イスラエル・ハマス交渉とバイデンの中東戦略

今日はこの話題です。
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1.交渉を妨げているのはハマス側だ


5月1日、イスラエルを訪れているアメリカのブリンケン国務長官は、ヘルツォグ大統領と会談し、イスラエルとハマスの間で戦闘の休止と人質の解放をめぐる交渉に関し、「戦闘の休止と人質の解放を妨げているのはハマス側だ」とハマスに提案をただちに受け入れるよう求めました。

交渉では、第1段階として、40日間戦闘を休止し、ハマス側にとらわれている女性や子どもなどの人質33人を解放し、イスラエル側が収容しているパレスチナ人数百人を釈放する案が検討されていると伝えられています。

イスラエルが人質取引の一環としてガザでの戦争終結について話し合う用意があると示唆したのは初めてのことです。

ここ数ヶ月間の人質取引交渉におけるハマスの提案の中心は戦争終結でした。3月の段階では、ハマスは停戦、囚人の解放、ガザへの人道援助、避難民の帰還、イスラエル軍の撤退を含む包括的な人質取引案をエジプトとカタールの仲介者に渡したとの声明を出したのですけれども、これに対し、イスラエル首相府は声明で 「ハマスがとんでもない要求を続けている。戦時内閣は明日にもアップデートされるだろう」と述べていました。

また、提案には、避難民のパレスチナ人のガザ北部の故郷への完全帰還や、飛び地を分断し移動の自由を妨げている回廊からのIDFの撤退など、ハマスの要求の多くへの対応が含まれているとイスラエル当局者らはコメントし、更に、提案には、人道的理由による人質解放後に行われる合意の第2段階の実施の一環として、持続可能な停戦の確立について話し合う意向も含まれているとのことですから、イスラエル側は大分ハマスに歩み寄った印象です。

また、解放する人質の人数についても、当初イスラエルは停戦期間と連動させる形で一日一人解放で、40日停戦で40人解放を要求していました。

この人質40人には女性、女性兵士、50歳以上の男性、人道的理由で解放される健康状態の悪い男性人質が含まれていたのですけれども、ハマスは、この人道的基準を満たす人質は約20人しかいないと主張していました。

今回の提案では、解放する人質が33人とのことですから、ここでもイスラエル政府は折れたことになります。


2.大きな問題はない


これに対し、ハマスはどういう反応をしているのか。

4月28日、ハマスの幹部はAFPの取材に対し、「イスラエルから新たに妨害を受けない限り、前向きな雰囲気がある……ハマスの検討結果の中に大きな問題は含まれていない」とし、代表団が4月29日にエジプトを訪れ、イスラエル側の提案についての検討結果を伝える予定だと明らかにしています。

また、ハマスの情報筋はAFPに対し、ハマス側は「恒久的な停戦と避難民の帰還、受諾可能な交換、ガザ地区の包囲解除を保証する合意に達するのを切望している」と述べています。

同じく28日、イスラエルのカッツ外相が、「合意が成立すれば、我々は作戦を中断する」と述べ、翌29日、イスラエル情報筋がロイター通信に対し、ハマスとイスラエルとの戦闘休止合意が成立すれば、ラファ攻撃計画は見送られ、「平穏持続期間」が優先されると語っています。

ところが、翌30日、ネタニヤフ首相が停戦を否定しました。

ネタニヤフ首相はツァヒ・ハネグビ国家安全保障顧問と人質の親族と面会したのですけれども、親族から、強まる国際的圧力を無視して戦いを続けるよう求められ、その場で「合意の有無にかかわらず」侵攻すると述べたそうです。

また、イスラエル首相官邸も「すべての目標を達成する前に戦闘を停止するという考えは論外だ……我々はラファに入り、完全な勝利を達成するために合意の有無にかかわらず、そこにいるハマスの大隊を排除する」との声明を出しています。

更に、ネタニヤフ首相はアメリカのブリンケン国務長官に対し「ハマスとの戦闘終結を含む合意は受け入れられない」と伝えたとも報じられていますけれども、「戦闘の休止と人質の解放を妨げているのはハマス側だ」といったブリンケン国務長官は思いっきり顔に泥を塗られています。

果たして、ネタニヤフ首相の発言は人質親族に向けたリップサービスなのか、本気で侵攻するつもりなのか分かりませんけれども、人質家族が全て侵攻継続を望んでいるという訳ではなく、多くの人質家族は、いかなる犠牲を払ってでも愛する人を取り戻すための合意に応じるよう、政府に対して公然と抗議しています。


3.孤立するイスラエル


昨日のエントリーで、国際刑事裁判所(ICC)がネタニヤフ首相や他の政府高官に対し逮捕状を発行するのではないかという話があることについて取り上げましたけれども、ガザ地区だけでなくヨルダン川西岸地区における行き過ぎた暴力行為に対する国際的な批判は高まっており、イスラエルは急速に孤立しているのは確かです。

ネタニヤフ首相は「イスラエル固有の自衛権を損なわせる、ICCによるいかなる試みも断じて受け入れない。中東唯一の民主主義国家、並びに世界で唯一のユダヤ人国家の兵士や政府関係者の拘束という脅しは言語道断だ」と猛反発しています。

アメリカとイスラエルの当局者らによると、イスラエルはバイデン政権に対し、ICCの逮捕状が出ればパレスチナ自治政府に責任があるとみなし、崩壊につながりかねない強力な行動で報復すると伝えたと報じられています。

具体的にどういう報復になるかは分かりませんけれども、考えられることとして、イスラエルが徴収した税収のパレスチナ自治政府への移管を凍結することでパレスチナ自治政府を崩壊させるという見方もあるようです。

けれども、そもそも、イスラエルが自ら国際法を犯していないと確信しているのなら、ICCによる逮捕状発行など恐れる必要などありません。

これについて、国際法が専門の英エセックス大学のジレット講師はロイター通信の取材に対し、イスラエル当局者に対して逮捕状が出されれば、一部の同盟国は武器移転の削減や外交訪問の縮小などの措置を講じるだろうとし、イスラエルの国際的孤立がさらに深まる可能性があると述べていますけれども、すでに外交的孤立は始まっています。

5月1日、コロンビアのペトロ大統領は演説で、イスラエル政府がガザで「ジェノサイド」をしていると批判。「パレスチナが死ぬ時は人類が死ぬ時だ。われわれはパレスチナを死なせない」と訴え、イスラエルと2日付で断交すると発表しました。

また、昨年10月にはボリビアがイスラエルと断交し、チリが駐イスラエル大使を召還しています。

ブラジルのルラ大統領も4月30日、首都ブラジリアの大統領府で行われたインタビューで、ガザでの戦闘について、3月に国連安保理で採択された停戦決議を念頭に、攻撃を続けるイスラエルを批判。「女性や子供へのジェノサイドをやめさせ、人道支援を受けられるようにするべきだ……アメリカが拒否権を行使して、パレスチナ国家の創設を阻んだ。常任理事国が拒否権を持たないことを提案する」とイスラエル政府の対応やアメリカへの非難を強めています。


4.バイデンは現実をみるべき


こうした中、4月29日、CNNは「ウクライナとイスラエル、バイデン米大統領は現実を見るべき」という論説を掲載しています。イスラエルに関する部分を抜粋すると、次のとおりです。
バイデン米大統領が署名した950億ドル(約15兆円)規模の軍事支援パッケージは、現実的な交渉が成し遂げた偉業に他ならない。それはウクライナとイスラエルへの資金拠出を念頭に置いた施策であり、数カ月に及ぶ連邦議会での抜け目ない駆け引きを経て実現した。しかし今回の支援で両国の戦争目的が増大する場合、それはこの種の現実的な交渉を阻害する恐れがある。そうした交渉こそが、両国の戦争に終止符を打つ唯一の方法であるにもかかわらず。

民主国家が反自由主義的な敵に立ち向かうのを支援するバイデン氏は正しい。イスラエルとウクライナは、侵攻という最悪の罪に苦しんでいる。しかし無条件の支持を声高に唱えることは、交渉による和平を妨げるという点でかえって助けようとする国々を傷つけかねない。民間人の命を守り、地域の安定を回復するのはその種の交渉だからだ。

資金の提供によって、ウクライナとイスラエルには勝ち得ない勝利を追求する動機が生まれるかもしれない。前者にとっては国境地域の完全な回復とクリミア半島の返還、後者にとってはイスラム組織ハマスの壊滅がそれに該当する。国際政治と武力紛争において、各国は相互不信の中で緊張を高め、それぞれの公正観も対立している。時には正義を達成できない国が出てくる。そうした国々に成し遂げられるのは和平だけだ。

新たな支援の注入により、米国はウクライナとイスラエルに対する多大な影響力を手にしている。米政府はこれまでのところ、この影響力の大々的な行使を拒んできたが、今こそそうした行動を取る必要がある。さもなければ近い将来の和平は望めない。

イスラエルのネタニヤフ首相は、依然としてハマスに対する「全面勝利」という結果以外受け入れないと主張している。しかし戦争が激化する中、イスラエルがここまで殺害を報告したハマス戦闘員は全体の半数に届かず、ハマスの使用するトンネル網も完全には破壊できていない。これはハマス側が当面イスラエルに対抗し続けられる状況にあることを示唆する。そして仮にイスラエルがハマスを壊滅できたとしても、結果は破局的な形での成功となる可能性がある。その場合は付随する民間人の惨状がパレスチナ人の間に一段の過激化をもたらし、アラブ諸国の一般国民の怒りを駆り立てる。彼らは自分たちの指導者に圧力をかけ、アラブとイスラエルの関係正常化の取り組みを断念させようとする。

【中略】

同じく、米政権はパレスチナ自治区ガザ地区への人道支援を強化し、交渉によってハマスにイスラエル人の人質を解放させようと努めている。パレスチナ自治政府にはガザを統治するよう呼び掛けてもいる。一方でイスラエルへの説得については、もっとできることがあるだろう。情勢を不安定化する自分たちの目標に関して根本的な再考を促す行動がとれるはずだ。バイデン政権は、公の場でも非公式でもイスラエルの指導者たちにこう伝えるべきだ。彼らの現行の戦略は成功する公算が小さく、地域の安全保障を阻害していると。

米国の政策をこれらの紛争において考え得る最上の結果へと向かわせることに対しては、今後少なくともいくつかの反論が寄せられるだろう。その結果の中身はあくまでも短期的な和平と安定の達成であって、我が国の提携国が掲げる非現実的な目標ではないからだ。

【中略】

共に主権国家であるウクライナとイスラエルに対し、米国が何かを命じることなどそもそもできないと言う人もいるだろう。実際バイデン氏は、公の場の大半でそうした姿勢を示してきた。「ウクライナを抜きにしてウクライナのことは語れない」。何度も繰り返すこの言葉がそれを表している。国務省も「米国はイスラエルの行動に対して指図しない」と断言する。

両国は当然主体的に行動しているが、それは米国も同様だ。米国が両国の戦争努力の支援に関与すれば、そこから得る権利と責任により、それぞれの紛争の経過を共有することになる。それは自国の利益を守るやり方で行われる。米国がウクライナとイスラエルの行為主体性を尊重することは可能だが、だからといって米国自体の主体性がそれに振り回されるわけではない。

【中略】

イスラエルでは、軍事援助に条件を付けるのがより適切な考え方だ。イスラエル軍の攻撃で食料支援団体「ワールド・セントラル・キッチン(WCK)」の職員が死亡した後、米国は確かに影響力を行使した。複数の情報筋がCNNに明らかにしたところによると、バイデン氏はネタニヤフ首相に対して警鐘を鳴らし、イスラエルがガザでの人道支援拡大を認めない限り米国はイスラエルの戦争に向けた協力方法を再考すると告げた。この後イスラエルは最後通達を受け入れ、バイデン氏によるものと報じられた要望に従い、方針を変更することを同日のうちに公表した。残念ながら、これ以降も米大統領が圧力をかけ続けているという証拠はほとんどない。支援パッケージが連邦議会を通過した際、親イスラエルのロビー団体は歓声を上げた。安全保障上の援助に「追加の条件が何もなかった」からだ。

一つの歴史的事例から、米国がどのようにして自前の影響力を現在のネタニヤフ氏に行使できるのかが見て取れる。1973年の第4次中東戦争でイスラエルがエジプト軍を包囲した時、当時のキッシンジャー米国務長官はテルアビブへ飛び、ゴルダ・メイア首相に圧力をかけて停戦を成立させた。当時のエジプトによる攻撃は、ハマスと同様一方的に奇襲を仕掛けたものだった。キッシンジャーはソ連が背後にいるアラブ諸国の勝利を恐れていたが、最近機密解除された文書から、イスラエルの全面勝利にも懸念を抱いていたことが分かっている。

キッシンジャーは次のように記した。「イスラエルの観点からは、全アラブ世界が過激化、反米化するのは災難でも何でもない。それによって米国からの継続的な支援が保証されるからだ。米国から見れば、それは災難以外の何物でもない」。その上で、米国はイスラエルからもっと真剣に考えられる国になる必要があると助言。「より政治的志向の強い方針に関して、我が国の主張が見過ごされることがあってはならない」と指摘した。この助言は、現在において一段の真実味を帯びている。

そもそも交渉による解決では、道徳的に満足できる結果が得られないことが往々にしてある。ロシアの主権国家への侵攻は許されるものではなく、ただで済ませていいはずがない。イスラエルは自国を防衛する権利を有する。とはいえ、道徳的な問題へ過度に焦点を狭めるやり方は、戦略的な可能性を見極める目を曇らせることにしかならない。現状で実現が可能なのは、ウクライナでもガザでも、和平をおいて他にない。
イスラエルがハマスを壊滅させるという目標は非現実的だ。実現可能なことは和平だけだ、とバイデン政権に対し、現実的になれ、と説いています。


5.バイデンの中東戦略


バイデン大統領にとっても、ガザでの停戦合意は、大きな意味を持ちます。

アメリカ当局者らによると、バイデン大統領はここ数日、イスラエルとハマスの間の人質と停戦合意に向けた熱心な取り組みに個人的に関与しており、国内外のより広範な戦略の重要な要素であると考えているようです。

4月30日、ホワイトハウスのジョン・カービー報道官は、バイデンが人質取引に全力を注いでいることを認め、交渉がうまくいかなかった場合のプランBについて質問に対し、「合意が必要だ……もし停戦が実現すれば、より永続的なものを手に入れることができ、紛争を終わらせ、(イスラエルとサウジアラビアの)正常化を進めることができるだろう」と答えました。

米当局者らによると、ホワイトハウスは、人質合意の一環としての停戦により、イエメンの反政府勢力であるフーシ派による紅海での船舶攻撃など、この地域の他の火災も鎮火すると考えているようです。

また、ホワイトハウスはイスラエルとサウジアラビアの歴史的な和平合意の可能性をその合意の一環として活用し、ネタニヤフ首相にパレスチナ国家への道に同意させたいと考えているとも見られています。

今、アメリカの大学でイスラエルの軍事行動に抗議する学生らによるデモが激化していますけれども、バイデン政権は、ガザ停戦を実現することで、これら抗議活動が沈静化することを期待しているようです。

バイデン大統領にとって、イスラエルを抑え、ガザ戦争と停戦に導けるかどうかは、11月の大統領選挙に向けての大きな試金石になるかもしれませんね。



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この記事へのコメント

  • ルシファード

    イスラエルもハマスも双方共倒れに成るまで辞めんでしょうな!「マクロスF」の人類対バジュラの最初の頃のどちらかが倒れるまで終らない様に!!

    2024年05月06日 10:03