

1.イランのイスラエル報復攻撃
4月14日、イランはシリアにあるイラン大使館が攻撃を受けたことへの報復として、イスラエルに向けて多数の無人機やミサイルによる大規模な攻撃に踏み切りました。
イランの国営メディアは、革命防衛隊がイスラエルに向けて複数の無人機を発射したほか、イスラエル各地やイスラエルが占領するゴラン高原にミサイルが発射されたと伝えました。
この日、今回の攻撃について、イランの軍全体のトップ、バゲリ参謀総長は国営テレビの取材に対し「昨夜から今朝にかけて行われた作戦は成功裏に完了し、すべての目的は達成された」とアピールしました。更に、革命防衛隊のトップ、サラミ総司令官は「われわれは限定的な作戦を実施した。この作戦はもっと大規模に行うこともできたが、イスラエルがわれわれの大使館を攻撃するのに使った能力と同等のレベルまで抑えた」と、攻撃は抑制的に行ったと主張しました。
対するイスラエル軍は、現地時間13日午後11時すぎ、イランが自国の領土からイスラエルに向けて複数の無人機を発射したと発表。翌14日、イスラエル軍のハガリ報道官はイスラエルに向けて300以上の無人機やミサイルが発射されたとしたうえで「99%を迎撃した」として、攻撃への対処の成果を強調しました。
ハガリ報道官は、イランからイスラエルに向けて300発以上のミサイルと無人機が発射されたとした上で、「イランの脅威は、強力な戦闘連合とともにイスラエル国防軍の航空的および技術的優位性を満たし、圧倒的多数の脅威を共に迎撃した。イスラエル領土に向けて発射された脅威の99%が阻止された。これは非常に重要な戦略的成果である」とす、イスラエルに着弾した数発の弾道ミサイルによる軍事基地1ヶ所への軽微な被害のみを報告したと述べました。そして、10歳の少女が「破片で重傷」を負ったことを認めたものの「私たちが知る限り、これ以上の死傷者はいない」と付け加えています。
また、アメリカのオースティン国防長官は声明のなかで「アメリカ軍はイランやイラク、シリア、そしてイエメンから発射され、イスラエルへ向かっていた数十の無人機やミサイルを迎撃した」としています。
2.問題はこれで終わった
今回、イランの攻撃を受けたのは、一部の弾道ミサイルが着弾したイスラエル南部にあるネバティム空軍基地と、南部の町アラド近郊とのことですけれども、イスラエル当局が発表した防空警報の情報をまとめたウェブサイトによると、攻撃が激しかった時点で警報が出されていた地点は、イスラエルが占領する北部のゴラン高原のほか、エルサレムとその周辺、そして軍事施設がある南部のネゲブ砂漠、そしてユダヤ人の入植地がある、パレスチナのヨルダン川西岸の一部に集中していました。
一方で、イスラエル最大の商業都市のテルアビブやその付近には、この時間帯に警報は出されていなかったことがわかり、攻撃の標的となった地域に偏りがあったことが明らかになっています。
これについて、中東情勢に詳しい慶應義塾大学の田中浩一郎教授は、今回のイランの攻撃のねらいについて「意図は2つあり、1つはイスラエルに対しての報復攻撃で、別の言い方をすると自衛権の行使だ。もう1つは、イランは持っている装備を使ってイスラエルを攻撃できるということを実力行使して見せる必要があったということだろう……攻撃対象が都市部から多少離れたところにある軍事施設などを狙ったので市民被害を拡大させないとか、イスラエルがガザで行っている攻撃とは違うということを示す意味があったと思う」という見方を示しました。
そして、無人機など到達までに時間がかかる兵器を使ったことについて「イスラエル側、あるいはアメリカ軍などが迎撃できる環境をあえて提供しているとも言える。本格的な国家同士の戦争に発展させるといったエスカレーションのための攻撃ではないというメッセージもあったのではないか」とイランにはエスカレーションを避けたい思惑があったと分析しています。
けれども、「イスラエルが再びイランを攻撃すれば、事態はエスカレートし、その後、同じような相互攻撃のサイクルが始まってしまうことになる」と懸念を示した上で、今後はイスラエルを支援するアメリカの出方が焦点になるとして「エスカレーションをこれ以上させたくない、止めたいという思いは変わっていないと思うが、一方で、イスラエルに対して強固な安全保障を提供すると言ってきた立場もあるので、大統領選挙を控えたバイデン大統領としては、イスラエルを守らない大統領とアメリカ国民に見られるような行為はできないと思う」と、アメリカがイスラエルの反撃を抑えるのは難しいという見方を示しています。
この辺りは昨日のエントリー「ヒズボラのイスラエル攻撃」で、「板挟みのバイデン」として述べたのと同じです。
実際、イランは事態をエスカレーションさせず、さっさと収拾に乗り出しています。
14日、イランの国連代表部はX(旧ツイッター)への投稿で、イランによるイスラエルへの軍事行動について、在シリアのイラン外交施設への攻撃に対する報復だとし、「問題はこれで終わったものと考える」とイスラエルへの攻撃は今回の一度限りと示唆しつつ「イスラエルが再び過ちを犯せば、イランの対応はかなり厳しいものになるだろう……これはイランとイスラエルの対立であり、アメリカは距離を置かなければならない」と介入を牽制。イランのアシュティアニ国防軍需相も「イラン攻撃のためにイスラエルに領土や領空を使用させた国には、断固とした対応を取る」と警告。「革命防衛隊」も声明で、アメリカやイスラエルによる脅威があれば「イランの対応を受けることになる」と牽制しています。
3.イランの攻撃は自衛権の範疇なのか
対するイスラエル政府も強気の姿勢を見せています。
13日深夜、ネタニヤフ首相は「防衛システムが配備されていてどのようなシナリオにも準備ができている。われわれを攻撃する者は誰であろうと攻撃し返す。いかなる脅威からも自国を守る」とする声明を出しました。
また、政府高官も地元メディアに対し、イスラエルが「前例のない対応」を取ることになると述べています。
イスラエルは国連安保理の緊急会合を開催するよう要請する書簡をグテーレス事務総長と議長国のマルタに送っていて、マルタは14日午後(日本時間15日午前)に緊急会合を開くことを決定しています。
緊急会合は、イランによるイスラエルへのドローンなどを使った攻撃について対応を協議する予定で、イスラエルの国連大使は「イランは国連憲章と国際法に明らかに違反している……イラン革命防衛隊をテロ組織に指定すべきだ」などと主張しています。
一方、イランの国連代表部はX(旧ツイッター)で、「安保理はイスラエルの侵略行為を非難しなかった……特定の国がイランの正当な権利の行使を非難することは、被害者と加害者を同一視することで、立場を逆転させようとしている」と反論しています。
これについて、東京大学教授で地経学研究所長の鈴木一人氏は「安保理がイランの行動を認めることはないが、国際法上の自衛権の範囲を超えているかどうか、といった点は論点になるだろう。しかし、中国やロシアはイランとの関係があるとはいえ、イスラエルとも一定の関係があるだけに、中ロがイランの肩を持つことはないだろう」と解説しています。
鈴木教授によると、今回のイランの攻撃は自衛権の範疇なのかどうかが論点になるとのことですけれども、イランが標的としたと思われる場所が軍事施設と思われる個所に集中していることと、人的被害が殆どなかったこと。そして、攻撃直後に「問題はこれで終わった」と声明を出していることから、自衛権の行使だとして、制裁決議など強力な決議にはならないのではないかと思います。
4.イスラエルの反撃に反対するバイデン
前述した田中教授は、今後について「イスラエルを支援するアメリカの出方が焦点になる」と指摘していますけれども、4月13日のエントリー「中東戦争は回避されたか」で述べたように、今回の攻撃に踏み切ることに際し、イランは事前に周辺国およびアメリカに対し、事態がエスカレートしないよう、「イスラエルの罠に嵌るな」と根回しをしています。
それが効いているのか、アメリカは抑制的な態度を示しています。
13日夜、アメリカのバイデン大統領はイスラエルのネタニヤフ首相と電話協議を行った後、声明を発表し、「イランとその代理勢力が、イスラエルの軍事施設に対して前例のない空爆を行った。私は最大限の強い言葉で非難する……私の指示でイランからの攻撃に備えるため、米軍機と駆逐艦を周辺地域に移動させていた。これにより無人航空機(ドローン)やミサイルを迎撃できた」と成果を強調しました。
そして、ネタニヤフ首相との電話協議については「イスラエルの安全保障に対する米国の揺るぎない決意を再確認するためだった……イスラエルは前例のない攻撃でも防衛できる卓越した能力を示した。イスラエルの安全保障を効果的に脅かすことはできないという明確なメッセージを敵に送ったということだ」と述べ、アメリカ軍の部隊や施設に対する攻撃はなかったとした上で、今後も「国民を守るためにあらゆる行動を取ることをためらわない」と語り、14日に主要7ヶ国(G7)首脳とイランへの対応について話し合うことも明らかにしています。
けれども、その一方、アメリカは今回の問題に対しアメリカは介入する気はないようです。
13日、アメリカのCNNはバイデン政権高官の話として、バイデン大統領がネタニヤフ首相に対し、アメリカはイランに対するいかなる攻撃にも参加しないことを伝えたと報じ、同じく13日、アメリカニュースサイト「アクシオス」も政権関係者の話として、アメリカはイランに対するいかなる攻撃作戦にも参加せず、そのような作戦を支援しないと伝えたところ、ネタニヤフ首相は理解を示したと報じています。
これらから、アメリカは、今回の攻撃がエスカレートすることを避けようとしていることが分かります。
前述の「中東戦争は回避されたか」のエントリーで、ネタニヤフ首相も身動きとれない状況になっているとし、もはや事態の収拾には辞任しかないのではないかと述べましたけれども、果たして、アメリカの支援なしで反撃するのか、辞任して中東戦争を回避するのか。重要なポイントを迎えたと思います。
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