

1.今は時期ではない
10月16日、ウクライナのゼレンスキー大統領がイスラエル訪問を打診したが断られていたことが明らかになりました。
これは、イスラエルメディアのワイネットが報じたのですけれども、件の記事の概要は次の通りです。
・先週、ヨーロッパ諸国を訪問したウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は、アントニー・ブリンケン米国務長官とともにイスラエルへの連帯訪問を希望したが、イスラエルに断られた。17日にブリンケン国務長官がイスラエル訪問し、翌18日にバイデン大統領も訪問するのに対し、ゼレンスキー大統領は、イスラエルから来るな、と断られた訳です。
・この要請に詳しい情報筋によると、イスラエルはユダヤ人指導者に「今は時期ではない」と伝えたが、後日訪問する可能性はあるという。
・ゼレンスキーはイスラエルへの支持を表明したいと望んでいるが、ウクライナが2年近くロシアからの攻撃を受けているため、彼自身の制約により、イスラエルへの「単独訪問」は不可能であり、将来のヨーロッパツアーの一部としてイスラエルを含めると見られている。
・一方、ウクライナ警察は、特殊部隊を含む多くの部隊にまたがり、各階級の警官を起用したビデオを通じて、イスラエルに心からの賛辞を贈った。
・「時は2023年。イスラエルはテロリストに残忍な攻撃を受けた。攻撃中、警察官を含む何百人もの民間人、軍人が殺されました」とウクライナのパトロール警察のメンバーはビデオの中で語っている。
・「パトロール隊員は、イスラエルの警察官と軍人に深い敬意と感謝の意を表している。最初に戦闘に参加し、市民の断固とした擁護者となった人々に。この残忍な侵略の結果、イスラエルが被った死と損失に深く悲しんでいる。ウクライナのパトロール警察は、この重要な瞬間にイスラエルと肩を並べている。そして、イスラエルのすべての警察官と軍人の家族に心からの連帯を表明する。私たちの相互の友情と支援が、イスラエルがこの激動の時代を乗り越え、平和と安全を取り戻す助けとなるように」
・ブロガーのイリヤ・ソコロフ氏は、ウクライナの非ユダヤ人の友人たちから、ハマスと戦うためにイスラエルに行きたいという問い合わせを数多く受けているという。「イスラエルとの連帯は圧倒的です」と彼は語った。
2.イスラエル入植地非難決議
もともと、ウクライナはイスラエルとハマスに対しては中立の立ち位置にいました。
2016年12月、国連安保理は、ヨルダン川西岸と東エルサレムでイスラエルが進める入植地建設を違法だと非難し、建設停止を求める決議案を採択しているのですけれども、ウクライナはこの決議に賛成票を投じています。
この決議が採択された際、ウクライナ外務省は、次の声明を出しています。
ウクライナMFA、中東情勢に関する国連安全保障理事会決議2334の検討におけるウクライナ代表団の立場についてコメントこのようにウクライナはイスラエルとパレスチナの共存を支持し、テロを批難すると同時に、イスラエルに対しても入植を止めよと「一貫してバランスの取れた立場を堅持」すると述べました。
2016年12月23日、国連安全保障理事会は中東情勢に関する決議 2334 を採択しました。棄権した米国を除き、すべての国連加盟国が上記の決議に賛成票を投じました。
我が国は長年にわたり、イスラエル・パレスチナ紛争問題に関して一貫したバランスの取れた立場を堅持してきました。私たちはイスラエルとパレスチナという二つの独立国家の平和共存を支持します。紛争の解決は平和的手段によってのみ実行されなければなりません。しかしながら、我々はイスラエル・パレスチナ直接交渉の必要性を強調します。
ウクライナ、その他の国連安全保障理事会の常任理事国および非常任理事国はもちろん、国連事務総長もイスラエル国の入植活動を国際法に違反しているとして何度も非難しました。私たちはまた、パレスチナ側による暴力とそれに対する扇動を非難します。
決議文の内容はバランスが取れています。同報告書は、イスラエルとパレスチナの双方から平和的解決に必要な措置を講じることを求めています。イスラエルは入植活動を停止し、パレスチナ当局はテロとの戦いに向けた効果的な措置を講じるべきです。
我が国は、国際法違反によってもたらされる悲惨な結果を自ら経験してきたため、あらゆる場所であらゆる人が国際法を尊重することを一貫して主張しています。
だからこそ、私たちの立場は、すべての主体による国際法の尊重を確保するという一貫した方針に基づいて形成されたのです。
私たちは、国益を保護する必要性と、国際法および普遍的な原則と価値観の尊重に基づく外交政策のみが、すべての人にとって説得力があり、理解できるものであると確信しています。
私たちは、イスラエル国内での活発で感情的な議論が、相互尊重と共同利益に基づく伝統的に友好的なウクライナ・イスラエル関係に影響を与えることはないと確信しています。
この決議に対し、アメリカは棄権したのですけれども、当時もイスラエルの首相だったネタニヤフ氏はブチ切れ。駐イスラエルのダニエル・シャピロ米大使を召還した他、決議に賛同した安保理メンバーの10ヵ国(日・中・英・仏・ロ・アンゴラ・エジプト・スペイン・ウクライナ・ウルグアイ)の大使も召喚。更に、賛成票を投じたウクライナのヴォロディーミル・フロイスマン首相のイスラエル訪問受け入れを直前キャンセルしています。
イスラエルにしてみれば、このときのわだかまりがまだ残っているのかもしれません。
3.ハマスとロシアは「同じ悪」
また、ゼレンスキー大統領がこのタイミングでイスラエルに来ることは、イスラエルの外交的によろしくないという見方もあります。
なぜなら、イスラエルは、ウクライナ侵攻をしているロシアに対し中立の立場を守っているからです。
イスラエルのネタニヤフ首相は長年、ロシアとの間で自ら「複雑な」と評する関係を保ち、ロシアのプーチン大統領との友好的な関係を維持してきました。
両首脳は頻繁に連絡を取り合う「盟友」と称され、ロシアのウクライナ侵攻や、イスラエルの宿敵イランとロシアの関係修復が進む中でも、この協力関係が覆ることはありませんでした。実際、ネタニヤフ首相はロシアのウクライナ侵攻に対して中立の姿勢を取ると表明し、欧米からの圧力にもかかわらず武器や防空システムをウクライナに提供することを拒んできたのですね。
そうした背景があるにも関わらず、ゼレンスキー大統領はロシア憎しの発言を続けています。
10月9日、ゼレンスキー大統領は北大西洋条約機構(NATO)の関連会合にオンラインで参加し、ハマスとロシアが「同じ悪」だと指摘し、ハマスの行為をキーウ近郊のブチャで起きた民間人殺害と重ねて批判しました。そして、イラン製無人機がロシアによるウクライナへの攻撃に使われている点も挙げ、武器供給などでハマスとロシアを支援するイランも非難し、NATO加盟国の議員らに、支援継続を訴えました。
更に翌10日、ゼレンスキー大統領は仏国営テレビ・フランス2のインタビューで、「ロシアが何らかの方法でハマスの軍事行動を支援していると確信している……今回の危機は、ロシアが世界中で不安定化工作を試みている証拠だ」と述べる一方、「比較はしたくない。わが国では恐ろしい戦争が続いている。イスラエルでは多くの人が愛する家族を失っている。これらは異なるものだが、いずれも計り知れない悲劇だ……ウクライナの運命は世界中の結束にかかっている。世界の結束は、米国の結束に大きく左右される」と述べる一方、ハマスの攻撃を受けたイスラエルの「悲劇」を前に、ウクライナ紛争から国際社会の関心が薄れることに懸念を示しました。
4.慎重に調整された不安定
もちろん、ウクライナにしてみれば、世界の注目がイスラエルに集まり、自身への支援が細ってしまうことは国家存亡に関わりますから、ゼレンスキー大統領の発言も当然のことかもしれません。ただ、それはイスラエルにとっても同じであり、相手の立場を鑑みた上での発言や行動をしないと、今回のように失敗してしまうこともある訳です。
実際、ウクライナの反転攻勢も芳しくありませんし、場所によってはロシアに押し返されているところもあるという報道も出始めています。
10月14日、ウクライナ軍のシルスキー陸軍司令官は、北東部ハリコフ州クピャンスクから東部ドネツク州リマンにかけての前線の情勢について、「ここ数日で著しく悪化している」と認め、ロシア軍は「クピャンスク包囲」を狙っているとの見方も示しました。
ロシアのプーチン大統領も国営テレビのインタビューで、ウクライナ軍の反転攻勢に強力な防戦で対応していると明かし、クピャンスクやドネツク州アウディイウカといった地名も挙げつつ、「わが軍はのほぼ全ての地域、かなり広い地域で持ち直している」と発言しています。
プーチン大統領は10月5日の「バルダイ会議」で、「米欧の支援が止まれば、ウクライナは1週間しか持たない」と、米欧の対応しだいで戦況がロシア有利に傾くとの見方を示していますけれども、となると、今回のイスラエルとハマスの紛争を上手く利用するのは、ゼレンスキー大統領でなく、プーチン大統領の方かもしれません。
BBCロシア編集長のスティーヴ・ローゼンバーグ氏は、14日の記事「プーチン氏は、イスラエル・ガザ戦争で得をするのか」で次のように述べています。
【前略】つまり、プーチン大統領は、今回のイスラエル・ハマス紛争を「慎重に調整された不安定」状態に置くことで、各国のウクライナへの軍事支援の量を減らすことを目論んでいるのではないか、というのですね。
プーチン大統領が「中東戦争」とラベルの付いたボタンを押したわけではないということだ。
しかし、この戦争から利益を得るつもりでいるのではないか?
もちろんだ。どうやるのか、説明しよう。
中東における暴力拡大で、各国の国際報道はそのニュース一色になった。イスラエル発の劇的な記事タイトルが、ロシアがウクライナで続ける戦争から世間の目をそらすだろうと、ロシア政府は期待している。
ここで大事なのはただ単に、ニュースの流れを変えることだけではない。ロシア政府は中東情勢の結果として、西側がウクライナに提供するはずだった軍事援助がイスラエルへ振り向けられることを期待している。
「この危機は、(ウクライナでの)特別軍事作戦の展開に直接影響すると思う」。ロシアの外交官、コンスタンティン・ガリロフ氏は政府系新聞イズヴェスチヤにこう話した。
「ウクライナを支援する各国は、イスラエルでの紛争に気が移ってしまうはずだ。西側がウクライナを見放すという意味ではない。しかし、ウクライナに行く軍事支援の量は減り(中略)もちろん軍事作戦は一気にロシアに有利になるかもしれない」
ロシアは、自分に都合よく解釈している? そうかもしれない。
「ウクライナを支援すると同様に、我々はイスラエルを支えることができるし、実際にそうする」。アメリカのロイド・オースティン国防長官は13日、北大西洋条約機構(NATO)加盟国の国防相会議でこう発言した。
けれども、中東での紛争が長引けば、2つの戦争で2つの同盟国を同時に支え続けることが果たしてできるのか、アメリカの能力が試されることになる。
ロシアは、平和を仲介するいわゆる「ピース・メイカー」の役割を自ら担うことで、中東での存在感を拡大しようとしている。
かつてロシアは中東での紛争終結に向けた国際的取り組みに参加し、その役割を請け負っていた。
「ロシアは(この紛争で)役割を果たすことができるし、そうする」。ロシア大統領府のドミトリー・ペスコフ報道官はこう述べた。「我々は紛争の双方と、連絡を取り続けている」とも話した。
イラクのハンマド・スダニ首相は10日、モスクワを訪れてプーチン氏と会談し、中東における「本格的な停戦のイニシアチブを発表」するよう求めた。
ロシアが平和の使者に? それはなかなか難しそうだ。
そもそもロシアは、隣国に全面的な侵略戦争を仕掛けた国だ。開戦から間もなく1年8カ月となるこの戦争で、ロシアがウクライナにもたらした死と破壊の規模は、世界に衝撃を与え続けている。
しかも、平和の実現に自分たちが「役割を果たせるし、そうする」と宣言したところで、紛争の当事者たちがロシアを仲介者として受け入れる保証はない。
ロシアはかねて中東に関心を抱いてきた。イスラエルがアメリカと緊密な関係を築く一方で、ソヴィエト連邦はアラブ寄りの姿勢をとった。旧ソ連は長年にわたり、国を挙げて反ユダヤ主義を推進し、それがソ連での暮らしの一部だった。
ソヴィエト「帝国」の崩壊後、ロシアとイスラエルの関係は改善した。旧ソ連を構成した各地の共和国から、100万人以上のユダヤ系住民がイスラエルへ移住したことも、これに関係している。
最近ではプーチン氏率いるロシアは、イランをはじめ、イスラエルと敵対する諸国と接近した。これがロシアとイスラエルの関係悪化につながっている。
クレムリンはこの機に乗じて、ただでさえ普段からしきりにやっていることを、さらに大々的に展開できそうだと察している。つまり、アメリカを非難することだ。
ハマスのイスラエル攻撃以降、プーチン氏が繰り返す主な言い分は、「これはアメリカの中東政策が破綻しているという一例だ」というものだ。
ロシアは「アメリカの覇権主義」と呼ぶものを攻撃するのが常で、今回もこのパターンに当てはまる。
そして、「中東で一番の悪者はアメリカ」と主張し続けることで、ロシア政府はアメリカのイメージを損ないつつ、中東における自分たちの位置を向上させようとする。これがロシア流のやり方だ。
私はこれまで、今の中東情勢がロシアにとってどう有利に働くかを検討してきた。しかし、ロシアにとって危険もある。
「慎重に調整された不安定。これこそロシアにとってベストの状態」だと、前出のノッテ博士は言う。
「この危機でウクライナから世界の注目が離れるなら、アメリカの国内政治におけるイスラエルの重要性を思えばそのリスクは本物だが、そうなれば確かに、ロシアは短期的には現状から利益を得ることになる」
しかし、ハマスに武器と資金を提供するイランを含め、中東の広範囲が現在の戦争に巻き込まれるようなことになれば、それはロシアの利益につながらないとも、ノッテ博士は言う。
「ロシアは、イスラエルとイランの間の全面戦争を望んでいない。もし事態がその方向に進み、アメリカがイスラエルを徹底的に支援すると明らかになれば、ロシアは今以上にイラン寄りに進むしか選ぶ道はないと判断するだろう。しかし、それがロシアの本心なのかどうか、はっきりしない」
「プーチン氏は今なお、自分とイスラエルとのつながりを重視していると私は思う。味方する側を選ばなくてはならないような外交状況に移ることを、ロシアは望んでいないと思う。だが、この紛争が悪化すればするほど、ロシアに対する圧力は高まるかもしれない」
それはその通りかもしれません。ただ、それは「慎重に調整された不安定」が維持できるという前提があります。
18日にバイデン大統領がイスラエルを訪問するということは、ガザ地区での地上戦はそれまでは行われないとは思いますけれども、当然ながら、バイデンのイスラエル訪問は今後の展開に大きく影響を与えることになると思われます。
アメリカがイスラエル・ハマス紛争を「安定状態に調整」できるのか否か。大きなポイントになるのではないかと思いますね。
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