

1.同盟国は台湾のためにアメリカと戦うか
7月15日、アメリカのウォール・ストリート・ジャーナル紙は、台湾を巡り紛争が起きた場合に備え、日米の防衛当局者が1年以上にわたり計画の策定に取り組んでいるものの、日本が戦闘に加わるのかという核心的な問題の解決には至っていないとする記事を掲載しました。
件の記事の要旨は次の通りです。
・日米の軍事当局者は、1年以上にわたって台湾をめぐる紛争の計画に取り組んできたが、この中心的な疑問は未解決のままである。これだけだと、よく分からないのですけれども、中国の環球時報の英語版「GlobalTimes」が「日本は『台湾島のために戦う』という同盟国の圧力に警戒」という記事でもう少し詳しく記事にしています。
・台湾のために同盟国はアメリカと戦うのか?日本は警戒している。ワシントンと東京は、中国による潜在的な攻撃から台湾を防衛する計画を立てているが、日本は軍備を投入するつもりはない。
・日本の岸田文雄首相は最近、「軍事的抑止力と対応能力にもっと支出しなければならない」と語ったが、東京は軍事力増強はあくまで自衛のためだと強調している。
件の記事の概要は次の通りです。
・米国と日本の軍関係者は1年以上にわたって台湾島をめぐる紛争の計画に取り組んでいるが、この計画に対する日本側の躊躇は、日本国内での台湾問題に対する国民の関心が弱まっており、日本にはそのような準備ができていないことを示している。中国人民解放軍(PLA)に面と向かって立ち向かう能力や勇気が必要だと専門家らが日曜日に述べた。まぁ、GlobalTimesの記事ですから、多少は割り引く必要はあるかもしれませんけれども、台湾有事におけるアメリカの要請に日本がはっきり答えていない、という点では一致しています。
・土曜日のウォール・ストリート・ジャーナルの報道によると、ワシントンは日本政府に対し、台湾島周辺での中国潜水艦の捜索など日本軍の役割を検討するよう促した。
・米軍には完全な統制能力がないため、同盟国、特に日本に対し、米国との共同作戦を実施するために軍隊を派遣するよう要請していると、北京を拠点とする軍事専門家魏東旭氏が日曜日に環球時報に語った。
・日本政府関係者は、日本は台湾海峡への軍事介入において米国に協力する用意があると宣言したが、このレトリックは過去において日本にとって直接的な危険をもたらすものではなかった。しかし、ひとたび米国が日本に具体的な任務を与えると、たとえば自衛隊、特に海上自衛隊に人民解放軍潜水艦に対する共同対潜訓練の実施を要請すると、日本は摩擦を引き起こす可能性が非常に高いため躊躇するだろう。専門家らは語った。
・現在の日本の主な懸念は、中国と人民解放軍の力が全体的に増大していると見ていることである。言い換えれば、日本には最前線に駆けつけて人民解放軍と面と向かって対峙する力も勇気もないのかもしれない、と魏氏は述べた。
・関係者らは、日本が直接戦闘に参加することを望む可能性は低く、世論が一般に紛争に巻き込まれることに反対していることもあり、日本の指導者らが両岸紛争における役割についての議論を公に避けてきたことを指摘している。
・会談に詳しい関係者によると、両国は補給ルートやミサイル発射場、難民避難計画などを含む統合作戦計画の策定を目指しており、米国は日本にさらなる明確化を求めている。
・日本軍は情報を収集し、台湾島の方向に対抗して基地を展開する用意があるが、そのような先制軍事展開は紛争に直接参加したり介入したりすることとは異なる。魏氏は、米国が引き起こした台湾海峡をめぐるこのような紛争に日本が介入すれば、日本自体が多大な損失を被ることになると述べた。
・近年、安倍晋三元首相の挑発により、日本の一部の人々は「台湾にとっての有事はすべて日本にとっても有事である」と主張した。しかし、専門家らは、このスローガンはむしろ概念的な表現であると述べた。「実際のところ、台湾海峡で事態が生じた場合に米国が直接介入するかどうかはまだ不明だ。この状況では、日本が積極的に参加するか消極的に関与するかにかかわらず、日本はジレンマに直面するだろう」と、同研究所の王光濤准研究員は述べた。上海に本拠を置く復旦大学日本研究センターが環球時報に語った。
・米国が具体的な計画を打ち出すと、日本は紛争に直接関与することにさらに慎重になるが、これは台湾問題に対する日本の優先順位の低下を反映していると汪氏は指摘した。
2.台湾に拡がる疑米論
ただ、当の台湾では、そもそも有事の際にアメリカが助けてくれるのか、という議論が起こっているそうです。
2月28日、現代ビジネスは「台湾人は実は有事のアメリカ軍『本気』救援を疑っている!?」というジャーナリストで中国研究者の田輝氏の寄稿を掲載しています。
件の記事から該当部分を一部引用すると、次の通りです。
台湾で最近、「疑米論」という言葉が流行語のようになっている。これは、中国の台湾に対する軍事的圧力が高まる中、いざというときにアメリカが台湾を本気で助けないのではないかという疑念のことだ。このように、「疑米論」が広がった要因として、ウクライナ戦争で欧米はウクライナに武器を売るだけで、派兵して共に戦おうとはしないことに加え、中国の軍事侵攻への警戒感が以前より上がったことにあるというのですね。要するに、戦争のリアルを目の当たりにして、現実を見るようになったということです。
こうした考え自体は、米軍がアフガニスタンから撤退した2021年の段階ですでに「藍派」(国民党・親民党・新党など中国との協調を重視する野党系勢力で、民進党や時代力量、台湾基進など中国との距離を保とうとする「緑派」に対峙する。このほか、両派の中間的な存在である台湾民衆党は「白派」と言われる)の著名なメディア人趙少康氏が唱えており、取り立てて新味のある議論ではない。
しかし最近この言葉が頻出するようになった背景として、筆者の旧知の台湾のテレビ局元幹部(中立だが若干緑派寄り)は、ウクライナ戦争の悲惨な映像が毎日ニュースで報道されていること、欧米がウクライナに武器を売るだけで、派兵して共に戦おうとはしないことがあると指摘する。つまり、しばらく前から言われてきた「疑米論」がウクライナ戦争を契機に一定の説得力を持つものとなってきたということだ。
台湾政治の研究者で選挙予測に関しては台湾で「神」と呼ばれている東京外国語大学の小笠原欣幸教授が、2月中旬にフェイスブック上に投稿した「台湾に広がる疑米論」が台湾のネットメディア「関鍵評論網(The News Lens)」の日本版に掲載されると、台湾のネット論壇とされるPTTでもさっそく様々な議論が展開されている
【中略】
本題に戻り、小笠原教授は関鍵評論網に記した論考の中で「疑米論」が広がった要因として、先述のテレビ局幹部の指摘に加え、中国の軍事侵攻への警戒感が以前より上がったことを指摘していて、筆者も同じ考えである。
【中略】
さて、先述のテレビ局元幹部は疑米論の現状について、台湾の世論調査を見る限り若干増える傾向にあり、中でも主婦層や、戦争になると戦場に駆り出される可能性が高い若者の間で広がっているという。特に台湾ではニュースや情報を得る媒体として、日本以上にLINEやフェイスブックが重視されていて、こうしたネット上には煽情的な情報が流れて拡散しやすく、しかも「藍派」系とされる中国時報や聯合報がそれを増幅して伝えていると同元幹部は話す。
また、疑米論の広がりに中国共産党の関与があるかについては、「今のところ与党批判を強める台湾の藍派の裏に隠れている」と分析している。
【中略】
2024年1月に行われる台湾総統選挙の「藍派」有力候補の声にさっそく反応したのが、同総統選挙の「緑派」最有力候補である頼清徳主席だ。頼氏は1月8日に台中市で開かれた党員への報告座談会の席で、「アメリカを疑う言論を社会のコンセンサスにしてはならない」と述べ、ネット上の議論を活発化させる触媒となった。
ここで注目されるのは、侯氏の議論が平たく言うと反「駒」論である一方、頼氏の議論は反「疑米」論であり、双方とも何か肯定的なアジェンダ設定をするのではなく、何かを否定するアジェンダ設定となっていることだ。
台湾では1990年代からすでに、当時の与党国民党が「反独立」を、野党民進党が「反統一」をスローガンに選挙を戦っていた。なぜこうなるかというと、結局のところ常に対中関係に収斂される。
普通の台湾人にとって、「統一」とは中国との規模の差からいっても、基本的に中国に飲み込まれることであり、ウイグル族やチベット族、モンゴル族のケースはもちろん、最近は香港のケースでも見られたように、統一とは民主・自由を失うことに他ならない。特に香港のケースは、中国が主張する「一国両制」が実際は限りなく「一国一制」に近いものと台湾人が受け取り、2020年の総統選挙で民進党が大勝する大きな要因となった。
一方の「独立」については、台湾が独立宣言をすれば中国が武力行使に出ることはほぼ必然的なため、民主・自由でまずまず豊かな生活をしている台湾人にとっては、これも極力避けたい選択肢である。従って「藍派」と「緑派」はいずれも、台湾人が恐れているこの2つの選択肢のうちの1つに強く反対することで、自らの立ち位置を示して票固めを図ろうとするわけで、この構図は20年余りの間、基本的には変わっていない。
ただ、「反独立」と「反統一」は現状維持を志向する今の台湾人にとっては当たり前のことになってしまい、特段新味を感じるスローガンではないため、藍派・緑派の双方にとって、もう少し婉曲な言い方の「否定形アジェンダ」が必要になっている。つまり、馬英九前総統と蔡英文現総統はどちらも「現状維持」を主張していたのだが、馬氏は「統一寄り・中国寄りの現状維持」であり、蔡氏は「独立寄り・アメリカ寄り」の現状維持であったわけで、そのニュアンスの違いを出す言語表現が求められているのだ。
現在は、片方は「アメリカの駒になることに反対」で、もう片方は「アメリカを疑うことに反対」なわけだから、台湾の将来に関して、中国と共にアメリカが極めて強い影響力を持っていることが再確認されたと言えよう。いずれにせよ、このことがまさしくかつて故李登輝総統が1994年に故司馬遼太郎氏との対談で口にした「台湾に生まれた悲哀」に他ならない。自分だけで自分の運命を決められない悲哀だ。
3.日本にとって最悪のシナリオ
1月19日のエントリー「台湾をめぐる次の大戦の最初の戦い」で、筆者は、アメリカの有力シンクタンク・戦略国際問題研究所(CSIS)が1月9日に公表した台湾有事のシミュレーション結果を取り上げましたけれども、これについて、1月23日ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演した青山学院大学客員教授でキヤノングローバル戦略研究所主任研究員の峯村健司氏が次のように解説しています。
飯田)公表は9日ですから、2週間あまり前の話ですが、メディアやワイドショーなどでも取り上げられています。日本で報道されているのは「大きな代償を払うけれど、勝つ」というようなところですが。峯村氏は、アメリがが空母2隻やその他駆逐艦など艦艇を多数失うという物的、人的損失を考え台湾有事に参戦しない可能性を挙げ、シミュレーションした24パターンのうち敗北する2パターンに陥る可能性が高いと指摘しています。
峯村)勝つというところばかりがフォームアップされていますが、まったく違う。「ピントがズレている報道ばかりだな」というのが私の印象です。
峯村)今回、最大のポイントは大きく言うと3つあります。1つは、このゲームの前提条件がある「日本にある米軍基地を使える状況である」ということです。
飯田)日本の米軍基地を。
峯村)2つ目としては、米軍が台湾救援のためにきちんと参戦すること。3つ目は、米軍の参戦まで台湾が自力で領土を防衛することです。
峯村)そのなかでも、「米軍がしっかり参戦できるのか」が重要なポイントなのです。私は2013年にアメリカに行ってから、こうしたウォーゲームに参加しています。
飯田)そうなのですね。
峯村)「私が参加していたときと似たような評価だな」というのが私の印象です。なかでも今回のほとんどの勝ちシナリオで「アメリカの空母2隻を失う」という結果が出たことです。
飯田)アメリカの空母2隻を失う可能性。
峯村)空母を1隻建造するだけでも、1兆円と少し掛かります。乗組員は平時でも約5000人、有事ではさらに多くなります。2隻やられるということは、2兆円余りがパーになる。さらには、2万人以上の兵士が命を失うということです。
飯田)そうですね。
峯村)台湾有事のポイントは、こうした前提条件があっても、アメリカの大統領が「行け」と、「台湾を助けるために参戦しろ」と言えるかどうか。これがすべてなのです。
飯田)大統領が言うことができるのか。
峯村)私がこれまで参加したシナリオや、私自身が企画したシミュレーションなどでも、空母を派遣すると即決できる大統領にはお会いしたことがほぼありません。
飯田)シミュレーションでは大統領役をさまざまな人が担うと思いますが、決断できる人はまずいない。
峯村)そういうことですね。
峯村)今回、なぜ米軍が参戦できたかと言うと、架空の世界だからです。シミュレーションでは、将棋やチェスのように地図上でコロコロと玉を動かしているので、「空母がやられてしまったね」で済むわけです。では「リアルな世界でそんなことができますか?」ということです。
飯田)リアルに有事が起きた場合、そんなことができるのか。
峯村)それが今回のシミュレーションにおける、最大のポイントだと思っています。
峯村)このシミュレーションを中国がどう見たかが重要です。もしも私が習近平国家主席だったら、「やはりアメリカの空母は2隻やられるのだな」と確信を持ちます。CSISは今回、24回のシミュレーションを行っており、準備を入れるとほぼ1年弱を費やしたようです。私の知り合いも何人も参加していますが、相当、お金と時間を掛けた精緻なシミュレーションです。
飯田)精緻なシミュレーション。
峯村)これをもってしても、やはりアメリカの空母は2隻失われる。さらには、駆逐艦なども400~500隻失う。その結果を見て、習近平氏は「アメリカは参戦してこない」と考えるはずです。今回のシミュレーションはそういう意味なのです。
飯田)なるほど。
峯村)以上が、対中国はどう見るかということです。
峯村)では、対日本はどう見るのか。先ほど言った2つ目の前提条件である「日本の米軍基地が使用できるか」に着目するでしょう。中国から見れば、在日米軍基地を使用できないようにしたらいいのです。心理戦、法律戦など、さまざまな嫌がらせや圧力を掛ける。
飯田)中国が。
峯村)1つの脅しとして、日本に対し、「もし米軍基地をアメリカに使わせたら、日本人を100人捕まえるぞ」と。
飯田)中国にいる日本人を。
峯村)あとは、「核ミサイルを落とすぞ」と脅すこともありうる。そこで日本の総理大臣が「構わない。私の政治判断で米軍基地を自由に使ってくれ」と言えますか? ということです。そうした有事の際には「検討する」では済まされません。
飯田)即決しなくてはならないですから。
峯村)実は24パターンあるシミュレーションのうち、「2パターン」がポイントなのです。22パターンで勝っているのですが。
飯田)24のうち、22パターンで勝っているけれど。
峯村)負けている2パターンが問題です。負けている2パターンの1つが、日本が中国の脅しに屈してしまい、米軍が日本にある米軍基地を使えなかったパターンです。
飯田)米軍基地を使えない。
峯村)もう1つが、先ほど申し上げましたが、「やはり空母を2隻失ったらまずいよね」ということで、米軍が参戦しなかったパターンです。
飯田)大統領が「行け」と言えなくて。
峯村)台湾が単独で中国軍と戦い、ボロ負けしたと。この2つなのですが、これは24分の2ではありません。私はいままでいろいろな研究をしたり、シミュレーションに参加したりした結果、この2パターンになる可能性が最も高いと思っています。
飯田)どちらかと言うと、安全保障や兵器の話よりは、政治ファクターですね。
峯村)その通り台湾有事は軍事よりも政治の問題なのです。先日、自衛隊OBの方々が行ったシミュレーションのようなものを見ました。正直に申し上げて、あまり現実的なシナリオとは言えません。
飯田)あり得ない。
峯村)米軍が中国軍とガチンコで戦うようなシナリオはわかりやすい。ノルマンディーの戦いような上陸作戦をやる方が華々しいでしょう。しかし、実際の台湾侵攻では中国軍はそうする可能性が高いとは言えません。
飯田)現実的ではない。
峯村)戦争になるまでに、中国からどのようなプレッシャーを受けるのか。どのような外交上の駆け引きをやるのかが、台湾有事の肝なのです。私があえて「台湾有事」という言葉を使うのは、台湾戦争でも台湾海峡戦争でも中台戦争でもなく、「有事」だからです。私が最初のころから「有事」と使っているのはそのためです。
飯田)日本で言うと、米軍基地を抱える自治体等々の話になってきますね。
峯村)これは机上演習ですが、机上の空論ばかりでもいけないので、先週末、米軍横須賀基地を視察してきました。恥ずかしながら横須賀に行ったことがなかったものですから。
飯田)横須賀基地へ。
峯村)空母ロナルド・レーガンはまだ改修中でしたが、揚陸指揮艦のブルーリッジが帰ってきて、入れ替わりに別の自衛隊艦が出港するなど、目まぐるしく動いていました。日本の自衛隊の潜水艦も出航準備をしており、緊張感が漂っていました。
飯田)ここに第7艦隊の司令部があるわけですからね。
峯村)以前、取材したことがあるのですが、中国のゴビ砂漠に、まさに横須賀基地と同じ大きさ、同じ形の標的があるのです。横須賀基地の内部を見ると、その図のままなのです。中国軍がかなり上手く再現していたことを実感しました。
飯田)中国のつくった標的に。
峯村)衛星写真で爆撃したポイントを見ると、ガスタンクや司令部の跡などがありました。重ねて見ると「これか」とわかるくらいです。
飯田)標的を爆破した跡と重ねてみると。
峯村)当時の爆撃された映像を思い浮かべながら、実際の横須賀基地を見てみると、中国軍のミサイルの精度が上がっていることがわかりました。
飯田)横須賀だけでなく、南西諸島にもいくつも米軍基地がありますが、そこを本当に使えるのかどうか。日米安保上は一応、「日本政府の承認が必要」と書かれています。しかし、そのプロセスをどうするかは、さまざまな密約があったのではないかと言われていますが、それくらい重要というか……。
峯村)重要というか、それが「すべて」だと思います。今回のCSISのレポートを見て、ある新聞社が「やはり日本は巻き込まれる」と報じていますが、巻き込まれるのではありません。日本そのものの話なのです。先ほどのシナリオの「日本が米軍基地を提供しない」というパターンで考えると……。
飯田)日本にある米軍基地を使わせないと。
峯村)台湾もどこも被害を受けず、日本だけが批判されて、中国からも圧力を掛けられ、経済制裁を受けてボロボロになる。アメリカからも「日本は何をやっているのだ」と言われ、日米同盟も壊れるという最悪のシナリオになる可能性があります。気付くと、「日本だけが戦わずして負ける」という結果です。これが最も蓋然性が高いシナリオだと私は考えています。
飯田)日本が戦わずして負ける。
峯村)そうなった場合はどうなるのか。今回のCSISのシミュレーションの総括では、「アメリカは勝つかも知れないけれど、国力が弱まることにつながるかも知れない」というように書かれていました。日本もまさしくさらに弱体化することになるでしょう。
飯田)アメリカの国力が大きく弱まる。
峯村)日本も国を挙げて動かなくてはならないと思います。そうでないと、日本没落の決定打になるような最悪のシナリオにもなり得る話だと思います。
飯田)国際的にも、日米同盟もなくなってしまい、自分たちで守ることができなくなってしまう。
峯村)そういう意味では、台湾有事は日本の危機です。台湾が中国に併合されて、日本もボロボロになってしまったら、日本の末路はどうなるのか。そう考えると、一部の新聞の論調は危機感が足りないとしか思えません。
飯田)中国からすれば、日本は勝手に転がり込んでくるから。
峯村)そうなります。そもそも防衛的には、台湾を獲られてしまえば、南西諸島は実質、何も守れない状況になるのです。南西諸島は、片一方に鹿児島があり、もう一方に台湾があることによって、鎖のように強くなっている。しかし、片一方の台湾が獲られてしまったら、台湾というフックが取れて「ブラン」としてしまい、やられ放題になってしまいます。さらに、太平洋側からも攻撃にさらされるようになり、二正面で圧力を受ける。そういう最悪のシナリオです。
そして、「日本が米軍基地を提供しない」というパターンになった場合、台湾もどこも被害を受けず、日本だけが批判されて、中国からも圧力を掛けられ、経済制裁を受けてボロボロになる。アメリカからも「日本は何をやっているのだ」と言われ、日米同盟も壊れるという最悪のシナリオになる可能性があると述べています。
峯村氏はこの、気付くと、「日本だけが戦わずして負ける」という結果が最も蓋然性が高いシナリオだと述べています。
4.対台湾政策の基本的枠組み
では、日本は台湾有事に対してどう対応するのか。
これについて、一般社団法人「平和政策研究所」の西川佳秀・客員上席研究員は、2022年5月に寄稿した論考で次のように述べています。
【前略】西川氏は、日本政府は台湾は自国の一部とする中国の主張に同意しない一方で、「中台問題は中国の内政問題」とし、台湾を中国とは別の独立した主権国家として承認しているわけでもない、と指摘しています。
ウクライナとは異なり、台湾は一般の独立国家と同一には論じられない。台湾は中華民国として1971年まで国連に加盟しており、世界の主要な国は台湾を国家として承認していた。だが1971年のアルバニア決議(国際連合における中華人民共和国の合法的権利の回復)によって中国が国連安全保障理事国となり、それに抗議して台湾は国連を脱退した。その後多くの国は台湾と断交した。2021年12月時点で、中華民国を国家として承認し、公式の外交関係を持つ国は200近い国連加盟国の中で13か国(非加盟国のバチカンとソマリランドを含めると15か国)に過ぎない。独立した主権国家といい得るためには、他国からの承認が必要であり、現状では、国際社会において台湾が完全なる独立国家と認められているものとは言い難い。
その一方、中国は 「一つの中国」を唱え、台湾はあくまで中国の一部であるとして中台の統一を主張しているが、中国共産党が台湾を自らの支配下に置き、統治をした実績は一度もなく、また第一論文で見たように、中国史を遡っても台湾が中国の一部に属すとも言い難い。こうした実態から、中国の習近平指導部が台湾に対して「一国二制度」に基づく統一構想を提示してはいるものの 台湾では80%の人がこれに反対しており、蔡英文総統も民意を踏まえこの中国の提示は受け入れないと明確に宣言している。
では日本は、台湾をどのように位置づけているのか。1972年の日中国交正常化実現の際に示された「日中共同声明」では、「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する」という中国の主張に対して、日本政府は「この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」(台湾の地位について合意された日中共同声明第三項)との立場をとっており、中国の主張を「理解し、尊重する」が、中国の主張を受け入れ、それに同意したものではない。その一方で日本政府は、「中台問題は中国の内政問題」との立場も示しており、台湾を中国とは別の独立した主権国家として承認しているわけでもない。
台湾は、一般の独立した国家と同列に扱うことには無理があるが、中国が主張するように中国の一部とも言い難い。冷戦終焉後、セルビアからの独立を目指したコソボの事例とは異なり、台湾では中国からの独立を求める声は強くなく、多数派は現状の維持を希望している。それは、そもそも台湾が中国の一部であった歴史的実態が伴っていないため、中国からの独立を希求するモメントが生まれにくいこと、近年国際社会の承認が少なくなったとはいえ、戦後中華民国として事実上の独立を維持してきた経緯もあり、独立国家あるいはそれに準じる地位を今後も維持継続させることが台湾の人々を代表する声として定着していることを意味している。
かように、台湾の位置づけは非常に複雑かつ曖昧であるが、纏めるならば、
①台湾が中国の一部であるとの中国の主張を認めることには、これまでの統治の実績が伴わないことから疑義がある。
その一方、多数の国が台湾を独立国家として扱っているとは言い難い国際世界の現状に鑑みれば、
②国連追放後の台湾は主権国家に準じる政治共同体ではあるが、中国とは別の独立した主権国家と認めることにも無理がある。
日本は、中国と台湾の関係は内政問題と捉えている。だが「当事者間の平和的な話し合いで解決すべき内政問題」と明記している点は注意を要する。中台の平和的な話し合いがこの認識判断の前提となっているのだ。一方、最近の中台環境を見れば、「平和的な話し合いでの問題解決の動き」からは程遠く、中国は政治的軍事的な威嚇を台湾に加えることが常態となっており、台湾の中国への帰属を武力を行使しても実現する姿勢を強めている。国際社会の現状を暴力によって一方的に変更しようとする動きは、戦後確立された国際秩序に明らかに抵触するものであり、中国がそのような動きに出るのであれば、
③独立国家に準じる政治共同体である台湾の自由や平和は尊重されねばならず、それが暴力によって侵されることを国際社会は黙認することが出来ない。
大陸中国の一部とは言い難い台湾が、台湾に住む人々の意志に反して中国に武力を含む強制的な力によって併合統一される事態は、侵略に準じた行為とみなすべきである。
但し、台湾の安全保障問題及びそれに対する我が国の関与の在り方を考える際には、日本が日中正常化の際に示した認識が今日も基本的な枠組みとなることを忘れてはならない。
22年3月、台湾を訪問したポンペオ米前国務長官は、中華民国(台湾)について「自由で主権国家である」と述べ、アメリカは台湾を外交的に承認するべきだとの見解を示した。ポンペオ氏は、台湾の国家承認は「明白な既成事実を認めることだ」と指摘。アメリカは中国との関わりを維持するべきが、自由を愛する台湾の2300万人と民主的に選出された政府に対するアメリカの外交的承認はもはや回避できないとしている。
しかし、日本がこの立場を支持、さらに追随し台湾を独立国家として扱うことは、日中関係の基本枠組みを反故にすることになり、避けるべきである。対台湾政策の目的は、台湾の平和と安定が今後も確保される状況を維持することに置かれるべきで、殊更に中国との関係を悪化させ、日中の間に敵対関係を惹起させる必要はない。そうした事態を招くことは結果的に台湾を巡る国際関係を不安定化させることにもなり、日本の国益にも添わない。台湾の法的な位置づけに拘り、国際的な緊張を不用意に高めるよりも、台湾の安全を確保するという現実的実体的な目的の実現に意を用いることが大切である。
そして、2022年3月に訪台したアメリカのポンペオ前国務長官が、台湾について「自由で主権国家である」と述べた立場を支持し、独立国家として扱うことは、日中関係の基本枠組みを反故にすることになるから避けるべきだ、と述べています。
とはいえ、たとえ、日本が台湾を独立国家とした扱わないからといって、台湾有事が起こらない保証はないわけで、その時の備えは必要になります。
西川氏は、件の論考で、台湾有事の際の自衛隊の対応は次のようになると述べています。
最後に、台湾危機あるいは有事の際に自衛隊がとるべき行動について纏めておきたい。自衛隊は三つの法的な根拠に基づき、対応し行動することになる。このように西川氏は、自衛隊は「重要影響事態」、「存立危機事態」、「武力攻撃事態」のどれかに基づいて行動することになる、と指摘していますけれども、台湾有事の際、政府はこれらのどれかを認定できるかがポイントになります。要するに、台湾有事は日本有事だと認めるかどうかにかかっているということです。
第一は、台湾の危機・有事が「重要影響事態」と認定される場合である。「重要影響事態法(旧周辺事態法)」に基づき、「そのまま放置すればわが国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態」として「重要影響事態」と認定されれば、同盟国である米国の軍事行動に対して日本の自衛隊は後方支援活動、戦闘参加者の捜索・救助、船舶検査活動などの共同対処を求められることになる。
第二は「存立危機事態」、つまり、「日本と密接な関係にある他国が攻撃され、これにより日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」と認定された場合には、集団的自衛権の限定的な行使が可能になる。21年7月に麻生太郎副総理兼財務相(当時)は、中国が台湾に侵攻した場合、安全保障関連法が定める「存立危機事態」に認定し、限定的な集団的自衛権を行使することもあり得るとの認識を示している。日本は米国との連携を強化するとともに、中国の台湾侵攻に備えてさまざまな事態を想定し、十分に対策を練っておく必要がある。将来的には、憲法改正によって集団的自衛権の全面的に行使できるようにする必要があろう。
三番目が「武力攻撃事態」で、これは日本が攻撃を受けた場合で、当然のことながら防衛出動が下令される。中国軍部隊との戦闘に加え、米軍の保護を行う場合もあろう。
第二、第三のケースでは、台湾在留邦人、また台湾に近接する与那国島等南西諸島島民の救出や避難対策が必要となる。
なお、我が国に対する武力攻撃には至らないが、海上保安庁や警察では対処が困難なグレーゾーン事態も考えられ、この場合は防衛出動ではなく、自衛隊が海上警備行動や治安出動で対処することになる。
5.台湾有事は日本有事の真意
「台湾有事は日本有事」というフレーズは、安倍元総理が口にして一気に世に広まったと記憶していますけれども、2021年12月8日、BSフジLIVE「プライムニュース」に出演した安倍元総理は、これについてキャスターと次のようなやり取りをしています。
新美有加キャスター:安倍元総理は、台湾は与那国島などから近く、放置すれば我が国への直接の武力行使に至る恐れがあり、平和と安全に重要な影響を及ぼす事態、すなわち「重要影響事態」になる可能性が高いが故に、「台湾有事は日本有事」と述べたというのですね。
「台湾有事は日本有事だ。すなわち日米同盟の有事でもある。この認識を習近平主席は断じて見誤るべきではない」というご発言の真意は。
安倍晋三元首相 清和政策研究会(安倍派)会長:
中国への挑発ではない。ただ、中国が台湾に対して軍事的圧力を高めているのは事実。紛争は、能力のバランスが大きく崩れるとき、また相手の意思を見誤ったときに起こる。中国にとってのハードルを高くする必要がある。
反町理キャスター:
中国の反発として「公然とでたらめを言った」という副報道局長の発言があったが。
安倍晋三元首相 清和政策研究会(安倍派)会長:
副報道局長といえども、中国の意思を示したのだろう。いちいちこの発言に反応するつもりはありません。
反町理キャスター:
台湾有事とはどういう事態を想定しているのでしょう。
安倍晋三元首相 清和政策研究会(安倍派)会長:
上陸などの侵攻、サイバー攻撃、いろんな可能性がある。実態として、有事と平時の境がなくなりつつある。サイバー攻撃は、日本に対しても日常的に行われています。
反町理キャスター:
自衛隊と米軍の連携。平和安全法制で示された事態になるという理解でよいか。
安倍晋三元首相 清和政策研究会(安倍派)会長:
重要影響事態は、放置すれば我が国への直接の武力行使に至る恐れがあり、平和と安全に重要な影響を及ぼす事態。台湾は与那国島などから100kmほどしか離れておらず、そうなる可能性は高い。だから日本有事と表現しました。
反町理キャスター:
「見誤ってはいけない」。習主席だけでなく、日本国内へのメッセージの意味も?
安倍晋三元首相 清和政策研究会(安倍派)会長:
そうです。アメリカは台湾有事に関し曖昧戦略をとってきたが、明確に示す方がむしろ地域の平和と安定に資するのではないかという議論もある。アメリカの安保関係者は日本より深刻に捉えている。日本は今、フロントラインに立っている。これを支えるのは日米同盟、クアッドによる日米豪印の協力、「自由で開かれたインド太平洋」の構想に賛同する国々。事態は厳しい。日本も自覚を持たなければ。
反町理キャスター:
アメリカには台湾関係法がある。日本版は必要か。
安倍晋三元首相 清和政策研究会(安倍派)会長:
法律を作る以上に、我々は台湾との関係を強化している。ワクチンの提供もあった。これからも民間同士の対話を行い、政府にもフィードバックしていくのが大切。また、台湾のWHOなどの国連組織への参加を後押ししていき、国際場裡に引き上げていくこと。
新美有加キャスター:
防衛力強化について、「いわゆる敵基地攻撃能力も含め、あらゆる選択肢を排除せず」との岸田首相の発言がありました。
反町理キャスター:
安倍さんは2020年に首相として談話を出したが、敵基地という言葉を使っていない。
安倍晋三元首相 清和政策研究会(安倍派)会長:
日本の防衛の基本的な考え方は、日本は盾としてしっかり守る、矛の打撃力をアメリカが担うという分担。だが今の時代にそれで通じるのか。「アメリカは打撃力を使わないのではないか」と相手が思えば、抑止力は崩れてしまう。抑止力とは、日本に攻撃しようとする相手に思いとどまらせること。敵基地に限定せず、中枢に打ち込むことで機能を破壊できる能力を持っておくことが大切。打撃力、反撃力という方が正確だと思う。
反町理キャスター:
野党的な質問をすると、それは日本が軍拡競争に参加することになるのでは。
安倍晋三元首相 清和政策研究会(安倍派)会長:
あくまでも抑止力の向上。中国は30年間で軍事費が42倍になった。すでに我が国の防衛費の4倍。追い越すのではなく、日米、他の同志国と合わせて対抗し、バランスが崩れないよう努力するということ。
反町理キャスター:
防衛費をGDP比2%以上にすることも念頭に、というのが自民党の政権公約。
安倍晋三元首相 清和政策研究会(安倍派)会長:
2%の計算はNATO基準だから海上保安庁の費用も含むが、いずれにせよ相当努力していかなければ。アフガニスタンから撤退する際に、バイデン大統領は「自分の国を自分で守ろうとしない国民のためにアメリカの兵士は戦わない」とおっしゃった。当然のこと。
反町理キャスター:
安倍政権におけるアジアの安全保障戦略では、中国だけでなくロシアも視野に入れていた。
安倍晋三元首相 清和政策研究会(安倍派)会長:
日本は海を通して両国と国境を接している。そんな国は他にない。中露が手を組まないようにすることが大切で、ロシアとの関係改善の必要がある。残念ながら中露の艦船10隻が、日本列島周囲をぐるっと周る演習を行ったが。
更に安倍総理は、「紛争は、能力のバランスが大きく崩れるとき、また相手の意思を見誤ったときに起こる。中国にとってのハードルを高くする必要がある」と、中国との紛争を防ぐためには、習近平主席に対し、日米の台湾に対する意思を「見誤らせない」ことが大切だと述べています。その通りだと思います。
これに対し、冒頭のウォール・ストリート・ジャーナル紙の日本は台湾のために闘わない、という記事は、習近平主席に日米の意思を「見誤らせる」可能性があり、危険だと思います。
台湾有事で、物的・人的損失を被ってでもアメリカが中国と戦闘するのかどうか怪しいというのが事実であれば、なおさら、中国の軍拡に対してバランスが取れるだけの抑止力を持つなど、日米の台湾に対する意思を「見誤らせない」努力は必要になるのではないかと思いますね。
この記事へのコメント