

1.ハマスの大規模攻撃
10月7日、パレスチナ暫定自治区のガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスは、ロケット弾の発射やイスラエル側に越境する大規模な攻撃を行いました。続いて、翌8日、ハマスは「新たな部隊をイスラエル側に潜入させることができた。敵の拠点を破壊している」としてイスラエルへの攻撃を続けているとの声明を発表しました。
対するイスラエル軍は「数百人のハマスのテロリストを無力化したが、軍は戦闘の中心地にいる」と、イスラエル南部の町などでハマスとの戦闘が続いていると明らかにしたほか、「ハマスのテロ活動の拠点を攻撃した」と主張し、ガザ地区への空爆で応戦。イスラエル空軍は、ガザ地区の「作戦インフラ」を標的にしているのだと説明しています。
更に、イスラエル軍はレバノンから、イスラエルとの係争地ドヴ山シェバ農場のイスラエル軍に向けて迫撃砲が撃ち込まれたとして、北に国境を接するレバノンに対しても砲撃を実施しています。これについて、レバノンのイスラム組織ヒスボラは、「パレスチナの抵抗に連帯」して、イスラエルを攻撃したと主張しているようです。
イスラエル側は多くの兵士や市民が連行され、人質になっているとしていて、ガザ地区の周辺から住民の避難を進めるとともに数万人規模の部隊をガザ地区周辺に配置。複数のイスラエルメディアによると、これまでにイスラエル側で少なくとも600人が死亡し、2000人以上がけがをしたそうで、ロイター通信は、今回のハマスの攻撃を、50年前の第4次中東戦争以降で、イスラエルが受けた最大規模のものだと伝えています。
一方、ガザ地区の保健当局は8日、イスラエル軍の攻撃によりこれまでに413人が死亡したとしていて、イスラエルとパレスチナ双方の死者は、あわせて1000人を超えているようです。

2.ハマスは追い詰められていた
なぜ、このタイミングでハマスが攻撃を仕掛けたのか。
その理由の一つとして挙げられているのは、サウジとイスラエルの国交正常化です。
近年、この地域では、アメリカがイスラエルとサウジアラビアの関係正常化を後押しするなど新たな安全保障秩序の構築に向けた動きが活発化していることから、ハマスにはパレスチナ国家樹立への希望を脅かしかねないという恐れから、こうした動きに楔を打ち込む狙いがあるのではないかと指摘されています。
パレスチナ当局者によると、ハマスの武装集団は、イスラエルが安全保障を望むならばパレスチナ人を無視してはならず、サウジとのいかなる合意もイランとの緊張緩和が崩れることになる、というのメッセージを発しているとのことです。
ハマスの指導者イスマイル・ハニヤ氏は、カタールを拠点とするテレビ局アルジャジーラで「(アラブの国が)イスラエルとの間で結ぶ正常化の合意により、この衝突が終わることはない」と述べたと伝えられています。
今回の武力衝突について、防衛大学校の立山良司名誉教授は、朝日新聞のインタビューで、次のように答えています。
――今回の大規模な衝突をどう見ていますか。このように、立山教授によると、ハマスは追い詰められていたというのですね。
ガザ地区を実効支配しているイスラム組織「ハマス」によって行われたロケット攻撃の規模が、短時間に2千発以上ときわめて大きかったこと。ハマスを含むパレスチナ側の戦闘員が、非常に高い塀を越えて大規模な越境攻撃を仕掛けたこと。加えて、今回の攻撃を、イスラエルが事前に察知できず、民間人を含む大きな被害を許してしまったこと。これら全てが、これまでに例のないことです。非常に驚いています。
――なぜこのタイミングで、こうしたことが起きたのでしょうか。
実は、パレスチナを巡って「何かが起きるかもしれない」とは思っていました。一つ目の理由は、ハマス側の事情です。この夏、ガザ地区でハマスに対する住民のデモが起きました。異例のことです。
世界銀行によると、ガザ地区の直近の失業率は46%で、15~29歳に限ると59%にのぼります。イスラエルによるガザ地区の封鎖は解かれる見通しがなく、可能性もほぼありません。自分たちの将来の展望が全く見えず、経済状況もよくない。こうした状況はこれまで、ハマスへの支持と、パレスチナ自治政府に対する批判につながってきましたが、一方で「ハマスを支持しても、先が見えない」という不満も高まりはじめています。ハマスとしても、この状況を「何とかしないといけない」と思っていたとみられます。また、イスラエル軍が今年7月、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区のジェニン難民キャンプを攻撃したことについても、ハマスは目をつぶれなかったのでしょう。
最近のパレスチナ情勢をまとめます
— 異常者 (@onigari_ijousya) October 7, 2023
まず支援していた周辺アラブ諸国はパレスチナへの支援を減らし続け、イスラエルへの譲歩を迫っていました
さらにアラブ首長国連邦やモロッコなどイスラエルとの国交正常化が行われ、盟主のサウジとも交渉が進んでいます
3.予想していなかったイスラエル
立山教授はインタビューで「何かが起きるかもしれない」と思っていたと述べていますけれども、その衝突がいつどこで起きるのかを知っていたのはハマスの軍事部門だけであり、それ以外の全員、予想していなかったとも指摘されています。
実際、イスラエルとパレスチナの双方は、ヨルダン川西岸地区を注視していました。ここは、イスラエルが1967年に占領支配した、エルサレムとヨルダン国境の間の区画であり、対立と暴力がほぼ常態となっているからです。
ゆえに、衝突についても、西岸地区のジェニンやナブルスを拠点とするパレスチナ武装勢力が、イスラエル兵やイスラエル人入植者を攻撃する。イスラエル軍は、武装勢力の拠点を次々と強襲する。武装したイスラエル入植者は、自らの手でパレスチナの集落を報復攻撃するという風に予測されていました。
こうした状況で、まさかハマスがこれほど複雑で緊密に連携の取れた作戦を、ガザから仕掛けるとは、誰も予想していなかったというのですね。
ハマスの作戦は、その緻密さから、数ヶ月をかけて組み立てられた作戦だと見られており、イスラエルではすでに、この事態を予測できなかった情報機関を責める声が相次いでいると伝えられています。
約10年前、アメリカのオバマ政権は、イスラエルとパレスチナの和平実現に向けて仲介努力を行いましたけれども、見事に失敗に終わっています。
翻って、今のバイデン政権はどうかというと、パレスチナとイスラエルの紛争は、特に重要な優先事項ではないばかりか、むしろ、サウジアラビアとイスラエルの和解を引き換えに、サウジアラビアに安全を保証する方法を模索していました。
4.ハマスを支援するイラン
イスラエルの背後にアメリカがいるように、ハマスをイランが支援していることは良く知られた話です。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙を始めとするいくつかのメディアは、イランの安全保障当局が、ハマスが週末にイスラエルへの攻撃を計画するのを手助けし、先週月曜日にベイルートで行われた会議で、この攻撃を公式に承認したと伝えています。
それらの概要は次の通りです。
・ウォール・ストリート・ジャーナル』紙の日曜版報道によれば、土曜日の朝から始まったハマスのイスラエル攻撃は、イランの治安当局の支援を受けて数週間前から計画されていたという。これについて、アメリカのブリンケン国務長官は、イランが攻撃に関与したという「証拠はまだ見ていない」と主張しています。
・この報道は、ハマスとヒズボラの幹部を引用し、イランの高官が先週ベイルートで行われたハマスとの会合で攻撃に "ゴーサインを出した "と述べている。
・攻撃への正式な許可はベイルートでの月曜日の会合で与えられたとされている。
・イランのイスラム革命防衛隊(IRGC)の将校は8月からハマスと協力し、「空、陸、海」からの侵攻を計画していた、と報告書は指摘している。
・ベイルートでの会議には、イランのイスラム革命防衛隊(IRGC)の将校のほか、イランが支援する他の過激派組織の代表4人が出席した。
・会議について質問されたハマス幹部のマフムード・ミルダウィは、同グループが独自に攻撃を計画したと述べた。「これはパレスチナとハマスの決定だ」と彼は語った。
・イランの最高指導者、アヤトラ・アリ・ハメネイ師はこの攻撃を賞賛し、今週初めにXに、"簒奪者シオニスト政権の癌は、パレスチナ人民と地域全体の抵抗勢力の手によって根絶されるだろう "と投稿した。以前はツイッターとして知られていたXは、ハメネイの投稿は同プラットフォームのルールに違反していると述べた。
・土曜日の朝からハマスによる攻撃で、少なくとも700人のイスラエル人が死亡し、約2300人が負傷した。
・その数時間前、ハマスのスポークスマン、ガジ・ハマドはBBCに対し、同テロ集団はイランから直接的な支持と支援を受けており、イランもまた「パレスチナとエルサレムの解放までパレスチナの戦士の側にいる」と約束したと語った。
5.オクトパス・ドクトリン
イランがハマスを支援して攻撃に関与したことが明るみになると、今度は、戦火が拡大するリスクが出てきます。
2021年6月にイスラエルにベネット連立政権が誕生した当時、防衛大学校名誉教授の立山良司氏は、「イスラエル新政権とイラン問題」という研究レポートで、「オクトパス・ドクトリン」というイスラエルの新国防政策について触れています。レポートを一部抜粋すると次の通りです。
・核を含むイランの多様な「脅威」このように、「タコと戦うには足に当たるハマスのような武装組織を相手にするだけではなく、タコの頭、すなわちイランを直接攻撃するべきだ」というのが「オクトパス・ドクトリン」です。
イスラエルで6月13日、ようやく新しい連立政権が誕生した。この結果、リクードのベンヤミン・ネタニヤフ党首は、12年以上守り抜いてきた首相の座を失った。新政権は右派、中道、左派、さらにイスラーム主義のパレスチナ系政党まで、主義や主張が大きく異なる8政党からなっている。新政権はコロナ禍で落ち込んだ経済の立て直しや大規模な軍事衝突後のパレスチナ問題への取り組みなど、多くの課題を抱えている。中でもイラン問題への対応はこれからの中東情勢に大きな影響を与える。
イスラエルは長年、イランを重大な脅威と捉えてきた。特にイスラエルにとってイランが核兵器を保有すれば、まさに実存的脅威となる。それ以外にも、シリアやイラクなど中東各地への関与や弾道ミサイルの開発、テロ活動支援など、イランは多様な脅威を及ぼしているとイスラエルは見なしている。
外部の脅威をことさら強調することで、国内の支持を高めようとしたネタニヤフは、イラン敵視政策を前面に押し出し続けた。米国のオバマ政権が2015年にイランと結んだ核合意「包括的共同行動計画(JCPOA)」に全面反対し、トランプ政権のJCPOAからの一方的離脱と、イランへの「最大限の圧力」政策を歓迎した。またこの間、イランの核施設に対する破壊工作や、イラン人核科学者の暗殺を実行したといわれている。バイデン政権にとって、ネタニヤフ政権のこうした動きは、イランとの交渉環境を悪化させるものであり歓迎できない。バイデン政権は4月中旬、イランのナタンツ核施設で発生した破壊工作に関するイスラエル政府関係者のリークじみた「おしゃべり」を止めるよう要求している1。
・主張が異なる首相、外相、国防相
では、イスラエルの新政権はイラン問題に関しどのような政策をとるだろうか。新政権のイラン政策の決定を主に担うと考えられるナフタリ・ベネット首相、ヤイール・ラピッド外相、ベニー・ガンツ国防相の3閣僚のこれまでの発言には違いがある。
右派政党「ヤミナ」党首であるベネットはタカ派だけに、ネタニヤフと同様、JCPOAに反対し、トランプの合意離脱を支持した。また「タコと戦う場合、足だけでなく、頭部を攻撃するべきだ」という「オクトパス・ドクトリン」を独自に主張し、イラン国内への攻撃の必要性を説いてきた。首相就任後もこうしたタカ派的な発言をしている。6月18日のイラン大統領選挙の直後、当選した保守強硬派のエブラヒム・ライシ師を「絞首刑執行人」と呼び、世界はこうした指導者を選んだイランの現体制の本質を理解するべきだと警鐘を鳴らした。
これに対し中道政党「イエシュ・アティッド(未来がある)」を率いるラピッドは、トランプの核合意離脱に反対したが、JCPOAを十分なものとは見なしていない。今年3月にワシントンで行われた討論会でも、核活動の制限期間に関するサンセット条項の延長や査察体制の強化に加え、イランによる弾道ミサイル開発やテロ活動への関与なども制限する包括的な合意を結ぶことが「最善の選択肢」だと述べている2。
同じく中道政党である「青と白」党首のガンツは、バイデン政権との対話によるイラン問題への対処を重視している。今年6月初めに米国のロイド・オースチン国防長官と会談した際にも、イランによる核兵器保有を確実に阻止するような合意締結を、米国との対話を通じ実現すると発言している。この発言で興味深いことは、ガンツがイランの核兵器保有阻止だけに言及し、ラピッドのような他の問題を含めた包括的合意には触れていないことである。
【以下略】
今のイスラエルは、ベネット政権が退陣しましたけれども、後を継いだのは対イラン強硬策を掲げる右派のネタニヤフ政権です。
イラン情勢に詳しいイスラエルの外交専門家、ラズ・ツィムト氏は「イスラエルの政界にはイランの脅威に対する総意がある」とし、ネタニヤフ政権でもイランに強硬姿勢で臨むだろうと述べています。
実際、ネタニヤフ首相は、今年9月の国連演説でイランについて、イランの無人偵察機とミサイル計画は、イスラエルとアラブ近隣諸国を脅かしていると指摘し、「イランは信頼できる軍事的脅威に直面しなければならない。私がイスラエルの首相である限り、イランの核保有を阻止するために全力を尽くす」と述べています。
10月8日、ネタニヤフ首相はイスラエル国民に対して、「長く厳しい戦争」に突入するのだと表明しました。既に多くの国民の犠牲を出したイスラエルにしてみれば、ハマスを壊滅でもさせない限り収まりはつかないでしょう。もし、ハマスとの戦闘が長期化すれば、それこそ「オクトパス・ドクトリン」よろしく、イランへの直接攻撃を行ってもおかしくありません。戦火拡大です。
早期停戦がなければ、第三次世界大戦への危険な香りが漂ってくるかもしれませんね。
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yoshi