

1.これは越えられない一線だ
3月9日、アメリカのバイデン大統領はMSNBCテレビのインタビューに応じ、イスラエル・ハマス戦争について言及しました。
バイデン大統領は、10月7日にイスラエル南部で1200人が死亡したイスラム過激派組織の暴動について「ハマスによって引き起こされたトラウマに対処し、到達し、対処する他の方法がある」と述べました。
そして、インタビュアーから「ネタニヤフ首相とのレッドラインは何ですか? 赤いラインはありますか?たとえば、あなたが彼にやめるよう促したラファへの侵攻は、越えてはならない一線でしょうか?」と問われると、バイデン大統領は「これは越えられない一線だ……しかし私は決してイスラエルを離れるつもりはない。イスラエルの防衛は依然として重要だ……だから、越えてはならない一線はないと続けました。
ラファへの攻撃はレッドラインだといっておきながら、続けて、そんな一線はない、という。惚けたのか、わざとなのか。
バイデン大統領は「ネタニヤフ氏はイスラエルを守る権利はあるが、彼の行動の結果によって失われた罪のない人々の命に注意を払わなければならない」と強調していますけれども、そこに、停戦させるのだという強い意志は感じられません。
同氏は人質解放と救援物資の提供に向けて6週間の停戦を改めて求めたが、交渉は行き詰まっているようだ。
更に、3月10日前後に始まるイスラム教のラマダン前に停戦が成立する可能性はあるかとの質問に対し、バイデン氏は「いつでも可能だと思う。私はそれを決して諦めない」と述べるにとどめました。
現在、ガザの230万人のうち半数以上がラファ地域に避難しているのですけれども、バイデン大統領と側近はネタニヤフ首相に対し、イスラエルがまだ地上軍で侵攻していないガザ最後の地域から民間人を大量避難させる計画を立てるまで、ラファで大規模な攻撃を仕掛けないよう強く求めています。
2.バイデンは両方の点で間違っている
このバイデン大統領の発言に対し、ネタニヤフ首相は激しく反発しています。
3月10日、ポリティコ紙は「ネタニヤフ首相、ラファに関するバイデンの「越えてはならない一線」に反抗すると誓う」というネタニヤフ首相へのインタビュー記事を掲載しています。
件の記事の概要は次の通りです。
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、そのような攻撃は「危険な行為」になると警告した米国のジョー・バイデン大統領に反抗して、ガザ地区の南国境にあるラファ市への侵攻を進めるつもりであると述べた。ネタニヤフ首相はバイデン大統領の発言は間違っていると断言し、自身の立場はイスラエル国民に支持されていると強調しました。
ネタニヤフ首相への不満が高まる兆しの中、米大統領は土曜日、MSNBCに対し、ラファへの紛争激化には反対し、「さらに3万人のパレスチナ人の死者」を受け入れることはできないと述べた。
救援団体は、現在ガザ地区の人口230万人の約半数が避難しているエジプト国境のラファへの攻撃は広範な民間人の死傷者を招くと警告した。ドイツのアンナレーナ・バーボック外務大臣は、これは「人道上の大惨事」になるだろうと述べた。
日曜日にイスラエル軍がラファに進駐するかどうか尋ねられたとき、ネタニヤフ首相は「我々はそこに行く。我々は彼らを離れるつもりはない。ご存知のとおり、私にはレッドラインがある。レッドラインが何なのか知っているだろうか?」と答えた。 「10月7日は二度と起こらない、二度と起こらない。」首相は、イスラエルで1,160人以上を殺害し、戦争を引き起こした残忍なハマスの襲撃について言及していた。
ネタニヤフ首相は名前は明かさなかったが、ハマスに対する猛攻撃を進めるために数人のアラブ指導者から暗黙の支持を得ていたと主張した。
同氏はPOLITICOの親会社であるアクセル・シュプリンガーとのインタビューで、「彼らはそれを理解しており、黙って同意さえしている」と語った。「彼らはハマスがイランのテロ枢軸の一部であることを理解している。」
イスラエルに対して停戦合意を求める国際的な圧力が高まっている。
正確な死傷者数については議論があり、ハマス支配下のガザ保健省は民間人の死者は3万人を超えていると発表している。国連機関もまた、飢餓による初の死亡者がすでに記録されており、差し迫った飢餓について警告しており、欧州連合はキプロスから援助物資を届けるために海回廊を開設するよう促している。イスラエル当局は陸路による人道支援の提供を阻止しているとして批判されているが、ネタニヤフ首相はインタビューで海上護送船団は自分のアイデアだと主張し、人々が飢えていることを否定した。
同氏はまた、戦闘は早ければ1カ月以内に終わる可能性があると予想した。
「我々はハマスの対テロ大隊の4分の3を壊滅させた。そして我々は戦争の最後の部分を終えようとしている」とイスラエルの指導者は語った。戦闘には「2か月以上かかる」ことはないだろう。
「おそらく6週間、あるいは4週間かもしれない」と彼は付け加えた。
ネタニヤフ首相は自身の死亡推定値も明らかにした。約1万3000人のパレスチナ戦闘員が死亡し、民間人の死亡率は戦闘員1人当たり1~1.5人と推定されたと同氏は述べた。そうすれば、戦闘員と民間人の合計死亡者数は少なくとも2万6000人になるだろう。
同氏はまた、イスラム教の聖なる月であるラマダンの停戦の考えを否定し 、「人質のさらなる解放を望んでいる」ものの、「交渉の突破口は見られない」と述べた。「釈放がなければ戦闘は中断されない」
イスラエル首相はまた、パレスチナ国家の可能性に対する拒否を強調した。これはイスラエルを世界の他の国々と対立させるテーマである。
「私が支持する立場は、10月7日以降、『我々はパレスチナ国家を見たくない』と言う圧倒的多数のイスラエル人によって支持されている」と彼は語った。
ネタニヤフ首相はまた、イスラエル指導者が「イスラエルを助けるというよりもイスラエルを傷つけている」と述べたバイデン氏の批判に直接言及した。
ネタニヤフ首相は、「大統領が何を言いたかったのかは分からないが、もしバイデンがイスラエルの意向や利益に反していると言っているのであれば、彼は両方の点で間違っている」と反撃した。
「(イスラエル国民は)パレスチナ国家を押し付けようとする試みを断固として拒否すべきだという私の立場も支持している。それは彼らも同意していることだ」とネタニヤフ首相は語った。
二国家解決なしに平和はありえないという欧州の見解について問われたネタニヤフ首相は、「確かに、彼らはそう言うだろう。しかし彼らは、我々が平和になれない理由はパレスチナ人が平和を保てないからではないということを理解していない」と答えた。
ネタニヤフ首相は、パレスチナ人の「指導者」と「文化」の変化と表現したものの場合でも、ヨルダン川以西のすべてのアラブ領土の完全な安全管理をイスラエルが持つべきだと主張した。
それでも、イスラエルの指導者はアメリカの指導者に対する批判には慎重で、共和党のドナルド・トランプ候補を好むかとの質問にはさらに慎重だった。「私が最もやりたくないのは、アメリカの政治の舞台に参入することだ」と彼は語った。
バイデン氏にとって、11月の米大統領選に向けて民主党左派を疎外させないことがますます重要になっている。同時に、世論調査では、イスラエルが引き続き米国の有権者の間で幅広い支持を得ていることが示されている。
一方、ネタニヤフ首相は10月7日のハマスの攻撃で国内での地位が打撃を受けており、米国がイスラエルに主要な軍事・外交支援を提供し続けているにもかかわらず、自身の有権者をなだめる必要がある。
イスラエルがレバノン南部でヒズボラと戦うための作戦を拡大する必要があるかどうかという悩ましい問題に関して、彼は、十字架の恐怖からイスラエル北部の家を離れた人々の帰還を促進するために、軍事作戦の可能性を残したままにした。
「彼らは、ハマスがガザとの国境で行った虐殺をヒズボラがレバノンとの北部国境で行うのではないかとの恐怖から家を出た。だから我々は彼らの安全を回復し、彼らを帰国させるためにできることは何でもするつもりだ。……軍事的手段でやらなければならないなら、そうするだろう。それを達成するための外交的な方法があるなら、それでいい。しかし、最終的にはそうするだろう」
3.揺れるイスラエル世論
ガザのパレスチナ民間人殺害に関して、世界中から批判を浴びている中、ネタニヤフ首相が自分はイスラエル国民から支持されていると主張しています。けれども、このロジックでいけば、イスラエル国民もまた同じく批判を受けていることになります。
イスラエルの「ニュース13」が行なった最新の世論調査では、次のような結果が出ています。
・イスラエルに収監されている数百人のパレスチナ囚人と引き換えに人質を解放する交渉を支持するか。これを見る限り賛否拮抗しています。ネタニヤフ首相がいうほどの支持があるようには見えません。
支持する 43% 支持しない 36%
・ネタニヤフ首相の言う「ハマスに対する絶対的な勝利」を得ることができると信じるか。
信じる 45% 信じない 45%
・2023年10月7日の失態は誰の責任が一番大きいか。
ネタニヤフ首相 44% 治安当局 43%
・すぐに総選挙をするべきだと思うか。
思う 42% 思わない 49%
とりわけ、この戦争を続けて「絶対的な勝利」を得られるかどうかは意見が拮抗しています。
細かくみていくと、人質解放のため交渉すべきが7ポイント上回っているのに、絶対的勝利が得られるとも考えていない。10月7日の責任はネタニヤフにあるとの意見があるのに、総選挙すべきでないが7ポイント上回っています。これをみると、イスラエル世論もこれだ、という答えを出しきれていないように見えます。
4.ラダマンの攻撃
ネタニヤフ首相はラマダン月の停戦を否定していますけれども、ラマダンとはイスラム暦の第9月の名称で、イスラム教徒はこの1カ月間、日中に断食をして過ごします。イスラム暦は太陰暦なので西暦より10日ほど短く、毎年ラマダン月はずれていきます。今年のラマダン月は、3月10日(あるいは11日)から4月8日(あるいは9日)に当たります。
イスラム教徒は「浄化と自制、共感」を育み、日の出から日没まで断食します。日没後にはイフタールと呼ばれるご馳走が振る舞われ、家族と多くの時間を過ごします。
ラマダン月には数十万人のイスラム教徒がエルサレムのアルアクサ・モスクへ礼拝にやってきます。アルアクサは、エルサレムのシンボルとなっている岩のドームの隣にあり、ヨルダンが維持管理を行ない、イスラエルが警備を担っています。
エルサレムのアルアクサは、イスラム教徒にとってメッカ、メディナに次ぐ聖地なのですけれども、ラマダン期間中、エルサレム以外に住むイスラム教徒も、制限なしに神域へ入場することができ、この神域で一夜を過ごすことも認められています。
このように、ラマダン月は、あらゆる場所からたくさんのイスラム教徒がアルアクサに集まることから、イスラエル治安部隊との小競り合いやテロ・暴動が毎年のように発生し、イスラエルにとって緊迫感の高まる月となっています。
イスラエルの治安当局は、戦争中である2024年は入場者の人数や年齢を規制するよう要請し、当初はその方向で動いていたようなのですけれども、最終的に内閣がこれを承認しませんでした。
この背後には、神域への入場規制という「異例の処置」を行なうことで、イスラム世界の反感を買ってしまう恐れと、今の戦争はハマスに向けてであって、イスラム教徒に対してではないというメッセージを発信するためではないかとも言われています。
ただ、後者に関していえば、一般のイスラム教徒もいるであろうガザ地区への攻撃は真逆のメッセージになります。
3月11日、イスラエル軍のハガリ報道官は記者会見で、ガザ地区の中部ヌセイラトでハマスの幹部が利用していたとする地下施設を空爆したと発表していますけれども、都合よくハマス幹部だけ殺害できたかどうか分かりませんし、ガザ地区では、攻撃の犠牲者だけでなく、栄養失調などで亡くなる人も増えていることも考えると、イスラム教徒に対して戦争している訳ではない、という説明は、すんなりと受け入れられるものではないと思います。
ネタニヤフ首相はハマスとの戦闘はあと2ヶ月以内に終わると述べていますけれども、本当にそうなのか。仮に終わることができてもハマスを完全壊滅にまでもっていけるのか。今後、第二、第三のハマスが出てくることはないのか。
いずれにしても、双方に大変な禍根を残すことになるのではないかと思いますね。
この記事へのコメント