

1.なぜ岸田内閣の支持率が上向かないのか分からない
11月20日、経団連の十倉雅和会長は定例会見で、岸田内閣の支持率が20%台と低迷する理由を問われたのに対し「一つ一つの施策はいいことをやっている。防衛、GX(脱炭素化)、原子力、デフレからの完全脱却など、きちっとした政策だと私たちは思っている」と、岸田政権の低い支持率に疑問を呈しました。
更に、十倉会長は、自民党幹部が「これ以上、何をやればいいのか」と悩んでいることも挙げて「大きなストーリーを国民に分かってもらう発信の仕方、そういう工夫があればとは思う……外交でも成果があるのに、それが数字に表れないのはどういうことなのか。むしろ皆さんにお聞きしたいぐらいだ」と報道陣に逆質問していました。
経団連は10月17日に各政党の政策評価を発表し、与党に対して次のように評価しています。
【与 党】このように自民党に対して極めて高い評価を与えています。対する野党の評価はというと、それぞれ1行のコメントがあるのみで、ハナから相手にしていない感じです。このように、自分達が高く評価をしているのに、岸田政権の支持率が低いことで、あたかも自分達も批判されたような気になったのでしょうか、この現状が気にいらないようです。
自由民主党を中心とする与党は、「新しい資本主義」を掲げ、デフレからの脱却・力強い経済の再生に加え、GX(グリーントランスフォーメーション)に向けた環境・エネルギー政策の推進や、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進、こども・子育て政策の強化などに精力的に取り組んでいる。また、わが国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増す中にあって、G7広島サミットの成功、日韓関係の改善、防衛力の抜本的な強化など、積極的な外交・安全保障政策を展開しており、高く評価できる。成長と分配の好循環の実現により、わが国経済にダイナミズムを取り戻すべく、引き続き、国民との積極的な対話を重ね、スピード感をもった政策の実行・推進を期待する。
この十倉会長の発言に対し、ヤフコメでは「なぜ、支持率がこんなに低いのか分からず不思議がるとは、世論を全く理解できていないということだ。こういう人が経団連の会長で良いのだろうか?」、「輸出還付金で儲けている経団連に岸田政権の支持率低下の理由が分かるわけがない」、「自分達が政府と結託して自らはほぼ仕入時下請けに消費税を払わず、経団連企業は輸出還付金という名目で国の消費税収入の内、6兆もの多大な金額を受取っているから消費税増税すればするほど実入りが増えるから馬鹿げた提言を財務省共々したり政府寄りの発言しかしない」「この経団連会長も大変ズレていらっしゃるようだ。万博のリング発言しかり消費税上げろ発言しかり日本の企業団のトップとは思えない」とボコボコに叩かれています。
まぁ、十倉会長は11月6日の会見で「大阪万博350億円リングぜひやりたい」発言をして、ネット等で「庶民を怒らせる天才」「人の金だと思うから 自社で予算超過でもやるのかよ」「そもそもやむを得ないっていうのなら経団連が全額『自費』で負担したらえぇやんけ」と炎上していました。
更に、9月19日の会見でも「消費税などの増税から逃げてはいけない」発言をして炎上したこともあります。
これらを見る限り、庶民の感覚とは大分ズレているようにみえます。
2.再評価される菅義偉・前総理
岸田内閣の支持率が過去最低を更新し、自民党内で「岸田降ろし」が始まる中、急速に存在感を増しつつあるのが菅義偉・前総理です。
11月12日、菅前総理は、「日曜報道 THE PRIME」に出演し、インバウンド政策について、「江戸城を活用しないのはもったいない……推進するためにはひとつの大きな方向性と世論をつくらないといけない」と発言し、話題になりました。
江戸城は、1657年の明暦の大火で、天守閣が焼け落ちてしまったのですけれども、このとき復興の陣頭指揮をとった会津藩主・保科正之は、被災者の救済を優先し、江戸城の復旧は後回しにしました。それ以降、360年以上にわたって天守閣は再建されていません。
世界をみると、ロンドンにはバッキンガム宮殿、パリには凱旋門、北京には紫禁城と、各国に歴史を象徴する記念碑的な建造物があるものの、東京には存在しないことから、江戸城の再建を強く望む人たちが一定数いるのだそうです。なんでも、設計図などの資料も残っているのだそうです。
実際に再建するとなれば、どれほどの予算と時間が必要なのかというと、NPO法人「江戸城天守を再建する会」によると、「10年前の試算では350億円でした。そこから会として試算はしていませんが、名古屋城の再建などから推測して『いまは500億円程度になるのでは』ということは聞きます……工期に関しては、材木を切り出し、乾燥させるところから始まるので、5~6年以上かかります」とのことですけれども、350億といえば、大阪万博の例のリングの建設費と同じです。
今、例のリングを残す残さないで揉めているようですけれども、もし残さず解体するくらいなら、その木材を江戸城天守の再建に回せないのかとさえ思ってしまいます。
更に菅総理は、11月15日に出演したインターネット番組「ABEMA Prime」に出演。進行役の平石直之アナウンサーから「岸田さんが今苦労されているところもあって、おっしゃりにくいかもしれませんが、どんなふうに見てらっしゃいますか?」と聞かれると、総理時代にやり残した少子化対策を挙げ、「準備はしたが途中で退陣したので……そこに集中してやることが必要。軸を作ったら方向性がきちっと進んでいくまでしっかりやっていく必要がある」と語りました。
そして経済政策について「今回の所得税の減税のように国民の皆さんになかなか届かないというのは、やはりきちっと説明していく必要があると思う。説明が足りない」と岸田政権に苦言を呈しました。
また、自身は官房長官として安倍政権を支えたが岸田総理にはそのような側近がいないのでは?と問われると「そんなことはないですよ。しっかりした人たちが付いていると思います」と答え、自身の総理再登板の可能性については「私はもうやることはない……官房長官7年8カ月、総理1年でしたけど、その期間は緊張の連続だった。もう1度というのはなかなか難しい」と否定しました。
3.菅氏待望論
このように再登板を否定した菅前総理ですけれども、その実績を再評価する声も上がっているようです。
ジャーナリストの鮫島浩氏は、今年2月にプレジデントへ寄稿した記事で次のように語っています。
【前略】この当時は岸田内閣の支持は安定していましたから、まだまだ先の話だったのでしょうけれども、ここにきて、党内で菅前総理を再登板させようという動きがあってもおかしくないかもしれません。
菅氏はポスト岸田に河野太郎デジタル担当相や萩生田光一政調会長らを押し立てる――そんな分析が相次いで報じられている。本当だろうか。
私の見立ては違う。菅氏はあくまでも自分自身の首相再登板を狙っている。自民党内の無派閥議員らの間でも「菅氏待望論」は盛り上がりつつある。河野氏は国民人気は高くても党内人気は低く、岸田首相が任期途中で辞任した場合の総裁選(党員投票はなく、国会議員と都道府県連代表のみが投票)に勝つのは容易でない。
萩生田氏は安倍派会長の後継レースで一歩リードしているものの、旧統一教会問題のマイナスイメージが残り、いきなり総裁選出馬は難しい。「河野氏や萩生田氏では勝てない」という見方が広がって「菅氏待望論」が醸成させていく機運をつくり出そうとしているのではないのか。
【後略】
岸田総理が打ち上げた所得税減税については、遅くてしょぼい、と批判されていますけれども、わずか1年で数々の政策を実現していった菅前総理は違いました。
ホリエモンこと堀江貴文氏は、大阪市の松井一郎市長とのトーク動画で、菅前首相ついて「めちゃくちゃ面白いってことに気付いて。彼は総務大臣もやってたので、地方自治とか電波行政とかも詳しいんですよね。あと人の話を聞いたら“これは総務省のあいつだな”って、すぐ官僚に電話していて。これは“早っ!”って思いましたね」と絶賛。
これを受けて、松井市長も「むちゃくちゃ面白い人。世の中の人はちょっと誤解あるかもしれないけど、改革派ですよね。答え出すのが早くて、出来ることも早いけど、出来ないって言うのも早くて。日本の政治家って、自分の値打ちを高めるためにもったいぶる人が多いんですけど。でも、菅元総理はそのへんをスパッと判断して連絡くださる」と評価しています。
4.聴いて、聞かない力
冒頭で経団連の十倉会長は、岸田政権について、国民へのアピールが足りないと指摘されていましたけれども、菅前総理も口下手だと言われていました。けれども世間の評価は大分違うように思います。その差はどこからくるのか。
2022年6月、コミュニケーション戦略研究家の岡本純子氏は自身が主宰する「世界最高の話し方の学校」に、菅義偉前首相を特別講師として招いた際、インタビューを行っています。
そのインタビューの一部は次の通りです。
ーーブルームバーグが最近、「短期政権が残した永続的な遺産」という記事で、「菅政権は短期だったが、その功績は驚くほど大きい。いまこそ、評価を見直すとき」と評するなど再評価の機運も高まっています。振り返って、いかがですか。このように菅前総理は、コミュニケーションは「結果が出たらわかってくれるだろう」左程重視せず、それよりも、国民にとって「できて当たり前のこと」を実行すると思って取り組んだと語っています。
【中略】
私にとって、何より重要なのは「この国を守り、国民の暮らしを守る」ということ。国民一人ひとりの日々の生活に思いを寄せ、「どうやって一人でも多くの命を守ることができるのか」「誰かの悩みを1つでも取り除くことはできないか」「財布の負担を少しでも軽くすることは何か」を常に考えてきました。
必要な医療が受けられるようにする、高すぎる価格は下げる、デジタル化を進め、人の暮らしを便利にする……。そんな国民にとっての「できて当たり前のこと」を1つひとつ着実に実行し、形にすることが私の責任だととらえてきました。
—— コミュニケーションについてはずいぶんと批判を受けましたよね。やはり、苦手意識があるんでしょうか。「スピーチコーチングを受けては?」という側近のアドバイスも結局、受けられることはありませんでしたね。
私はそんなに苦手だと思っていなかったんですよね(笑)。自分で1つひとつ信念を持って仕事をしてきましたので、それについて語れば通じるんじゃないかぐらいの思いでやっていたと思いますね。こんなに悪いと思わなかった(笑)。
スピーチ力とかそういうことでなくて、やはり何をやらなきゃダメなのか本質的なことを考えて、見極める。総理大臣というのは最大の権力者ですから、理屈に合わないことはできない。そういう思いでやってきました。
昔から、人前で話すのは好きではなかった。中味もないのに口先だけで話すとか、自分を実力以上に飾り立てることよりも、真剣勝負でやっていれば、結果が出たらわかってくれるだろうなって思いは、やはりずっと強いですよね。
【中略】
—— 「冷たい」などと、いろいろと誤解されましたが、実際にお会いして印象に残るのは、権力者特有の「俺の話を聞け」という感じがまったくないこと。人の話をじっくりと丁寧にお聞きになりますよね。「上からじゃない、フラットな目線」が印象的です。次世代リーダーを養成するコミュニケーションの学校を立ち上げるという話をしたときも、目をまん丸にして「がんばるねえ」とほめてくださいましたよね。じつはお優しい。
優しくはないですよ(笑)。でも本当に大変だと思いますよね。(学校を)自分で立ち上げるんですから。(上から目線というのが)好きじゃないんでしょうね、たぶん。年齢とかで、分け隔てはないですね。(逆に)偉い人には強いと思いますよ(笑)。
政策とは人の暮らし、命を守るものですから。より生活に近い視点が必要です。外交や、安保といった大上段に構えたテーマも、もちろん国を守るという点では非常に重要です。
でも、内政をなおざりにして、その議論だけに明け暮れていいわけがない。まずは人々の暮らし、生活、命を守ることが大切です。
【中略】
—— 演説力については批判を受けましたが、一方で、強い実行力を発揮されました。政策を実現するためには、コミュニケーション力、人を動かす力が必要ですが、その秘訣を教えてください。
私は、政治の世界ではたたき上げと言われます。高校まで秋田で育って、東京へ就職で出てきて、紆余曲折を経て、国会議員の秘書になり、38歳で市会議員に当選しました。衆議院議員は47歳ですから、年齢的には遅いほうです。みんなに助けてもらいながら、ずっと真剣勝負でやってきました。
どの政治家よりも歩き、勉強し、耳を傾けたという自負はあります。朝昼晩と、とにかく幅広くいろんな分野の人と会い、じっくりと話を聞いてきました。
偉い人というより、現場の人。社会を変えていきたいとか、いろんな人がいますから、そういう人たちと会って、エネルギーをもらったり、政策をもらったりしながら進んできました。
自分の判断が間違いないようにするために、現場を知る人に確認の意味で会っているというのも多くありました。
—— 人を動かすために必要な論点を徹底的に調べ上げたうえで、たとえば、官僚などには「なぜできないのか」を徹底的に問うスタイルだと。
たとえば、ふるさと納税。生まれてから高校を卒業するまで、地方自治体で1600万円ぐらい子どもにお金をかけます。
しかし、いざ高校、大学を卒業し、地方を離れて都会で働くと、地方には1銭もいかない。「自分を育ててくれた地域に恩返しができる仕組みを作りたい」とずっと思っていました。でも、総務省は大反対でした。
「ふるさとの定義があいまい」だとか「受益と負担の原則という税の根幹を揺るがしかねない」など、できない理由を並べます。
私はこんな性格ですから、「本人がふるさとと思ったらどこでもいい」「人生における受益と負担という考え方もあるだろう」と譲りませんでした。
本質的にはこれは絶対作っておかしくない法律だと確信していましたので、そうしたものと戦って、制度を作りました。ダムの洪水調整機能も省庁縦割りを打破して高めました。これまで経産省や農水省が所管する電力や農業用水のダムは、大雨のときにも活用されず、洪水を防止する機能を持っていませんでした。
こういったダムを活用し、洪水への対処能力を46億立方メートルから91億立方メートルへと倍増させました。省庁の壁を取っ払うことで、5000億円以上かけた八ッ場ダム50個分の容量を、コストをかけずに確保しました。さらに事前放流の基準も見直して、能力を最大化した治水対策ができるようになりました。
そうすると今度は、国交省が自分から、いままで活用していなかったダムの貯水を使って発電をやりたいと言い始めました。省庁縦割りの壁のために、国の資源が有効に使われていない実例です。
【中略】
—— 側近だった方とお話ししていると、市井の人の声にはしっかり耳を傾ける一方で、菅さんの強みは抵抗する官僚の反対を押し切り、説き伏せる突破力であり、すごみであったと。ある意味、意見や事実は「聴いて」、抵抗勢力や数の力には屈しない「聞かない力」こそが、この実行力の源泉であったのかもしれないとおっしゃっていましたが、どうでしょうか。
私の判断軸は、「国民にとって当たり前のことかどうか」ということです。
当たり前のことを当たり前にやろうとしても、縦割りだとか、前例主義だとかがありますから、そういうのを壊していく力というのは、よほど自分が自信を持ってやらなきゃダメなんですよね。
そのためには、ただ「聞く」だけにとどまらず、幅広く情報を収集し、事実を見極めることが大切です。説得には、客観的事実が一番強いと思います。
官僚は優秀ですが、前例に強く縛られますよね。先輩もいますし、思い切ったことを言えなくて、できないわけですよ。ダメな理由は何か、まずは「できない」という彼らに対して、徹底して「事実」を示して説得しました。
たとえば、迎賓館が東京と京都にあります。総務大臣のとき、はじめて迎賓館に入って、すばらしかったので両親を連れていってあげたいと思っていたら、「いや、できないです」と言われたんです。せっかくのすばらしいものなのに、1年間に夏の2週間だけ抽選で公開していただけでした。
それで官房長官になって、これを開放すると言ったんです。そうしたら、「できない理由」ばかり言ってくるわけですよ。国家元首が泊まる前後の準備と片付けに20日必要だとか、空調の点検整備に1カ月かかるとか、いや、これはもう真面目な顔をして言ってくる。
そこで、「海外の迎賓館ではどうなのか」など徹底的に現場の情報を集め、事実を示して説得し、最終的にコロナ前で年間250日くらい国民の皆さんに開放することができました。
これも「国民にとって当たり前のことで、これまでできていなかったこと」です。こうしたことを1つひとつ、解決していくことが、私の仕事だと思ってきました。
やはり大切なのは「本質的に合っているかどうか、正しいかどうかじゃないか」ですかね。人を動かすというのは、そういうことじゃないかな。議論が終わっても何もしないのが、一番嫌いなんです。
議論が出尽くしたものについては、やはり最高責任者として判断をして、責任をとる、先送りするのはやめよう。そういう思いでやっていました。
そしてその実現には、自身がまず徹底的に事実を調べ、現場の声を聞き、「できない理由」ばかり言ってくる官僚に事実を示して説得するスタイルで進めていったそうです。「聞く力」を口にする岸田総理より、菅前総理の方が、よっぽど民の声を聞いているのではないかと思えてくる程です。
筆者は、菅前総理の再登板については、本人がその気がないといったように、ないとは思いますけれども、周りが放っておかない可能性も多少あるかもしれません。
来年の総裁選に向け、菅前総理の動きも一つのポイントになってくるかもしれませんね。
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