

1.ウクライナ軍のロシア領内攻撃成功
5月3日、ウクライナ軍は3日、西側諸国が供与した兵器を使用して、ロシア領内にある地対空ミサイル「S300」の攻撃に成功したと明らかにした。
ウクライナのベレシュチュク副首相は「美しく燃えている。これはロシアのS300だ。ロシア領の。敵の領土に対して西側諸国の兵器の使用が認められてから最初の数日だ」と、攻撃を写したものとみられる写真も添えてフェイスブックに投稿しました。
投稿で、「敵の領土に対して西側諸国の兵器の使用が認められてから」との一文がありますけれども、5月30日、アメリカのバイデン政権が、北東部ハルキウ州周辺のロシア領に限って、アメリカが提供した武器を使用して、攻撃することを認めたと報じられています。
これについて、ウクライナのゼレンスキー大統領は、「一歩前進」と讃え、ハルキウ州の防衛に役立つと述べていることと合わせて、本当である可能性が高いと思われます。もっとも、今回発表があった攻撃にアメリカが供与した兵器が使われたかどうかは不明です。
けれども、これでロシアの侵攻を撃退するためのウクライナ軍の能力を大幅に強化できるかどうかについては専門家から疑問視する声も出ています。
なぜなら、ウクライナが利用できるのは射程70キロの誘導型多連装ロケットシステム「GMLRS」だけで、射程300キロの地対地ミサイル「ATACMS」の使用を認めないという姿勢を崩していないからです。
2.ロシア国内攻撃許可を与えたバイデン
バイデン大統領がロシア領内への攻撃を一部認める決定を下したことについて、当局者の1人は「大統領は最近、ウクライナがハリコフで反撃目的でアメリカの兵器を使用できるようにし、ウクライナがロシア軍の攻撃や攻撃準備に対して反撃できるようにするようチームに指示した」と述べながらもロシア国内への長距離攻撃を認めない方針は「変わっていない」としています。
この当局者によると、ロシア領内への攻撃については、ロシアのハリコフ攻勢が始まった後、ウクライナ側からアメリカに要請されたとのことです。
ウクライナは今や、事実上、アメリカが提供したロケットやロケットランチャーなどの兵器を使って、ハリコフに向かうロシアのミサイルや、同市付近のロシア国境に集結している軍隊、あるいはウクライナ領土に爆弾を発射するロシアの爆撃機を撃墜できるようになっています。
けれども、アメリカの当局者は、ウクライナはこれらの兵器を使って民間インフラを攻撃したり、陸軍戦術ミサイルシステムなどの長距離ミサイルを発射してロシア国内の奥深くにある軍事目標を攻撃したりすることはできないと述べています。
ただ、バイデン政権が当初、アメリカをより直接的に戦闘に巻き込むことで戦争を激化させるとし、バイデン大統領は「第3次世界大戦」を避けるために、兵器の用途に制約を課すべきだと主張していたことを考えると、ロシア領内攻撃容認は大きな政策転換だといえます。
その理由として考えられることがあるとすれば、ウクライナにとって戦況が著しく悪化して、もはや迎撃では食い止められない状況にあるということです。
3.アメリカに続くNATO
バイデン大統領がロシア領内への攻撃を一部認める決定を下したことに欧州各国も呼応しました。
ロシア国内攻撃容認が報じられた翌31日、NATOはチェコの首都プラハで外相会合を開催。この場で主要国が続々と政策を転換させ、ウクライナが西側諸国から供与された兵器を使ってロシア領内の軍事目標を攻撃することを容認する方針を打ち出しました。
これまで欧米諸国の多くは、ウクライナのゼレンスキー大統領の要望を退け、ウクライナに兵器を供与する条件として、その兵器でロシア領内を攻撃しないよう制限を課してきました。アメリカと同じ方針だった訳です。
それが方針転換したのは、おそらくアメリカがそうしたから続いたのだと思われます。
5月31日、ドイツ政府報道官は、「ウクライナは国際法に従い、ロシアとの国境に近いウクライナ北東部ハルキウ周辺に対しロシア国内から行われる攻撃への自衛手段として、ドイツが供与した武器を使用できる」と述べ、オランダの外相も「武器の使用に地理的制限を課すことなくウクライナの自衛権を認める」と発言しました。
更に、フィンランド、ポーランドも、こうした方針を支持する姿勢を示しました。
特に、フランスのマクロン大統領は2月以来、欧米諸国の部隊のウクライナ派遣に関して「あらゆる選択肢を排除すべきでない」と主張し、フランス政府は、ウクライナ兵を訓練するために訓練要員の兵士を派遣する計画についてウクライナ側との協議を進めているようです。
これら欧州各国の方針転換について、ウクライナ政府は歓迎し、ニキフォロフ大統領報道官はウクライナがロシア軍の攻勢をはね返す能力は「大幅に向上する」と述べています。
一方、ロシア政府は、このNATO諸国の方針転換を厳しく批判。5月31日、ペスコフ大統領報道官は「アメリカの兵器によりロシア連邦を攻撃しようという企ては、アメリカがウクライナでの紛争に関与していることを実証している」と述べています。
ウクライナ政府はもちろんNATO諸国の方針転換を歓迎している。同日、ウクライナがロシア軍の攻勢をはね返す能力は「大幅に向上する」と、ウクライナのニキフォロフ大統領報道官は述べた。
4.認知戦でプーチンに負けたバイデン
ただ、それでもアメリカは、長射程の武器によるロシア領内奥深くへの攻撃を認めてはいません。
次の図は射程300キロのATACMSの制圧地域と制限された兵器による制圧地域です。

黄色の帯が射程300キロのATACMSがロシア領内で火力制圧できる地域で、薄赤の部分はアメリカが認めた兵器弾薬を使って制圧できる範囲です。黄色のそれに比べるととても狭い地域です。
これをみると、バイデン政権の兵器提供は「Too little, Too late」になっているように見えるのですけれども、なぜそうなってしまっているのか。
これについて、前・陸上自衛隊東部方面総監で現在ハーバード大学アジアセンター・シニアフェローの渡部悦和氏は、6月4日付のJBpressの記事「認知戦でプーチンに負けたバイデンの大罪、優柔不断で中途半端な政策が甚大な被害招く」で次のように述べています。
【前略】渡部悦和氏は、バイデン政権は、プーチン大統領の脅しによる認知戦に屈服したからだ、と主張しています。
それではなぜバイデン政権は、優柔不断で中途半端な政策決定を行っているのか。なぜバイデン政権の兵器提供が「Too little, Too late」になったのか。
プーチン氏の脅しによる認知戦に屈服したからだ。
プーチン氏は、これらの兵器をウクライナが求めるたびに、「その兵器を米国が供与することは戦争のエスカレーションを引き起こす。ロシアとNATOとの戦争になる。最終的に核戦争にエスカレーションする」と脅したのだ。
そのプーチン氏の脅しに負けて毅然として対応できなかったために「Too little, Too late」になってしまったのだ。
ロシア・ウクライナ戦争を通じて認知戦(Cognitive Warfare)の重要性が認識されてきた。
認知戦は、情報戦(Information Warfare)の一部である。
情報戦には、認知戦、影響工作(Influence Operation)、心理戦が含まれている。
認知戦の目的は、相手国の指導者や国民の認知機能に影響を与えて、その意思決定や行動を思いのままに操作することである。
相手国の政権中枢の意思決定や行動に決定的な影響を与えたり、制度(例えば、自由民主主義制度)に対する信頼を損なったり、国家や社会の分断を引き起こし不安定化させたり、敵対勢力の士気を低下させたりすることだ。
例えば、ロシア・ウクライナ戦争におけるプーチン大統領の米国に対する認知戦とは、まずバイデン政権、特にバイデン大統領の意思決定に影響を与えることである。
プーチン氏は、2022年に戦争が始まって以来、様々な認知戦を米国に仕掛けた。
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が米国に様々な兵器の提供を求めるたびに、プーチン氏はそれを防止するために認知戦を行ってきた。
なお、プーチン氏の認知戦は、「脅しによる認知戦」と「偽情報による認知戦」に大別されるが、彼が得意なのは「脅しによる認知戦」だ。
認知戦に弱く、優柔不断なバイデン政権は、多くの国々から見下されている。
世界一強い米国が軽視されるのはバイデン政権の弱さのためだ。
バイデン政権には東西冷戦期においてロナルド・レーガン政権が採用した毅然とした「力による平和」という安全保障政策を参考にしてもらいたい。
「力による平和」は、バイデン政権の「妥協による平和」の対極にあるもので、東西冷戦を勝利に導いた政策である。
5.スコット・リッター
けれども、筆者は、認知戦というよりは、単に戦争を長引かせたいだけなのではないかという疑問を持っています。
元国際連合大量破壊兵器廃棄特別委員会(UNSCOM)主任査察官のスコットリッター氏は4月23日の動画で、ウクライナ紛争について概略次のように述べています。
・ウクライナは戦略的ではなかったスコットリッター氏のいうように、ウクライナが「米英の脚本に従って動かされている」だけなのであれば、ウクライナ戦争が終わるのは、米英が終戦を決めるか、ウクライナが戦争継続できなくなるほど何もかも失ったときくらいしかありません。
・紛争は戦場でロシア軍を打ち負かすという意味でウクライナがロシアに勝つという意味ではなかった
・西側が期待していたのはロシアが大きな損失を被ることだった
・経済崩壊と社会的苦境が合わさってモスクワにマイダン革命を起こすことが目的だった
・ウクライナの希望は勝利ではなく、モスクワ・マイダン革命が起きる条件が整うまで生き残ることだ
・クロッカス・シティ・ホールでのテロの目的は大統領選挙を妨害することだった
・テロはもともと多数の著名人が参加する有名歌手のコンサートが行われる3月9日に実行する予定だった
・この日にテロが実行できたなら、プーチンの威信は失墜し、大統領選挙に悪影響を及ぼした筈だ
・プーチンが2022年の段階で躊躇していたのは当時の政治の風向きが不透明だったからだ
・しかし今やプーチンは絶大な支持を得ている。プーチンは迷いなく進むことができる。
・ウクライナ側は単独で動いているのではない
・ウクライナは米英の脚本に従って動かされている
フランスのマクロン大統領がウクライナにフランス軍を送るなどと言っていますけれども、仮にウクライナ軍が全滅した後、NATO軍がその肩代わりをして戦争を継続するのなら、それこそ第三次世界大戦です。
「Too little, Too late」でコントロールできるほど、戦争は甘くないはずです。バイデンが大統領でいるうちはウクライナ戦争は終わらないとみるべきではないかと思いますね。
Scott Ritter: Russia has DESTROYED Ukraine's Army as NATO Faces Total Collapse(日本語字幕)
— Акичка (@4mYeeFHhA6H1OnF) April 22, 2024
元米海兵隊情報将校で国連兵器査察官のスコット・リッターが、ロシアとの紛争におけるウクライナの見通しについて、アメリカとNATO高官たちの嘘を暴く。 pic.twitter.com/x9x1vyrPPc
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