

1.国連安保理決議案否決
10月18日、国連安全保障理事会は、イスラエルとイスラム主義組織ハマスの衝突をめぐり、国連安保理に今月の議長国であるブラジルが「ハマスによる攻撃や誘拐を非難し人質の解放を求める」「人道支援のための戦闘の一時的な停止」「イスラエルがガザ地区北部の住民に出した退避通告を撤回するよう求める」決議案を提出、採決が行われました。
採決は理事国15ヶ国のうち日本を含む12ヶ国が賛成、ロシアとイギリスが棄権したのですけれども、常任理事国のアメリカが拒否権を行使し、決議案は否決されました。
アメリカは、イスラエルの自衛権に言及がないなどと主張したのですけれども、各国からは遺憾の意が表明されました。
投票後の演説で、アメリカのリンダ・トーマス・グリーンフィールド国連大使は、米国は米国の現場外交を「展開」させるためのより多くの時間を望んでいると説明し、イスラエルの自衛権について言及していない点を批判しました。また、この点は後にイギリス代表のバーバラ・ウッドワード氏も同様に指摘しました。
その他安全保障理事会の複数の理事国は、今回の共同声明が失敗したことに失望と不満を表明。セルジオ・フランカ・ダネーゼ駐ブラジル国連大使は「残念ながら、非常に残念なことに、評議会は再びこれらの紛争に関する決議を採択できませんでした。再び沈黙と無為が蔓延した。誰の真の長期的利益にもならない」と語り、フランス代表ニコラ・ド・リヴィエール氏は投票後、安全保障理事会は「機会を逃した……この文書が拒否されたことを深く遺憾に思います……我々はイスラエルが自国を守る権利を完全に認識している。そしてその一方で、民間人を保護し、人道的アクセスを許可し、国際人道法とジュネーブ条約の完全な尊重を求めることには、まったく矛盾はありません。これが基本的にこの決議が行っていたことだ」と記者団に語りました。
更に、アラブ首長国連邦のラナ・ヌセイバ大使は理事会で、この決議案は「完璧な文言」ではないとしながらも、「遵守すべき基本原則が明確に述べられており、理事会が強化する義務があるため、同国は賛成票を投じた」と述べ、この地域におけるアメリカの外交努力が「私たち全員を、今まさに向かっているこの瀬戸際から救い出すのに役立つ」との期待を表明しました。
2.イスラエルは独りではないことを伝えに来た
同じく18日、アメリカのバイデン大統領は、イスラエルを訪問し、ベンヤミン・ネタニヤフ首相らと会談しました。
前日の17日、ハマスが実効支配するパレスチナ自治区ガザの病院で爆発があり、500人近い死亡者が出たと言われていますけれども、アメリカ大統領が戦闘の発生直後に当事国を訪問するのは異例のことです。
バイデン大統領は会談後の記者発表で「イスラエルは独りではないことを伝えに来た」と述べて連帯を強調し、全面支援を約束。「イスラエルは、人道支援物資がエジプトからガザへ移動し始めることに同意した」と語り、パレスチナ自治区の人道支援に対し、米国として1億ドル(約150億円)を拠出することも表明しました。
もっとも、「パレスチナ人の大多数はハマスではない」と述べ、民間人の被害を最小限に抑え、人道危機を回避するようイスラエル側に求めたことを示唆し、ネタニヤフ首相は記者団に「イスラエルは民間人が傷つかない方策をできる限り実行する」と語りました。
3.なぜヨルダンはバイデン訪問をキャンセルしたのか
バイデン大統領は、当初イスラエル訪問後にヨルダンを訪問し、アブドラ国王やパレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長、エジプトのアブドルファタハ・シシ大統領との会談を行う予定だったのですけれども、ガザでの病院の爆発を受け、アラブの首脳は次々と会談をキャンセルしました。
爆発について、ハマス側はイスラエル軍の空爆によって病院に避難していた多数の人々が巻き込まれ、少なくとも500人が死亡したと主張し、イスラエル側は、イスラエル軍の攻撃ではないと否定したうえで、ハマスとは別の武装組織「イスラム聖戦」が発射したロケット弾が病院の近くの駐車場に落下したことによる爆発だとし、真っ向対立しています。
バイデン大統領は「ガザのテロリスト集団が発射したロケット弾の誤射によるものだ」とし、イスラエル軍の攻撃ではないとの見方を示しています。
この爆発を受けて、パレスチナ暫定自治区のヨルダン川西岸地区や周辺のアラブ諸国を含む中東各国で、イスラエルを非難する激しい抗議活動が広がりました。
流石にアラブの首脳達も、バイデン大統領との会談は、この状況下で行えなかったものと思われます。
ただ、その後に出てくる情報を見てくると、ミサイルによる大きなクレーター痕が見当たらないことや、隣接する建物への爆風被害がない点など、イスラエルによる空爆とするには疑問があり、段々とイスラエルではない説が頭を擡げてきています。
一方、越境3.0の石田和靖氏はそのイスラエル側の主張そのものにも疑義があるとするなど、真相はまだ分かりません。
4.中東の安定は砂上の楼閣だった
ただ、仮にイスラエルが病院を爆撃しなかったとしても、アラブのアメリカに対する感情がおさまるわけではありません。これまで積み重なった過去があるからです。
10月19日、BBCは「ジョー・バイデンの中東解決策の模索はますます困難になっている」という記事で次のように述べています。
・ガザのアル・アハリ病院が破壊される以前から、ジョー・バイデンによるイスラエルへの全面的な支援は、パレスチナ人や何百万人ものアラブ人に、アメリカは単にイスラエルの最も重要な支援者以上の存在だと思わせていた。彼らは、イスラエルがガザで行っているすべてのこと(子どもたちの殺害も含む)にアメリカも加担していると考えたのだ。このように、ハマスのテロによって、それまで築かれていた「現状維持」が砂上の楼閣に過ぎなかったと評しています。かなり厳しい見方です。
・この攻撃の責任が誰にあるのかをめぐる辛辣な論争は、多くの人々の考えを変えることはないだろう。12日間の戦争は、憎悪と分裂を激化させた。
・イスラエルは、アル・アハリを攻撃したという非難に対して詳細な反論を行った。パレスチナのイスラム聖戦が発射したミサイルが誤作動を起こし、イスラエル国内の標的のはるか手前に落下したことを証明する証拠を示したのだ。
・パレスチナ人(ハマスの支持者だけでなく)にとって、血に染まった死体袋の山は必要な証拠のすべてだった。彼らにとって、アル・アハリでの違いは原則ではなく程度の違いだった。ベンヤミン・ネタニヤフ首相はバイデン氏に、イスラエルの民間人を中心に少なくとも1400人が死亡したと念を押した。パレスチナ人にとって、アル・アハリはイスラエルが彼らの命を軽視していることの何よりの証拠であった。
・病院が破壊されたという最初の報道は、ジョー・バイデンを中東に送るためにエアフォース・ワンのエンジンが温まっているときに流れた。離陸する前に、彼のスケジュールはボロボロになってしまった。
・バイデン大統領はイスラエルに深くコミットしている。テルアビブに飛んで支持を表明し、ネタニヤフ首相に公の場で抱擁を捧げることは、彼にとって自然なことに思えたに違いない。
・バイデン氏は、ヨルダンの首都アンマンで急遽決まったヨルダン国王、エジプト大統領、パレスチナ大統領との首脳会談で、何とかバランスを取りたいと考えていた。
・しかし、ヨルダンはアル・アハリ病院のためにキャンセルした。パレスチナのマフムード・アッバス大統領は、イスラエル占領下のヨルダン川西岸のラマッラーにある本部に急いで戻った。サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、エジプト、そしてヨルダン自身がイスラエルを非難する声明を発表した。
・バイデン大統領にとって、この旅はかなり困難なものとなった。通常、国家元首が外交使節団として出向くのは、交渉という大変な仕事が終わり、協定に調印する準備が整ってからである。
・バイデン大統領にとってテルアビブ入りは賭けだった。バイデン大統領はガザの人道的大惨事を和らげる一方で、イスラエルの戦争努力を支援したかったのだ。
・しかし、二人の会談は合意に達した。イスラエルはさらなる軍事援助を約束された。その見返りとして、イスラエルはエジプトから食料、水、医薬品を運ぶ輸送隊をガザ南部に入港させることに同意した。病院は発電機用の燃料を切望しているが、この取引が発表されたとき、そのことには触れられなかった。
・バイデン氏は、イスラエルを支援し、戦時法を守るよう思い出させるだけでなく、戦争を拡大させてはならないというメッセージを強化することも望んでいる。イランとその同盟国であるレバノンの民兵組織ヒズボラや政治運動が介入すれば、アメリカは侮れないということを示すためだ。
・中東内外の指導者たちが、ハマスとイスラエルの間で再燃している戦争に苦慮している理由のひとつは、彼らが未知の領域にいるからである。かつての確信が慰めの前提になっていた。しかし今、それらはほとんど砕け散ってなくなっている。
10月7日にハマスがイスラエルを攻撃するまでは、中東は見慣れた土地のように見えた。現状維持が存在していた。この地域の指導者も、同盟国の指導者も、この現状を好ましく思ってはいなかったが、少なくとも安定は約束されているようだった。
・ハマスが攻撃したとき、ほとんどのパレスチナ人は誰よりも驚いた。イスラム抵抗運動(Islamic Resistance Movement)のアラビア語の頭文字をとったものであることを忘れているのではないかと批判する者もいた。
・ネタニヤフ首相はイスラエル国内の多くの政敵から、ハマスが侵攻してきたときに居眠りをしていたこと、そして軍事と情報面で大失態を犯したことを非難されている。イスラエル国民は、政府が自分たちの安全を守ってくれると思っていたのだ。
・ネタニヤフ首相に直接関係するもうひとつの錯覚は、パレスチナ人の独立を認めずともパレスチナ人を管理できるという彼の思い込みだった。その一環として、イスラエルへの労働者受け入れ数などの問題でハマスと取引をした。
・同時にネタニヤフ首相は、分断と支配という古典的な戦術を用いて、パレスチナ人の指導権をめぐってハマスの主なライバルであるパレスチナ自治政府を弱体化させることに努めた。パレスチナ自治政府は何年にもわたり、結局は実りのない和平交渉に参加し、一世代前にはイスラエルを承認した。しかし、再び話し合いをするためには、イスラエルはエルサレムを首都とする将来の国家のために、パレスチナ人に土地を譲渡することを議論しなければならない。
・極端な宗教的ナショナリストに支えられた政府のリーダーである現在のネタニヤフ氏にとって、そのような考えは論外である。彼の経歴を見る限り、そのような譲歩をしたくはないのだろう。イスラエルに和平のパートナーはいないと主張する方法を見つける方が彼にとって容易だった。ネタニヤフ氏、あるいはその後継者は、次世代をさらなる戦争から救う方法を見つけたいのであれば、考え方を変えなければならないだろう。
・アメリカの同盟国であるアラブ諸国の指導者たちにとっても、パレスチナ人は無視できない存在であることを思い知らされた。ヨルダンとエジプトはイスラエルと長年にわたって平和条約を結んでいる。アラブ首長国連邦はアブラハム合意で関係を正常化した。イスラエルとサウジアラビアが米国からの安全保障と引き換えにお互いを承認し合うという取引を仲介することで、新しい中東を創造し、自慢できる外交政策の成果をあげようとするジョー・バイデンの計画から、すべての人が利益を得ることを望んでいた。バイデン氏の関係者は、自分たちは前進していると考えていた。現在、サウジとイスラエルの和解は議題から外れている。
・アラブの王、王子、大統領にとって、ガザでの戦争と病院への攻撃は悪夢の再来でもある。2010年末、チュニジアの市場商人が苛立ちと怒りに燃えて、汚職といじめに満ちた役人たちに抗議するために放火した。それは2011年のアラブ反乱を引き起こし、権力や富だけでなく、もしかしたら命さえも失うかもしれないと考えた指導者たちを恐怖に陥れた。
・わずか2週間足らずの流血で、確かなものは砂の上に築かれたものであることが示された。新しい現状は戦争から生まれるだろう。戦争がもたらす衝撃が、新たな思考を促すのかもしれない。戦争が単に古いやり方を強化するだけなら、見通しは厳しい。
この記事では、もはや解決するためには、ネタニヤフ氏、あるいはその後継者がその考え方を変えなければならないだろう、とまで述べているのですね。
本当にそうなのかどうかは分かりませんけれども、もし、また病院爆破のようなことが起これば、もう誰にも止められなくなるのではないかと思います。出来得るならば、今の地上戦一歩手前で膠着する状態をしばらく続け、双方が冷静になることで打開策に繋げることを期待したいですね。
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