イギリス総選挙のエクソダス

今日はこの話題です。
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1.リシ・スナクの前倒し総選挙発表


5月22日、イギリスのリシ・スナク首相は、保守党の5期目の政権獲得を目指し、7月4日に総選挙を行うと発表しました。

イギリスでは下院議員の任期である5年に1度総選挙が行われます。スナク首相は2025年1月末までに総選挙を行う必要があり、今回の突然の発表までは、10月か11月の秋に実施されるというのがもっぱらの予想でしたし、スナク首相自身も総選挙は今年後半に行うと発言していました。

そうしたことから、今回の7月総選挙の発表は驚きをもって迎えられました。

なぜ、スナク首相は早期総選挙を決断したのか。

スナク首相は、7月4日の総選挙実施を発表した際、経済のインフレ率に言及し、生活費の高騰期を経て経済回復を訴えるキャンペーンを展開したい意向を示しました。

この日は、年間インフレ率がほぼ3年ぶりの最低水準に落ちたことが発表された日で、スナク首相はインフレ率の低下と今年初めのイギリスの景気後退からの脱却は、自身が打ち出した「計画と優先事項が機能していることの証拠」だと主張しました。

けれども、スナク首相率いる保守党内部からは反発の声も上がっています。

ある保守党議員の一人は「まったく理解できない……経済は改善している。なぜそれが定着するまでもう少し時間を与えないのか?」と不満をあらわにし、別のある上級大臣は、「彼がミスター・ファーロー(Mr Furlough:一時休職)であることを国民に思い出させることが目的なら、同じ記者会見室で演説を行えばいい……労働党議員は幸せだ。我々はそうではない。それが物語っている……英国はもっと良い対応を受けるべきだ」と皮肉りました。

スナク首相の選挙日程発表について、最大野党・労働党党首のキア・ロドニー・スターマー(Sir Keir Rodney Starmer)氏は、その後間もなくのテレビ声明で、保守党の「混乱」が経済にダメージを与えており、同党への投票は政治的安定をもたらすチャンスであると主張し、「保守党にあと5年与えれば、事態は悪化するだけだ。英国はもっと良い状態に値する」とコメントしました。

また、今月初めにスコットランドの首相に就任したSNP党首ジョン・スウィニー氏は、今回の選挙について「保守党政権を打倒し、スコットランドを第一に考える」チャンスだと語り、自由民主党のリーダー、サー・エド・デイビー氏は、「リシ・スナク氏のひどい保守党政権を政権から追い出すチャンスだ」と語り、緑の党の共同リーダー、カーラ・デニエル氏は、少なくとも4人の新議員の選出を目指していると述べました。

そして、改革派UK党首のリチャード・タイス氏は、保守党は「英国を破壊した」が、労働党は「英国を破産させる」だろうとし、労働党だけが「英国を救うことができる常識的な政策」を提供できると訴えています。


2.保守党政権の混乱


労働党のスターマー党首は保守党の「混乱」を口にしていますけれども、現与党の保守党は2010年の自由民主党との連立政権を経て、2015年の総選挙で単独政権を実現しました。

当時の首相はデービッド・キャメロン氏。このときイギリスは、EUを離脱(Brexit)しました。

イギリスのEU離脱は保守党を2分させたのみならず、連合王国の維持という点でも大きな禍根を残しました。北アイルランドのイギリス派とアイルランド独立派とも、EU離脱決定後の措置によって、イギリス本国に裏切られたという思いを強め、スコットランド民族党もBrexitに反対で、独立志向を高めています。

結局、キャメロン氏はEU離脱(Brexit)の責任をとって辞任したのですけれども、2016年7月13日にはテリーザ・メイ氏、2019年7月24日にはボリス・ジョンソン氏、2022年9月26日にはリズ・トラス氏が政権に就いたもののうまくいきませんでした。

2019年の前回選挙で、ジョンソン首相は、EU離脱協定を議会で可決させるために早期投票を実施し、80議席の過半数を獲得したのですけれども、その後、武漢ウイルスのパンデミックや一連のスキャンダルをめぐる内閣の反乱でジョンソン首相は辞任。後任のリズ・トラス首相も、2022年9月に急遽編成された「ミニ予算」で発表された税制・支出計画に対する市場の反発を受け、わずか49日で辞任しています。

そして、2022年10月25日からリシ・スナクが保守党政権を引き継いでいますけれども、2010年のキャメロン政権から数えて保守党は14年の長期政権を築いています。


3.労働党の六つの政策


5月16日、労働党のスターマー党首は、党幹部を前に、労働党政権が実現した際の「最初のステップ」として、6つの政策を示しています。

その政策は次の通りです。
・経済安定性を実現するため、公金支出について厳しいルールを維持
・公共のクリーン・エネルギー企業「グレート・ブリティッシュ・エナジー」を設立
・公的医療を提供する国民健康サービス(NHS)の診察について、長期にわたる順番待ちが深刻な問題となっているため、イングランドで毎週4万件の予約診療を増やす。この資金源にするため、納税回避や非定住者の税優遇を取り締まる
・小型ボートを使った違法移民の密航を手配する犯罪組織を取り締まるため、国境警備の中心となる機関を新設
・反社会的行動を減らすため住宅地のパトロールに当たる警察官を増やし、違反者への罰則を強化する
・教師を新たに6500人増員。私立学校への税優遇廃止を資金源とする
スターマー党首は、7月4日の総選挙実施発表を受け、27日、イングランド南部ウェスト・サセックスで選挙戦初の本格的な基調演説を行いました。

スターマー党首は自分が、会場から遠くない南部サリー州の村で、「工場で働く父と看護師の母」のもとで育ったと紹介し、「制御できないインフレがどういうものか、よく知っている。生活費が値上がりし続ければ、『払えない請求書をまた届けに来たのか』と郵便配達員の姿におびえるという感覚も知っている……党よりも国を優先させて……皆さんのために闘う」と述べ、労働党が、経済の安定を実現し、国の安全保障を守ると信用してもらいたいと訴えました。

そして、スターマー党首は演説後、BBCに「自分を社会主義者と呼ぶか」と質問されると、「自分を社会主義者と呼ぶし、進歩主義者と呼ぶ……働く人のために国が仕えるようにするのが、政治だと思うからだ」と答えました。

またスターマー党首は労働党の複数の公約実現には増税は必要なく、増税なき予算措置は計画済みだと語っています。


4.これ以上最良なタイミングは望めない


5月29日に、世論調査会社YouGovが発表した世論調査結果によると、労働党支持率は47%、保守党支持率は20%と保守党は大きく水を空けられています。

5月2日に公表されたYouGov社の調査では、労働党支持は44%で、保守党支持は18%。4月の調査では、労働党が44%、保守党が21%と、保守党の支持は殆ど変化がありません。

実際、5月2日に行われた地方選挙では、保守党の議席は激減。トップは労働党、2位は自由民主党となり、保守党は第3位に転落し、市長選でも、11市のうち10市は労働党が勝ち、保守党が勝利したのは1市だけでした。

もっとも、スナク首相が総選挙の実施を宣言して以来、かなりの数の世論調査が行われているのですけれども、BBCの上級政治アナリスト、ピーター・バーンズ氏は「全体的には、大きな変化があったとは思えない。一部の世論調査会社は保守党に若干の支持率上昇を記録しているが、労働党が若干上昇しているとしている世論調査会社もある。すべての変化は誤差の範囲内だ。言い換えれば、単なるランダムな変化によるものである可能性がある。我々が知る限り、何も変わっていない。それは、リフォームUK、自由民主党、緑の党、スコットランド国民党、プライド・カムリにも当てはまる」とコメントしています。

それでも、スナク首相の評判がよろしくないのは、間違いないようで、不法移民をルワンダに送還し、現地で亡命申請の手続きを進めるというスナク首相肝いりの移民政策は、すでに膨大な費用が嵩んでいます。にもかかわらず、実際に渡航したのはたった1人、それも自発的で、そうするよう政府の金を与えられた1人だけです。

また、世界に先駆けて提出したたばこ販売禁止法案は、保守党議員の賛同を得られず頓挫。総選挙に伴い、法案は棚上げされています。

スナク首相についてCNNは「氏を取り巻く最大の痛手は、世間から負け犬のように見られ、党内からもほとんど信頼されていないと思われている点だ。事実や数字やコメントをどんなに並べても、同氏の周りにプンプン立ち込める紛れもない失敗のにおいは変えようがない。政治では、こればかりは避けられないという印象が大きく影響する。スナク氏にとって、選挙での敗北は避けられないように思われる」と評しています。

そんな中、なぜ総選挙を行う決断をしたのかについて、CNNは「答えは簡単、これ以上最良なタイミングは望めそうにもないからだ。スナク氏のやることはことごとく裏目に出ているように見える。年内にスナク氏の支持率がさらに下がるのもあり得ない話ではない」と分析。

そして、スナク首相の上級顧問に取材し、次のコメントを紹介しています。
首相はインフレ、不況、移民など、一連の重要課題に見舞われる中で就任した。こうした課題に取り組むことが第一の使命だと考えていた。この点について首相は間違いなく目覚ましい成果を上げた。IMFは21日に我が国の経済成長の見通しを引き上げ、23日にはインフレ率も通常のレベルに戻った。24日には改革が功を奏して移民の数が減少した

状況が正しい方向に向かっていると言える堅固な基盤が整った。今こそ国民に向かって『我々はこれだけの成果を上げた、我々の計画は上手く言っている。計画に沿って、この国をより確かな未来へと導く大胆な行動を起こすのは誰だろうか』と問うの最適な時期だと考えた。
このように、ここ一週間程、壊滅的な出来事がなく、スナク首相就任以降もっとも安定した状態にあるからだというのですね。


5.大脱出する保守党議員


スナク首相が総選挙を発表してから2日後の5月24日、保守党の重鎮で、育大臣、法務大臣、環境大臣、ランカスター公領大臣、平等化担当大臣を歴任したマイケル・ゴーヴ氏が書簡で「私に最も近い人たちと同様に、事務所が負担できるものはわかっている…政治の世界では誰も徴兵対象ではない。私たちは自らの運命を進んで選んだ志願兵だ。奉仕する機会は素晴らしい。しかし、辞めるべき時が来たと分かる瞬間が来る。新しい世代が主導すべき時だ」と引退を発表しました。

また、2016年にキャメロン氏の後任となる保守党党首選を争い、環境大臣、ビジネス大臣、下院議長、保健大臣を務めたアンドレア・リードソム氏もスナク首相宛の書簡で「熟慮した結果、私は次の選挙に立候補しないことに決めた」と引退を宣言しました。

実は、次の総選挙で再立候補しないと表明した現職の保守党議員の総数は78人にも上っています。これは1997年の72人というこれまでの記録を上回るものです。

こうしたことから、総選挙での敗北の可能性に直面して保守党が逃げ出しているという声もあります。

スナク首相が述べたように、インフレ率の低下と景気後退から脱却の兆しが見えているのであれば、もう少し我慢すれば支持率が回復する可能性もあるのではないかと思えなくもないのですけれども、何故今が最良のタイミングといえるのか。

CNNはその理由として「この1週間ほど、総選挙を宣言するまで壊滅的な出来事は何もなかった」と述べていますけれども、裏を返せば、「近いうちに壊滅的な出来事が起こる可能性がある」とも読み取れます。

仮にもしそんなことがあるのだとすれば、一つ考えられるのは「ドルの崩壊」です。

5月11日のエントリー「ドル暴落に備えよ」で触れましたけれども、世界ではBRICSを始めとする脱ドル化が進んでいます。

ここにきてドルの暴落を警告するアナリスト達も増えてきていますし、3月29日にはアメリカ議会予算局(CBO) が長期予算見通しの中で、何もしなければ「財政危機のリスクが高まり」、ドルが脅かされる可能性があると警告しています。

スナク首相はジョンソン内閣で財務省主席担当官、財務大臣を歴任しており、自身も大富豪です。経済の動向には人一倍敏感で、その先も見通す目を持っていると思われます。であるがゆえに、今後、ドルが崩壊する可能性を察知し、そうならない今のうちに解散してしまえ、ということではないかとも勘ぐってしまいます。

もちろん、そうならないことを願ってはいますけれども、なんとなく、きな臭いものを感じてしまいますね。



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