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1.領土を譲ればNATOに加盟出来る
北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長のの首席補佐官を務めているスティアン・イェンセン氏の発言が物議を醸しています。
これは、8月15日、ノルウェー南部アーレンダールでのパネルディスカッションで、イェンセン氏はウクライナの将来のNATO加盟について「ウクライナの将来のNATO加盟問題については、大きな動きがある。戦争が繰り返されないようにすることは、すべての人の利益になる」とし、「ロシアは軍事的に非常に苦戦しており、新たな領土を獲得することは非現実的だと思われる。今はむしろ、ウクライナが何を取り戻せるかが問題だ」と発言しました。
これについてノルウェー・タブロイド紙のヴェルデンス・ガング(VG)から、ロシアとの和平と将来のNATO加盟を達成するためにはウクライナが領土を放棄しなければならないというのがNATOの見解なのかと質問されたのに対し、イェンセン氏は、「戦後のあり得るべき地位についての議論はすでに進行中であり、ロシアに領土を放棄するという問題は他の国からも提起されている」と指摘した上で「そうしなければならないとは言っていない。しかし、それは可能な解決策かもしれない」と答えたのですね。
当然ながら、この発言にウクライナは猛反発しました。
ウクライナのポドリャク大統領府長官顧問は「領土とNATOの傘の下の取引? 馬鹿げている……その意味するところは、意図的な民主主義の破壊を選び、国際的な犯罪者を励まし、ロシアの体制を守り、国際法を踏みにじって戦争を次世代に引き継がせることだ」とSNS上で一蹴しました。
また、ウクライナ外務省のニコレンコ報道官もイェンセン氏の見解を批判。「自国の領土の一部と引き換えにしたNATO加入に関する議論は絶対的に容認出来ない……ウクライナが潜在的に領土を割譲するような物語を作る上でNATO関係者が意識的あるいは無意識にでも関与することはロシアの思うつぼになるだけ」だとも反論しました。
実際、ウクライナの世論調査でも、「平和と独立の維持を可能な限り早く実現するために、ロシアに奪われた土地を諦めてもかまわない」と回答した国民は、昨年2月のロシアの全面侵攻開始以来、一貫して1割程度にとどまっています。
2.あのように言うべきではなかった
当然ともいえるウクライナの猛烈な反発に、イェンセン氏は翌16日に発言を変えました。
イェンセン氏はヴェルデンス・ガング(VG)紙のインタビューに次のように答えています。
イェンセン氏:この件に関する私の発言は、ウクライナで起こりうる将来のシナリオに関するより大きな議論の一部であり、あのように言うべきではなかった。あれは間違っていた。イェンセン氏は、NATOに停戦議論を始めたいと思っているのか、という直球質問に、ウクライナを支援することが重要だと話を逸らしました。
イェンセン氏:もし、もしと強調しておくが、交渉が可能な状況になった場合、地上の軍事的状況、領土、誰が何を支配しているのかが絶対的な中心となり、この戦争がどのような結果をもたらすのかに決定的な影響を与えることになる。だからこそ、ウクライナ人が必要としているものを支援することが極めて重要なのだ。
イェンセン氏:もうひとつ重要なのは、ウクライナが将来の安全保障を必要としているということだ。ウクライナの戦争は2020年に始まったのではなく、2014年に始まったのだ。ウクライナ戦争がどのような形で終結したかにかかわらず、戦争が終結したときにこのようなことが再び起こらないようにすることに、私たちは関心を持っている。そして、ウクライナの将来を守る信頼できる安全保障が必要なのだ。
イェンセン氏:しかし、我々はまだそこに至っていない。ロシアが侵略戦争を終わらせた兆候はない。ウクライナが独自に決定することなのだ。
VG紙:NATOには、この戦争の終結に向けた議論を始めたいという意向があるのでしょうか?
イェンセン氏:いや、それについてはあまり憶測で語らないように注意したい。今、最も重要なことは、ウクライナ人を支援することだと思う。彼らは反攻の真っ最中だ。私達が期待していたよりも、事態の進展が少し遅いと多くの人がコメントしている。しかし、アーレンダールでの討論会でも申し上げたように、私はこれに楽観的な見方も加えたい。戦争が勃発したとき、ウクライナは数週間から数日のうちに崩壊するのではないかと懸念されたことを覚えておいてほしい。しかし、それはまったく起こっていない。彼らは権力者たちに対して英雄的な努力を示した。今の問題は、ウクライナがどれだけの領土を取り戻せるかだ。
イェンセン氏:(今のところロシアが方針を変える)意志は見られない。だからこそ、ウクライナが軍事的進歩を遂げることで、モスクワの計算を変え、時間がないこと、時間をかけても勝てないことをモスクワにはっきりさせることが重要なのだ。私の上司であるイェンス・ストルテンベルグが言ったように、武器は平和への道なのだ。ウクライナの安全保障の問題は、将来的な解決策の一部となるに違いない。
VG紙:安全保障とはどのようなものでしょうか?
イェンセン氏:今それを推測するつもりはないが、このようなことが二度と起こらないようにするための枠組みが必要だ。今重要なのは、ウクライナ側が戦場で前進を遂げることであり、それ以外のことはその後だ。
件の発言は間違っていた、という割に、肝心の事に答えていません。何か、こう、含みのある印象を受けます。
3.撤回前提の観測気球
今回のイェンセン氏の発言について、最初から撤回を前提にした地ならしだ、という意見もあります。
日本経済新聞コメンテーターの秋田浩之氏は、8月18日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。この発言について次のように解説しました。
飯田)ウクライナ情勢についてですが、ウクライナは北大西洋条約機構(NATO)への加盟を望んでいます。しかし、そのNATO幹部が「ウクライナが領土を諦め、その代わりに加盟するという解決策もあり得ると思う」と発言しました。翌日に事実上、その発言は撤回に追い込まれましたが、ヨーロッパも足並みが揃っていないのでしょうか?このように、反転攻勢が上手くいかなかったときも考慮し、どこかで落としどころを探して欲しい、という観測気球を上げたのではないか、というのですね。筆者もその線は濃いと思います。
秋田)私は5月にエストニアのタリンで開かれた国際会議に行きました。そこではエストニアの国防軍トップや、ラトビアの首相にインタビューする機会がありました。
ロシアに対して最強硬派のバルト三国とポーランド ~バッファゾーンを経ているドイツやフランスと「ウクライナにどこまで押し返して欲しいか」に温度差
秋田)バルト三国とポーランドは帝政ロシアの時代から、何度もロシアに侵略・併合された歴史がありますので、ロシアに対してはヨーロッパのなかでも最強硬派であり、厳しいのです。
飯田)バルト三国とポーランドが。
秋田)それに対して、バッファゾーン(緩衝地帯)を経てロシアと向き合っているドイツやフランスももちろん、ロシアには厳しいのですが、「第三次世界大戦になるようなことだけは避けたい」というところに力点があるのです。
飯田)ドイツやフランスなどは。
秋田)一方、バルト三国とポーランドは「併合されたくない」というところに力点があるので、それぞれウクライナに「どこまで押し返してもらうか」という点で温度差があるのですね。
米大統領選も控え、撤回を前提にわざと発言した可能性も ~ある程度のところで「ウクライナに停戦交渉に入って欲しい」という声の地ならし的な発言か
秋田)今回の発言は、NATO事務総長の補佐役を長年やっていた人によるもので、いわば官僚です。
飯田)ノルウェー出身のスティアン・イェンセン氏ですね。
秋田)その人が、口を滑らせてこんな問題発言をするとは思えないのです。
飯田)こんなあからさまな言い方をするとなると。
秋田)深読みすれば、ウクライナの反転攻勢がなかなか上手くいかないなかで、11月からはアメリカの大統領選が本格化します。トランプさんなどは「ウクライナ支援は欧州にすべてやらせるべきだ」というような立場です。
飯田)そうですね。
秋田)そうしたなかで、ウクライナにある程度のところで「停戦交渉に入って欲しい」という声も出てくると思います。そのため、地ならしも含めて発言し、その上で撤回したという面もあるかも知れません。
飯田)ウクライナに対して、「それも考えておいて欲しい」というようなメッセージですか?
秋田)「そういう趣旨ではなかった」と撤回する前提なのですが、そういうことを言う。そのような発言がいろいろ出てくれば、ウクライナも「反転攻勢をさらに早く進めなければいけない」という無言のプレッシャーになります。
飯田)ウクライナに対して。
秋田)上手くいかなかったときは、クリミア半島をすべて取り返すところまでいかなくても、「どこかで落としどころを探して欲しい」という肩たたき的なシグナルもあるのではないでしょうか。
飯田)フランスのサルコジ元大統領が、いまのマクロン政権のやり方は、「途中まではプーチン大統領と対話もしていてよかったのだけれど」というようなメッセージを出しましたが。
秋田)2月にミュンヘン安全保障会議に出る機会がありましたが、そこで感じたのは、「欧州の雰囲気は簡単にまとめて言えるものではないな」ということです。
飯田)複雑なところがある。
秋田)ただ、気を付けなければならないと思うのは、ボトムラインはフランス、ドイツも含めて「ロシアを絶対に敗北させなければならない」というところです。ここは最低限、みんな一致していると思います。その上で、1ラウンドで「ウクライナがどこまで戦うのか」については温度差があるということです。
8月15日のエントリー「米露極秘会談と停戦の条件」で、米露がウクライナ戦争について、水面下で停戦条件を模索し始めているのではないかと述べましたけれども、今回のNATOのイェンセン氏の発言が観測気球だったとしたら、これも停戦への流れに乗っていることになります。
その意味では、大きな流れとして、西側も裏では停戦を望んでいるともいえ、世論含めて収めどころを探し始めていると言ってよいのではないかと思いますね。
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