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1.我々は核兵器を保有した
5月11日、イランの国会議員のアフマド・バクシャエシュ・アルデスタニ氏は、「私の考えでは、我々は核兵器を達成したが、それを発表していない。それは我々の政策が核爆弾を保有するということを意味するが、我々が宣言した政策は現在JCPOAの枠組み内にある」と、イランが核兵器を所有していると発言しました。
JCPOAはJoint Comprehensive Plan of Actionの略称で、イラン核合意の正式名称のことです。この、米英独仏中ロの6ヶ国とイランが2015年に合意したICPOAで、イランはウラン濃縮など核開発にからむ活動の制限を受け入れ、米欧はその見返りとして、イランに対する大規模な経済制裁の緩和を行っています。
核合意の枠組みの中に入っていても、核兵器を保有する理由として、アルデスタニ氏は、「各国が他国と対峙したいときには、各国の能力が両立する必要があり、イランがアメリカやイスラエルと両立できるということは、イランが核兵器を持たなければならないことを意味するからだ……ロシアがウクライナを攻撃し、イスラエルがガザを攻撃し、イランが抵抗戦線の熱烈な支持者である状況において、封じ込めシステムがイランに核爆弾の保有を要求するのは自然なことだ。しかし、イランはそれは別問題だと宣言している」と述べています。
更に、このアルデスタニ氏の発言の2日前、イラン外交戦略評議会のカマル・ハラジ議長はアルジャジーラ・ネットワーク・カタールに対し、「私は2年前、アルジャジーラTVとのインタビューで、イランには吸収能力があると発表した……イランには核爆弾を製造する能力がまだあるが、我々は核爆弾を製造するという決定を下していない。しかし、もしイランの利益がこのように脅かされれば、我々はこの原則を変えるかもしれない。イランは、我が国の核施設が攻撃された場合、核施設に関する我が国の軍事原則を変更する可能性がある」と述べています。
筆者は4月20日のエントリー「イスラエルのイラン攻撃」で、イランの核戦略ドクトリンが変わる可能性について触れましたけれども、イラン内部でその検討が行われていることは否定できません。
2.一般に理解されている以上のものがあった
このアルデスタニ発言に対し、アメリカに本拠を置くイラン核反対同盟の政策責任者、ジェイソン・ブロツキー氏は、「アルデスタニ氏は単なる国会議員であり、政権の核政策決定サークルの中核には入っていない。コメントは興味深いものだが、彼のアクセスと立場を考慮すると、それらは適切に検討される必要があると思う……カラジ氏の発言は、イスラエルが攻撃すればイランの核ドクトリンを変更するというイラン当局者らのますます大声での脅しの大合唱の一部だ。現在のイランの核開発先進国は、イランが望むようにこうした脅しを行う余裕を与えている」とコメントしています。
また、ディック・チェイニー元副大統領の不拡散・中東戦略担当上級顧問だったデイビッド・ワームサー氏は「イランがあるとされる場所から実際に成果物が得られる装置までの距離はまだ遠い……私たちの考えは正しいし、それはまったくの但し書きだが、北朝鮮がイラン人と交流してきたことは承知しており、北朝鮮との関係は何年も遡ることを知っている」と指摘しています。
更に、ワームサー氏は、「諜報機関は一般的に不完全であり、多くのことが隠されているために不透明であることを本質的に発見しようとしているので、私たちは驚きを想定しなければならない。イラク戦争では、実際に存在する以上のものがあると想像していたことに気づいたし、一般に理解されている以上のものがあった。だが、実際にはイラクは非常にまれな状況であり、パキスタン、ロシア、中国、インド、さらには南アフリカの計画はすべて、暴露されたときに私たちが予想していたものよりも先を行っていた。さらに言えば、リビアの場合も同様だった……総合的に見て、イランがまだ核兵器を保有しているとは思えないが、計画が安定した状態にあるのか、さらには兵器化に関して安定した状態にあるのかさえも疑わしい……だから、最後までやり遂げるつもりはまだ残っているかもしれないが、それは短く、そしてもちろん、イランの爆弾の影響は、地域、イスラエルの存続、そして地位にとって壊滅的だ」と、こちらも核兵器保有の可能性は低いと見ているようです。
3.核でも使わない限りガザ戦争は終わらせられない
では、仮にイランが核兵器を持っていないにも関わらず、核を持っているかのような「脅し」発言を行ったのか。
おそらくそれは、イスラエルがイランに対し核を使わせないための牽制なのではないかと思います。
というのも、アメリカの一部議員が原爆を引き合いに出してイスラエルへの武器供与継続を主張したからです。
5月8日、アメリカ共和党のリンゼー・グラハム上院議員は、アメリカ軍制服組トップのチャールズ・ブラウン統合参謀本部議長らに「日本への原爆投下は正しい判断だったと思うか」と質問したところ、ブラウン氏は「世界大戦を終わらせたとは言える」と答え、オースティン国防長官も、ブラウン氏に同意すると答えました。
そして、グラハム上院議員はハマスやイランからのイスラエルへの攻撃に触れ、「敵の壊滅のために必要な兵器供与を止めれば、代償を払うことになる。これは究極の広島、長崎だ」などと述べたのですね。
この発言は日本でも相当物議を醸していますけれども、要するに彼らは核でも使わない限りガザ戦争は終わらせられないと考えているということです。
このグラハム上院議員の発言が5月8日だったのに対し、前述したイラン外交戦略評議会のカマル・ハラジ議長の発言が5月9日、イラン国会議員のアルデスタニ氏の発言が11日です。グラハム議員の発言に対しての牽制とみても自然だと思います。
グラハム上院議員に限らず、アメリカ共和党にはイスラエルに武器供与すべしと主張する議員が少なくありません。
先日、バイデン政権は、イスラエルへの武器輸送を保留するという決定を下していますけれども、これに対し、共和党のマイク・ジョンソン下院議長とミッチ・マコーネル上院少数院内総務はバイデン大統領に対し、イスラエルへの武器輸送を保留するというホワイトハウスの決定に懸念を表明し、決定の詳細を求める書簡を送っています。
ジョンソン下院議長とマコーネル上院少数院内総務は、武器輸送保留は「イスラエルへの安全保障支援のタイムリーな提供に関して提供された保証に反するものだ……イスラエルの安全保障への取り組みを堅固にし続けるというあなたの誓約に疑問を投げかける」と述べ、イスラエルへの安全保障支援は「遅らせてはならない緊急の優先事項」であると訴えています。
更に、数人の親イスラエル民主党議員は武器供給一時停止の背後にある理由についてバイデン政権から情報を聞き出そうとしていると明かしています。
その一人、キャシー・マニング下院議員は「私は機密説明を求めた。なぜその決定を下したのか知りたい」と語り、詳細が分かるまではこの動きについて確固たる立場を取ることを拒否。ブラッド・シャーマン下院議員は「私はこれをコミュニケーション行為だと見ている…彼らはイスラエルにハマスを手に入れたいと思っている。ただ、(ハマスが)やりそうなことは何もしないでほしい」と述べています。
更にジョン・フェッターマン上院議員はバイデン政権の決定に「断固として同意しない」と語り、兵器の配備が遅れたことで「ハマスが和平受け入れを拒否し続けることを可能にする」と指摘しています。
もっとも、他の上院民主党議員の大半はバイデン大統領の決定に同調し、アメリカはラファでの作戦で民間人の命が犠牲にならないよう影響力を行使すべきだと主張しています。
4.AIPACとJストリート
なぜ、アメリカはここまでイスラエルの肩を持つのか。
その答えの一つとして、アメリカ国内のユダヤ系ロビー団体の存在が挙げられます。
非常に有名かつ歴史のある親イスラエルのロビー団体に「AIPAC(エイパック)」というのがあります。
正式名称は「米国・イスラエル公共問題委員会」で、1963年設立、300万人以上が所属するアメリカ最大・最強のユダヤ系ロビーです。親イスラエルの政策を掲げる政治家を資金面などで支えていて、年次総会には、毎年、民主・共和の議員たちが大勢参加してきました。
AIPACは「イスラエル支援は不可欠で、われわれは支援法案を迅速に可決させるため議会への圧力を加える必要がある。我々ができる最も重要なのは議員たちに電話をかけることだ」と、アメリカの政権や議会に対して親イスラエル政策の推進を訴え、メンバーにはその働きかけを求めています。
そうした中で、比較的新しいユダヤ系ロビー団体「Jストリート」近年、注目されています。
この団体は、保守的なAIPACとは一線を画し、リべラルなユダヤ系ロビー団体として存在感を高めています。UNRWAへの資金提供やパレスチナとイスラエルの2国家共存の解決にも前向きで、民主党の政策と親和性が高く、民主党の中にはJストリートに接近する議員も少なくないそうです。
常にイスラエル寄りと言われてきた、アメリカですけれども、もし、ユダヤ系ロビー団体の勢力図が変わっていくのかどうか、注目したいところです。
5.イスラエルの完全勝利は遠い
ただ、一番肝心なのは、イスラエルがガザ戦争に勝てるのかどうかです。もし勝てない戦いだったのなら、いつまでもズルズルと武器だけ供給し続けることになります。
実際、アメリカ自身、悲観的にみているようです。
5月13日、キャンベル国務副長官は、イスラエルがパレスチナ自治区ガザで「完全勝利」を達成する可能性はないとバイデン政権が考えていると明らかにしています。
キャンベル国務副長官は、マイアミで開催された若者向けの北大西洋条約機構(NATO)サミットで「我々は勝利の理論が何であるかを巡って苦慮している……イスラエル指導者の話を聞くと、戦場での全面勝利、完全勝利という考えを語っていることがある……我々はそのようなことがあり得るとは思っておらず、可能だとも思っていない。これは9.11後にわれわれが陥った状況によく似ている」と述べました。
イスラエルのネタニヤフ首相は、ハマスに対する「完全勝利」まで戦闘を続けると繰り返し明言していますけれども、キャンベル国務副長官は、ガザの状況を同時多発攻撃後にアメリカがアフガニスタンとイラクに侵攻して直面した反乱の繰り返しになぞらえ、政治的解決が必要だと指摘。「過去と違うのは、多くの国がパレスチナ人の権利が尊重される政治的解決に向かいたいと考えていることだ」と述べています。
イスラエルがハマス壊滅はできないと見ているところは他にもあります。
ワシントンのアラブ湾岸諸国研究所のフセイン・イビシュ上級常駐研究員は、5月2日、CNNへの寄稿記事「ガザで"勝つ"ことができず、イスラエルは他の場所に目を向ける」で次のように述べています。
・ここ数週間、イスラエルとイランによるミサイル、ロケット、ドローンによる攻撃が憂慮すべき形で応酬されて以来、ガザを除く中東には不気味な静けさが訪れている。差し迫った地域戦争への懸念は沈静化し、いずれにせよ今のところは、戦略的に抑止力を回復し、タカ派や強硬派からの批判を打ち消すのに十分なほど国民の士気を高めたと双方が考えていることを示唆している。ハマスを殲滅し、完全勝利するまで止めないつもりが、勝てそうにないことが見えてきたら、レバノンに「転進」、ヒズボラに勝てば、大勝利になるから帳消しだ、なんて考えていたとするのなら、それは泥縄もいいところです。ハマスに勝てなくて、それよりずっと強いヒズボラにどうやって勝つというのか。
・イスラエル側は、ガザでイスラエルを撃退するハマスと、レバノンでのイスラエルによる長期にわたる攻撃の準備のために、ヒズボラを中心とするイランのアラブ世界の民兵組織や武装集団の広範なネットワークによる取り組みを、これらの上級指揮官が指揮していると主張した。
・この非難がほぼ間違いなく正しいということは、他国の外交施設における治外法権に関する国際条約や規範を考慮すれば、テヘランが自国の領土の一部であると考えていたダマスカスの領事館が攻撃されたことに、なぜ深い傷を負ったと感じたのかを明確に示しているにすぎない。
・10月7日以降の危機に関するワシントンの最優先指令は、紛争の封じ込めであり、大規模な戦闘がガザを越えて、特にレバノンに拡大するのを防ぐことである。
・このような拡大は、アメリカやイランを容易に引きずり込み、中東現代史上初の地域戦争や、ワシントンとテヘランの直接衝突につながる恐れがあるからだ。もちろん、イスラエルにはベンヤミン・ネタニヤフ首相をはじめとする多数の強硬派がいる。彼らはイランの核施設に対するアメリカの攻撃を長年求めており、長年挫折してきたその願望を最終的に実現することを期待して、単にエスカレートさせる誘惑に駆られるかもしれない。
・10月7日、イスラエルの多くの強硬派は、国家安全保障、特にイスラエル国境に直接存在するイランが支援する集団に対して、新たな、より妥協のない態度をとるようになった。
・しかし、それはイスラエルがレバノンに攻勢をかける主な理由にはならないだろう。それどころか、10月7日は、イスラエルの多くの強硬派を、国家安全保障、特にイスラエル国境に直接存在するイランが支援するグループに対して、より妥協を許さない新たな姿勢へと導いた。
・10月7日の数日後には早くも、イスラエルのヨアヴ・ギャラント国防相は、ヒズボラに対する大規模な先制攻撃を迫っていた。バイデン政権はアメリカの反対を明確にし、少なくともそのような作戦は延期した。
・イスラエル軍がガザを南下し、ハマスの旅団を比較的容易に消滅させると、イスラエル軍の思考は比較的すぐに再び北上した。イスラエルに対するヒズボラの主要な脅威は、15万発以上のミサイルとロケット弾を保有し、その多くが精密誘導装置を備えていることだ。
・イスラエルは10月7日以降、ヒズボラのロケット攻撃を含む国境地帯の脅威に敏感に反応し、約8万人の市民を北部地域から避難させた(同数のレバノン人も南部の町や村から避難した)。
・しかし、私の評価では、ラドワン部隊は、ヒズボラが何を言おうとも、イスラエル北部に意味のある大規模な地上侵攻を仕掛ける準備も能力もないように見える。イスラエルがラドワンによる危険な侵攻の可能性を懸念するのは理解できるが、この部隊の主な目的は、ヒズボラがイスラエルからレバノン南部と国境地帯を防衛していると主張することで、私兵の維持、ひいてはヒズボラ自身の外交政策を正当化することにある。したがって、イスラエルの動機については懐疑的であるべきだ。
・ヒズボラが10月7日以来、イランの後ろ盾を得て、現状ではイスラエルとの広範な戦争を望んでいないことを言動ともに明らかにしているにもかかわらず、一触即発の攻撃が続いているにもかかわらず、レバノンのグループは、グループが結成された南部地域やその中心地から精鋭戦闘員を撤退させるという大きな譲歩に簡単に屈することはないだろう。
・イスラエルの戦争タカ派のレバノンでの真の標的は、ヒズボラのミサイル、ロケット、ドローン兵器庫であり、最も強力な当面の敵に屈辱的な打撃を与えながら、ヒズボラにダメージを与え、その威力を低下させることを望んでいる。
・イスラエルの指導者たちはまた、レバノンでの新たな戦争の可能性が、最終的にイスラエルに大きな勝利をもたらすことを期待しているに違いない。
・イスラエルの指導者たちもまた、レバノンでの再戦の可能性があれば、最終的にイスラエルに大きな勝利を、ガザではどのようなシナリオでも手にすることができなかった「勝利」をもたらしてくれるだろうと期待しているに違いない。ヒズボラはハマスよりもはるかに強力な戦力である。ヒズボラの軍事力やその他の能力へのダメージは容易に定量化でき、その代償が許容できるものであれば、イスラエル国内では温かく歓迎されるだろう。
・その過程で、イランの地域的な切り札は著しく弱体化するだろう、とイスラエルの指導者たちは期待している。しかし、イスラエルがヒズボラと新たに交戦するたびに、ヒズボラの能力が予想をはるかに上回っていることが明らかになっている。
・しかしバイデン政権にとって、このシナリオは悪夢である。ガザでワシントンがイスラエルを支援した主な目的のひとつは、破滅的な地域紛争を防ぐための戦いで、米国が敵を封じ込めるだけでなく、友好国を牽制する立場に立つことだった。
・最近のイランとの砲撃の応酬の後、レバノンでの大規模な攻撃の脅威をイスラエルが進めないように抑制するかどうかは、政権、さらにはジョー・バイデン大統領個人にかかっているかもしれない。
・もしそうなれば、ガザ紛争に関する米国の主要目標である紛争封じ込めは、ワシントンの敵対勢力によってではなく、皮肉にも最も親しい地域パートナーによって打ち砕かれることになる。
それこそ、核兵器を使って全部焦土にでもしない限り無理な話ではないかと思います。
政治的決着か核に手を染めるのか、大きな分岐点に近づいているのかもしれませんね。
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