

1.侯と柯
11月24日、来年1月に行われる台湾総統選挙の受付が締め切られました。
注目された野党の候補者一本化はならず、選挙戦は主要3政党の候補者が争う構図となりました。
立候補したのは、与党・民進党が擁立した、現在副総統の頼清徳氏、最大野党の国民党の総統候補で現職の新北市長の侯友宜氏、野党第2党の民衆党の総統候補で前の台北市長の柯文哲氏です。
この半年間、各候補の支持率は主な世論調査のほぼすべて頼清徳氏がトップを保ち、野党の侯氏または柯氏が2位という状況が続いてきました。
野党両党は、共倒れを避けて政権交代の可能性を高めようと、国民党が民衆党に候補者の一本化を呼びかけ、先月から協議が本格化。今月15日には、国民党の馬英九前総統の立ち会いのもと、国民党の侯氏と民衆党の柯氏のどちらかに総統候補を一本化することで両党が合意したのですね。
ただ、どちらを総統候補とするかは各種世論調査をもとに決め、統計学上の誤差の範囲内と評価されれば、民衆党の柯氏が上回っていても国民党の侯氏を総統候補とすると、合意書に明記されました。
なんとも国民党に有利な合意ですけれども、この合意の発表前に立会人の馬英九前総統の側近が中国を訪問したと、台湾メディアが報じられていました。
15日夜、柯氏は台湾のテレビ番組に出演し、司会者がこの報道に関連して、中国による選挙介入を話題にしたのに対し、「アメリカも中国も台湾の選挙に介入する」と述べ、一本化の合意について、「アメリカの代表機関から中国の介入の有無について問い合わせの電話があった」と発言し、物議を醸しました。
もし、中国が台湾総統選に介入しているとするなら、馬英九氏の側近が、合意前に中国を訪問したことや、国民党に有利な合意内容になっていることから考え合わせると、親中とされる侯友宜氏を中国が推しているであろうことは間違いないものと思われます。
ところが、肝心の世論調査はというと、その多くで柯氏を総統候補とした場合の支持率のほうが高い結果となりました。
そのため、柯氏は「最も強い候補者を立てるべきだ」と主張したのに対し、侯氏は「柯氏も合意書にサインした。約束を守るべきだ」として、2人とも譲らなかったのですね。
結局、どこまでを誤差と見なすかについて双方の意見が折り合わず、野党統一候補は実現しませんでした。
柯氏は、総統候補を譲らなかった理由について「協力の目的は選挙に勝つことのはずだ。そうであれば、最強のコンビが立候補すべきだ」と説明。対する侯氏は「柯氏が届け出をする前に、協力できることを願ってもう一度電話をかけたが、残念ながら出てもらえなかった」と一本化できなかった責任を民衆党になすりつけました。
これについて、評論家の石平氏は、馬英九氏立ち合いでの一本化合意は密室で行われたため、柯文哲率いるの民衆党の面々がふざけるなと、柯氏を責め立て、民衆党崩壊の危機にまで発展したのだそうです。涙ながらの釈明に終われた柯氏は、民衆党を守るため、合意を反故することを決めたというのですね。
2.郭台銘
これで総統選挙は、主要3政党の候補者が争う構図となったのですけれども、これまでの世論調査では、中国が「独立派」とみなし、親米・親日路線を取る頼氏が首位を守り、対中融和路線を掲げる野党の侯氏、柯氏が追い上げていました。今はというと、台湾メディアの美麗島(電子版)が24日発表した世論調査によると、頼氏の支持率31.4%に対し、侯氏は31.1%と猛追。柯氏は25.2%と続いています。
けれども、台湾総統選には、もう一人候補者がいました。鴻海精密工業の創業者の郭台銘氏です。
郭台銘氏はもともと、国民党からの立候補を希望していたのですけれども、それが駄目となった後、8月に無所属で立候補する意向を示しました。
台湾総統選は、前回の選挙の有権者総数の1.5%にあたるおよそ29万人の署名集めれば、無所属でも立候補できるという規定があるのだそうですけれども、郭台銘氏は、14日時点で、なんと103万人以上(有効数90万人余り)もの署名を集めました。1.5%どころか、5.33%に達しています。
この時、郭台銘氏は自身のSNSで「総統選挙に立候補する資格を正式に得た……100万の人々が台湾を改造する歴史的な責任を私に託した。それを忘れず、全力で事にあたる」とコメントしていたのですけれども、立候補届け出期限のわずか3時間前に撤退を正式表明しました。
3.中国の介入
この郭台銘氏の立候補取りやめの裏には、中国からの圧力があったのではないかとも言われています。
10月22日、中国政府は、鴻海が中国に持つ「フォックスコン(富士康)」に対し、税務調査に乗り出しました。広東、江蘇、河南、湖北省の関係先が土地利用や税務関連の調べを受けたとされ、この影響で、中国株式市場でのフォックスコン(富士康)関連株は急落しました。翌23日、鴻海は「関係機関の調査に協力する」とコメントしました。
郭台銘氏はこの事態も覚悟していたようで、無所属での立候補を表明した8月28日の記者会見で「『言うことを聞かなければホンハイの財産を没収する』と中国が言うなら、私は『はい、どうぞ』と答える」と、総統になっても中国の圧力は受けないという姿勢を強調していました。
こうしたことから、一部では、中国当局が票の分散を恐れ、郭台銘氏に立候補させないよう圧力を掛けたという見方も囁かれていました。
郭台銘氏の無所属出馬会見をした当時、国民党は「極度の遺憾を表す」とした上で「郭氏が最後には国民党と侯友宜氏を支持し、一緒に民進党を下野させると信じている」とコメントしていますけれども、あるいは、この段階から今の事態を見据えていたのかもしれません。
郭台銘氏が立候補を取りやめたのは、立候補受付締め切り当日だったのですけれども、前日の23日、郭台銘氏は、自身の主導で野党候補一本化の協議を台北市内のホテルで公開し、ライブ配信しています。
生中継は約90分間に及んだのですけれども、それぞれ自らに有利な条件を主張するばかりの泥仕合となり、物別れに終わりました。
ただ、筆者が気になるのは、一本化協議の温度を取ったのが、郭台銘氏であり、その後立候補を取りやめたことです。
もし、一本化が成立していれば、総統選は一気に野党統一候補が有利となり、結果として中国側を利することになるからです。もしかしたら、郭台銘氏は中国当局の圧力に折れてしまった結果が一本化協議であり、立候補見送りではないのかとも穿ってしまいます。
4.平和か戦争か
11月24日、中国で台湾政策を担う国務院・台湾事務弁公室の陳斌華報道官は、台湾総統選を巡る野党の候補一本化協議が決裂したことに関し、質問され次のように答えたと報じられています。
24日、中国国民党と中国人民党の代表として、侯友誼氏と柯文哲氏が選挙に出馬登録したことが報じられ、「青白連合」が決裂したことが明らかになった。 これについて、台湾事務弁公室の陳賓華報道官は24日、記者の質問に対し、「関連報道に留意している。 我々は台湾の現在の社会体制を尊重し、来年初めの台湾の選挙結果が台湾海峡地域の平和と安定を維持し、両岸関係が平和的発展の軌道に戻ることを望んでいる」と述べた。この発言は各社が報じていますけれども、見出しだけ拾うと次の通りです。
陳賓華氏は、平和、発展、交流、協力を望むのは台湾の主流な世論であると述べた。 現在、台湾は平和と戦争、繁栄と衰退という2つの道、2つの展望の選択に直面している。 台湾同胞の大多数が国家の義を守り、1992年コンセンサスを堅持し、台湾独立に反対し、正念場で正しい選択をし、台湾海峡の平和と安定の維持、両岸関係の平和的発展の促進に貢献することが望まれる。
時事通信:「戦争か平和か選択」 台湾総統選で中国ただ、細かいことですけれども、見出しでは「戦争か平和か」と「平和か戦争か」の二通りあります。
日経新聞:中国「平和か戦争か、選択に直面」 台湾総統選巡り声明
産経新聞:中国、台湾の総統選は「平和と戦争の選択」 住民に「正しい選択」呼びかけ
ドイチェ・ヴェレ:台湾総統選は戦争と平和の選択か―独メディア
平和か戦争かどちらかを選べ、なんて脅し以外のなにものでもないと思いますけれども、原文は「台湾正面临着和平与战争」と「平和」が先に来ています。このことから中国は戦争ではなく平和を求めていると解釈することも可能です。
もちろん、台湾総統選を前に下手に台湾世論を刺激しないように、注意して「平和」を先にもってきた可能性も十分考えられます。
ただ、これについても、先述の石平氏は、先日の米中首脳会談で習近平主席がバイデン大統領に対して「2027年か2035年に台湾を侵攻するような計画は中国にない」と語ったことが報じられている点を取り上げ、中国は、与党の頼清徳候補が総統になれば、戦争を仕掛けると吹聴することで、総統選挙で国民党の侯友宜候補を勝たせようとする戦略だったのが、この報道でぶちこわされたのだ、と指摘しています。
これだけみると、頼清徳氏が当選する確率は大分高まったように見えなくもないのですけれども、筆者は、総裁選から撤退した郭台銘氏の動きがポイントになってくるように思います。
台湾メディアの世論調査では各候補の支持率は、頼氏が31.4%、侯氏は31.1%、柯氏が25.2%だと前述しましたけれども、郭台銘氏が無所属で立候補するために集めた署名は5%を超えています。仮にこの5%が侯氏の31.1%に乗っかると、頼氏を逆転してしまいます。
勿論、この5%が丸々侯氏に乗っかるとは思えませんけれども、もし、郭台銘氏は中国当局の圧力ないし脅迫を受けて、その手先となって侯氏の応援に回らないとはいえません。
その意味では、台湾総統選はまだまだ予断を許さないのではないかと思いますね。
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おじじ