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1.紅海海峡通過船舶運航停止
12月15日、世界最大級の海運会社マースクとハパックロイドの2社はイエメン反政府勢力による地域内での攻撃を受け、世界貿易に不可欠な紅海の海峡を通過する船舶の運航を一時停止すると発表しました。
これは、イエメンの大部分を実行支配している親イラン武装組織フーシ派が、イエメン沖で船舶への攻撃を活発化させていることから、乗員の安全を考慮しての措置です。
フーシ派は、ガザでのハマスと2ヶ月間にわたり戦闘を繰り広げているイスラエルに圧力をかけるために、は船舶を標的にしていると述べていますけれども、4日に自社のマースク・ジブラルタル号が攻撃されたマースク社は、「昨日のマースク・ジブラルタル号が巻き込まれたニアミス事故、そして今日発生したコンテナ船に対する別の攻撃を受け、バブ・アル・マンデブ海峡を航行する予定のすべての船舶に対し、追って通知があるまで航行を一時停止するよう指示した」との声明を発表。そして、15日に自社のコンテナ船「アル・ジャスラー号(リベリア船籍、2016年建造、全長368メートル)」を攻撃されたハパックロイド社も、「18日まで、紅海を通過するすべてのコンテナ船の運航を中断する」と発表しています。
一方、フーシ派の軍事報道官ヤヒヤ・サリー氏はフーシ派のテレビチャンネルでの放送で、「イスラエル領に向かっていたコンテナ船MSCパラティアム号とMSCアランヤ号が、海上ミサイル2発のミサイルの標的にされた」と、他の2隻の船を攻撃したと発表しています。
これらに対し、アメリカ国家安全保障会議(NSC)の報道官は、アメリカは「紅海でのこうした容認できない脅威や攻撃に立ち向かうため、複数の選択肢を検討し、多国間での協調した行動をとり続ける」と述べていますけれども、輸出・国際貿易研究所の幹部マルコ・フォルジオーネ氏は、世界貿易の約12%は、紅海と地中海を結ぶスエズ運河に依存し、世界貿易の5%が通過するパナマ運河は旱魃の影響で通航船舶数を制限していると指摘。フォルジオーネ氏は「両運河の通航が円滑に行われなければ、船舶の遅延などによるサプライチェーンへの打撃や途絶がもたらすドミノ効果は甚大なものになるだろう」と述べています。
2.陸の島国イスラエル
フーシ派が船舶攻撃を行っているバブ・アル・マンデブ海峡は、アラビア語で「嘆きの門、悲嘆の門」を意味し、アラビア半島南西部のイエメンと東アフリカのエリトリア、ジブチ国境付近の海峡で、紅海とアデン湾を分け、その先のアラビア海へと続いています。
次の図は、イスラエル周辺とイスラエルの港を示したものですけれども、イスラエルにとって紅海は重大な意味を持ちます。なぜなら、イスラエルの物流は海運に頼っているからです。
イスラエルの国土周辺は、対立しているアラブ諸国に囲まれており、物流の実に98%は、海上輸送が利用されています。つまり、地政学上のイスラエルは「島国」となっています。従って、イスラエルにとって、港湾は国家の安全保障上、重要なインフラとなっています。
イスラエルは、将来に渡る人口の増加及び経済発展等から、10年ごとにコンテナトラフィックが倍増すると予想されているのですけれども、現在の港湾設備では、この需要の著しい増加に対応できないと考えられています。
畢竟、新港建設の必要性が高まっているのですけれども、地中海沿岸は、既設港湾、発電所、工場施設、淡水施設、軍事施設、国立公園等として利用し尽くされ、新港湾建設に適した土地は、残っていません。
そのため現在、人工島建設の具体的な検討が進められていて、オランダ・Haskoning DHV社によって、2019年から計画の実現可能性調査が行われています。
前述の図で示したとおり、事実上陸の島国であるイスラエルでは、まさに紅海は「チョークポイント」となっており、此処が使えなくなってしまうと文字通り首が締まることになります。
3.スエズ運河の重要性
紅海が使えないケースと聞いて思い出されるのは、2021年3月24日、パナマ船籍の「エバーギブン」がスエズ運河で座礁し、運河を1週間止めた事故です。
この事故については、2021年3月26日のエントリー「エバーギブンなフェイクニュース」で取り上げたことがありますけれども、「エバーギブン」が台湾の長栄海運(Evergreen Marine Corp)が運航する船であったことから、一部の識者からは「人民解放軍のシミュレーションだ」という声も上がっていた程です。
このときの事故では、運河両岸には422隻が待機を余儀なくされ、世界各地で輸送の遅れが生じました。
当時の事故の影響について、拓殖大学商学部教授の松田琢磨氏は「国際貿易開発会議(UNCTAD)のヤン・ホフマン氏(前国際海運経済学会会長)の試算によると、世界の貿易に与える影響額は22億ドル~36.6億ドル(約2400億円~4000億円)。この計算を日本に当てはめると貿易への影響額は51.5億円から85.8億円になる……最近、コンテナ不足や運賃が高い状況が続いていたが、座礁事故の影響でコンテナの回転がさらに遅滞し、欧州をはじめとした港湾で船舶が混雑している。このため、大西洋方面や欧州方面へのコンテナ運賃が一時的に上昇しており、正常な状態に戻るのを遅らせることになった」と解説しています。
1869年に開通したスエズ運河は、その後何度かの拡張工事を重ね、一部のタンカーやばら積み船(梱包されていない穀物・鉱石・セメントなどを船倉に入れて運送する貨物船)を除き、世界の船のほとんどはこの運河を通航できるようになっていますけれども、運河の強みはなんといってもショートカットです。
シンガポールからロッテルダムへの航行距離は、スエズ運河を通るルートなら、8440海里(15630.88km)であるのに対し、アフリカの喜望峰回りでは、11720海里(21705.44km)と4割近く長くなります。当然、航行日数も燃料もそれだけかかることになります。
スエズ運河から地中海を進む航路には、貨物の積み下ろしのために寄港できる港も数多くあることもあって、スエズ運河は世界的な交通の要衝となっています。
4.喜望峰迂回オプション
12月17日、国際海運ニュースは、紅海での航行を一時停止した海運会社マースクの子会社は、予防措置としてアフリカの喜望峰経由の長距離航路を取ることも検討していると伝えています。
タンカーの大規模な迂回が発生した場合、船舶運航会社はバンカー費用を用船者に転嫁することから、石油輸送コストを押し上げることが予想されています。
12月15日、フーシ派のスポークスマンであるヤヤ・サリー氏は、香港船籍のマースク・ジブラルタル・ボックスシップに対する攻撃を行ったと述べた上で、ガザで医療と食料の救援が受けられるようになるまで、「イスラエルの港に向かうすべての船舶がアラブと紅海を航行するのを妨げる」ために続くだろうと警告しています。
既にフーシ派は、10隻以上の船舶を攻撃する一方、イスラエルの港と取引しないようすべての国際海運会社に通告しています。
フーシ派の警告を受けてなのか、偶然なのか分かりませんけれども、17日、イスラエルの占領地政府活動調整官組織(COGAT)は声明で「アメリカとの合意を履行するため、17日から国連の援助トラックが保安検査を受け、ケレムシャローム検問所経由でガザに直接移送される」と述べ、イスラエルとパレスチナ自治区ガザ南部の境界にあるケレムシャローム検問所がガザへの支援物資搬入のため再開されたと明らかにしました。
では、これでフーシ派による船舶攻撃が止むのかというとまだ予断を許しません。
ガザに搬入された支援物資が避難民にちゃんと届くかどうか分からないからです。
CNNによると、イスラエル軍の兵士が、ガザに供給された大量の食料品に火を付け、燃やす様子を自ら撮影した動画がオンライン上に拡散していると伝えています。
もちろん、イスラエル軍兵士の全てがこんなだとは思いませんけれども、軍としての士気は必ずしも高くはないことが窺えます。これではいくらイスラエル政府が、ガザ地区に関して人道に配慮しているといったところで信用して貰えない懸念も出てきます。
フーシ派がこれを知っているのかどうか分かりませんけれども、下手をすればこれを船舶攻撃の口実に使われてしまう可能性だってあります。
今回のハマス・イスラエル戦争について、世界は「人道」を切り口に、両者への批判をしています。それを考えると動画一つが世界を巻き込んでしまうことだってあります。
我々もいつ何が起こるか分からないという腹積もりと備えをしておく必要があるのではないかと思いますね。
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