欧州農民一揆

今日はこの話題です。
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1.誰が国民の胃袋支えているか


ヨーロッパ各地で農家の大規模デモが広がっています。

ドイツでは1月8日から約1週間にわたり全国の農民約3万人が約1万台のトラクターで各地の幹線道路や高速道路を封鎖し、首都ベルリンに押し寄せ、首都機能も麻痺する大規模な抗議行動をおこないました。

同じく1日、ベルギーのブリュッセル中心部でも、数千人の農家が集まり、燃料や肥料の高騰、安価な輸入品のほか、EUの環境規制などに抗議するデモを行っています。農家の人たちはトラクターで道路を封鎖したうえで、EUの臨時首脳会議が行われる建物前の広場で干し草を燃やしたり、花火や卵を投げたりし、治安当局は放水銃で対抗しました。

フランスでも農家らが燃料の高騰や増税、安い農作物の輸入のほか小売業者からの値下げ圧力などを理由とした抗議デモを1週間近く続けていて、26日にはパリ中心部に続く高速道路など、およそ80カ所で道路が封鎖されました。


2.オランダから始まった


農家による大規模デモの始まりはオランダでした。

2022年6月、オランダで農民の大規模なデモがおこなわれました。その理由は、オランダ政府が2030年までに窒素排出量を50%削減するとの目標をうち出したからです。

財務省の試算では、目標達成のためには、4万~5万軒ある農家のうち1万1200軒を廃業に、1万7600軒は規模を3分の1から2分の1に縮小する必要があり、政府は廃業する農家には補償を出すかわりに二度と農業に復帰しないと約束させました。同時にそれでも立ち退かない農家の土地は政府が強制的に没収しました。

政府の政策の根拠となったのは、最高行政裁判所の機能を有するオランダ国務院が2019年、オランダ政府に対し、同国の窒素排出がEU規制に違反しており、過剰な窒素排出を許可すべきでないとの判決です。

オランダは国土が九州と同じぐらいの面積しかないのですけれども、世界で米国に次ぐ2番目の農産物輸出国で、他の国々に比べて酪農・畜産が盛んです。人口1740万人に対し、1200万頭の豚、400万頭の牛、1億羽の鶏がいます。こうしたことから、家畜の糞尿やゲップが窒素やアンモニアの排出量を増やすとEUから槍玉にあげられていました。

EUは、すべての産業活動に対して、温室効果ガスを出すものを「悪」と見做すのみならず、加盟国にもそれを押しつけており、オランダ政府もその方針で突き進んでいました。

このオランダの牧畜・酪農の破壊政策に対し、農民は「この排出基準を守るためには、農家は違う場所に引っ越すか、廃業するかしかなくなる」と声を上げ、何百台もトラクターを連ね、スーパーマーケットや主要道路を封鎖し、高速道路に家畜の糞尿を撒いたりした。百姓一揆です。


3.農業の寡占化


このオランダの抗議行動に国境を接するドイツの農民も応援に加わりました。

ドイツでは、昨年12月中旬から、政府に対する農民の抗議のシンボルとして、あちこちの市町村の道標にゴム長靴をぶら下げる行動が始まりました。長靴には「私たち農民が長靴を脱いで仕事をやめると、食料が足りなくなるぞ」という意味が籠められています。

ドイツ農民の抗議行動のきっかけとなったのは、ドイツのショルツ政府が2022年にコロナ禍対策向けの予算のうち、使われずに残っていた600億ユーロ(9兆6000億円)の国債発行権を、経済の脱炭素化やデジタル化のため基金流用した措置に対し、連邦憲法裁判所が昨年11月15日に違憲判決を下したことです。

この判決によって2024年度予算に170億ユーロ(2兆7200億円)の不足が生じたのですけれども、ショルツ政府はその穴埋めのために、農家向け補助金の削減を考えました。

ドイツ政府は1992年以来農業向けトラクターの車両税の免除や、農業用ディーゼル燃料にかかるエネルギー税の優遇措置を実施してきました。ショルツ政府は昨年12月13日、これらの農業補助金を突然、「二酸化炭素削減に逆行する補助金」とし、2024年から廃止する方針を発表。この補助金廃止によって農家全体の税負担は9億ユーロ(1440億円)増えることになりました。

更に、ショルツ政権は違憲判決後も、化学メーカーや製鉄所の生産プロセスで使われる化石燃料を水素に切り替えるための補助金や、外国の半導体メーカー工場を誘致するための補助金は温存したのですね。これに農民の怒りが爆発しました。

ドイツ農民連盟は昨年12月18日からベルリンで抗議デモを実施し、約1700台の大型トラクターがベルリンの主要道路を封鎖。農民達は「ベルリンの政治家や官僚たちは、現実世界から切り離された"バブル"のなかで、畑で汗水垂らして働いたことのないコンサルタントやアドバイザーの意見だけを聞いて政策を決めている」と主張し、各地で政府に対する農民の強い不満が噴き出しました。

農民たちの抗議デモに恐れをなしたショルツ政権は1月4日に、農業用トラクターへの車両税導入撤回、農業用ディーゼル燃料への税制上の優遇措置も一度に撤廃するのではなく、2026年までに3段階にわけて撤廃するとの譲歩案を示したのですけれども、ドイツ農民連盟は農業用ディーゼル燃料への税制上の優遇措置の廃止も撤回することを求め、当初の予定通り1月8日から約1週間にわたる全国的な抗議行動に突入しました。

ドイツで、槍玉にあがっているのは酪農・畜産だけではありません。

ドイツ・緑の党の農業大臣は、「休耕地を増やし、土地を自然な状態に戻そう」と謳い、「農業は自然を荒らす」という理屈で、農地の少なくとも一割を原っぱや湿原地にもどすことを掲げています。けれども、こうした「温室効果ガス削減」を掲げて酪農や畜産、伝統的な農業を潰す動きは、中小規模の農家を追い詰め、ここ数年廃業に至るケースが増え、その中小規模の農家が手放した農地を大規模農家が買いとるなど、農業の寡占化が進んでいます。


4.グリーン・ディール政策


このオランダ、ドイツの農民一揆は、ポーランド、ルーマニア、フランスに拡大し、さらにスペイン、イタリアにも飛び火していきました。フランスでは、1月中旬に南部のオクシタニー地域での道路封鎖に始まり、1週間後には農民組合の呼びかけで全土に広がりました。農村地帯から農民がトラクターで首都を目指し、パリに向かう高速道路を封鎖し、交通や物流に大混乱が生じています。

フランスの農民も燃料の高騰、増税、安価な農作物の輸入、小売業者からの値下げ圧力などに抗議し、ドイツと同様に、ディーゼル燃料への増税を非難しています。

今、フランスは、ウクライナ支援のためにウクライナからの農畜産物は関税が免除されていて、また、健康と環境保護のためとして、2017年にEgalim法を制定。農産物の原価割れ販売の禁止、地産地消、健康増進産品生産の促進、プラスチック製品の不使用などを決めています。けれども、小売業者は、原価以下に買い叩き、外国産品にはフランスで禁止されている農薬などが使われているそうです。こうしたことから、現状を嘆くフランス国民の多くは農民たちの抗議を支持しています。

ポーランドでも1月24日、欧州グリーン・ディールの導入とウクライナからの農産物流入に反対して全土の250カ所で農民たちが道路封鎖の抗議行動をおこなっています。農民はグリーン・ディールが排出ガス規制の一環として毎年4%の休耕とすることを批判しています。

また、ルーマニアでも1月10日から4500台のトラックやトラクターで道路封鎖行動をおこない、リトアニアでも1月23日から26日まで農業への補助金削減に反対し、5000人以上の農民が1300台のトラクターで抗議行動をおこなっています。

EUは、2019年末にグリーン・ディールの大方針として「サスティナブルを欧州の成長戦略とする」と発表。農業や食を重点産業として位置づけ、「リジェネラティブ・アグリ(環境再生型農業)」と称して、2030年までに欧州の農地の4分の1をオーガニックに転換するとの目標を掲げました。けれども、その裏で進んでいるのは、民間企業や投資家による大規模な投資です。

EUのグリーン・ディール政策では、農薬や化学肥料が人間や土壌に害を与えることを強調し、使用規制を強め、有機農業を推奨しています。けれども、有機農法だけでは収穫は半減し、食料安定供給も保障できないというデメリットがあります。

EUは農薬や化学肥料の使用規制を強めると同時に、「気候変動に強く、病害虫に強く、肥料や農薬の使用量が少なくて済み、収量を確保できる改良品種の開発を可能にし、化学農薬の使用量とリスクを半減させ、食料システムの持続可能性と回復力を高めるための革新的なツール」として、新ゲノム技術を推奨しています。

更に、EUは昨年、食肉に関して牛の幹細胞を増殖させ、本物の肉を3Dプリンターでつくるという技術が開発されたと発表しています。

このように、「温室効果ガス削減」の名のもとに中小の農家を廃業に追いやって、農業分野を巨大企業が新ゲノム技術などで独占的に支配することを狙っているとも囁かれています。

実際、今年のダボス会議では、「農業が温暖化の原因」とされ、遺伝子組み換え種子の世界最大手である米モンサント社を買収したドイツ・バイエル社のビル・アンダーソンCEOは「コメの生産はメタンの最大の発生源の一つであり、温室効果ガスの排出という点ではCO2の何倍も有害」と水田悪玉論を披歴し話題となったのも記憶に新しいところです。


5.食のグローバル化に抵抗する百姓一揆


こうした欧州の百姓一揆を受け、1月31日、欧州委員会は、すべての農家に対して農地の一定割合を休耕地と義務づける規制を、1年間免除するよう提案しました。内容は、レンズ豆やエンドウ豆など空気中の窒素を自らの肥料に変える作物を栽培するか、耕作地の7%で作物を栽培していれば、義務を免除するというもののようです。

もっとも、この義務はウクライナ侵攻による食料安全保障への懸念から、23年末まで免除されていました。今回の提案は、EU加盟国で諮られた後、24年1月1日に遡って適用するということですから、事実上の免除継続です。

それでも、免除継続しただけで、休耕地政策を撤回した訳ではありません。

抗議の農民達は、「環境保護、CO2削減ということで、農地を多国籍企業の太陽光発電パネルに変えてしまうのか。農村こそ環境保護の典型である。農作物はCO2を吸収しているではないか」と主張していますけれども、これは、日本でも見られる光景です。

昨年、コオロギ食が話題に上り、日本でも猛反発されたことがありましたけれども、このほど、食用コオロギの養殖事業を手掛ける子会社「クリケットファーム」ら2社を持つ、札幌のIT企業「インディテール」が、札幌地裁から破産手続きの開始決定を受けたことが明らかになりました。

3社合計の負債総額は2億4290万円。本体の業績低迷にくわえて、クリケットファームが手がける食用コオロギの養殖事業が軌道に乗らず、昨年末に事業を停止していたようです。

インディテール社は、2009年の創業以来、スマホアプリ開発やソーシャルゲーム運営、さらにブロックチェーン開発で実績をあげていたものの、2021年にブロックチェーン以外の事業をリセットし、コオロギ養殖事業を手掛ける「クリケットファーム」を設立。拠点もそれまでの北海道から長野県に移し、同県岡谷市に工場と直売所も建てるなど、コオロギ養殖に傾倒していきました。

クリケットファーム社は、株式投資型クラウドファンディングで3200万円の資金を集め、更に、地元信用金庫と日本政策金融公庫からは4100万円もの協調融資も受けるなど、地元経済界などを中心に期待を集める反面、2022年に一般向けのクラファンに打って出たものの、支援の目標金額が50万円のところを2万7000円、支援者数は5人と大爆死しています。

また、徳島大発のベンチャー企業「グリラス」のペットフード部門「コオロギ研究所」が、閉鎖されると報じられました。理由はコオロギの餌となる原料の高騰やコオロギの飼育自体が気候に左右され不振に陥ったことだそうですけれども、畜産や稲がずっと続けられているのと比べると、最初から無理があったのではないかとさえ思えてきます。

食のグローバル化に抵抗する百姓一揆。今後どういう展開を見せるのは注目していきたいと思います。


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この記事へのコメント

  • naga

    本筋から反れますが。
    ヨーロッパではこういう過激なデモというか抵抗がたまに起こりますが、こういうのは逮捕とかされるのでしょうか。日本では過激なデモは起こりませんが、やはり普通の市民の場合逮捕とかされたら社会的にまずいということも一因としてあると思います。勝手な考えですが、ヨーロッパの場合こういうことで逮捕されても問題ないのでしょう。
    しかし、その日本でも沖縄で辺野古をブロックしている人たちは、ごく一部を除き、逮捕も排除もされませんよね。日本でもヨーロッパのような左翼運動でなく、純粋な抗議活動で逮捕されるのなら公平ではないですね。
    2024年02月05日 11:41
  • 日比野

    nagaさん。こんばんは。

    >ヨーロッパではこういう過激なデモというか抵抗がたまに起こりますが、こういうのは逮捕とかされるのでしょうか。

    普通に逮捕されますよ。ほとんどは暴力行為、破壊行為、当局の指示を無視するなど、一定ラインを超えた場合のようですが。
    https://news.yahoo.co.jp/articles/5445692cd57823977bfa6b97a110a912b57695e7

    日本の場合は、戦後の公職追放の影響で、特にアカデミズムとマスコミが左がかってしまいましたから、加えて法曹界があっちよりだと、普通の抗議すらしにくくなる、と。最近になって少しは変わってきたのかもしれませんけれども、文科相が教育勅語は道徳に使える部分があるといっただけで他叩かれるようでは、あまり期待できないかもしれません。

    それよりは、家庭での教育や、社会で自ら見聞を広める機会を奪わないようにすることが大事ではないかと思いますね。
    2024年02月05日 18:36
  • 日比野さん

    お返しいただきありがとうございます。
    私のコメントは、句読点がおかしかったです。
    > 日本でもヨーロッパのような左翼運動でなく、純粋な抗議活動で逮捕されるのなら公平ではないですね。
    ==> 日本でも、ヨーロッパのような、左翼運動でなく純粋な抗議活動で逮捕されるのなら公平ではないですね。
    普通の少し激しい抗議で逮捕されるなら、沖縄の辺野古の車を検問したりするような抗議活動で逮捕されないのは不公平と言いたかったのです。これだけじゃなく世の中には色々不公平はありますが。少しずつ改善していくしかないですね。
    2024年02月06日 17:42