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1.虫けらみたいに潰されるぞ
6月27日、ベラルーシのルカシェンコ大統領が、行方をくらましていた、ロシアのワグネル創設者プリゴジン氏がベラルーシに到着したと発表しました。
ルカシェンコ大統領は集まった国防関係者に対し「そうだ、彼は確かに本日、ベラルーシにいる」と述べ、プリゴジン氏のベラルーシ亡命を手配したのは自分だと明かしました。
ルカシェンコ大統領は、「フェンスもあり、なんでもある。自分たちでテントを設置するといい」と、もしワグネル戦闘員がプリゴジン氏に合流したいなら、使われていない軍事基地を提供するとし、ワグネルがその実戦経験をもってベラルーシ軍の助けになることを期待するとも述べました。
ルカシェンコ大統領はプリゴジン氏の反乱を開始24時間で終わらせたことに関し、「私はプーチンに言った。こちらで始末できる。なんの問題もない。最初の1回で無理でも、2回目ならできる。彼に言ったんだ。そんなことはするなと」とプーチン大統領との交渉の裏側を明かしています。
ルカシェンコ大統領は、自分がプリゴジン氏に電話をしようかとプーチン大統領に提案すると、「いいか、サーシャ(ルカシェンコ大統領の愛称)、無駄だ。向こうはもう電話に出ないし、誰とも話をしたくないんだそうだ」と、プーチン大統領は答えたそうなのですけれども、「それでも、電話番号を教えるように言うと、たぶんFSB(ロシア連邦保安庁)が番号を知ってるはずだと答えた」のだ明かしました。
そして、ルカシェンコ大統領がプリゴジン氏に電話をしたところ、プリゴジン氏はワグネルが次々とロシアの軍事拠点を占拠し、成功していることに大喜びして盛り上がっていたのだそうです。ルカシェンコ大統領は、プリゴジン氏が「自分たちが欲しいのは正義だ。連中はこっちの首を絞めようとしているが、自分たちはモスクワへ行く」と力説したのに対し「その途中で、虫けらみたいにつぶされるぞと、そう彼に伝えた」のだと明らかにしました。
結局、ロシア政府はプリゴジン氏がベラルーシへ移動するのと交換に、反乱罪などに問わないことを保証。ロシア連邦保安庁(FSB)は27日に反乱参加者を起訴しないと発表しました。
ロシア政府は、ワグネルが保有していた重火器などの装備をロシア軍に移管する方針で、ワグネル戦闘員には、正規軍と契約するか、帰郷するか、あるいはベラルーシへ移動するかの選択肢を与えています。
こうした経緯についてイギリスのロシア研究者マーク・ガレオッティ氏は、プーチン大統領にとってベラルーシの大統領は便利な仲介役だったと説明。ルカシェンコ大統領は今後プリゴジン氏をそばにおき、ワグネルによるアフリカでの軍事活動を見守ることができるはずだとコメントしています。
2.不思議なことに5階、6階、あるいは7階の窓から落ちている
ルカシェンコ大統領はプリゴジン氏を快く受け入れているようですけれども、ベラルーシ国民はそうでもないようです。
NGO「欧州リーダーシップネットワーク(ELN)」のカティア・グロド氏は、「当然ながらベラルーシの人たちは、プリゴジンのような犯罪者に来てもらいたくないのだ」とコメントする一方で、「ルカシェンコを支える2つの柱は、クレムリンと、ルカシェンコの命令を実行するベラルーシの治安部隊だ。短期的には、ルカシェンコが勢力の衰えを感じれば国内の抑圧は悪化するかもしれない。しかし、クレムリンが支柱として信頼できなくなれば、長期的にはベラルーシにとっては良いことかもしれない」と、今回の危機でプーチン大統領がどう弱体化するのかを、ベラルーシ国民は注目していると指摘しています。
渦中のプリゴジン氏はというと、暗殺を恐れ、窓のないホテルに籠っている、といくつかのメディアが報じています。
6月28日、イギリスのミラー紙は、アメリカ上院情報委員会のマーク・ウォーカー委員長が、プリゴジン氏について「ミンスクにいて、窓のないホテルにいたとの報告がある。そのようなホテルは数少ない。このことが、プリゴジン氏とプーチン大統領との関係がどのようなものであるか、プリゴジン氏の考え方が分かる。過去1年半の間に、プーチン大統領と衝突したロシアの人物が何人もいた。彼らは不思議なことに5階、6階、あるいは7階の窓から落ちている」と暗殺の危険を示唆するコメントを残しています。
3.プーチン流の政治手腕
今回の「プリゴジンの乱」を受けて、今後どうなっていくのか。
これについて、元産経新聞・モスクワ支局長で大和大学教授の佐々木正明氏は、ニュース番組「ABEMAヒルズ」で次のように解説しています。
――今後、プリゴジン氏はどうなる?やはり暗殺の可能性はあるようです。
「プーチン流の政治手腕で、離反者は“必ず一度生殺し状態”にして、抵抗できないようにポストも与える。もし、これ以上抵抗するのであれば、暗殺、投獄されることもある」
――もしプリゴジン氏が暗殺されてしまった場合、ロシア国内ではどういう反応が起こるのか?
「プリゴジン氏は今年の3~5月でショイグ国防相、もしくはゲラシモフ参謀総長を批判することによって知名度を高めてきた。テレビやプロパガンダを見ている高齢者や地方の方々に存在を知られていないので、ほとぼりが冷めた時に暗殺されたり、行方不明になったりというのがありうるかもしれない」
――プリゴジン氏の乱が起き、プーチン大統領は今どんな精神状態にあるのか?
「“プリゴジンの乱”を踏まえてプーチン大統領は3回演説をしているのだが、2回目の演説は怒気を含んでいた。『こうしたことがあるとプリゴジン氏のようになるよ』とにらみを利かせ、内戦によってロシアが滅びることは許されない、そして戦争で勝つためにはこうした国内の敵を一網打尽に叩くという意思を感じた」
4.考えられる2つのシナリオ
あっという間に終幕した「プリゴジンの乱」とは一体何だったのか。これについて6月27日、フォーブズ紙は「考えられる2つのシナリオと今後の展開」の記事で、ロシア指導部との芝居説、と本当の叛乱説の2つを挙げています。
記事から、一部引用すると次の通りです。
ロシアの民間軍事会社ワグネルと創設者プリゴジンの起こした反乱をめぐっては、2つのシナリオが考えられる。1つはロシア指導部と共謀して一芝居を打とうとしたものの、失敗した可能性。もう1つは、正真正銘の反乱であり、噴出した混乱が謎めいた形で収束したというものだ。このように、もし芝居だったとするなら、その狙いは、ロシア全土からの民間人徴兵を先送りするために、ワグネルを合法的に解体し、ロシア軍に編入するためだったというのですね。
最近のロシアでは、政治が絡んだ出来事の真偽を見極めることはほぼ不可能だ。プーチン大統領が数十年にわたって展開してきた偽情報戦争の影響である。英ジャーナリストのピーター・ポメランツェフの著書名を借りて言えば、ロシアでは「真実は存在せず、何でも起こり得る」のだ。
一見すると、われわれが目撃したこと、すなわちワグネルの決起とモスクワへ向けたスムーズな進軍が、プリゴジンのベラルーシでの隠居という取引で幕を下ろすというのは、非常にありえないことのように思われる。これほど混沌とした一連の出来事が、予定調和の芝居だったとは考えにくい。
いったい何が目的だったのだろうか? 何が達成されたのか? それについては後ほど触れるとして、もし今回の騒動が歌舞伎のように様式化されたショッキングな一芝居だったとしても、ロシア史においては帝政時代から先例があり、何ら目新しいことではないという事実を念頭に置いておいてほしい。19世紀のロシア人作家レールモントフは、カフカス地方を舞台にした古典小説『現代の英雄』で、権力者が意図的に現実を覆い隠し、支配の道具としてパラノイアをまん延させる様子を余すところなく描いている。
そしてスターリンもまた、自らの権力を脅かす人物を見極めるために、小規模な反乱の発生を許容した。スターリンは、何の説明もなく何週間も雲隠れし、機に乗じて権力を奪取しようとする者が現れるや、容赦なく淘汰した。一方、プーチンのやり方は少し違う。治安関係者からなる側近であるシロビキの内部抗争と駆け引きを常に奨励し、審判役を務めてきた。
プーチンは、一方を利用して、他方をけん制するのだ。それを知らなければ、プリゴジンが何カ月も前から権力にとって耳の痛い真実を公然とぶちまけてきたにもかかわらず、口封じはおろか処罰さえされなかったのは不可解に思えるかもしれない。プーチンは明らかにプリゴジンの振る舞いを容認し、有用だとすらみていた。でなければ、ワグネルの資産や情報チャンネルはとっくに取り上げられていただろう。
米紙ワシントン・ポストによると、米国の情報分析官はプリゴジンの反乱計画を6月中旬には把握していたという。米国が知っていたのなら、ロシア政府も知っていたはずだ。しかし、ロシア政府は早い段階で計画を阻止するための手を一切打たなかった。
プリゴジンは、ロシア軍がワグネルの部隊を攻撃したと主張したが、攻撃を受けた場所とされる写真の分析では、そのような破壊の被害は確認できていない。プリゴジンはまた、ロシア軍指導部の無能ぶり、計画の不備、兵力不足などを激しく非難した。そしてワグネルは予定通りに蜂起し、戦車やミサイルを伴った重装備の傭兵2万5000人がロシア領内深く進軍して、モスクワに迫る勢いを見せた。
奇妙なことに、多くの死傷者が出たという情報はない。犠牲はロシア側の戦闘ヘリコプター2機と偵察機1機のみだ。どうやら、ワグネル部隊はロストフにあるロシア軍南部軍管区司令部を掌握した後で爆撃を受けたようだが、目に見える証拠はどちらの側からも上がっていない。さらに、ワグネルがモスクワへ向けて北上するにつれ、幹線道路を埋め尽くす隊列への飽和爆撃など、ロシア軍の抵抗が予想されたが、そうしたことは起こらなかった。
プーチンは反乱を糾弾する演説を行った。トルコに逃亡したと報じられていたベラルーシの独裁者ルカシェンコ大統領が、プリゴジンに電話をかけ、身を引くよう説得したとされる。ルカシェンコがプリゴジンに行った提案は、反乱のただ中にあるワグネルの戦闘員数千人を置き去りにして、ベラルーシで干渉されることなく暮らすことだったという。
全体的に、どうにも腑に落ちない展開だ。これがすべて芝居なのだとしたら、何を意図していたのだろうか?
まず、そうした一芝居はあり得ることだと認めよう。2つ例を挙げれば、2002年のベネズエラと2016年のトルコだ。どちらも準備不足のクーデターのように見えたが、実際には現職大統領の権力基盤を強化する効果があった。今回の場合、目的は何か。プーチンの権限を改めて強めるためか? もしそうなら、誰に対して?
プーチンはもしかしたら、瀬戸際で自身を支持するのをためらうのは誰かを見極め、スターリンのようにふるいに掛けたかったのかもしれない。あるいは、世間の目の前で軍指導部に恥をかかせ、ウクライナ侵攻の大惨事の責任をなすりつけて粛清しようとしたのかもしれない。
おそらく、ウクライナ侵攻で醜態をさらしているセルゲイ・ショイグ国防相と軍指導部の立場は、この公開茶番劇によっていっそう弱体化するだろう。ただ、プーチンがショイグに見切りをつけたかったのだとして、わざわざプリゴジンを使う必要はなかったはずだ。
それに、モスクワへ進軍するワグネル部隊を正規軍が攻撃することを制止したのは誰だったのか、という謎が残る。ロシア軍が制止されなければ、モスクワへ続く路上には焼け焦げたワグネル戦闘員の遺体や車両が散乱していたに違いない。きっと、「クーデター劇場」というものは流血を伴わずに幕を閉じるよう意図されているのだろう。
だが、私たちはまだ物語の教訓を見失っている。この騒動は何のためだったのか。プーチンは、ワグネルの戦闘員を引き抜き、合法的に正規軍に編入したかったのかもしれない。そうすれば、全国規模での民間人徴兵の必要性を先送りにできる。
6月27日のエントリー「神聖視されなくなったプーチンとワイリー・コヨーテになったバイデン」で筆者は芝居説を紹介し、その目的はNATOの監視網を潜り、兵を北方に移動させるためだと述べましたけれども、更に民間人徴兵の先送りもあるのだとしたら、なるほどと思わせるものがあります。
5.短期的な計画はあっても長期的なビジョンに欠けている
一方、これが真の叛乱であった場合について、フォーブス紙は次のように論を進めています。
では、今回の一件がすべて正真正銘の反乱だったとしたら、その狙いは何だったのだろうか。プリゴジンがこれを2カ月前から計画していたのだとすれば、単身ベラルーシに移住して終わるつもりはなかったに違いない。筆者にはちょっと説得力に欠ける説明のように見えます。おそらく記事を書いた人も腑に落ちてないのではないかと思わせる苦しい論の展開に見えます。
プリゴジンは単にワグネル戦闘員の一部をアフリカのどこかの国へ移し、そこで英小説家ジョゼフ・コンラッドの代表作『闇の奥』に登場する「クルツ氏」のように強大な暴君として君臨したかっただけなのか。ならば、なぜワグネルを離れるのか。それに、ベラルーシで安穏な暮らしができるとは本人も思っていまい。ロシア連邦保安庁(FSB)が殺害を試みなかったとしても、ウクライナの暗殺部隊が送り込まれてくる。
プリゴジンが今後、沈黙を守らなければ、その命は長くないだろう。クレムリンの機嫌を損ねてばかりいるプリゴジンが公然と暴言を吐き続けるのを、ルカシェンコが擁護する余地はない。
一方、かつてウクライナ東部で親ロシア派が設立を宣言した「ドネツク人民共和国」の「国防相」だったロシア人元将校、イーゴリ・ストレルコフ(本名イーゴリ・ギルキン)の例がヒントになるかもしれない。ストレルコフはクリミアとドンバスのロシア併合で主導的な役割を果たした後、プーチンに反旗を翻して地下に潜り、現在はテレグラムのチャンネルでプーチン批判を展開している。
「プリゴジンの乱」が単なる反乱で、短期的な計画はあっても長期的なビジョンに欠けていたのだとすれば、彼は純粋に周囲の無能ぶりと恐ろしさに疲れて嫌気がさし、とにかく足を洗いたいと思ったのかもしれない。それが意図したよりもはるかに大きな事態に発展してしまった可能性もある。たぶんプリゴジンにとってはベラルーシに隠遁し、酒をしこたま飲んで暗殺者の手にかかる前に死ぬのが幸せなのだろう。
短期的な計画はあっても長期的なビジョンに欠けている、そんなので乱を起こしたとて先は見えています。
いずれにしても、プリゴジン氏はしばらくは身を隠し、醒めるか分からないほとぼりを眺めているしかないのかもしれませんね。
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