

1.海鯤
9月28日、台湾初の国産潜水艦「海鯤(ハイクン):艦番号711」の進水式が、台湾最大の造船会社・台湾国際造船の高雄造船所で行われました。
伝説の超巨大魚にちなんで命名された「海鯤(ハイクン)」の、建造費は約494億台湾ドル(約2280億円)と見られていますけれども、これは、海上自衛隊の最新鋭「たいげい」型潜水艦の建造費約700~800億円に比べてもかなり割高になっています。
台湾防衛当局は艦名以外の詳細SPECは明らかにしていませんけれども、イギリスの軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」の分析によると、「海鯤(ハイクン)」の全長は約70メートル、全幅は約8メートルで、満載排水量は約2700トンとそれぞれ推定されています。
海自のたいげい型(全長84メートル、全幅9.1メートル、基準排水量3000トン)には及ばないものの、通常動力型潜水艦としては大型の部類に属します。
台湾国防部によると、「海鯤(ハイクン)」は2025年に就役予定で、更に同型艦7隻の計8隻を建造、就役させる計画とのこと。2番艦は2027年までに就役する予定としています。
2.抑止的な哨戒
台湾海軍は現在、1980年代にオランダの「ズヴァールトフィス級」潜水艦をベースに建造された海龍級潜水艦2隻と、アメリカから取得した第2次世界大戦時代の老朽化した「グッピー2」型の2隻を運用しています。前者は台湾海軍の海中戦能力の背骨となっており、後者は訓練目的のみで使用されています。
台湾海軍は、中国による海上封鎖の脅威が増大していることを踏まえ、水中戦能力の強化に熱心に取り組んできました。台湾政府は、馬英九前政権下の2014年から、台湾独自の潜水艦建造を目指した「潜艦国造(潜水艦国産、IDS)計画」を発動。国民党、民進党と政権が変わっても公式な国家防衛政策となっています。
けれども、その潜水艦建造計画の詳細はベールに包まれてきました。潜水艦建造技術や装備品の輸出は非常に機密性が高く、ひとたび暴露されると中国本土からの強い反発を招くからです。
台湾は、潜水艦隊を構築するため、世界中から専門知識と技術を密かに集めてきたとされています。これについては、ロイター通信が2021年11月29日付の記事で、中国政府の反発を受ける危険にさらされながらも、少なくとも7カ国の防衛企業や技術者が台湾初の潜水艦建造を支援していると報じています。
その概要は次の通りです。
・2017年から開始された台湾の潜水艦建造に、アメリカ、イギリスが主たる役割を果たしていることに加え、オーストラリア、韓国、インド、スペイン及びカナダが関わっている。このようにして台湾は国産潜水艦の建造に漕ぎつけた訳です。
・アメリカは、戦闘システムやソーナー等の核心技術を、イギリスは潜水艦用の部品や関連するソフトウェアを提供し、その他の5ヶ国は技術者募集(エンジニア、技術者、元海軍士官)に応じたものである
・それぞれは、台湾海軍及び潜水艦建造を請け負っている台湾国営企業「台湾国際造船」に、政府の許可を得て技術的支援を行っている。
・アメリカの同盟国であり最も進んだ通常型潜水艦を保有する日本の関与について、防衛省関係者の発言として、非公式に検討したものの中国との関係悪化を懸念し、検討を中止した。
・日本企業は中国との取引を失うことを懸念し、台湾への関与は消極的である
進水式の映像や画像から、艦尾舵は、水中運動性に優れ、着底しても舵の損傷が少ないとされる海自のたいげい型と同じX字型となっていることから水深の浅い台湾海峡をはじめ、浅瀬での優れた操縦性を潜水艦に持たせるためと考えられているようです。
また、進水式映像の分析によると、「海鯤(ハイクン)」の船体はやや箱状の前部と上部を採用していることから、より速い発射速度で魚雷を発射できるダブルデックの2層の魚雷室を備えている可能性があるとしています。
これらから、台湾海軍は戦闘群の護衛など作戦より、ゆっくりと静かな抑止的な哨戒を優先しているのではないかと見られているようです。
3.潜水艦は対中抑止になる
10月5日、元海上自衛隊潜水艦隊司令官の矢野一樹氏と、拓殖大の門間理良教授はBS日テレの「深層NEWS」で、「海鯤(ハイクン)」について次のように述べています。
矢野氏:侵攻する側は常に脅威に備える必要が出てくる……台湾への軍事的圧力を強める中国軍への効果的な抑止力となる。中国が台湾を軍事侵攻する際、まず何百発もの弾道ミサイルや巡航ミサイルを台湾の防空設備に向けて発射するとともに、台湾軍の補給線や通信網の寸断を図ると考えられています。ただし、それに続いて、中国の海軍や民兵部隊が部隊や車両を台湾に上陸させる必要があります。そのために、台湾海峡を150キロメートル渡って台湾の西海岸か、更に数百キロメートル航行して東海岸に到着しなければなりません。
門間氏:試験段階の潜水艦を公開したのは、与党・民進党政権が来年1月の台湾総統選をにらんだためだ……国防に力を入れる姿勢とともに、米国などが協力して建造した潜水艦であるとアピールすることで、有権者に安心してもらう狙いもあるだろう。
けれども、海上では、侵攻する中国側部隊は相手側から非常に狙われやすい上に、たとえ一部の部隊を上陸させることに成功したとしても、それらの部隊も、最初の数週間は補給を艦船に頼ることになるため、脆弱な状態に置かれることになります。
ここで、台湾側が十分な数の揚陸艦や補給用の艦船を沈めれば、上陸部隊はたちまち食料や燃料、弾薬が欠乏し、侵攻は沿岸部か少し内陸のあたりで頓挫することになります。これら艦船にとって、台湾軍の水上艦や、ハープーン対艦ミサイルを搭載したF-16、そして、魚雷を発射する潜水艦は何より脅威となります。
4.勝利に大きな役割を果たす潜水艦と爆撃機
1月19日のエントリー「台湾をめぐる次の大戦の最初の戦い」で、アメリカのシンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)が中国による台湾侵攻を想定したシミュレーションを行ったことを取り上げたことがありますけれども、検討された24のシナリオの大半で、台湾と支援国側は、人員や装備に大きな損害を被るものの、最終的に勝利するという結果となりました。
ただ、その結果は、事前にアメリカ軍が西太平洋でどのくらい入念に兵力を分散させているかに大きく左右され、潜水艦と爆撃機という2つの重要な兵器が勝利に大きな役割を果たしました。
CSISのアナリストであるマーク・カンシアン氏、マシュー・カンシアン氏、エリック・ヘギンボサム氏の3人は報告書で「大半のシミュレーションにおいて、潜水艦は中国の防御ゾーンに侵入し、中国の艦隊に大きな損害を与えることができた」と結論づけています。
図上演習では、米艦隊の40〜50隻の攻撃型潜水艦は各4隻の小艦隊に編成され、グアム、ウェーク島、横須賀の米軍基地に配備された。中国側から最初のロケット弾が撃ち込まれ、中国の艦隊が出撃する時点で、狭い台湾海峡に1個小艦隊が展開していました。
潜水艦4隻の小艦隊は魚雷やミサイルが尽きるか中国側にやられるまで、中国艦艇を次々に沈めたそうで、報告書では「これらの小艦隊は狩りをし、港に戻って再装填し、再び出撃して狩りをした……各潜水艦は3日半の間に大型の揚陸艦2隻(と同数の護衛艦もしくはおとり)を撃沈した」としています。
また、シミュレーションでは、アメリカ海軍の潜水艦は2週間にわたる集中的な戦闘で、中国海軍が保有する最大の揚陸艦や水上戦闘艦の多くを含む艦艇最大64隻を撃沈。中国が数隻保有する空母の一部を沈める可能性もあったようです。
ここで注目したい点は、シミュレーションでは台湾軍の潜水艦はほとんど戦力に含まれていなかったことです。先述したように台湾海軍が現在運用している潜水艦は、オランダが1980年代に台湾向けに建造した旧式です。
今後、「海鯤(ハイクン)」級の潜水艦8隻が配備されれば、中国側の艦隊に対してアメリカ主導の台湾防衛側が展開できる潜水艦や魚雷の数は20%ほど増え、そこに海自の潜水艦22隻の一部が加われば、その戦力はさらに増すことになります。
5.事前配置が重要
この台湾の「海鯤(ハイクン)」級の潜水艦艦隊構想について、台湾の国防安全研究院・国家安全研究所のリサーチ・フェロー、ウィリアム・チャン氏は、潜水艦の「ステルス性や殺傷能力、奇襲能力を使ったゲリラ的な戦争」を行うことで、「台湾の比較的小さな海軍が、中国の強大な海軍に対して主導権を握る」のを助けられると指摘。特に、いわゆる「第一列島線」と呼ばれる島々を結ぶさまざまな海峡や水路の警備を助けることができ、対潜水艦戦は依然として中国海軍の「最も弱い部分であり、これは台湾がそれを利用するチャンスだ」と述べています。
一方、かつて米国防総省に所属し、現在はシンガポール国立大学の上級リサーチ・フェローであるドリュー・トンプソン氏は「潜水艦は侵攻に対抗する役割には最適化されていない……中国の軍事作戦を複雑にする今回の能力向上は、効果はあるだろうが、決定的なものではない」と、中台海戦の「重心」は、潜水艦が最も効果を発揮する台湾の東海岸沖の深海ではなく、中国に面した浅い海が広がる西海岸になるかもしれないと指摘しています。
また、台湾のシンクタンク「国家政策研究基金会」の防衛研究員、掲仲氏は、潜水艦は抑止力としての役割を果たすだけでなく、中国船を待ち伏せするのにも使えるとし、中国の港に魚雷を設置する作戦や、海軍への石油供給の妨害や、中国沿岸部の主要施設の破壊も可能だと指摘しています。
これらを見ると、やはり戦略国際問題研究所(CSIS)がシミュレーションで示したとおり、事前の部隊の配置が重要であり、中でも海中に潜んで探知されにくい潜水艦部隊をどこに置くかが重要になるといえます。
その意味では、台米+日の連携による台湾海域の防衛戦略が非常に重要になってくるのではないかと思いますね。
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