パンデミック条約反対デモと情報の鏡の国

今日はこの話題です。
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1.日比谷パンデミック条約反対デモ


5月31日、世界保健機関(WHO)が採択を諦めない「パンデミック条約」などに反対するデモが東京都心で行われました。

平日の午後にも関わらず、会場の千代田区の日比谷公園に集まった人々は、主催者発表で1万2000以上。予想を超える大人数となりました。

警察への事前申請との兼ね合いでデモへの参加は約1万人の上限にとどめられたものの、厚労省前を出発したデモ隊はたくさんの日の丸なども掲げながら行進。「パンデミック条約を認めないぞ!」「政府は誤った医療情報を流すな!」「国民の反対意見を無視するな!」などとシュプレヒコールを上げました。

デモには「北海道」や「静岡」「沖縄」といったプラカードを掲げて参加した人もいました。沖縄県から上京したという73歳の男性は「自分達の命にかかわることだが、多くの人は情報から隔絶している。自分も沖縄に帰って今日のことを話したい。多くの人が集まってうれしい」と話したそうです。

また、この日のデモ行進に先立ち、日比谷野外音楽堂で行われた「WHOから命を守る国民運動 大決起集会」では、パンデミック条約やIHR改正案に加え、岸田政権が6月に閣議決定する方針でいる「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」改定案にも強い反対意見が述べられました。

壇上には、コロナワクチン接種後に死亡した人の遺族で、国がリスクを知らせず接種を促進したのは違法だったなどとして4月に国を集団提訴した原告も上がり、「亡くなった方、後遺症で苦しんでいる方、多くの人がワクチンの犠牲になっている。国は責任をとるべきだ」と訴えました。




2.パンデミック条約に関する誤情報が拡散


この日のデモは万人単位の大規模なもので、最後尾の梯団は何時間も待った挙句、出発すら出来なかったそうで、それほどのものであるにも関わらず、テレビ局を始めとする大手メディアは一切報じることなく黙殺しました。

それどころか、NHKは翌6月1日、「パンデミック条約に関する誤情報が拡散」とする記事を報じ、翌2日には毎日新聞も続きました。

件のNHKの記事は次の通りです。
感染症対策を世界的に強化するための「パンデミック条約」について、国家の主権や基本的人権が損なわれるとか、ワクチンの強制接種が行われるといった事実ではない誤った情報がSNSで広がっています。今後の条約交渉にも影響を及ぼしかねないとして、専門家は危機感を示しています。

NHKが分析したところ、パンデミック条約に関する投稿は去年10月ごろから旧ツイッターのXで増え始め、ことし4月に東京都内で抗議デモが行われた際には投稿数が3日間で30万件を超えるなど先月末までに150万件以上に上っています。

投稿には「WHOによって国家の主権が奪われる」とか「ワクチンの強制接種が進められる」などとする誤った情報も多く、現在交渉が行われている条約の案にはこうした文言は入っていません。

また、交渉の過程で「WHO事務局には、締約国に対して政策や行動を指示、命令、変更する権限はない」とする条文も加えられていて、SNSで広がっている情報は条約の正確な内容を反映しないものとなっています。

こうした誤った情報や偽情報などは1000回以上拡散されているものだけで少なくとも80あり、あわせておよそ3000万回閲覧されていました。

さらに「基本的人権を奪う内容だ」とする誤った情報も広がっていますが、これはパンデミック条約と同時に行われている「国際保健規則」の改定交渉での各国の提案をまとめた資料に、人権に関する項目を削除する提案を行った国があったことが示されているのを誤解したものとみられ、実際には改定案でも「人権の尊重」が盛り込まれています。

また、条約の目的について「ワクチンを製造している製薬企業の利益を守るためだ」とする情報も広がっていますが、実際には途上国側はワクチンの公正な分配を求めていて、広がっている情報は十分な根拠がありません。

ほかにも「WHOと政府によって計画されたパンデミックが起きる」といったまったく根拠のない偽情報も日本にとどまらず各国で広がっています。

保健分野の国際協力に詳しい慶応大学の詫摩佳代 教授は「正しくない情報が広がり続けば今後の交渉がますます難航することにつながる可能性もある」と危機感を示しています。

保健分野での国際協力に詳しい慶応大学の詫摩佳代教授は「WHOが強い権限を持つとか、誰かに対して何かを強制するということはそもそもあり得ないことで、条文のどこにも書かれてない。国際法は基本的に、国と国が合意して初めて成立するものであって、それをどのように運用するのかは国家の裁量にかかっている。国際機関が国家に対して何かを命令したり強制したりすることは、パンデミック条約に限らず、国際法の基本としてあり得ないことだ」と指摘しました。

パンデミック条約は2年にわたって各国による交渉が続けられてきましたが、ワクチンの分配の公平性などについて先進国と途上国の間の溝が埋まらないことが合意が難しい要因となってきました。

詫摩教授は「パンデミック条約はコロナ禍で明らかになった問題点を踏まえ保健分野での国際的な協力に関する新たな法的な基盤を作ろうと提案されたものだ。正しくない情報が広がり続けば今後の交渉がますます難航することにつながる可能性もある」と危機感を示しました。

そして、誤った情報などが広がる背景にはパンデミックの際に深まったWHOに対する不信感や、国際法に関する根本的な認識不足があると指摘されているということで、詫摩教授は厚生労働省や外務省などの公的機関や、英語ではあるものの条約の草案などが公開されているWHOのウェブサイトを確認してほしいと呼びかけています。
今回のデモをした人々を陰謀論者の集まりであるかのような記事ですけれども、この記事では彼らの言い分は条約に記載されていないという「表面的」なことだけで批判し、なぜ彼らがここまで反対し、集まったのかについての言及がありません。

5月27日のエントリー「陰謀論が蝕むパンデミック条約」でも取り上げましたけれども、このNHK記事で取り上げている慶応大学の詫摩佳代教授は、NPO法人アフリカ日本協議会(AJF)で、『パンデミック条約』とは何か、世界レベルでパンデミックに備え、また、公平な医療アクセスを実現するうえでどのような意義があるのか、SNSで散見される『反対論』には根拠がるのか、といったことについてのウェビナー講師として招かれていますから、推進派と見てよいかと思われます。

詫摩教授は件のNHK記事で、国際法は国と国が合意して初めて成立するものといっていますけれども、今回の改定IHRは出席数3分の1未満かつ賛否をカウントすることなく強硬採決したと言われています。

果たして、これで国と国が合意したといえるのか甚だ疑問です。




3.人はなぜワクチン反対派になるのか


2月5日、東京大学大学院工学系研究科の鳥海不二夫教授と、東京大学未来ビジョン研究センターの榊剛史客員研究員、早稲田大学小林哲郎教授、筑波大学吉田光男准教授らによる研究グループは、コロナ禍におけるワクチン反対派のツイートを機械学習を用いて分析した結果を発表しました。

発表のポイントは次の通りです。
◆ コロナ禍で初めてワクチン反対派になった人の特徴を分析し、陰謀論やスピリチュアリティに傾倒している人がワクチン反対派になりやすく、さらに参政党への支持を高めた可能性を示した。
◆ ワクチン反対派などの特徴を分析した研究は多く存在するが、本研究ではどのようにワクチン反対派に転じるに至ったかを時系列的な分析に基づいて明らかにし、さらにその政治的含意も示した。
◆ 公衆衛生に対する脅威となりうる反ワクチン的態度の拡散を食い止めるための手がかりが得られ、将来のパンデミックに対して重要な教訓を得た。
研究グループは、2021年1月から12月までに収集された「ワクチン」を含む約1億件のツイートを収集。次に、この収集したツイートを、機械学習を用いて「ワクチン賛成ツイート」「ワクチン反対ツイート」「ワクチン政策批判ツイート」の3クラスタに抽出・分類しました。そして、ワクチン反対ツイートを多く呟いたりリツイートしたりしているアカウントを特定し、「ワクチン反対ツイート拡散アカウント」と定義。さらにワクチン反対ツイート拡散アカウントを多くフォローしているユーザーを「ワクチン反対派」に分類しました。

その結果、「コロナ禍以前からワクチン反対派だった人」は「政治への関心が高くリベラル政党とのつながりが強い」のに対し、「コロナ禍で初めてワクチン反対派になった人」は「政治への関心は薄い一方で、陰謀論やスピリチュアリティ、自然派食品や代替医療への関心が強い」ことが判明。陰謀論やスピリチュアリティなどのトピックは、ワクチン反対派のきっかけになっていることが示されたと研究グループは述べています。

また、コロナ禍以降に新たにワクチン反対派になった人たちのプロフィール文には「三浦春馬」「集団ストーキング」「テクノロジー犯罪」「波動」「宇宙」「スピリチュアル」「柔軟剤」などのキーワードが頻繁に現れ、彼らは陰謀論やスピリチュアリティに対する関心がきっかけとなって反ワクチン的態度を持つようになった可能性を指摘しています。

更に、コロナ禍以前からワクチン反対派であったユーザは立憲民主党やれいわ新選組、日本共産党のアカウントをフォローする率が高いのに対して、コロナ禍以降に新規にワクチン反対派になった人々はこうした既存の政党をフォローする傾向が弱い反面、2022年3月から9月にかけて参政党のアカウントをフォローする率が急上昇していることから、陰謀論やスピリチュアリティをきっかけとして反ワクチン的態度を持ち、さらに反ワクチンを掲げる参政党への支持を高めた可能性を指摘しています。

研究グループは「陰謀論やスピリチュアリティそのものは直接的に政治的含意を持たない場合もあるが、これらがゲートウェイとなって反ワクチン的態度を持つようになる人がいることが明らかになった。将来的なパンデミックにおける公衆衛生の維持のためには、陰謀論やスピリチュアリティが反ワクチン的態度の拡散につながらないように、その連関を断つような方法論が求められるだろう。また、本研究はツイートの観察的研究であり、因果効果について厳密な検証はできていない。この点については実験や社会調査を組み合わせた分析が必要となる」と論じています。

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これに対しネットの一部では猛烈な反論が書き込まれているようですけれども、ざっと見た限りでは、今までどれだけのワクチン被害がでているかを一切考慮せず、反ワクチンの言葉から始まっている事だ、などという「現実を見ろ」という反論が的を射ているように見えます。

先述した、今回のデモを受けてのことと思われるNHKの誤情報記事について、ネットの書き込みで「デモ参加者は、NHKがいくら『誤情報』だと言っても、もう聞く耳は持たないだろう。それは目の前の『形式的な事実』よりも、これまでメディアからの誤情報によって受けた傷が大きい故の危機感・不安感のほうが強いからだ。NHKの本当の趣旨は分からないが、結果的にはワクチン被害者の傷を大きくする」と言うのがありましたけれども、これも「現実を見た」人々の気持ちを代弁し、レッテル張りしても無駄だという反論だともいえます。

もう14年も前のエントリーですけれども、筆者は「政策コンテストと縁起のレイヤー」で、国民がどのレベルの情報にアクセスしているかによってその判断は大きく左右される、と指摘したことがあります。

ここでいう「どのレベルの情報」というのは、個人が接している社会を繋がり(縁)ごとに階層化して考えた場合のことで、その考え方を「縁起のレイヤー」というエントリーで示しています。

この”縁起のレイヤー”でみると、最上位階層の思想レイヤーからマスコミが流す"お上のお達し"と、下位レイヤーである「地域共同体レイヤー」と「血縁レイヤー」からの情報が、思いっきり衝突している状態にあるといえます。

ただ、最上位階層の思想レイヤーは「概念」的なものであるのに対し、最下層の「血縁レイヤー」は現実の生活です。そこで「ワクチン後遺症」だとか「接種後死亡」なんて目に遭ったとしたら、その衝撃と深刻度は思想レイヤーのそれとは比べ物になりません。




4.情報の鏡の国のアリス


経済学の概念に「アテンション・エコノミー(関心経済・注目経済圏、英: attention economy)」というものがあります。これは、情報の質よりも人々の関心や注目を集めた方が経済的利益が大きいことを指摘した概念で、近年SNSの普及によりアテンション・エコノミーがもたらす負の側面が問題視されているようです。

これに関連してNPO法人ミラツクが運営するWEBメディア「ミラツクジャーナル」は、2023年5月29日付の記事「私たちは”情報の鏡の国のアリス”にいる。」で、経済学博士の山口真一氏へのインタビュー記事を掲載しています。

件の記事の冒頭からの一部を引用すると次の通りです。

西村勇哉(インタビュアー):まずは、山口先生の簡単なプロフィールからお聞かせください。

山口真一:国際大学の山口真一です。経済学博士で、専門は計量経済学というデータ分析手法です。その手法を使ってSNS上のフェイクニュース・ネット炎上・誹謗中傷といった諸課題について研究しています。また、情報社会の新しいビジネスモデルや情報経済論も研究対象です。(※研究に至るまでの山口先生の興味変遷、今回のインタビューの基礎になっているメディアへの問いはこちらをご覧ください)

西村勇哉:今回は、なぜメディアというものに関心を持っているのかを含め、山口先生個人が持っているメディアの課題意識についてお聞きしたいです。

山口真一:私がメディアやSNSの研究を始めたのは、2014年からです。SNSが普及していく中では、さまざまな社会的インパクトがありました。私がよく言っているのは、SNSによって誰もが自由に世界に発信することが可能になり、誰もが非対面で対多数のコミュニケーションが取れるようになったということです。まさに、全ての人がメディアになっているということで、「人類総メディア時代」と言っても過言ではないと思っています。

「人類総メディア時代」になったことでメディアの環境は大きく変わり、コミュニケーションや経済などさまざまな面で、人々の行動が大きく変容してきています。そして、行動変容の結果として起きたことの一つにメディアの課題があります。

簡単に言うと、誰もが自由にメディアになる時代ゆえに情報が爆発的に増加しています。私たちは毎日、読み切れない量の情報に接することが可能になっている。例えば、今日起きたことを知りたい時は、TwitterやYahoo!ニュースが無料で読める。ニュースひとつにも、多数の選択肢があるわけです。

この状況で何が起きているかと言うと、既存のマスメディアが激しい競争に巻き込まれているということです。競争に巻き込まれること自体は問題ではありませんが、結果としてメディアが企業として立ち行かなくなっていることが問題です。実際に、クオリティの担保された情報に出会うコストが、どんどん上がってしまっている。つまり、情報が爆発的に増加しているにも関わらず、信頼できる情報にアクセスするコストは上がっているのです。

アテンションエコノミーという概念がありますが、今の時代はページビュー数が重要になっていて、とにかくタイトルで人々の関心を引いてアクセスを稼ぐことが経済合理的な行動になってしまっている。結果として、ウェブメディア・個人メディア、そしてマスメディアもアテンションエコノミーに引きずられ、過剰なタイトルをつけて、中身はスカスカというコンテンツが生まれています。

さらに情報爆発によって起きたこととして、フェイクニュースの増加もあります。こういう時代だからこそ、マスメディアなどある程度の情報クオリティを担保してくれる組織は非常に重要であるにも関わらず、メディアは斜陽産業になっている現実があるわけです。メディア環境……さらに言うなら情報環境全体を守っていくために、一体どんなことができるのかが、今の私の課題意識です。

西村勇哉:「人類総メディア時代」には、「自分が発信するぞ」という人が80億人いる。発信できる機会を誰もが手に入れたのは良いことだと思います。同時に、発信機会を得たことで情報爆発を引き起こしてしまい、メディアのある種の希少性が失われている。希少性があった頃はみんなお金を払っていたけれど、希少性がなくなることでお金を払わなくなり、多くの人から細かくお金を徴収するモデルが崩れて情報獲得のコストが上がっている。自分が情報の生産者として頑張っているのに、頑張っただけ信頼できる情報が遠くなっていく。これはなんだろう……『鏡の国のアリス』状態になっていますね。メディアが立ち行かなくなると、ますます経済合理性が求められ、アテンションエコノミーに入っていかざるをえないという悪循環。

一方で、情報生産者としてのみんなに悪気はない。情報発信ができること自体は、市民の力を上げるというエンパワーメントの観点から良いことです。しかし、市民の力が上がって情報力が増すほど情報の質が悪くなり、例えばフェイクニュースに接した時に間違った判断をしかねなくて、結果として市民の力が下がる。私たちは、好循環を回せば回すほど悪循環が同時に回るという不思議な構造に置かれていると思います。

山口真一:話のポイントは、市場原理に任せていたら好循環を回すほど悪循環が同時に回るというねじれが絶対に止まらないことです。私は経済学者なので、市場原理に任せておいてどうしようもなくなった時は、何らかの介入が必要だと思っています。まさに、今のメディア業界ですね。

アテンションエコノミーも経済合理性であって、広告主は多くの人が見てくれる方がうれしいので、当然ページビュー競争になってしまう。また、人々は発信するのが楽しいからどんどん発信して拡散していく。一方で、情報クオリティの担保が難しくなるという悪循環は起こるわけですが、この悪循環について個人が認知することはあまりない。なぜかと言うと、まだ多くの人が情報の質に目を向けていないし、仮にフェイクニュースが蔓延して社会が分断しようと、社会全体としては非常にマイナスですが、個人としてはそこまでマイナスではないんです。社会全体として大きくマイナスであっても個人の効用にほとんど影響を与えない状態では、人々の行動変容は非常に促しにくいのです。

メディアの未来研究会では、「この状況は環境課題に近い」という話になりました。まさに、地球環境も社会全体として悪い方向に向かっているけれど、個人としてなかなか実感できない。その結果、遅々として改善が進まないという背景があると思います。メディアの問題も同様の背景があります。さらに、情報を生産する・コピーするコストは限界費用がゼロなので、価格はどんどん下がっていく。結果として、すべての情報はゼロ円になりたがる。そうなってくると、わざわざコストをかけて質の高い情報を出すインセンティブが薄れていき、メディアは大きく衰退する。市場原理に任せて悪循環が止まらなくなった結果、どうなるのか?

このねじれた構造について、2022年のメディアの未来研究会で扱ったテーマの中から、いくつか示唆深いものを紹介します。まずは、メディアのレーティングです。レーティングといっても単純に垂直的に点数をつけるのではなく、「この媒体は保守寄りである」「この媒体はリベラル寄りである」などと評価して、それを知った上でアクセスするのはいいと思います。私はメディアをレーティングすることが、情報のアクセスコストを下げることにつながると思っています。

レーティングがどこまで実現可能性が高いかわかりませんが、一つの道としては中立的な組織がメディアに点数をつけて、人々が点数を参考に情報にアクセスする方法があると思います。では、レーティングの信頼性はどこで担保するのか。ここが非常に難しくて、センシティブな問題があります。

例えば、ファクトチェックについては何とかなる側面があります。なぜかと言うと、ファクトチェック組織が立ち上がった時に、その組織の中立性を担保する第三者機関を立ち上げて審査することも可能でしょう。もちろん、みんなが100%納得するのは難しいですが、客観的に”事実検証ができているかどうか”という指標があるから第三者機関が審査できるんです。

一方で、メディアで報じる情報は、何が正しいか・間違っているかを客観的に把握しづらいです。レーティングをしても納得しない人たちが出てきて、結局、その人たちはレーティングを参考にしない。メディアのレーティングは非常に良い方向性だと思いますが、なかなか難しい。

研究会でおもしろいと思ったのは、桜美林大学の平和博先生が話されたマシンラーニングによるレーティングの話です。AIがどう活用されるのかわからないですが、今はChatGPTのようなサービスも出ていて、AIによるテキスト分析は本当に進んできています。人の手を使わないレーティングであれば、ある程度は客観性が担保できるかもしれないし、自動でレーティングができます。一方で、AIの偏りの問題もあるわけで、このあたりをどうするかも一つのトピックスです。

西村勇哉:メディアの未来研究会の第1回で、桜美林大学の平和博先生にお越しいただききました。もともとジャーナリストとして現場に出ていた方で、今は桜美林大学でジャーナリズムやメディアの公平性の研究をされています。平先生もメディアの課題として、山口先生と同じような認識を持たれています。研究会では、欧米を中心にメディアのレーティングの実装がはじまっているという話が出ました。

ここでいうメディアのレーティングは、このメディアは信頼できるとか、ちょっと危ないぞといったものです。ある意味で直球というか、やっていることは確かに正しいと思える部分がある。一方で、情報の生産コストが下がっているのにコストをかけてレーティングしようとしている。この状況は果たして噛み合うのか……直球勝負では力負けしそうな気もします。例えば、AIがレーティングしたらAIで情報生成をするという話になって、物量的に負けるかもしれない。もう一つ歯車が入って、情報生産側が回ればレーティング側も回るといった構造になっていくと、物量的にも負けずにやっていけると思います。こういったことが、必ずしもビジネスではなくていいですが、きちんと考えられて回るような取り組みの登場が待たれます。

西村勇哉:研究会の第2回は、東京大学の鳥海不二夫先生に話していただきました。情報空間全体の状況から、個人の話に寄せて情報健康度の話が出た回でしたが、山口先生の中で示唆深かった点、可能性を感じた点をご紹介いただけますか?

山口真一:情報的健康の発想としては、人々が自分で判断できるように情報の成分を表示するところがポイントだと思います(※⿃海不⼆夫、山本龍彦.2023.共同提⾔「健全な⾔論プラットフォームに向けて ver2.0―情報的健康を、実装へ」https://www.kgri.keio.ac.jp/working-paper/index.html)。最終的には記事ごとの成分表示が理想的で、その記事がどういう偏りを持っているのか、どういう要素を含んでいるのか、どういう分野なのかといった情報の成分をみんな見ることができる世界です。重要なのは、その成分表を元に、みんなが自分で判断して自分で読むかどうかを決めるということです。

鳥海先生はいろんな取り組みをしていて、例えば、エコーチェンバー度(注:SNSにおいて自身と似た思想のアカウントばかりをフォローすることで、自身と同じ意見が返ってくる現象)をチェックするシステムを出したことがあります。TwitterのAPIを使って、自分がフォローしている人とフォロワーがどれぐらい偏りを持っているかを示してくれるシステムです。これによって自分のエコーチェンバー度に気づくことができる。このシステムを使った人が、是正するかしないかは次の話です。まずは、自覚することがすごく大事なんです。

もう一つ、情報的健康のテーマで挙がっているのが、情報のチェックリストを出したほうが良いのではないかというものです。今メディアが立ち行かなくなっている理由の一つに、人々はあまりに情報の質に興味がないという話があり、とりわけ日本は顕著です。例えば、多くの人がニュースを「Yahoo!ニュースで読んだ」と言いますが、Yahoo!ニュースの何の媒体で読んだかを認識していない人が非常に多い。ニュースを掲載した媒体はどんなメディアなのかを気に留めない人が多くて、メディア情報リテラシーが低いと言わざるをえない。この状況を変えないと、メディアが復活することはありえないと思っています。みんながメディア情報リテラシーを身につけることが大事で、その上で情報的健康の話が生きてくる。つまり、情報の成分を表示しても、みんなの関心が向かなかったら意味がないんです。

そして、情報的健康の”健康”とは何か? これも大いに議論されています。最終的な結論として、健康を我々が定義するのではなく、あくまで一人ひとりが考えることである、というまとめに入っています。WHO(世界保険機関・World Health Organization)による健康の定義には身体的・精神的健康度がありますが、要するにウェルビーイングと紐づいています。個人の中に健康観の軸があり、そこに向かいましょうということです。

難しいのは、個人の健康と社会全体で弊害がない状態は違うことです。個人的には、最終的な着地点は先ほどお話した環境のメタファーと同じだと思っています。人によって情報的健康のレベルは違うし、身体的健康と違って情報的不健康であっても死ぬことはありません。結果として、個人の利潤最大化行動、効用最大化行動だけでは均衡点に至らないことが課題として見えたと思っています。

【以下略】
山口博士は、市民の力が上がって情報力が増すほど情報の質が悪くなるという悪循環が同時に回る構造について、「多くの人が情報の質に目を向けていない」と指摘した上で、仮にフェイクニュースが蔓延して社会が分断したとき、社会全体が大きくマイナスになっても、個人はそれほどマイナスではない、そんなときには人々の行動変容は非常に促しにくいと指摘しています。

そして更に、人によって情報的健康のレベルは違う上に、情報的不健康であっても死ぬことはないという重要なポイントを指摘しています。

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5.ラスボスの倒し方


けれども、今回の武漢ウイルス禍、ひいては「ワクチン禍」についていえば、先日のワクチンの情報提供に関する集団提訴に見られるように、情報的不健康が身体的不健康や命に直結するケースです。

従って、情報的不健康が身体的不健康に結びついた人ほど、行動変容を起こす可能性が高いと予想されます。

そして、行動変容に共感した人がともに行動を起こした結果、先日の大規模デモになったと見ることができます。

この行動変容は、縁起のレイヤーでいう下位レイヤーである「血縁レイヤー」や「地域共同体レイヤー」から発生し、上位レイヤーへと拡散していく方向です。

これに対して上位レイヤーである「思想レイヤー」や「経済レイヤー」を担う、WHOや国、マスコミが、誤情報だとして、その上位レイヤーへの浸透を阻止し抑えこもうとして、衝突している構図が発生しているといえます。

つまり分断は上位レイヤーと下位レイヤーとの間で起こっているといえる訳です。

では、この衝突・分断の行方、勝者はどうなるのか。

筆者はここで鍵を握るのが、血縁レイヤーから思想レイヤーまですべてをカバーし、血縁レイヤーからの情報を吸い上げ、思想レイヤー・経済得レイヤーに反映していくことのできる存在です。平たく言えば「政治家」です。

民主国家における政治家は、本来血縁および地域共同体レイヤーから選出され、その声を代弁する存在です。

政治家は、その権限を持って国の政策を決めていく存在ですから、彼らにどれだけ下位レイヤーの声がインプットされているかがポイントとなります。

けれども、現状、彼らには、既得権益といったところからの声が届くケースが多く、残念ながら偏りがあるといわざるを得ません。それは勿論、選挙にいかない国民に第一の責任があります。

つまり、これらの解決策は、迂遠なようでいて、王道でもある、民の声を聞く政治家をちゃんと選ぶことに帰結するのではないかと思います。

情報的不健康が身体的不健康を招いた人に、多くの人が共感を寄せ、横方向の結びつきを深め、国民運動にまで高めることが重要になってきます。

国やマスコミといった上位レイヤーから流れてくる情報を鵜呑みにするのではなく、下位レイヤーからの情報を得ながら自分の頭で考え、行動する。

ワクチンを8割も9割も打った日本国民は、いつ情報的不健康が身体的不健康を発生させてしまうか分からないリスクを抱えています。それは逆にその情報が下位レイヤーを通じて強い結びつきを生む土壌になるともいえます。

これは、一部の既得権益のための政治から、国民の為の政治へと転換する切っ掛けになるかもしれませんね。

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