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1.建設業界はけしからん
2月9日、関西経済連合会の松本正義会長は、京都市で開催された「関西財界セミナー」の記者会見で、来年の大阪・関西万博をめぐり、建設業界がパビリオン建設などに協力的ではなかったと批判しました。
昨年11月27日、日本建設業連合会の宮本洋一会長は定例記者会見で、着工が遅れてい大阪万博の海外パビリオンについて「もうデッドラインは過ぎていると思ってもいい」と強い危機感を示し、各国に対し、精度の高い設計図面と予算の裏づけがある発注を一日も早く行うよう改めて訴えていましたけれども、こうしたことが背景にあります。
万博に関連する質問を受けた松本会長は「建設会社はけしからん。万博を成功させようというコメントはどこにもない……建設会社は、『ナショナルプロジェクトの万博を成功させるため、最大の努力をする』とくらいコメントしてはどうか……建設会社の協会トップが。けしからん」と、宮本洋一会長の危機感を受け止めるどころか足蹴にしました。
松本会長は、経済界は万博関連費用を負担し、前売り券の購入などでも協力しているとし、「経済界は最大の努力をしている……絶対に万博は成功させなくてはならない……やめるとか延期するとか、新型コロナウイルスの影響でドバイ万博は仕方ないが、今回は絶対に許されない」と語りました。
松本会長は報道陣に対し「松本が怒っていたと、書いておいてほしい」と呼びかけたものの、最後は「ちょっと興奮してしまった」と述べました。
一体、何様のつもりだ、という声が聞こえてきそうですけれども、この発言について、専門家は次のようにコメントしています。
経済評論家・門倉貴史氏
現在、建設業界は万博以外にも多くの建設工事を抱えており、建設資材や人手が逼迫している。また能登地震からの復旧・復興は最優先課題であり、限られた経済的・社会的リソースを最大限投入していけば、建設資材や人手は一段と逼迫するだろう。
精神論ではなく物理的に万博開催のための準備に支障が出てくる可能性が高い。
資材不足・人手不足が深刻化することで、万博の開催費用がさらに大きく膨らむ恐れもある。
十文字学園女子大学・坂東太郎非常勤講師
パビリオンの設計図すらハッキリしない、ようやく出てきても施工の各段階管理を考察したら工程をいくら優先しても時間切れになる。安全面も当然に配慮しつつ間に合わせるとしたら、それこそ「これが『ナショナルプロジェクト』か!」とうならせる程の高額を示せばいいものを渋ちん。受注産業である建設業界にどうしろというのでしょうか。だいたい以上の心配があったからこそ日本建設業連合会が比較的早期より警鐘を鳴らしてきたのにのらりくらりと日延べしてきたのはどこのどなたかという話。ゼネコン本体が引き受けても実際に作業する業者が足りない状況です。そこを赤字覚悟で無理して突っ込め!でないと次の仕事はないと脅したら独禁法違反。無理なものは無理です。
神戸国際大学経済学部・中村智彦教授専門家のコメントをみると、建設業界の問題というよりは、万博全体のマネジメントの問題のように感じます。
建設関連の事業者に聞くと、人手不足に加えて、部材の品不足や価格の高騰が進み、経営を圧迫していると言う意見を耳にします。これらを背景にして建設業界の代表者たちは、これまでも繰り返し、工期延期を提案してきました。
しかし、関西の政財界、特に関経連会長は、これらを理解せず、強硬な態度を崩してきませんでした。
関西万博の開催については、それを推進する政治家や財界人の傲慢とも採れる発言が繰り返されています。それぞれの秘書や広報担当者、あるいはコンサルタントや広告代理店などが適切なアドバイスを行っていないのか、聞く耳を持たないのか、いずれにしても残念なことです。
いくら「機運醸成費」を38億円からさらに上積みするなど、多額の公金を投入しても、開催主体の方たちがこのような態度では意味がないことに気づくべきでしょう。
2.烏合の衆の万博協会
パビリオン設計を担当するある1級建築士は、現場の危機感が共有されていないとして次のように述べています。
建設業界では『油断と焦り』が労働災害につながるといわれます。パビリオンの工期も会場内のインフラ整備も遅れているので、ただただ『焦り』しかありません。すでに設計・施行の関係者は夜通しの作業を強いられています。無理やり来年4月開幕へ突き進んでも、作業員らの事故が起きかねず、得るところは何もない。半年は開幕を延期すべきですが、こうした危機感が万博協会などに共有されている様子はありませんこのように万博プロジェクト全体の責任者がいないというのですね。
協会の人と会う機会があれば、私からも、建設業者の方からも懸念を伝えています。しかし正直なところ、責任者の不在を痛感せざるを得ません。その場で協会側の人が真摯に話を受け止めてくれたとしても、それを持って行く先がない。協会側の窓口は用意されているのですが、会場の建築や設計、施行に関わる責任者及び意思決定者が誰なのか分からない。会場全体を統括するはずのプロデューサーの責任も不明です。会場準備が遅れているのに、仕事の順番を管理する責任者も出てこない。恐らく、協会側は自分たちが何をどこまで判断していいのか分からないのでしょう
これについて、建築エコノミストの森山高至氏は次のように述べています。
大阪・関西万博がピンチです。パビリオンなどの建設が一向に進まず、「2025年4月の開幕に間に合うのか?」と危ぶまれています。僕は今回の問題には現在のわが国全体を覆う「無責任」「他人事」「働いたら負けかな」というマインドが大きくのしかかっていると思うのです。森山氏は、万博を取り仕切る万博協会が「烏合の衆」だと厳しく批判しています。
具体的には、何かをやって自分のせいにされて評価を減点されるくらいなら、何もしないで減点を防いだほうがマシという心理と、その経済的合理性を指します。この考えは政府・与党だけでなく、官僚や地方行政、大企業から中小企業まで、多くの日本人に深く根を下ろしてしまった。
新規事業を企画して予定通りに進まなければ降格する一方で、何ら提案もせず日々淡々と目の前の業務をこなしているだけなら降格はない。
また、よほど大きな理由がない限り、役に立たないだけの人材を切ることもできないという組織事情があれば、責任ある立場に就かないメリットの方が、そうでない場合よりもはるかに大きい──。こうしたスタンスは大阪万博を仕切る組織内にもはびこっているようです。
通称、万博協会。正確には「公益社団法人2025年日本国際博覧会協会」が、今回の万博の意思決定機関ということになってはいます。しかし、協会の構成メンバーをみると、政府官僚の一部に近畿圏の企業代表や学術団体の理事などが相席しているものの、博覧会イベントや施設建設、土木などの専門家は不在。つまり、協会からの委託先が、実際にはパビリオンなどの企画推進を担っていたことは明白です。
その委託先の組織とは電通でした。過去形になってしまったのは、すでに電通は現場を去っているからです。昨年、内部から逮捕者まで出した五輪談合の余波を受け、万博から電通は除外されています。
そうなると、電通の企画により集められた万博協会のメンバーたちも実際、誰に物事を相談すればよいのか分からなくなってしまう。同時に、すでに進行中の計画における指示や修正といった「注進」も誰が受けるのかも不明です。大将不在の「烏合の衆」が万博の意思決定機関の実情なのです。
広辞苑によれば「烏合の衆」とは〈規律も統制もなく、ただ寄り集まっているだけの集団。秩序のない人々の集まりや軍勢にいう。からすの集まりが無秩序でばらばらであることからきた〉とあります。もはや万博協会はカオス状態。
【以下略】
3.パビリオンの3分の1は設計すら出来ていない
2月9日、衆院予算委員会で、岸田総理は万博の意義について「わが国の各地方が誇る安全・安心な農林水産物や食文化を国の内外にアピールする絶好の機会だと認識している」と答弁していますけれども、パビリオン設計担当者は次のように述べています。
私が聞く限り、周囲の設計・施工関係者は、おしなべて開催延期を望んでいます。来年4月開催に向けて無理をしても、得るものは何もない。自前でパビリオンを用意する国は約60カ国あり、今から着工してギリギリ間に合うかどうかなのに、着工に必要な詳細設計が完成しているのは半分以下。3分の1は設計にすらこぎつけていません。海外パビリオンは各国の設計担当者が作成したものを日本の建築基準などに合わせて作り直す必要があり、どうしても準備に時間を要する。タイトな日程を強いられる中、すでに設計関係者も施工関係者も夜通し作業を余儀なくされており、多大なストレスを抱えている惨状です。
少なくとも半年は開催を延期してほしい。このままでは会場建設に携わる人員の事故や自殺につながる恐れがあると危惧しています。4月から各種パビリオンの本格着工が予定されていますが、会場の夢洲は搬入・搬出用の車道が片側1車線に限られるばかりか、上下水道・電気などのインフラも整っていない。どう考えても異常です。
設計ができているパビリオンは全体の半分以下、3分の1は設計すらできていないという現状を聞くと、素人目でも無理じゃないかと思えてきます。
政府は働き方改革で、4月から建設業にも時間外労働の上限規制が課すようですけれども、どうするつもりなのか。
東京五輪の準備では、過労自殺を含め建設現場の作業員4人が亡くなっています。更に1970年の大阪万博では、会場建設に関わった17人が殉職したそうです。
大阪万博の進行状況を知るにつけ、悲劇が繰り返されないか心配になってきます。
4.失敗の本質
冒頭で取り上げた関西経済連合会の松本正義会長は、大阪万博を国家プロジェクトだから成功させなければならないと吠えていますけれども、万博全体の意思決定機関である筈の「万博協会」自身が烏合の衆で組織の体をなしていないのなら、「けしからん」のは、万博協会であり、ひいては国である筈です。
1984年に刊行されて大きな話題となり、多くの経営者やリーダーに読み継がれてきた名著『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』のダイジェスト版を纏めたビジネス戦略・組織論のコンサルタントの鈴木博毅氏は、その著書で次のように述べています。
大東亜戦争においても、物量や技術力の差は敗因の一つですが、失敗の本質そのものではなく、真の要因は日本的な思考法や日本人特有の組織論、リーダーシップにあると考えられるのです。(P.9-10)「最前線が抱える問題の深刻さを中央本部が正しく認識できず、「上から」の権威を振り回し最善策を検討しない」など、いまの大阪万博そのまんまです。
最前線が抱える問題の深刻さを中央本部が正しく認識できず、「上から」の権威を振り回し最善策を検討しない。部署間の利害関係や責任問題の誤魔化しが優先され、変革を行うリーダーが不在。『失敗の本質』で描かれた日本組織の病根は、いまだ完治していないと皆さんも感じないでしょうか。(P.12)
順調なときには強く全面展開しつつも、環境の転換期には一転して閉塞感に陥り、突破口を見出せない姿は、日本の企業活動全般にも顕著な傾向です。(P.13)
いま、私達はかつての日本軍が敗戦に至ったプロセスを再確認させられているのかもしれませんね。
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