中国が外交カードにするALPS処理水

今日はこの話題です。
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1.日本産水産物輸入全面停止


8月24日、中国の税関総署は「日本水産物の輸入全面停止に関する公告」を出し、原産地を日本とする水産物(食用水生動物を含む)の輸入を全面的に停止すると発表しました。

輸入停止の理由は、東京電力福島第1原子力発電所のALPS処理水の海洋放出による食品への放射線汚染リスクを防ぎ、中国の消費者の健康と輸入食品の安全を確保するためとしています。

中国は既に、福島県、宮城県、茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、長野県、新潟県の10都県産を輸入停止していました。また、10都県産以外の野菜、果実、乳、茶葉およびこれらの加工製品等についても、事実上輸入停止状態となっていました。香港も本土に足並みを揃え、24日から10都県からの水産物輸入を禁止する考えを事前に明らかにしていました。

2022年の農林水産物・食品の輸出額統計によると、2022年の水産物の輸出総額は3873億円で、輸出先の1位は中国、2位が香港、3位がアメリカとなっていますけれども、中国向け輸出額は871億円、香港向けは755億円です。中国向け輸出の品目では、ホタテ貝が467億円、なまこが79億円、かつお・まぐろ類が40億円となっています。

水産物輸出総額に占める中国の比率は22.5%、香港は19.5%、合計で42.0%。中国による水産物の輸出停止措置は、日本の水産物輸出、水産業にとっては打撃となることは否定できません。

ただ、中国及び香港向け水産物輸出が輸出全体に占める比率でみると0.17%に過ぎず、輸入停止が1年間続いても、日本のGDPの押し下げ効果は0.03%程度と、日本の輸出あるいは経済に与える影響は限定的と見積もられています。


2.全く想定していなかった


ただ、中国の日本の水産物全面輸入停止に日本政府は慌てています。

8月25日、野村哲郎農相は閣議後記者会見で、「大変驚いた。全く想定していなかった……日本からの食品輸入の規制緩和・撤廃という国際的な動きに逆行するもので極めて遺憾だ」と、即時撤廃を申し入れたことを明らかにしました。

野村農相は、中国がこれまで10都県の食品の輸入を停止していたため、「10都県は対象になるのかなと思っていた。どのぐらい拡大していくか、すべてなのかどうかは全く想定していなかった」と述べ、政府が農林水産物・食品の30年の年間輸出額5兆円達成を目指していることについて「難しい。全体の輸出が減少することは間違いなく避けられない……中国が輸入を禁止した分を、どこに振り向けていくのか政府全体でも検討していく」と、国内消費の拡大や新たな輸出先の開拓など必要な対策をとると強調しました。

ただ、中国は日本の抗議を聞き入れて正すなんて考えられないですし、それ以前に「全く想定していなかった」なんて、ちょっと脇が甘すぎると思います。




3.自然界と同じレベルになっているALPS処理水


福島第一原発では、汚染水を処理したあとに残るトリチウムなどの放射性物質を含む処理水が1000基余りのタンクに保管され、容量の98%にあたる134万トンに上っています。

中国は、日本が海洋放出したALPS処理水を「核汚染水」と呼び、食品が放射線汚染されるから輸入を禁止したと説明していますけれども、実際はどうなのか。

東京電力は、原発周囲海域で毎日海水を採取してトリチウムの濃度を分析しているのですけれども、25日夕方に、24日に採取した海水の分析結果を公表しました。

それによると、トリチウムの濃度は港湾内10地点のいずれも、1リットルあたり10ベクレルを下回り、殆どは2~3ベクレルで、2Km圏内だと0.1ベクレル程度と全く問題ないレベルです。

ALPS処理水に含まれるトリチウムについて、筆者は2021年4月のエントリー「日本は原発処理水を十分に処理している」で取り上げたことがあります。その中で、海水中に存在する天然のトリチウムの濃度は1リットル当たり約0.1ベクレル程度で、雨には1ℓ当たり約0.4ベクレル含まれていると紹介し、各道県の原発周辺のトリチウム濃度の測定結果では、福島原発近くの海で測ったトリチウム濃度は2019年度で1リットルあたり最大0.66ベクレル。もっとも多い福井県の原発周辺海域でも、1リットルあたり最大12ベクレルとなっていることを示しています。

今回の測定結果のグラフには、2019年4月~2021年3月の日本全国の変動範囲トリチウム濃度も合わせて示されていますけれども、その幅は0.043Bq/L~20Bq/Lです。つまり、福島原発から海洋放出されたALPS処理水に含まれるトリチウムは自然界のそれと同じレベルにまでなっているということです。

東京電力は、処理水の放出前に同じ海域の海水を分析した際には、1リットルあたり1ベクレル程度以下で、その結果と比べて大きな変化はない見込みだとしていますけれども、2Km圏内で0.1ベクレル程度にまで薄まることを考えると、自然変動というか”さざ波”程度の差しか見えてこないのではないかと思います。

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4.冷静な日本国民と慌てふためく中国人民


この結果を国民は冷静に受け止めています。

25日、東京の築地場外市場は、朝から多くの旅行客ら賑わい、店舗関係者や消費者からは「検査で安全が確認されており偏見はない」、「おいしい魚なら買う」との声が上がる、魚を捌いていた男性は「福島の魚は検査を受けており安全。使わない理由はない」と語り、新潟市から観光で訪れた40代の女性は「処理水をいつまでもタンクにためておくわけにはいかない……あまり神経質になると風評被害が出てしまう。おいしければ、どこの魚でも買う」と話しています。

今のところ魚からトリチウムは検出されていません。

26日、水産庁は、東京電力がサンプリングを実施するT-S3(放出口の北北東へ約4km)、T-S8(放出口の南南東へ約5km)と同じ位置で水産物のサンプリング調査を行った結果を公表しています。

それによると、ホウボウとヒラメの筋肉からはトリチウムは検出されず、まったく問題ない結果となっています。

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一方、自分達で勝手に風評を作り出して大騒ぎしているのが中国人民です。

中国は日本からの水産物輸入を全面中断し、国営メディアはAPLS処理水を核汚染水として、危険性を毎日のように報じている影響からか、中国各地では塩の買い占めが起こっています。

中国メディアなどによると、24日には山東省東部の港町、威海市内のある市場に塩を買うため数百人の市民が集まり、わずか1時間で販売された塩の量は4トンを上回ったそうです。また別の港湾都市、遼寧省大連のコンビニでは店主が数百箱の塩を積み上げ、通常の2倍の価格で販売。中国の美団、盒馬鮮生、ディンドン・ケイマンなど食品のネット通販サイトでも塩が全て売り切れています。

中国当局や漁業関係者などは福島処理水放出に強く反発する一方で、国内の過度な不安の広がりを警戒しています。

24日、中国塩業連合会の王暁慶・理事長は、中国メディアの取材に「中国は厳格な食品安全規定を持つので、韓国人のやり方をまねしないよう願う」と述べ、中国の有名コラムニストの胡錫進・元環球時報総編集長は「上海の日本食堂にはたくさんの客が来ている。上海市民は韓国人よりも理性的だ」と記事にしています。

また、この日、中国国営メディア各社は「青海省のチャカ塩湖には全国民が70年間使える量の塩がある」とニュースで一斉に報じ、25日には、中国市場監督管理総局が塩の価格に対するモニタリングに力を入れていると発表しています。




5.政治的に利用したい中国の焦り


8月20日、処理水を海に放出する日本政府の方針をめぐり、フジテレビ「日曜報道 THE PRIME」に出演した自民党の小野寺五典元防衛相は、韓国政府は国際安全基準に合致しているとの見解を示したIAEA(国際原子力機関)の包括報告書を尊重する考えを示していることを指摘し、「大人の対応をしてもらっている」と述べました。

その一方、中国については、「中国は政治的に利用している……危険だ、危険だと言っているが、中国や台湾の漁船は大挙してサンマを獲りに来ている……言っていることと、やっていることが全く違う」と指摘。そして、「外交的にこういう矛盾を言って、政治的にしっかり対応すべきだ」と訴えています。

中国は執拗に、処理水放出を強く非難し続けていますけれども、これは中国の焦りの現れではないか、という指摘もあります。

日本テレビの小野高弘解説委員は、中国の国営テレビで、福島第一原発の処理水問題を特集しているものを例に挙げ、日本への批判の声を取材しているものの、出てくるのはペルーの漁師たちで、ザンビアやレバノンにも行って話を聞いていると指摘しています。

小野解説委員によれば、「表立って日本を批判する国が中国以外にあまり見当たらない中、こういった国に行ってまで、『いろんな国が批判している』と演出しようとしているとみられます……7月から8月にかけて行われた、核問題について話し合う国際会議『NPT再検討会議準備委員会』では、日本の処理水放出について、10か国以上が意見表明しました。ただ、日本を批判したのは中国だけだったといいます」と述べています。

そして、「中国は『処理水が安全だとは思えない』という批判の急先鋒に名乗りを上げましたが、気付けばその輪が広がらず、国際社会の中で中国だけになりました。ただ上げた拳をもはや下ろせないため、猛抗議し続けるしかない状況にあるとみています……また外務省幹部からは『中国とは、こうしたらすぐ改善するという”魔法のレシピ”はない。中国が言っているのは非科学的なことなのでどこかで苦しくなると思うが、こちらは粘り強くやるしかない』という声が聞かれました」とコメントしています。そうかもしれません。




6.更なる報復を想定せよ


小野解説委員は、「日本政府が一番気にしているのは、日本の水産物の輸入規制強化です。官邸関係者は『中国は何をしてくるか読めない。規制をさらに厳しくするのか、品目を増やすのか、どう反応するのか注視している』と話します」と述べていますけれども、筆者は水産物だけでは済まない可能性もあるのではないかと思っています。

これに関連して、野村総研エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏は次のように述べています。
中国との関係悪化によって、今後日本経済に大きな影響が及ぶ可能性があるとすれば、中国の対日貿易規制措置の対象が他の分野へと広がる場合だろう。

米国は中国に対する先端半導体や先端半導体製造装置の輸出規制を昨年10月に始めた。さらに、米国からの求めに応じて、日本やオランダも先端半導体製造装置の輸出規制で米国に足並みを揃えた。それに対する報復措置とみられるが、中国政府は8月1日から、半導体の材料となるレアメタル(希少金属)であるガリウム(8種類)と樹脂や電化製品などに使われるゲルマニウム(6種類)の関連製品、さらに次世代半導体の基板などに使われる窒化ガリウムの輸出規制を始めた。

さらに、米バイデン政権は8月9日に、従来から検討してきた対中投資規制の大統領令を発表した。米国の資金が中国の軍事力強化に利用されることを避けるための措置である。対中国のハイテク輸出規制を資金面から補完することを目指すものだ。さらに米国は、他の先進国にも同様の措置を要請する方針だ。

日本が投資規制でも米国に同調する場合、中国は日本も意識した輸出規制の報復措置を検討する可能性があるだろう。そして、中国政府はレアアース(希土類)や特定の鉱物の輸出規制で報復する可能性がある。その場合には、日本経済にとっては大きな打撃となることは避けられない。

このようなリスクも踏まえると、政府は、処理水放出を受けた中国との関係悪化だけでなく、対中投資・輸出規制で米国との連携のあり方についても慎重に検討していく必要があるだろう。
木内氏は、アメリカが行っている対中投資規制に日本が同調すれば、中国は日本も意識した輸出規制の報復措置を検討する可能性があると指摘しています。

一方、評論家の石平氏は、経済危機にある中国は人民の不平不満を逸らすため、日本をエスケープゴートにしているという可能性と、もう一つ、今後処理に時間がかかる処理水はそれ自体が長年に渡って日本を叩くネタになると、これまで外交カードとして使ってきたものの効果が薄れてきた「歴史カード」の代わりとして使い始めたと指摘しています。

このようにエコノミストが中国の報復の可能性を指摘し、また歴史カードの代わりとして外交カードにしてくるような相手に対し、どこかの農相のように「全く想定していなかった」では甚だ心許ないと言わざるをえません。日本政府には、実弾が飛ばない戦争が起こっているのだ、という認識を持って当たっていただきたいと思いますね。




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この記事へのコメント

  • yoshi

    >日本政府には、実弾が飛ばない戦争が起こっているのだ、という認識を持って当たっていただきた
    >いと思いますね。
    全く同感です。
    2023年08月27日 13:13