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1.イスラエル軍の人質救出作戦
6月8日、イスラエル軍はガザ中心部のヌセイラットへの大規模攻撃の一環として、ハマスが拘束していた人質4人を解放しました。
イスラエル軍によると、救出された人質は女性1人、男性3人で、それぞれノア・アルガマニ氏(25)、アルモグ・メイル・ジャン氏(21)、アンドレイ・コズロフ氏(27)、シュロミ・ジブ氏(40)と確認されました。4人の健康状態は良好なものの、更なる検査のためイスラエルの病院に移送されています。
救出された4人は昨年10月7日のハマスによる攻撃でイスラエル南部の音楽祭から拉致された人達です。この攻撃で人質になった約250人のうち100人余りが昨年11月の交換作戦で解放され、今年2月には2人が救出されています。
今回の救出について、イスラエルのガラント国防相は「英雄的な作戦活動で、わが軍の戦闘員はハマスの捕虜となっていた4人の人質を解放し、イスラエルに連れ帰ることに成功した」とX(旧ツイッター)にツイート。残りの人質の帰還のために戦い続けることを約束しています。
残りの人質のうち何人が生存しているかは明らかではなく、数十人とみられる残りの人質の解放は、アメリカとエジプト、カタールの協力で行われているイスラエルとハマスとの交渉による。交渉は数日中に再開される予定とのことです。
2.アメリカの側面支援
人質4人の救出について、アメリカのジェイク・サリバン国家安全保障担当大統領補佐官は、イスラエル治安部隊の作戦成功を祝福し、「継続中の交渉やその他の手段」を含め、ハマスに拘束されている人質解放に向けたあらゆる取り組みを支援することを示唆しました。
今回の救出について、アメリカはイスラエルを側面支援。アメリカ政府当局者によると、アメリカは主に諜報支援の形で行われたようです。ただし、作戦に関する機密事項は開示されなかったものの、救出作戦中にイスラエルの特殊部隊員1人が死亡し、パレスチナ人約100人が死亡したと明らかにしています。
昨年10月7日のハマスのイスラエル攻撃以来、アメリカのバイデン政権は外交、諜報、時には軍事支援を含む人質問題に関するイスラエルへの支援に大規模な取り組みを行っています。以前にもアメリカは、人質の所在特定を支援するために上空からの監視支援を行っていることを認めています。
救出作戦に関して、ネット上には、アメリカ軍の桟橋を背景に、イスラエル国防軍のヘリコプターが海岸から離陸する動画が出回っているそうなのですけれども、アメリカ政府関係者は「本日のガザでの人質救出作戦では、桟橋施設は使用されていない。施設の南側の地域は、人質を安全にイスラエルに送還するために使用された……これに反する主張は誤りだ。ガザ沿岸の臨時桟橋は、緊急に必要な救命支援をガザに届けるという唯一の目的のためだけに設置された」と、ヘリコプターは施設の南側の海岸に着陸したが、桟橋の封鎖区域内には着陸しなかったと説明しています。
更に、アメリカ中央軍も声明で、「本日のガザでの人質救出作戦では、桟橋施設およびその装備、人員、資産は使用されなかった」と改めて強調し、別の声明では、「アメリカ中央軍は、約2週間前に荒波で崩壊した桟橋を経由した人道支援物資の配送を再開した」と発表。土曜日に約110 万ポンドの支援物が桟橋経由で配送されたとしています。
救出作戦を受け、アメリカのバイデン大統領は訪問先のパリで「人質全員が帰国し停戦が達成されるまで我々は努力をやめない」と述べ、国務省は声明で、「8ヶ月の監禁の後、ようやくイスラエルの家族と再会した人質4人の救出を歓迎する。米国は人質全員が帰国するまで休むことはない」とした上で、「停戦達成の唯一の障害はハマスだ。ハマスが合意を受け入れる時が来た」とハマスに停戦合意を促しています。
ただ、今回の救出作戦で、ハマスだけでなく、民間のパレスチナ人にも被害が出ていることも事実です。
ハマスが運営する政府の広報室は、激しい戦闘で子供を含む少なくとも210人のパレスチナ人が死亡したと発表。ハマス指導者のイスマイル・ハニヤ氏はイスラエルの「虐殺」を非難する声明を発表し、ネットには病院での血まみれの遺体の動画が出回っているようです。
情報戦の意味合いがあるのでしょうけれども、こんな状態で停戦交渉ができるのか、不安になります。
会談に詳しいアメリカの当局者によると、これまでの交渉で問題となったのは「恒久的停戦」という表現で、これはイスラエルでは政治的に敏感な問題であることから、現在は「持続的な平穏」と言い換えられていると明かしています。
3.ネタニヤフの時間稼ぎ
なぜ、このタイミングで救出作戦が行われ、発表されたのか。
5月24日のエントリー「イランとアメリカは秘密協議を行っていた」で、筆者は、イスラエルのネタニヤフ政権のガンツ前国防相が、5月18日に記者会見を行い、ネタニヤフ首相に対し、6つの国家的重要課題の達成につながる行動計画を策定するよう求めたことを取り上げました。
件のエントリーから該当部分を引用すると次の通りです。
その6つの課題とは次の通りです。ガンツ氏は、これら6つの課題の解決に向けた行動計策を6月8日までに策定しなければ、ネタニヤフ戦時内閣から離脱すると言っていたのですね。
1)人質を帰還させる。
2)ハマスを壊滅し、ガザ地区を非武装化する。
3)米国、欧州、アラブ諸国、パレスチナによる民生統治機構を設置する。
4)9月1日までにイスラエル北部の住民を帰還させ、イスラエル南西部に位置するネゲブ砂漠の西側地域を復興させる。
5)「イランとその代理勢力に対抗する自由世界とアラブ世界との同盟関係」を構築する動きの一環として、サウジアラビアとの国交正常化を進める。
6)全てのイスラエル国民に国家奉仕を求める新しい統一モデルを採用する。
ガンツ氏は会見の中で、ハマスとの戦闘が継続する中で、「最近、何かがおかしくなっている。勝利を確実にするために不可欠なリーダーシップの決定がなされなかった。少数派がイスラエルの国家という船の司令塔を乗っ取り、岩に向かってかじを切っている」と、思いっきり、ネタニヤフ首相や極右政党の閣僚を批判しています。
その上で、ガンツ氏はネタニヤフ首相に対し、6月8日までに6つの国家的重要課題の達成につながる行動計画を策定し、戦争内閣の承認を得るよう求め、「イスラエルの安全保障でもっとも神聖な部分を、個人的・政治的思惑が侵食し始めた……ネタニヤフ氏が国を奈落の底に導く道を選ぶなら、我々は政権から離脱し、国民に問いかけ、真の勝利をもたらすことができる政府を樹立する……軍事作戦遂行の行き詰まりを、統一という名でごまかすことはできない」と述べ、ネタニヤフ首相が国益よりも個人的利益を優先する場合には、戦争内閣から離脱し、新政権樹立の準備をすると述べました。
今回の作戦で人質を救出したのは、その期限の6月8日であり、条件の1番目は人質の帰還です。つまり、ネタニヤフ首相にしてみれば、ガンツ氏の政権離脱を食い止めるために、この日までに人質救出作戦を行い成功させなければならなかったのではないか、ということです。それこそ、パレスチナ人を何人も殺害しようとも、です。
実際、この日、ネタニヤフ首相は「いまは分裂の時ではなく、団結の時だ」などとSNSに投稿し、戦時内閣からの離脱を思いとどまるよう呼びかけています。
また、ガンツ氏もこの日予定していた記者会見を延期しましたけれども、翌9日、記者会見を行い、戦時内閣のポストを辞任し、政権を離脱すると表明しています。ガンツ氏はパレスチナ自治区ガザで続くイスラム組織ハマスとの戦闘に関し、「真の勝利を妨害している」とネタニヤフ首相を非難。早期の選挙実施を訴えました。1日では時間稼ぎにもなりませんでした。
4.国連事務総長はイスラエルを憎んでいる
ただ、それでも、人質救出のためにパレスチナの子供を含む民間人を100人、200人も殺害したとなると、世界各国は眉を顰めます。
昨日のエントリーでも取り上げましたけれども、奇しくも救出作戦が行われた6月8日、国連のデュジャリック報道官は、子どもと武力紛争に関する年次報告書で、グテーレス事務総長がイスラエルを「子どもの人権を侵害している国」と認定していることを明らかにしています。
これについて、アメリカの「ニュースマックス」は「国連、紛争地域の子供への危害でイスラエルをブラックリストに掲載」という記事を掲載しています。
件の記事の概要は次の通りです。
・国連事務総長アントニオ・グテーレス氏はイスラエルの米国駐在武官ヘディ・シルバーマン少将に対し、国連は紛争地域で子供に危害を加えている国や組織のブラックリストにイスラエルを加える予定であると伝えたと、イスラエルのメディアが木曜日に報じた。グテーレス事務総長がイスラエルを憎んでおり、もはやどうすることもできない、とは、相当な嫌われっぷりです。その結果、イスラエルが「アフガニスタン、コンゴ、イラク、ソマリア、スーダン、イエメン、シリアなどの国々、およびアルカイダ、ISIS、ボコ・ハラムなどのテロ組織」と同列の扱いになったとなれば、自身の行為についてもっと振り返る必要があると思います。
・イスラエルは数週間にわたりグテーレス事務総長にこの措置を取らないよう説得しようとしてきたが、チャンネル13ニュースによると、来週国連安全保障理事会への報告書の一部として公表されるリストにイスラエルが含まれると予想されている。
・Ynet Newsは先月、イスラエル当局はこの動きが差し迫っていることをますます懸念していると報じており、情報筋は同紙に「現事務総長はイスラエルを憎んでおり(Secretary-General hates Israel)、もはや彼に影響を与えることはできない」と語った。
・「イスラエルがブラックリストに載ったことの意味は非常に問題であり、世界各国がイスラエルに武器禁輸措置を課す可能性がある」と情報筋は付け加えた。
・イスラエルは、アフガニスタン、コンゴ、イラク、ソマリア、スーダン、イエメン、シリアなどの国々、およびアルカイダ、ISIS、ボコ・ハラムなどのテロ組織に加わることになる。昨年、ロシアはウクライナの学校や病院を攻撃し、ウクライナからロシアに子供たちを移送したとして、このリストに追加された。
・このリストには、「児童の保護の改善に向けて十分な措置を講じていない締約国」という見出しの下に、前述の国や組織が含まれています。
・パレスチナ自治政府は長年、イスラエルをブラックリストに加えるよう要求しており、昨年国連がイスラエルをリストに加えなかった決定に抗議した。グテーレス氏は2023年、イスラエルが武力紛争下の子ども担当の国連特使バージニア・ガンバ氏と協力し、子どもを守るために「国連が提案したものを含む実践的な対策を特定」したことを称賛していた。
・パレスチナ人によると、昨年イスラエルは1,139人のパレスチナの子供に対して「重大な違反」を犯し、そのうち54人が殺害されたという。殺害された人の多くが武装しており、テロ対策の襲撃中に治安部隊によって射殺されたにもかかわらず、パレスチナ人は18歳以下の子供全員を子供として数えているため、イスラエルはこの統計を批判している。
・Ynetによると、報告書の初稿には、ハマスとイスラム聖戦が病院や子供を人間の盾として利用したことや、テロリストが幼稚園、病院、学校を含むイスラエルの民間人にロケット弾を発射したことについての言及はなかった。
・また、イスラエルに対するヒズボラの攻撃については言及せず、イスラエルがレバノンで未成年者6人を殺害したと非難した。
・草案には、イスラエルが児童に対する2万件の暴力行為、459件の学校への攻撃、326件の病院への攻撃を行ったとの告発が含まれていた。
情報筋が「イスラエルがブラックリストに載ったことの意味は非常に問題であり、世界各国がイスラエルに武器禁輸措置を課す可能性がある」と述べたように、世界各国にイスラエルに制裁を課していくようになると、イスラエルは増々窮地に陥ります。
ガンツ氏の政権離脱は、ネタニヤフ政権崩壊の足音になるかもしれませんね。
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