実利主義イギリスの対中戦略

今日はこの話題です。
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1.英中外相会談


8月30日、イギリスのクレバリー外相が中国の北京を訪問し、外相に復帰した王毅政治局員と韓正国家副主席と相次いで会談しました。

イギリスの外相が中国を訪問するのは、5年ぶりのことで、イギリス政府によると、クレバリー外相は一連の会談で「台湾海峡の平和と安定が国際社会にとって重要だ」と訴え、新疆ウイグル自治区の人権問題についても取り上げたということです。

また、香港国家安全維持法の施行により「国際社会で中国の評価に傷が付いた」と指摘したほか、ロシアによるウクライナ侵攻や北朝鮮の核問題についてもイギリス側の立場を明確に示したとしています。

その一方で、「対話の重要性」と「建設的な関与の必要性」も強調しました。

これに対し、王毅政治局員は、「中英関係の後退ではなく、前進を促さなければならない。貿易・金融大国として、マクロ政策での連携を強化すべきだ」と強調。「対話と協力は中国の対イギリス政策のキーワードだ……両国は金融大国で世界経済の回復に貢献するべき」と経済分野での協力を呼びかけたる一方、台湾問題については、「台湾独立は台湾海峡の安定と相容れないものだ」として牽制しました。

これにクレバリー外相は、台湾を中国の一部とする中国の立場に異を唱えない「一つの中国」政策を堅持すると伝え、経済や再生可能エネルギー分野での協力を強化する意向を示したとのことです。

また、クレバリー氏は韓正国家副主席との会談で、両国が「誤解を避けるため」対面での意思疎通を継続することが重要だと訴え、韓副主席は「経済貿易協力は中英関係の健全かつ安定的な発展の基礎だ」と指摘したと伝えています。


2.台湾を独立国と呼んだ英国議会


クレバリー外相は随分中国に対して低姿勢のように見えなくもありませんけれども、一部議員からは批判されているようです、

クレバリー外相はBBCの中国特派員スティーブン・マクドネル氏の取材に応じ、英国は意見の相違分野をめぐって中国と関わり、「相互の利益になる場合には」協力すべきだとし、「私たちは中国と根本的に意見の相違がある分野については明確に認識しており、会談の際にはそうした問題を提起する。しかし、世界中で私たちに影響を与える問題のため、中国とは現実的で賢明な協力関係を築かなければならないことを認識することも重要だと思う」と述べています。

今回の訪中は、コモンズ外交委員会がインド太平洋におけるイギリスの政策に関する新しい報告書の中で、中国に対する政府のアプローチを批判した中で行われました。報告書は中国共産党の活動を「英国とその利益に対する脅威」とし、これが政府のアプローチに一貫性が欠如していることへの懸念を引き起こしており、官民セクターに指針を提供するために機密でない中国戦略を公表するよう求めています。

更に、イギリスの保守派の中には中国訪問には何のメリットもないとの見方も出ています。

リズ・トラス元首相を含むさまざまな議員は、中国政府を国家安全保障上の懸念と位置付けるべきだと提案。中国から制裁を受けた5人の国会議員のうちの1人である元保守党党首で大臣のイアン・ダンカン・スミス氏は、イギリスの立場は「ひどく宥和的な匂いがする……我々はもっとビジネスを望んでいるようなので、中国人をあまり怒らせたくないのだ……結局のところ、彼らは私たちが弱すぎると思っているだ」と述べています。

また、労働党の影の外務大臣デービッド・ラミー氏は、保守党政権の10年以上にわたる「中国に対する分裂、矛盾、自己満足」を非難し、政府は英国国会議員に対する中国の制裁解除など「目に見える外交的勝利」を確保する必要があると指摘しています。

イギリス議会は、台湾を「独立国」と呼ぶなどしており、イギリスも一枚岩ではないようです。


3.実利主義の英国の対中戦略


イギリスは中国に対して、どういうスタンスでいるのか。

これについて、昨年10月に財務省が「英国と中国の二国間関係 ~実利主義の国・英国の対中戦略~」というレポートを出しています。

そこからエグゼクティブサマリーを引用すると次の通りです
1.香港問題を軸に考察する英国の対中国政治スタンス
18世紀後半、英国は、対清貿易赤字とそれに伴う銀の流出に対処すべく、アヘンを植民地インド経由で清に売り、インドから英国へ銀が還流する三角貿易を作り上げた。アヘンを巡り清との間で勃発した1839年第1次アヘン戦争の結果結ばれた南京条約により香港島を割譲して以来、英国は、世界的な金融・貿易ハブである香港の礎作りに関与するとともに利益を得てきた。例えば、英国の代表的金融機関であるHSBCホールディングスの前身となる上海香港銀行は、アヘン交易で得られた収益等の英国本土への送金ニーズに収益機会を見出して設立され、今日でも最大収益源は香港であると共に、英系スタンダードチャータード銀行と共に香港ドル発券機能の一翼を担っている。1984年の「英中共同宣言」に基づく一国二制度の下、1997年に香港が中国に返還されて以降、英中関係は急速に深化していく。この間、ブレア、ブラウンの労働党政権は、中国を巡る人権問題に正面から切り込まず経済的関係を優先、2010~2016年の保守党キャメロン政権下で英中関係は「黄金時代」を迎える。しかし、続くメイ政権以降、香港での民主化運動激化を契機に英中蜜月関係には陰りが見え始める。そして2020年の香港での「国家安全維持法案」の可決を受け、ジョンソン政権は香港居住者の英国居住権獲得プロセスの簡素化、武器禁輸措置の香港への適用、香港との犯罪人引渡し条約の即時且つ無期限停止等の措置を講じた。しかし天安門事件や新疆ウイグル自治区における人権侵害に対して講じた制裁措置に比べると限定的な対応であった。ジョンソン政権では、新型コロナウィルス発生源に関し説明を果たさない姿勢やウクライナを侵略したロシアとの友好関係を維持強化する中国を批判しつつも、両国間のハイレベルな対話の枠組みである「英中合同経済貿易委員会」、「英中経済・金融財政対話」の再開に向けた動きも見られた。

2.貿易・投資を巡る英中関係
英中間の貿易収支は英国の赤字が続く。2021年、中国は英国の第1位の輸入相手国となったものの、英中両国が、貿易、特に天然資源等の重要品目で依存関係にあるとは言えない。資本取引では、英国が国外に有する金融資産全体に中国と香港が占める割合は、資産・負債いずれも約2%と僅か。直接投資は英国から中国や香港への投資がその逆よりも多く、金融分野が多数を占める。しかし中国の対内直接投資規制により伸びは限定的であり、中国から英国への直接投資に関してもEU離脱に伴う投資環境の不透明化及び昨今の5G網や原発建設への中国企業参入を巡り英国内での警戒感の高まりが制約要因となる。但し、2021年に英国で「国家安全保障・投資法」が成立したものの、マイクロチップ会社の中国企業への売却が承認されるなど、同法の実効性には疑問がていされる。証券投資に関しても同様に、英国から中国への投資が大きい。英国からの証券投資に関しては、資本規制が緩い香港を通じた取引が多く、HSBCやスタンダードチャータード銀行などの英系銀行が仲介を果たしてきたが、近年、ロンドン・上海ストックコネクトや現在協議中の英中ボンドコネクトを始めとして、中国本土と英国を直通するチャネルが整備されつつある。なお、中国から英国への証券投資も増加傾向にあり、この点、2014年の英国による人民元建てソブリン債発行などが挙げられる。その他、英国はグリーンファイナンス分野で中国の発展を後押ししている。これらの英中間の貿易や資本の結びつき強化を後押ししてきたのが両国間の閣僚レベルの対話枠組みである「英中合同経済貿易委員会」及び「英中経済・金融財政対話」であり、多数のアジェンダで具体的な成果を上げてきた。

3.人的交流から考察する英中関係
中国は英国内の外国人留学生出身国第1位。大学等の教育機関が経済的恩恵を受ける反面、技術移転や学問の自由侵害の恐れも指摘されており、近年政府を中心に警戒感を顕わにするが、大学側はパンデミック下における渡航制限による学生数の減少と、それに伴う学費収入の減少により慎重姿勢を見せている。各種の世論調査から伺える英国人の対中感情は、香港問題を機に悪化傾向にある。中国には人権問題で対抗するべきと考える人が最も多い上、香港人に英国籍を与えるべきと考える人が半分を超えるなど、一般の英国人は政府に比して価値や規範を重視する傾向が高いように思える。

4.英中関係の今後
外国において、人権問題を始めとする民主主義的価値観が脅威に晒された際のこれまでの英国の対応は、対象地域との経済的利害の程度によって差があるように思える。2021年に発表された今後10年間の外交指針をまとめた「統合レビュー」では、中国を「体制上の競争相手」とは見做すものの明確な脅威とは位置付けていない。金融分野を中心に進む二国間の関係強化は、気候変動対策に貢献するグリーンファイナンスや原子力発電所への投資拡大と相俟って更に深まる可能性もある。また、香港における民主化抑圧の動きに対し強硬な態度を取らなかった姿勢は、東アジア最大の地政学リスクとなる台湾海峡の対立を巡る、英国の対応を推量するのに役立つ。英国が、中国との関係悪化に伴う経済的恩恵の減少を懸念し中国の振る舞いに寛容になるか、米国と共同歩調を取り、台湾を擁護する効用が大きいと判断するかは未だ見通せないが、中国あるいは台湾との関係維持により得られる経済的利益の比較考量は、大きな判断材料となると考えられる。また、英国与党保守党内で対中姿勢を巡り分裂の動きがあることにも注意を要する。9月7日にはトラス新政権が発足したが、同政権は対中政策を英国新政権の優先課題の一つと位置付け、同志国との連携を強化しながら対峙するとの大方針の下、「統合レビュー」の早期見直しを表明している。日本としては、人権、民主主義や法の支配等の基本的価値観を共有しつつも、実利主義に基づく対応を取りがちな英国の出方を冷静に観察しながら、連携を深めて行く必要がある。
このように報告書は、イギリスは人権問題など、民主主義的価値観が脅威に晒されても、その対応は「対象地域との経済的利害の程度によって差がある」と指摘しているのですね。

身も蓋もない言い方をすれば、「金になるなら介入するが、そうでないなら適当に対応する」ということです。

報告書は対中国の対応について「経済的利害に乏しい地域の人権問題に関しては強硬な姿勢を取るものの、中国や香港のように、自国が既得権、あるいは将来獲得し得る利得を損なう可能性が高い場合、民主主義的価値観が脅威に晒されても、実効性ある制裁発動には慎重姿勢を見せてきた」と述べています。

報告書は最後に、イギリスが実利主義に基づき、日本が期待するように中国と対峙しない可能性も念頭に置き、冷静に対応する必要がある、と指摘していますけれども、イギリスが日本にアプローチをしてくるのは、金になるときだけ、という「醒めた視点」もしっかりと持っておく必要があります。

その意味では、日本は経済大国の座から後退するのは、イギリスから見捨てられる可能性を増すことであり、しっかりと国内経済を活性化していかなければならないと思いますね。


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この記事へのコメント

  • HY

     中国向けの与信はイギリスが2千億ドルを超えて世界一位となっており、デカップリングはもちろん中国経済の崩壊も避けたいのがイギリスの本音です。かといって独裁国家中国の言いなりになることもアングロサクソンの血が許さないので、日本と手を組もうとしているのがあると思います。こういうのはちょっと刺激的かもしれませんが、日本にこそ中国と対峙してほしい(もっと言うと戦ってほしい)というのが彼らの「本音」でしょう。
    2023年09月02日 17:35