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1.国際刑事裁判所の逮捕状請求
5月20日、国際刑事裁判所(ICC)のカーン主任検察官は声明を発表し、戦争犯罪や人道に対する犯罪の疑いで、イスラエルとハマスの双方の合わせて5人に逮捕状を請求すると明らかにしました。
このうちイスラエル側は、ネタニヤフ首相とガラント国防相の2人に対してで、去年10月8日以降、戦争の手段として民間人を飢餓に陥らせたり、意図的に民間人に対して攻撃を行ったりした戦争犯罪などに責任があると信じるに足る合理的な理由があるとしています。
一方、ハマス側は、ガザ地区トップのシンワル指導者や、ハニーヤ最高幹部ら3人に対してで、去年10月7日のイスラエルに対する襲撃で民間人を殺害したり、少なくとも245人を人質にとったりした戦争犯罪などの責任があると信じるに足る合理的な理由があるとしています。
カーン主任検察官は、「国際法はすべての人に適用される。歩兵も司令官も政治家も罰を免れることはできない……法を公平に適用する姿勢を示さず、選択的に適用していると受け止められれば、法が崩壊する条件をつくってしまう」と捜査の公正さと中立性を強調、今後さらなる逮捕状を請求する可能性もあるとして、改めて国際法の順守を求めています。
ICCが逮捕状を出すかどうかはこのあと予審裁判部の判断に委ねられますけれども、実際に逮捕状が出されれば、ICCに加盟する日本を含む124の国や地域は、域内に対象の人物がいれば身柄を拘束し裁判所に引き渡す義務を負うことになります。従って、イスラエルのネタニヤフ首相らはこれらの国や地域への渡航が難しくなり、外交活動などが制限される事態も想定されます。
2.反発と戸惑い
これに対してイスラエルのネタニヤフ首相は、20日の声明で「ICCの検察官が大量殺人者であるハマスと民主的なイスラエルを対比したことを嫌悪感をもって拒否する。われわれの手を縛ろうとする試みは失敗する」と非難しました。
またハマスも同じく20日の声明で「被害者と死刑執行人を同等に扱おうとすることを強く非難する」と反発しています。
更に、アメリカのバイデン大統領もこの日、声明を発表し「イスラエルの指導者たちに対する逮捕状の請求は言語道断だ」と非難。更にユダヤ系アメリカ人を招いた、ホワイトハウスでのイベントで挨拶し「イスラエルとハマスは同等ではない。民間人を守るためにできることはすべてするが、はっきりさせておきたいのは、ICCの主張と違って、いまガザ地区で起きていることはジェノサイドではない。われわれはそうした主張を拒絶する……われわれは常にイスラエルと共にあり、イスラエルの安全保障への脅威に立ち向かう」と、イスラエルの防衛を支援していく姿勢を強調しています。
いくらユダヤ系アメリカ人を招いたイベントの場とはいえ、ガザであれほど民間人を殺害しておいてジェノサイドではない、というのは無理があると思いますけれども、野党・共和党議員からは、カーン検察官に入国禁止の制裁を科すべきとの声も出たようです。
一方、ヨーロッパの反応には違いも出ています。
ドイツはアメリカと歩調をあわせ、イスラエル、ハマス指導者に対する同時の逮捕状請求は「双方が同列だという誤った印象を与える」と懸念を表明したのですけれども、フランスは、ハマスのイスラエル攻撃を非難したうえで、イスラエルのガザ攻撃についても「受け入れがたい民間人被害」を招いたと批判しています。
イスラエルのガザ攻撃を非難する新興国や途上国では、米欧がロシアのウクライナ侵略でICC捜査を支持しながら、イスラエルの自衛権を擁護したことに「ダブルスタンダードではないか」という反発が広がっていたこともあり、昨年、ICCに捜査を付託した国の一つである南アフリカは、今回のカーン検察官の発表を歓迎しています。
3.ICCを制裁したアメリカ
今回のICCの逮捕状請求について、言語道断だと反発したアメリカですけれども、過去には本当にICCに制裁を科した過去があります。トランプ政権時代です。
2020年6月11日、当時のトランプ大統領は11日、アメリカ軍がアフガニスタンで戦争犯罪を行った疑いについて捜査しているICC職員に、制裁を科す大統領令に署名しています。この大統領令はICC職員に対し、米国内の資産を凍結するとともに、入国を禁止するというものです。
その根拠として、アメリカはICCに加盟しておらず、権限はアメリカ国民に及ばないとの立場を挙げています。
この大統領令が署名されて間もなく、マイク・ポンペオ国務長官(当時)は会見で、アメリカが「いいかげんな裁判で脅される」ことはないと述べています。
更に、ウィリアム・バー司法長官も「ロシアのような外国勢力が……ICCを操り、自国の利益を追求している」と、証拠を示さず主張しました。
こうした事態に対し、ICCはアメリカの決定は、捜査を進める「ICC職員の行動に影響を及ぼすことを狙った」ものだとする声明を発表。さらに、「ICCに対する攻撃は、非道な犯罪の被害者たちの利益に対する攻撃でもある。被害者の多くにとって、当裁判所は正義を実現する最後の望みとなっているからだ」と反論しました。
また、人権団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」のワシントン・ディレクターを務めるアンドレア・プラソウ氏は、「ICCに対するこの暴行は、アフガニスタンであれ、イスラエルやパレスチナであれ、深刻な犯罪の被害者たちが正義を求める努力を妨げようとするものだ……国際的な正義を支持する国々は、この露骨な妨害工作に異を唱えるべきだ」とする声明を発表。更に、欧州連合(EU)のジョセップ・ボレル外務・安全保障政策上級代表も、「ICCは国際的な正義を実現し、深刻な国際的犯罪に対処するうえで、重要な役割を担ってきた」とアメリカの決定に対して「深刻な懸念」を表明しています。
4.法の下の平等と覇権国
このように、昔もアメリカとICCは対立していたのですけれども、果たして今回もアメリカはICCに対して制裁を掛けることを示唆しました。
5月21日、上院外交委員会の公聴会で、共和党のジェイムズ・リッシュ議員から、ICCが「独立した合法的で民主的な司法制度を持つ国の事情に、首を突っ込む」ことに対処する法案を支持するかどうかという質問が出されました。
これに対しブリンケン国務長官は、「適切な対応を見つけるために、皆さんと超党派的に協力したい。私はそれに取り組むつもりだ……ひどく誤った判断に対処するため、適切な手段を検討しなければならないのは間違いない」と回答。ICCに対する制裁の可能性について検討する事を示唆しました。
イスラエルによるガザ紛争への対応について、アメリカ連邦議会はすでに、ICCに制裁を科すための法案が、少なくとも2件提出されています。
中でも、共和党のチップ・ロイ議員が今月初めに提出した「非合法裁判対策法案」に支持が集まっているそうです。
この法案は、ICCが「アメリカとその同盟国の被保護者」に対する裁判を中止しない限り、その裁判に関わるICC関係者のアメリカ入国を阻止し、現在保持しているアメリカのビザ(査証)を剥奪し、国内での財産取引を禁止するというものです。
共和党が多数党の下院では、共和党幹部のエリーズ・ステファニク議員を含む、少なくとも37人の議員がこの法案を支持しています。
ステファニク議員は、20日にイスラエルを訪れ、ネタニヤフ首相と会談。イスラエル議会で演説したほか、ガザ地区にとらわれている人質家族とも面会しています。
ステファニク議員は「ICCは自国の生存権を守る平和国家と、大量虐殺を行う過激派テロ集団を同視している」と声明で述べています。
一方、与党・民主党議員がこの法案を支持するかは分かっていません。
民主党のイルハン・オマル下院議員は、「逮捕状の請求は司法手続きの始まりに過ぎない……ICCは裁判所として機能しており、我々が公平で非政治的な司法機関に期待するように、有罪判決も、無罪判決も、棄却も行っている」と述べ、ICCの取り上げた疑惑は「巨大なもの」で、アメリカはリビア内戦を含む過去の事例と同じように、ICCの活動を支援するべきだと語っています。
ICCは、「国際法はすべての人に適用される。法を恣意的に運用すれば、法そのものが崩壊する」という至極真っ当な主張をしているのに対し、アメリカはそれを否定する勢力と支持する勢力とで対立している訳です。
果たして、今回の制裁案が可決するのかどうか分かりませんけれども、仮に可決したならば、アメリカはやはりイスラエルべったりであったことを世界に改めて知らしめるのは勿論のこと、覇権国がルールブックなのだと宣言することも意味しています。
トランプ政権時代はそれが通じたかもしれませんけれども、今回のガザのように、世界から「ジェノサイド」だと非難される状況下でもそれが通用するのか分かりません。
仮に、世界が「法の下の平等」を支持したら、アメリカは法の中で孤立することになります。孤立した覇権国は、果たして覇権国といっていいのかは別として、もしかしたら、アメリカの世界に対する影響力がどれほどのものか示す試金石になるのかもしれませんね。
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