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1.ダブル・デフレの中国
9月9日、中国国家統計局は8月の消費者物価指数が去年の同じ時期より0.1%上昇したと発表しました。マイナスだった7月からプラスに転じたものの、上昇は小幅にとどまっています。
その内訳は、「ゼロコロナ政策」の終了後初めての夏休みを迎え、旅行が14.8%上昇する一方、食品は1.7%下落し、ガソリンなどの燃料も4.5%のマイナスとなり、デフレへの懸念が続いているのですけれども、これに不動産不況を加え、物価の下落と不動産価格の下落とが同時進行する「ダブル・デフレ」の懸念が高まっています。
また、中国税関総署が9月7日に発表した8月の貿易統計では、輸出は前年比8.8%、輸入は7.3%とそれぞれ減少しました。輸出のマイナス幅は7月の14.5%から縮小し、市場予想の9.2%より小幅で、輸入も減少ペースが前月の12.4%から鈍化し予想の9.0%程には落ち込みませんでした。
8月の貿易黒字は683億6000万ドルと、前月の806億ドルから黒字幅が縮小。市場予想の738億ドルも下回っています。
HSBCのアジア担当チーフエコノミスト、フレデリック・ノイマン氏は「貿易指標はわずかながら改善しているが、深読みすべきではない。貿易は依然として縮小している……安定化の兆しは少し見えるが、まだ先は長い」と指摘。
国泰君安国際のチーフエコノミスト、周浩氏は「貿易統計は小幅に改善したが、逆風がなお存在することを示している」と述べ、中国の貿易活動が既に底を付けたかどうかは複数の要因に左右される見通しで、最も重要なのは内需だとしています。
その内需ですけれども、個人は新規の住宅購入に慎重で、それが市況の下落を長引かせています。また、若年層を中心に雇用情勢も悪化した状態が続き、1990年代のバブル崩壊後の日本を念頭に、「中国の日本化(ジャパナイゼーション)」も議論され始めているのだそうです。
2.中国の日本化
では、「中国の日本化」は本当に起こっているのか。
これについて、フィデリティ投信/マクロストラテジストの重見吉徳氏は、「中国の日本化」について考える標準的な方法として、「(1)バブル崩壊直前の日本と、(2)現在の中国とを比べて類似点や相違点を探す」があると指摘しています。
重見氏は、その例として、「人口のピーク」や「総信用のGDP比」を挙げ、次のように分析しています。
・バブル崩壊に至る過程やバブル発生の要因はだいたい同じです。とくに不動産のバブルは、(1)金融緩和があり、(2)おおむね、家を持つ年齢の人口の割合がピークに達する頃に生じがちです。このように重見氏は、「中国の日本化」はまだ分からない、としています。
・30代や40代など、持ち家を取得する年齢に近い人たちが増えると、住宅への需要が高まります。合わせて、住宅への需要は、道路や鉄道、学校などのインフラの建設や、自動車や家財、家電製品への需要を促すほか、住宅以外の不動産価格も押し上げることが予見されます。
・ただ、インフラは往々にして、インフラ需要のピーク水準を満たすべく、供給されがちです。なぜなら、たとえば、満員電車や渋滞は利用者の効用を下げたり、経済活動に無駄を生じさせたりしますし、学校では(1クラスあたりの人数が増えるなどの)教育環境の悪化が反対され、むしろ逆に向上が求められるためです。あるいは、たとえ住宅などの供給に過剰感が認知されていたとしても、(前年を上回る)投資の水準や売上高、経済成長が「好まれる」ためです。
・しかし、10年、20年と過ぎ、人口動態が高齢化すると、それらの資本ストックは過剰になります。そして、投資が収益を生まなくなると、投資の裏付けである債務を中心として「逆回転」が始まります。アーヴィング・フィッシャーの「負債デフレ」やリチャード・クー氏のいう「バランスシート不況」です。
・すなわち、(1)債務者が資産バブルの崩壊や不況に直面して「債務の削減を最優先にする」ようになり、(2)担保資産の売却や支出の削減が資産価格のさらなる下落や一般物価の下落を招き、(3)実質ベースの債務が増えて、経済全体がデフレ・スパイラルに陥る、ような状況です。
・中国は日本化するか、不動産価格を下支えできるかという議論のときに、よく言われることは、次の2点です。「1.中国は、意思決定のスピードが早い」「2.中国は、日本や米国の経験から学んでいる」。筆者もこの両方について同意します。
・レイ・ダリオを持ち出すと、上記1について、ダリオは「政策担当者は危機発生当初、緊縮、貨幣発行、デフォルト/債務再編、富の分配のポリシー・ミックスについてバランスを欠く傾向にある。納税者は債務危機や失業の拡大を引き起こした債務者や金融機関の救済に反対し、政策担当者は今後のモラルハザードを恐れることで、政策担当者は救済に二の足を踏む」と述べています。
・たしかに、日本では住専(住宅金融専門会社)への公的資本投入が国民の反対に遭って紛糾したことで(→1996年の『住専国会』)、その後の政権は公的資本の投入に逡巡しました。他方の米国の対応は早かったものの、それでも、『不良債権買取プログラム』(TARP)は、有権者の意思を忖度した連邦議会によって一度否決されました。その点、中国は集団指導体制から一極体制にシフトしているように見え、早い意思決定が可能でしょう。
・しかし、上記2について考えれば、いかに指導部が日米の債務危機から学んでいても、トップに対し、不動産市況や金融機関の不良債権の状況についてつまびらかに説明するかどうかはわかりません。
・それは中国にかぎらず、どの組織でも同様ですし、日本でも当時の大蔵省や日銀は、政権中枢に対して「自分たちでなんとかするからご心配は無用」と繰り返していました。加えて、現在の指導部は、1970年代後半から始まった改革・開放政策による資本主義化やこれにともなう経済格差の拡大への行き過ぎを是正しようとしているようにみえます。
・言い換えれば、本来あるべき社会主義に立ち戻りつつあるようにみえます。そうした姿勢は、『共富(共同富裕)』の方針や、大手テクノロジー企業や教育産業への規制強化などに表れているでしょう。
・こうした本来の社会主義への回帰と、資本主義の象徴ともいえる不動産への投機に踊った人たちや彼らに融資を行うことで利益を得た金融機関の積極的な救済との整合性の欠如が避けられる可能性もあるでしょう。
・総じて、中国の金融政策と財政政策の対応の規模とスピードについては、まだわからないと筆者は考えます。
・別途、「中国の不動産市況が大幅に調整し、中国が日本化しても世界経済には影響はない」との考えもあります。その主たる論拠は「日本の不動産バブル崩壊は、世界経済に影響がほとんどなかった」というものでしょう。当時の日本も現在の中国も経常収支や貿易収支が黒字であることから、「食べるよりもつくるほうが多く、世界経済の需要はおもにアメリカしだい」といった考え方に基づいていると思われます。
・しかし、当然ながら中国にも需要はあり、世界のGDPに占める日本と米国、中国それぞれの輸入金額の割合を示すと、現在の中国の輸入需要は、2007年の米国に比肩します。
・危機の進行スピードにもよりますが、仮に、「中国の日本化」が生じるならば、世界経済への影響は少なく見積もるべきではないように思えます。
3.中国不動産バブル崩壊は深い傷跡を残す
「中国の日本化」について、慶應義塾大学大学院教授の小幡績氏は、 アメリカを中心としたまともなエコノミストたちは「類似点もあるが、本質的に当時の日本と今の中国は大きく異なる」と判断していると紹介する一方で「中国不動産バブル崩壊は、中国経済に長期的に深く傷跡を残し続ける」と述べています。
小幡氏は、「日本のバブルは例外中の例外、今の中国不動産バブル崩壊のみならず、どんなバブルに対しても、あれは似ても似つかないものなのだ」とし、日本はバブル期に、「人員の過剰、過剰なボーナス水準、過剰設備、平常時に戻ればまったく役に立たないビジネスモデル、それに適応した企業、つまり、リソース(資源)のほとんどが、バブル期に利益を最大化するものに投入されてしまい、バブルが終わった瞬間、平常時にはすべて役に立たない過剰なものになってしまった」と述べています。
その結果、バブル崩壊後、平常時に戻そうにも、「銀行も企業も資本が毀損して、リストラ、移行費用もままならず、新しい人材の採用、教育、21世紀向けの設備投資、21世紀用のビジネスモデル、何にもリソースを投入できなかった」と指摘しています。
小幡氏によると、これらの要因で、「日本経済は回復にバブル崩壊、後始末だけでなく、きれいになってからも、何もないところからのスタートで新しいモデルを確立するのに10年かかってしまった」とし、「よって1990年代、2000年代はコストカット、値下げによるコストパフォーマンスの上昇だけに頼った目先の回復戦略を取り続けなければならなかったのである」と述べています。
小幡氏は、中国の不動産バブル崩壊の影響が長く続く理由として、次の5つを挙げています。
1)中国経済の耐久力は、当時の日本よりも高いと思われ、その分、処理が遅れ、結果、非効率性が日本以上に温存される可能性がある小幡氏は、中国の不動産バブル崩壊の影響が長くのは、日本のバブル崩壊後の長期低迷の原因となった、経済構造の非効率化に加え、個人が住宅投資を行ってきたため、不動産価格の低迷はより個人にダメージを与え、消費が長く低迷するからだとしています。
2)地方政府は、不動産バブルの膨張を前提に動いているから、これが崩壊したら、収入減や、非効率な無駄遣いの辻褄を合わせるものがなくなる。その非効率性は、かつての日本とは比較にならないくらいさらに杜撰であり、ダメージはとてつもなく大きくなる。
3)平均所得が高くなくとも、上海、北京などの沿岸部の所得水準は1990年の日本以上ある。この部分の打ち止め感が出てくると、これ以上の地方からの移動を都市部が受け入れる余地はなくなり、成長の持続は難しい。
4)中国経済の成長は、この10年は完全に内需主導であり、この内需は、個人消費のほとんどは、不動産投資収益、含み益により、ぜいたくをしてきた消費者による部分が大きい。これが崩れると修復は不可能であり、崩壊が広がるにつれて投資は減るだろう。
5)日本の住宅バブルが自宅をローンで購入しただけで、投資用物件に手を出したのはごく少数だったのに対し、中国の個人の住宅購入額の半分以上は投資物件であるから、今後、贅沢消費は激減するだろう。
まぁ、中国不動産の戸数は、中国の人口より多いと言われ、誰も済まない、住めない不動産がそこかしこに溢れているとされていますけれども、筆者にはこれも「非効率性」の一種だと思います。
こうしてみると、確かに、中国の日本化、経済の長期低迷の可能性はあるようにも見えてきます。
4.中国にとって最善の結果
反面、中国は日本化した方が良いという見方もあります。
8月31日、ブルームバーグ・オピニオンのコラムニストであるリーディー・ガロウド氏とダニエル・モス氏は、「日本化なら中国にとって最善の結果か」というコラムをブルームバーグに寄稿しています。
その概要は次の通りです。
・かつて、中国の台頭は不可避であり、これは同国特有の性質のたまものだとされる一方、日本による問題対応には誤りがあり、これは避けるべき反面教師とされた。今では中国でも物価が下落し、需要も伸び悩んでおり、日本と同じ道をたどりつつあると主張するのがあまりに容易となっている。リーディー・ガロウドとダニエル・モスの両氏は、中国が日本化することは悪いことではなく、むしろ最善に属し、また、中国が世界での支配的立場に向かうことも、崩壊に向かうこともないだろうと主張しています。
・中国国の状況は日本のバブル経済とはかなり異なる。それだけではなく、(あくまで仮定の話だが)中国経済が本当に転換点にあるなら、日本のようになるのは中国が望み得る最善の結果かもしれない。日本化ははしゃぎ過ぎたアジアウオッチャーが考えていたような悪夢のシナリオでは決してなかったのだ。
・ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン氏が指摘するように、「日本は反面教師ではなく、ある種のロールモデル(手本)」なのだ。振り返ると、日本は人口動態の変化に対処しきれなかったことは事実だ。日本が出生率や移民に関してどのような政策を推進しても、戦後の生産年齢人口の急増は単純に続けることはできなかった。
・現在まで日本は社会的混乱をほとんど招かずに高度経済成長からの移行期を管理してきた。最悪期でも失業率が6%を上回ることはなく、過去20年で自殺率も大きく低下。欧米の多くの都市のストリートにあるような薬物の問題もない。90年代に欧米のエコノミストらが批判した利益誘導型の財政支出で日本のインフラ整備も進んだ。犯罪率は低く、医療制度は国民皆保険だ。
・今後どのような政策が実行されるかに関係なく、中国はこのソフトランディング(軟着陸)を見習うべきだろう。バブル崩壊後の日本は、金融や不動産セクターの問題に率直に向き合わなかったとして批判を浴びたが、公共政策は進化し、時には革新的でさえあった。
・日本と中国との間にある一つの大きな違いは国民に対する説明責任だ。バブル崩壊後の日本では国民の不満が十分高まると、1993年や2009年のように、有権者は長らく政権の座にあった自民党を下野させることもできた。
・戦後政治システムにおける支配的立場に関していろいろ言われてきた自民党も、国内の雰囲気に敏感でなければならない。現在の岸田文雄政権が不人気なマイナンバーカード問題への対応に苦慮しているのを見てもそれは分かる。共産党一党支配で事実上選挙がない中国に、同じ圧力弁が見つかるだろうか。
・日中両国が直面する大きな課題は人口動態だ。少子高齢化は以前から日本の当局者の念頭にあった。日本を冷笑することが流行していた時代には、出生率の低さが日本の攻撃材料に使われ、ある意味で永続的な衰退期が迫りつつある兆候とされた。
・あまり注目されていないが、近隣諸国や他の先進国と比べて日本の状況はそれほど悪くない。1人の女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率は22年に低下し、1.26となった。一方、韓国の昨年の合計特殊出生率は0.78、シンガポールは1.05だ。日本は近隣諸国よりもスペインやイタリアの水準に近い。
・ロイター通信や米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)が報じたところによると、政府機関の調査では、中国の合計特殊出生率は22年に1.09と、20年の1.30から急低下した。それに比べて日本の出生率は底堅い。
・今では信じがたいが、90年代半ばまで日本は米国にとって経済面の大きな怪物、ブギーマンだった。「『第二次太平洋戦争』は不可避だ」や「財閥アメリカ」などの書籍は、日本が欧米の勢力圏をどのように掌握するのか説いた。
・正反対への極端な方向転換も避けるべきだ。あなたが映画「ライジング・サン」を何度観賞しようとも、自国の安全保障を米国に頼る日本に、世界を支配する意図は毛頭なかった。だが、日本の崩壊という話もひどく誇張されている。
・日本と同じように、中国も世界での支配的立場に向かうことも、崩壊に向かうこともないだろう。グレーの色合いを多く持つ国々に関して、白か黒かといった極端な見方をいかに一部の観察者が取るのか。今回のことから得られる教訓があるとすれば、恐らくその点になるだろう。
ただ、筆者は、中国が中国が世界での支配的立場に向かうことも、崩壊に向かうこともないだろうという意見は首肯しかねます。
8月28日、中国自然資源省が「2023年版標準地図」を発表しましたけれども、その地図では、南シナ海のほぼ全域の領有を主張しており、九段線を台湾東部に拡大した十段線が記されました。更にヒマラヤ地域では、中国が「南チベット」として領有権を主張するインド北東部のアルナチャルプラデシュ州も中国領として記載されています。
この中国の新地図にアジアは一斉に反発していますけれども、このように領土的野心を剥きだしにする国が「世界の支配を目論んでいない」というのは、楽観に過ぎると思います。
仮に、経済的にそうする余裕がなかったとしても、だからといって、その野望を捨てる理由にはなりません。経済回復すれば、またその機会が巡ってくるかもしれないからです。
これはただの筆者の感想ですけれども、リーディー・ガロウドとダニエル・モスの両氏のこの寄稿には、どこか「そうあって欲しい」という願望が多分に含まれているように感じます。
仮に「中国が日本化」したとしても、それは経済状況の話であって、中国が日本になる訳ではありません。政治体制もメンタリティも全然違います。それを無視して経済だけですべてを語ろうとするのは危険ではないかと思いますね。
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