは特別なことは何も起きていなかった。今、国防省は国民を欺き、大統領を欺き、ウクライナによる異常な侵略があった、NATO圏全体とともにウクライナが我々を攻撃する計画を立てていた、というストーリーを語ろうとしている……戦争が必要だったのは・・・・・・ショイグが元帥になるため、2つ目の英雄の星を手に入れるため・・・・・・戦争はウクライナの非武装化や非ナチ化のためではなかった。星を増やすために必要だったのだ」と述べました。
プリゴジン氏は、武器・弾薬の不足を指摘し、ピヤティハツキなど多くの村が「ごっそり敵の手に渡った」と述べ、ウクライナ軍はすでに、前線において自然の要害になっているドニエプル川を渡ろうとしていると警告。「こうした事実は国民の目から完全に隠されている」「気付いた時にはクリミア半島もウクライナの手に渡っていることだろう」と訴えました。
更に、プリゴジン氏はプーチン大統領が侵攻開始にあたり、ウクライナがNATO=北大西洋条約機構の支援を受け、ロシアを攻撃する脅威が高まっているなどと主張したことについて、「そのような異変はなかった」と否定。ショイグ国防相や「オリガルヒ」と呼ばれる新興財閥が「自分たちの利益のために戦争を始めた」と強調しました。
2.殆どのピースが欠けている巨大なジグソーパズル
このプリゴジン氏の「戦争はショイグとオリガルヒのせいだ」という暴言について、BBCは、もしこれがクレムリンの策略であれば、「プーチンを世論の批判からかばう一方で、クレムリンに大統領や政治体制にダメージを与えることなく、計画通りに進まない紛争から抜け出す糸口を与える意図かもしれない」との推測を示しています。
その一方、もしこの暴言がクレムリンと連携したものではなかったらとして、次のように述べています。
彼自身が政治的野心を抱いていたとしたら?あるいは、ロシアのエリート(特に軍部)内に強力な敵を作った彼にとって、攻撃することが最善の防衛手段だと結論づけたとしたら?たとえ、それがメッセージから外れることを意味するとしても。BBCは、プリゴジン発言をクレムリンの策略説とクーデターの兆候説と、互いに相反する説を挙げています。
”悪党”プリゴジンは、クレムリンのメッセージを台無しにすることで、ロシアの政治体制を揺るがす危険がある。
プーチンは先週、ウクライナを「非軍事化」し「非ナチス化」する必要性を繰り返したばかりだ。プリゴージンの最新の発言は、その主張と矛盾している。
ロシア政治を理解することは、ほとんどのピースが欠けている巨大なジグソーパズルに挑戦するようなものだと以前書いた。手がかりをつなげようとしても、最終的にどのような絵になるのかまったくわからない。
私はいまだにプリゴジンの謎解きをしている。
しかし、ワグネルのチーフは別として、ロシアのジグソーパズルには別の結果を暗示する興味深いピースがある。
例えば、ウクライナでクレムリンにとって最悪の事態が起きたとして、モスクワは「任務完了」を宣言するのだろうか?
プーチン大統領のドミトリー・ペスコフ報道官は最近、「(ウクライナの非軍事化という)目的はほぼ達成された」と主張し、ウクライナは自国の軍備が少なくなり、ますます海外からの武器に頼るようになっていると主張した。
そして今月初め、アゾフ連隊に所属する20人以上のウクライナ兵がロシア南部で裁判にかけられた。ロシアはアゾフ連隊をネオナチを匿う「テロリスト集団」と呼んでいる。この件を「脱ナチ化」と表現し、そこで止めることができるだろうか? しかし、「停止」がプーチンの計画にないことを示す兆候は他にもある。最近のテレビ出演では、勝利を確信し、ウクライナの反攻を軽視しているように見える。
「敵は大きな損害を被っている」とプーチンは今週、ロシアのテレビレポーターに語り、こう付け加えた。 「敵に勝ち目はない」
3.敵を利する振舞いをしてはならない
ロシア連邦保安局(FSB)は、プリゴジン発言について、「プリゴジン氏の発言と行動は事実上、ロシア領土内での武力内戦と、親ナチス派のウクライナ軍と交戦するロシア軍人の背後への刺殺を求める呼びかけに相当する」と、事実上、内戦の開始と武力紛争の開始を求める呼びかけに相当すると断罪しました。
そして、国家反テロ委員会は、プリゴジン発言が武装反乱を呼びかけた容疑で刑事事件を開始する根拠になったと発表。委員会は違法行為を直ちに停止するよう要求しました。その後、検事総長室は、この刑事事件は合法的に開始され、正当なものであると述べ、プリゴジン氏の行為に対して法的措置を提供すると約束しています。
また、ロシアのウクライナ作戦の副司令官であるセルゲイ・スロビキン副司令官は、テレグラムに投稿されたビデオの中で、右手をライフル銃の上に置きながら、ワグナーに対し、「やめてほしい。敵は我々の内政状況がエスカレートするのを待っている。この困難な時期に敵に有利になるような振舞いをしてはならない。手遅れになる前に、ロシア連邦の国民に選ばれた大統領の意志と命令に服従し、輸送隊を停止させ、恒久的な拠点に連れ戻し、すべての問題を平和的に解決することが重要だ」と呼びかけました。
ライフルに手をかけながら呼びかけも何もないと思いますけれども、最悪の場合は軍事的に鎮圧するという含みを持たせたということでしょう。
クレムリンのドミトリー・ペスコフ報道官は、プーチン大統領はプリゴジン氏周辺の状況について知らされており、「必要な措置が取られている」と述べ、ロシアのすべての治安機関は講じられている措置についてプーチン大統領に24時間体制で報告していると明かしました。
4.プーチンは仲間割れを楽しんでいる
プリゴジン氏の行動は策略なのか、それともクーデターなのか。
これまで、プリゴジン氏とロシア軍司令官らのあいだで、度々亀裂が指摘されてきました。
プリゴジン氏は4月に長期化するウクライナ侵攻に疑問を呈していました。プリゴジン氏は「理想的な選択肢は、掲げられた目標のすべてを達成したとロシアが宣言し、特別軍事作戦を終了することである」とオンラインで主張しました。
5月上旬、AFP通信は、ロシア軍からの弾薬供給が受けられないとして、プリゴジン氏は「弾薬がなければ無意味な死を生じるため、ワグネルの部隊をバフムートから撤退させる」との脅しに出たと報じています。このときはワグネルに弾薬の供給が再開されたのですけれども、AFP通信は、「前例のない公の脅し」であったと報じています。
ただ、こうした事態は、そもそもプーチン大統領が招いたのだという指摘もあります。
アメリカ・シンクタンクの戦争研究所でロシア軍を研究するカテリーナ・ステパネンコ氏は、「プーチンは、一度に1つの派閥にしか関心を向けないという、極めて有害な環境を設けている……チームを入れ替えることで、2つの派閥を互いに競争させる」と指摘。ワグネルとロシア軍に関しても「間違いなくこの2つの派閥を互いに対立させている」と述べています。
ステパネンコ氏は、バフムートで国防省がワグネルへの弾薬供給を停止したのも、プーチン氏の指示であったとの見方を示し、プーチン大統領が「間違いなく、2人を操る黒幕である」とコメントしています。
敗退続きのロシア軍に非難が集中するなか、プーチン大統領がショイグ国防相に肩入れするという不思議な動きも、増長するプリゴジン氏の勢いを抑制することにあるのではないか、という見方も出ているようですけれども、プリゴジン氏は、ロシア国内に根強く残る国家主義者からの信望が厚く、プーチン大統領にしても無碍に扱えないという事情も指摘されています。
5.大統領は間違っている
ただ、現場を見る限り、事態は緊迫しています。
24日、プーチン大統領は、緊急のテレビ演説でプリゴジンの言動について、「我々は裏切りに直面している。我々からの答えは厳しいものになるだろう……軍に向かって武器を取った者は罰せられる」と語り、ロシアを守るためにあらゆることを行うと宣言しました。
これに対し、プリゴジン氏はSNSに音声メッセージを投稿し、「祖国への裏切りとする大統領は深く間違っている。われわれは愛国者だ。これまでも戦いこれからも戦い続ける。大統領の呼びかけに応じて投降するつもりはない……腐敗や欺瞞、官僚主義のもとで国が存在し続けるべきではない」と反論しました。
プリゴジン氏は23日から24日にかけ、ウクライナ侵攻に参加するワグネル部隊をロシア軍が攻撃したと主張し、武装した戦闘員と南部ロストフナドヌーにあるロシア軍の南部軍管区司令部に入ったと通信アプリに投稿しています。
同じく24日、アメリカのニューヨーク・タイムズ紙は、ワグネルが進軍したとみられるロシア南部ボロネジ州で、軍との戦闘が起きていると報じ、イギリスBBCは、ロシアの情報源の話として、ワグネルの戦闘員がボロネジ州の州都ボロネジの全ての軍関連施設を制圧したと報じました。
ボロネジ州はモスクワから南におよそ500キロに位置しています。もし、ワグネルの行動がクーデターであり、ボロネジ州が制圧されたのだとすれば、モスクワはかなりヤバい状況になっているともいえます。
万が一、これが「芝居」だったとしても、かなり大がかりであり、BBCが指摘した「プーチン大統領を庇い、クレムリンにダメージを与えることなく、紛争から抜け出す機会」からは既に逸脱しているようにさえみえます。
果たして、プーチン大統領が全ての黒幕なのか、それとも本当のクーデターなのか。もうしばらく様子をみていきたいと思います。
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